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料理家 今井真実の「食べたいエンタメ」(ミニレシピ付き)第13回

【三浦しをんさんの“手強い”恋愛小説集『きみはポラリス』】常識やモラルも超えた危ういおとぎ話に心揺さぶられる【再現レシピ付き】

  • 今井 真実

2025.02.28

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Yummy!

今月のミニレシピ

岡田のおいしそうな即席ラーメン

今井真実さん 岡田のおいしそうな即席ラーメン

即席ラーメンに梅干し、卵、刻みのりをぱらり。インスタントなのに、体にいいものを食べているような気持ちになります。ラー油を入れても。スープは醤油か、塩がおすすめです。

出張のお供に選んだ『きみはポラリス』は、一筋縄ではいかない恋愛小説集

出張に行く前は、本屋さんに旅のお供を買いに行きます。いつも家族に囲まれて賑やかな空気が静寂に変わり、新鮮さを感じるのは最初だけ。移動中やひとりの食事、ホテルで寝る前。寂しさを感じるようになっだ時に、寄り添ってくれるのは数冊の本です。

今回選んだのは、三浦しをんさんの『きみはポラリス』(新潮文庫)。真っ黒な空に子どもが描いたような星座が浮かび、どことなくメルヘンチックでかわいらしい装丁が胸をくすぐり手に取りました。ポラリスは「北極星」の意味だとか。短編の恋愛小説集ということもあり、ロマンティックな気持ちに浸るのもいいかもしれないと思ったのです。物語の世界の中で、擬似体験できるのも読書のたのしみのひとつです。

きみはポラリス 三浦しをん

しかし、ページを開いて読み進めていくと、これがなかなか手強い。一筋縄ではいかず、ほろ苦く切なく、でも温かくて……さまざまな感情に心が翻弄されて、深いため息が漏れました。

ここにあるいくつかのお話は、まるで夢と現実の間のようにゆらゆらしています。恋愛小説集といっても、単純に人と人が出会い、お互いを意識するようになり、いつしか気持ちを確かめ合い結ばれる、そんなベーシックな物語ではありません。

一捻りふた捻り、時には歪さまで感じられる、三浦しをんさんの描く「恋愛」の物語なのです。

「俺がずっと一緒にいるよ。」永遠に投函されることのない、同性の友人宛の手紙

1話目の短編は『永遠に完成しない二通の手紙』。

主人公は岡田勘太郎。彼は学生で、6畳間のアパートに住んでいます。

「すべてがつるりと滅菌されそうなほど、寒さの厳しいある昼下がりのこと」、彼は小さな台所で即席ラーメンを作り、今まさに食べようとしたところでした。そのとき、アパートのドアを乱暴に叩き訪れたのは、友人の寺島良介でした。

寺島は、好きな女性に送るためのラブレターを書くのを手伝ってくれと岡田に頼みます。寺島は惚れっぽく、その恋の後始末をするのはいつも岡田の役割。そして今回、また寺島は合コンで出会ったというOLの洋子さんに恋をして、その思いを伝えるべく岡田を頼ってきたのでした。面倒くさがる岡田でしたが、結局渋々協力をします。

岡田の助けを借りながら、文才がない寺島は、必死で思いの丈をラブレターに綴っていくのです。

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寺島は言います。

「どうせ俺はつまんないよ! 一人でさみしく年とって死にますよ! それでいいんだろ」

「俺がずっと一緒にいるよ」

「え?」

「つづき。『俺がずっと一緒にいるよ』ほらちゃっちゃと書け」

岡田は寺島にその言葉をラブレターを書くように促すのでした。

「俺がずっと一緒にいるよ。」

当の岡田自身はその言葉を使った手紙を永遠に完成させません。

「寺島。俺の手紙は永遠に投函されることはないんだ。」彼は心の中でそっと思うのです。



「信仰」「禁忌」「三角関係」「初恋」などの「お題」を定められ執筆

三浦しをんさんは「恋愛」をテーマでの執筆の依頼が多いそうです。そして、書かれたのがこの短編集。たしかにここには多種多様な愛の形が描かれています。しかも、一編につき「お題」を定めてそれに沿って書いたのだとか!

