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料理家 今井真実の「食べたいエンタメ」(ミニレシピ付き)第30回

「恋心」とは、大人になるほど純度が増すもの。今井真実さんが映画『ラブ・ライズ』ラストシーンで涙した理由【ミニレシピ付き】

  • 今井 真実

2026.07.31

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Yummy!

今月のミニレシピ

「思い出の塩ビール」

今井真実さん 思い出の塩ビール 『ラブ・ライズ』

ビールに適量、塩を入れるだけ。映画を観た後にぜひ楽しんでいただきたい一杯です。

恋人に「騙されているかもしれない」と涙する、年上の女友達

少し前に、年上の女友達と食事をしていた時のことです。



彼女は独身で、数年前から付き合い始めたボーイフレンドは、私も知っている男性。彼らは私と一緒に過ごしている時でも、とても仲睦まじくこちらが赤面してしまうほどです。紳士的な彼と美しい友人との大人の恋物語は共通の知り合いたちを驚かせ、ため息をつかせました。しかし、彼女は言うのです。
 
「私騙されているかもしれない」



地元の友人たちに、自分を恋人として紹介してくれないこと。遠距離恋愛だから普段の生活が見えないこと。数年前に離婚したと聞いているけれど、それも本当なのだろうか、とついつい疑ってしまうこと。



「私と同じくらい彼は真剣なのかなって悲しくなってしまう……だけどね、一番厄介なのは、私はそんな彼をとても愛している。だから彼から連絡が来るのをいつも待ってしまうのよ」



彼女は地位も富も手に入れて、誰もが羨む存在です。しかし、うっすらと涙を浮かべる彼女の表情はまるで少女のようで、なにひとつ言葉をかけることができませんでした。



どんなに経験を重ねても、恋をしているときはひたむきで、相手をとにかく信じたいもの。それも客観的に見れば何の証にもならないことで判断を急いでしまいます。

たとえば、手を繋ぐ強さだったり、瞳の強さだったり。そういう曖昧なことを愛の証拠にしてしまうのです。今回ご紹介する映画『ラブ・ライズ』を観ながら、私は彼女のことを思い出していました。

アラフィフ産婦人科医とロマンス詐欺師…噓で固められた「恋心」がいつの間にか本物に

主人公は資産家で産婦人科医の女性、ベロニカ。52歳のベロニカはマッチングアプリに登録して、フランス人の資産家と知り合い恋に落ちます。

『ラブ・ライズ』
9月4日(金)より ヒューマントラストシネマ有楽町ほか、全国順次ロードショー 
監督・脚本:ホー・ミウケイ(何妙祺) 出演:サンドラ・ン(吳君如)、MCチョン・ティンフー(張天賦)、ステフィー・タン(鄧麗欣)、チャン・ファイホン(陳輝虹)、ロナルド・チェン(鄭中基)、ジョー・コク(谷祖琳)、アルマ・クオック(郭爾君)、ラム・イウセン(林耀聲) 原題:我談的那場戀愛 英題:Love Lies 2024 年/香港/広東語・英語・フランス語・日本語/114 分 配給・宣伝:サロンジャパン
© 2024 Head Office Film Limited All Rights Reserved.

しかし、この男性こそが詐欺集団が作り出した架空の人物。ベロニカが資産家とわかると、詐欺集団は計算尽くした甘い言葉と設定で、彼女の心を動かしていきます。

今まで、頑なに生きていたベロニカ。過去には悲しい結婚を経験し、冷たく空虚で深い孤独を抱えながら彼女は日々を過ごしています。しかしフランス人とのメッセージの交流は、彼女の心を徐々にほぐし、とろけるような幸福で満たしていきます。ベロニカはいつのまにか恋に夢中になってしまい、とうとうフランス人の彼に請われるがままに送金をしてしまうのでした。

一方、フランス人に扮している青年ジョー。彼は携帯料金の支払いもできないほど困窮しロマンス詐欺集団に入ってしまったのでした。彼の仕事は、ベロニカに毎日メッセージを送り続けること。そして彼女からお金を騙し取ることが目的です。

© 2024 Head Office Film Limited All Rights Reserved.

