料理家 今井真実の「食べたいエンタメ」(ミニレシピ付き)第29回
温かいスープを味わう時間や、誰かのために料理を作ることは、日常を守る小さな抵抗なのかもしれない【ウクライナに想いを馳せたミニレシピ付き】
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今井 真実
2026.06.26
Yummy!
今月のミニレシピ
ほんのり甘い幸せの味「ビーツのポタージュ」

- じゃがいも小さめ1個と玉ねぎ1/4個は皮をむき、薄切りにする。
- 鍋にバター10gを入れて中火で温め、塩小さじ1/2を入れて玉ねぎに透明感が出るまで炒める。
- ビーツ1個を薄切りにし(生の場合は皮をむく)、鍋に入れ、水100mlを入れて蓋をし、弱火で、じゃがいもに火が通るまで15分ほど蒸し煮にする。
- 水気を飛ばしたらブレンダーにかけ、牛乳300mlを入れて混ぜ、ひと煮立ちしたら味見して調整する。
一人ひとりの「生」が伝わってくる『Siren and Life ウクライナで続く、戦争と日常』
『Siren and Life ウクライナで続く、戦争と日常』を読みました。本書は映像作家でありストリートフォトグラファーの多田海さんが単身ウクライナへ渡り、現地で暮らす人々にインタビューを重ね、その言葉をまとめた一冊です。

東京で暮らしていると、ウクライナで続く戦争はどこか遠い国の出来事のように感じられます。私自身、この本を読みながら「もう4年も経ってしまったのか」と改めて胸が重くなりました。
戦争が始まってから今日まで、人々はどのように生きてきたのか。本書には、一人ひとりの生活や感情がフラットな視線で描かれています。その語りはあまりにもリアルで、一人ひとりの「生」が伝わってきます。そして同時に、戦争が何も生み出さないことを痛感させられるのです。
SNSで流れてくる爆撃の映像を見ながら、現地へ赴き、実感を持ち確かめたいと思うように
「戦争と日常はいかにして隣り合わせであるのか。」
その問いを抱いた筆者。きっかけは、真偽のわからない情報が飛び交う現代において、自分自身もまたそれらに振り回されていることに気づいたからでした。SNSで流れてくる爆撃の映像を見ながら、日本という平和な国で暮らす自分はどこか現実感を失っているのではないか。そんな思いに駆られたそうです。
「自分の目で見たことならば、きっとそれは真実に近いはずだ。」
私はこの「僕」という章で、海さんの誠実な衝動に心を動かされました。映像作家として、目の前で起きることを記録し続けてきた彼だからこそ、自ら現地へ赴き、実感を持ち確かめたいと思ったのでしょう。











ウクライナへの入国の様子や、気温、街並みの描写を読むと、改めてこの戦争は日本からは遠い異国の地で起きている出来事なのだと感じます。日本は島国であり、国境を地続きで接しているわけではありません。そのため、隣国との緊張感を日常的に意識する機会は多くありません。
しかし、常に不安定な国際情勢のなかで暮らすことの息苦しさを想像すると、現在のウクライナの状況と決して無関係ではないようにも思えます。
「戦時下は普通ではなかったかもしれないけれど、私たちは日常を続ける必要があったの」
戦争が始まり、人々の暮らしは大きく変わりました。家族を失った人。友人たちが国外へ去り、孤独を抱えている人。それでも人々は淡々と生活を続けます。
海さんはある女性に尋ねます。
「戦時下ではどんなふうに恋人と会っていたのですか?」
彼女はこう答えました。
「特別変わったことはなかったと思う。でも、サイレンが鳴ると喫茶店にいても『避難所へ行ってください』と外に出されてしまう。そういう意味では普通ではなかったかもしれないけれど、私たちは日常を続ける必要があったの。」
一方で、別の女性はこう語ります。
「今はただ生き延びているように感じる。サイレンが鳴ったあと、ちゃんと仕事に行けるのかどうかさえわからない。戦争がある限り、心の中に安心も安定もないわ。」

同じ戦争を経験していても、その受け止め方は人それぞれです。しかし共通しているのは、誰も望んで戦争の中を生きているわけではないということでした。
戦争を起こすのも人であり、戦うのも人。殺すのも殺されるのも、巻き込まれるのも人です。
今、私自身が子育てをしているからこそ、もし将来、自分の子どもたちが戦争に巻き込まれることがあるとしたら―恐ろしくて悲しくて想像することさえ嫌悪を感じます。
過去の悲しみに耐え、憎しみを乗り越え、世界平和を願う
奇しくも私は先月、広島の原爆ドームを訪れました。
平和記念公園にある原爆死没者慰霊碑には、
「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」
という言葉が刻まれています。

広島市のホームページによると、この「過ち」とは特定の個人や国家の行為を指すものではなく、人類全体が犯した戦争や核兵器使用の過ちを意味しているそうです。
過去の悲しみに耐え、憎しみを乗り越え、世界平和を願う。その思いは、本来誰しもが持っているはずの祈りではないでしょうか。そして、私たちにとっても世界で起きている戦争は決して人ごとではないのです。
幸せとは「平和であること」と「次世代の子どもたちがいること」
「戦争と日常はいかにして隣り合わせであるのか。」
この問いに対し、海さんは最後にこう記しています。
SNSで誰かが言っていたことを鵜呑みにし、「きっとこうなのだろう」という勝手な憶測を事実のように受け取っていたのではないか。取材を通して、自分は憶測と実情が大きく異なることを知った、と。そして、知的好奇心から始まった旅は、いつしか戦時下に生きる人々の日常や、その中で生まれた言葉や思いを伝えたいと思うように。
その切実な感情は、写真や文章から痛いほどわかりました。

チェリー酒を飲みながら、周囲のウクライナ人に「あなたにとっての幸せは?」と尋ねる海さん。
返ってきた答えは、「平和であること」と「次世代の子どもたちがいること」でした。
た。
穏やかな日常を願うこの言葉に、戦争が奪ったウクライナの人々の暮らしを思います。
ウクライナや周辺地域で親しまれてきたビーツのポタージュに込めた想い
さて、ウクライナ、ロシア、ポーランドなどでも、ビーツを使う料理はたくさん存在します。日本でも最近、スーパーの野菜売り場で見かけるようになりました。包丁を入れた瞬間、真っ赤な汁が垂れて思わず驚くことも。ボルシチの赤色がこの野菜の由来だったのかと知った時は感動したものです。
ビーツは寒い冬を越えるための保存野菜として、ウクライナやその周辺地域で古くから親しまれてきました。戦争が起きるはるか前から、人々はこの鮮やかな赤い根菜を煮込み、家族と食卓を囲んできたのでしょう。
温かいスープを味わう時間や、誰かのために料理を作ることは、日常を守る小さな抵抗なのかもしれません。

(『料理家 今井真実の「食べたいエンタメ」(ミニレシピ付き)』は毎月最終金曜日更新です。次回をお楽しみに!)
Staff Credit
撮影/今井裕治
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