「信仰」「禁忌」「三角関係」「初恋」など、読み終わった後に、その短編のお題を知ると「なるほど……」と唸ってしまいます。

『嵐が丘』がモチーフとして登場する『骨片』も印象的で、この世を去ってしまった人に対する愛情について描かれています。

今生で結ばれなかったら、その愛をまっとうするにはどうすればいいのか。いくつもの不思議なエピソードを交えながらの、物語の展開はラストへの流れが美しく、まるで映画を見ているように情景が浮かびました。

主人公の「私」は、「私」なりに、それを成就する術を鮮やかに手に入れるのです。それが独善的なのか、倫理に反しているのか。しかし1人で生きていくと決心した女性の強い情と行為は、人生を生き抜いていく希望に結びついたのです。

温かい愛情があるように、誰にも理解されないような愛情もある。危ういおとぎ話に、心が何度も揺さぶられる

『優雅な生活』『春太の毎日』は、やっぱりどこかユニークなのですが、ほのぼのと優しい気持ちに。

恋愛関係が生活に傾き込んだ時に生まれる一抹のむなしさや、愛しているからこそ月日を重ねいつか生と死が分かつ怖さ、誰かを愛したことがある人ならば、ふと感じる感情を思い出させます。それは決して負ではなく、幸せな状態にあるからこそだったりもしますよね。

愛する人を見守ること、ただ幸せを祈ること。そのきっぱりとした決意を胸に抱くということは、意識せずともたくさんの方々にもあるように思えます。……皆さんにもただそういう思いで接している存在の対象はいませんか? 私の場合は子どもたちに対して似たような感情を持っているということに気づきました。

きみはポラリス

行きも戻りもしない感情を、ただときおり確認するように手に取り眺めたり撫でたりする。そんなひっそりと胸の中で守り続ける恋もあれば、とうてい理解を超えた物語もあります。常識やモラルも超えて、人によっては相容れないものもあるでしょう。そんなゆがみも不完全さも、小説という創作の醍醐味と言えるのではないでしょうか。

お天道様の下で真っ当に生きている人にも、誰にも踏み入ることのできない思いを棲ませている。温かい愛情があるように、誰にも理解されないような愛情もあります。その危ういおとぎ話に、心が何度も揺さぶられました。

大切な人と過ごした記憶はいつまでも「北極星=ポラリス」のように道を導いてくれる

さて、最後のタイトルは『永遠につづく手紙の最初の一文』。

ふたたび、岡田と寺島の物語です。ここで彼らの関係がさらに明らかにされます。

告げられることのない一文。それをはじめて言葉にした岡田。その思いは『きみはポラリス』の冒頭につながっていくのです。

今井真実さん 岡田のおいしそうな即席ラーメン

心のなかでひそやかに囁くように、綴られていく。

伝えないと心に決めても、もう手に入れられないことであっても。たとえ人道的に咎められることであっても。人はそれにすがって生きていくことができる。恋も愛も、決して甘ったるいだけではなく、希望になる。

『骨片』にはこう記されています。

『嵐が丘』に住む人々が、知恵と勇気と想像力をもって生きる道を切り開いていったように、私も私の嵐が丘を生き抜いていく

大切な人と過ごした記憶は、いつまでも人生を支えてくれます。迷ったときは、いつでもこの場所を教えてくれて、道を導いてくれる。

それこそが、「きみはポラリス」。あの北極星なのだと思います。

(『料理家 今井真実の「食べたいエンタメ」(ミニレシピ付き)』は毎月最終金曜日更新です。次回をお楽しみに!)


Staff Credit

撮影/今井裕治

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今井 真実 Mami Imai

料理家

レシピやエッセイ、SNSでの発信が支持を集め、多岐の媒体にわたりレシピ製作、執筆を行う。身近な食材を使い、新たな組み合わせで作る個性的な料理は「知っているのに知らない味」「何度も作りたくなる」「料理が楽しくなる」と定評を得ている。2023年より「オージービーフマイト」日本代表に選出され、オージービーフのPR大使としても活動している。既刊に、「低温オーブンの肉料理」(グラフィック社)など。

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