ジョーは、あの手この手を使い、ベロニカとの偽りの恋愛関係を深めていきます。「毎朝起きるたびに君を喜ばせたいと思う」。ジョーはそんなふうに、ベロニカに優しい言葉を重ねるうちに、いつしか彼女に対して本当に温かい感情を持つように。

これはロマンス詐欺だったはずなのに。

心を許したベロニカにジョーの感情も揺さぶられ……香港と初夏の札幌を舞台に、そして物語は意外な展開を迎えます。

初夏の札幌で、かつて愛した人の好物だった「塩ビール」を飲んで涙する

大人の純粋な「恋」が描かれた本作。物語もさることながらコミカルな演出や、ポップでキュートなファッションやインテリアにも心躍ります。

ベロニカの原色のファッションは、まるで彼女の鮮やかな心を表現しているよう。いくらふだんは冷静沈着な医師であり、絶望した過去があっても、彼女の内面は華やかな感情に溢れていることがわかります。

また、人と人を繋げる優しさの象徴だったり、思い出の一品だったり。『ラブ・ライズ』ではさまざまな印象的な「食の気配」が浮かび上がります。直接描かれないからこそ、想像を掻き立てられ、より心に深くとどまるものばかり。

食というものには、誰かと過ごした時間や記憶が宿っています。とりわけ印象的だったのは「塩をふりかけたビール」でした。

新しい恋に夢中になるうちに、ベロニカは亡くした過去の愛と向き合うことになります。愛する人に裏切られたと思う気持ち、愛する人の言葉を信じられなかった気持ち。そして、別れの時の夫の表情。

かつて夫と旅をした札幌に、彼女は再び訪れます。ひとりで札幌の街で過ごすベロニカ。思い出すのは、もう今そばにはいない夫のこと。

夫の好物は、塩をふりかけたビールでした。それを飲みながら、彼女は思い出を辿り、涙を流します。

© 2024 Head Office Film Limited All Rights Reserved.

涙とともに彼女の凍っていた心が溶け、夫の不在をやっと心から悲しむことができたのだと、私は感じました。二人の間には、確かに愛が存在していたこと。その宝物のような幸せな結婚生活があったこと。その過去までも否定する必要がないと彼女はようやく認めることができたのです。



全てを抱きしめて歩みを始めた、ラストシーンのベロニカの清々しい表情に思わず涙…

資産もあり、仕事でも成功を収め、何不自由なく生きるベロニカ。そんな彼女は、なぜマッチングアプリで知り合った男性に翻弄されてしまったのか。冷静に考えれば、おかしいことはいくつもあります。

しかし幸福なアクシデントが起こると、心は理屈どおりには動かないものです。私はベロニカの気持ちが痛いほどわかりました。

人は、愛している人を信じたいのです。愛してしまったら、簡単に手放すことも切り離すこともできません。軽々しく断罪なんてできない。

© 2024 Head Office Film Limited All Rights Reserved.

恋は人を狂わせると言いますが、それは悪い方向だけではなく良い方向の場合だってあるでしょう。

愛を知っているから、愛したい。信じられなかったから、信じたい。それは経験を重ねたベロニカだからこそ、当たり前の欲求に思えます。

それだけにラストシーンにははっとしました。

全てを抱きしめて歩みをはじめたベロニカの美しさ。彼女の清々しい表情に思わず涙してしまいました。

「大人の恋がスマート」なんてイメージ、どこでついちゃったんだろう。むしろ純度は増していく

恋愛に悩む女友達に、私ができることは話を聞くだけでした。

でもさ、そこまで感情を揺さぶるような人にはなかなか出会えないものね、と言うと彼女は深く頷きました。

大人の恋がスマートなんてイメージ、どこでついちゃったんだろう。むしろ純度は増していくかもしれない、とふと思います。

ねえ、まみー、彼に、あなたたちって付き合っているの?って聞いてよーと、不貞腐れる彼女に、「もう高校生じゃないんだから!」と思わず断固拒否した私。しかし彼女がそんなことを口に出してしまうほど、恋は人を子どものようにしてしまうのかもしれません。

今井真実さん 思い出の塩ビール

(『料理家 今井真実の「食べたいエンタメ」(ミニレシピ付き)』は毎月最終金曜日更新です。次回をお楽しみに!)


Staff Credit

撮影/今井裕治

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今井 真実 Mami Imai

料理家

レシピやエッセイ、SNSでの発信が支持を集め、多岐の媒体にわたりレシピ製作、執筆を行う。身近な食材を使い、新たな組み合わせで作る個性的な料理は「知っているのに知らない味」「何度も作りたくなる」「料理が楽しくなる」と定評を得ている。2023年より「オージービーフマイト」日本代表に選出され、オージービーフのPR大使としても活動している。既刊に、「低温オーブンの肉料理」(グラフィック社)など。

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