2023年3月24日に行われた「キリンチャレンジカップ2023」の日本代表対ウルグアイ戦。会場となった国立競技場の一角に用意されたのが、発達障がいなどで大きな音や光、人混みが苦手な子どもたちが安心して観戦できる「センサリールーム」です。
日本ではまだあまりなじみがない、この「センサリールーム」とはどんなもので、スタッフのどのような思いから生まれたのでしょうか? 当日会場にお邪魔して取材しました!
個室なので、周りを気にせず安心して観戦できる
センサリールームとは、発達障がいの診断を受けていたり、聴覚過敏があり大きな音や光、人混み、初めてで慣れない場所などが苦手でサッカー観戦をあきらめている子どもや家族のために、会場内の一角に設けられた部屋のこと。基本的に、1家族で個室を利用できるので、他の観客や周りの音を気にせず、安心して観戦できる環境が整っています。
国立競技場のセンサリールームは、もともと中継室などで使われていた場所をアレンジ。利用する子どもたちに親しみを持ってもらえるようにと、部屋全体をサッカーボールのイラストやウェルカムボードで飾り、明るい雰囲気です。
試合は約2時間と長いので、観戦中に飽きてしまう子どもも。気分転換に遊べるように、ビーズやクレヨンが用意されたスペースがあります。また、長時間同じ体勢だと疲れてしまう子どもも多く、各部屋に置かれたヨギボーやピッチを型取ったマットに寝転がり、休むこともできます。
さらに、近くにはこんな休憩ルームが。三角形をつなげて作られた球体の「フラードーム」は穴から出入りをしたり隠れたりすることで安心効果があるそう。ベッド代わりにもなるマットも用意されていて、ここで休息を取る子どもも多いと言います。
慣れない環境でもできるだけリラックスして、休みながら楽しく観戦ができるように、随所に工夫が施されています。
世界では一般的な「センサリールーム」。全国で設置も
センサリールームを日本サッカー界で最初に導入したのが、Jリーグの川崎フロンターレ。2019年に初めて、川崎市等々力陸上競技場にセンサリールームが設置されました。
その後、JFA(日本サッカー協会)は、社会貢献活動(アスパス!)の一環としてセンサリールーム設置の検討を開始。2021年1月の天皇杯決勝にて、国立競技場で初のセンサリールームでの観戦が実施されました。それからも日本代表戦などでセンサリールーム設置を重ねながら、東京藝術大学の「DOOR(Diversity on the Arts Projectの通称、アート×福祉の人材育成プログラム)」と共同で「センサリールームプロジェクト」を立ち上げ、2021年12月の天皇杯でお披露目しました。
プロジェクトの監修を務めているのが、JFA社会貢献委員長で、東京藝術大学長の日比野克彦さん。試合当日、センサリールームの視察に訪れていた日比野さんにお話を伺いました。
「センサリールームは世界では普通に実施していて、イングランドのプレミアリーグでは約9割のチームで常設されています。サッカー観戦という当たり前にできるはずのことが難しい子どもたちがいる。センサリールームがあることで、夢や希望が叶う人たちがいるんですね。日本でも広めていこうということで、JFAと東京藝術大学の『DOOR(アート×福祉の人材育成プログラム)』が協力して、部屋をカスタマイズしたり、当日のサポートにも学生が参加しています。
この取り組みが全国でできるように、広げることが今後の課題。今年度も、各自治体にセンサリールームの必要性を周知したり、全国各地でワークショップを開いて地元の人たちが参加して会場の準備ができるようにしたり。地域を巻き込んで、センサリールームを各会場に設置するプログラムを開発し、定着に努めたいと思っています」(日比野さん)
センサリールームの片隅には『DOOR(アート×福祉の人材育成プログラム)』にて、学生と意見を出し合い、センサリールームのイメージや、部屋にあるといいものなどをまとめたイラストが。
観戦に訪れた家族へのメッセージボードや壁に貼られたサッカーボールのイラストは、なんと日比野さん直筆のもの。日比野さんが描いたものに、学生たちが自由に色を塗り、目にも楽しいカラフルなボードができあがったのだそう!
センサリールームで観戦中の家族と部屋を訪れた日比野さんの1コマ。日本代表選手たちが得点を決められるようにと、用意されていた画用紙に「パワー!」と描いている子どもたちの様子を見て、やさしく声をかけていた日比野さん。部屋の使い心地や感想などを聞き、家族と談笑するシーンも見られました。
センサリールーム以外にも、当日の同じフロアでは「視覚障がい者向け実況」も行われていました。スタジアムで視覚障がい者席を利用した方限定のサービスで、自身のスマホを通じて専用のチャンネルにアクセスし、詳細な実況を聞けるという試み。
JFAでは「誰一人取り残さない観戦体験」を合言葉に、発達障がい児、視覚障がい者、さらに聴覚障がいの方を招待する試合を設けることも。自身が持つ特性によって諦めてしまうことがないように、より多くの方にサッカー観戦を楽しんでもらうためのさまざまな取り組みが行われているのです。
観戦当日ルポ! 2家族がセンサリールームに参加
センサリールームの利用者は、JFAのホームページで募集しており、実施試合の約2週間前に募集を締め切り、抽選にて決められるそう。今回は2家族がセンサリールームでの観戦に当選。
1組目は、どちらも自閉スペクトラム症を持つ9歳と12歳の兄弟とお父さん、お母さんのKさん家族。JFAのホームページでセンサリールームの存在を知って、ぜひ観戦したいと応募したそうです。
2組目は、聴覚障がいと知的障がいを持つ11歳の男の子とお父さん、お母さん、サッカー好きなお兄さんのSさん家族。Sさんは、普段利用している自治体の放課後デイサービスの先生から、センサリールームの情報とチラシを受け取り、参加を希望したと言います。
当日は会場に到着すると、そのままセンサリールームに案内されます。
部屋には当日のスケジュールがまとめられた、しおりのような冊子が。混雑を避けて入室できるように、キックオフの2時間前には集合し、センサリールームでゆっくりすごすことができます。
しおりには、会場までのアクセス方法や各部屋に常駐して困ったときなどにサポートしてくれるスタッフの紹介、試合に出場予定の日本代表メンバーのリストもあり、とても親切です。
キックオフまでの待ち時間には、日本代表のマスコットキャラクター「カラッペ」と「カララ」という2羽の兄弟カラスが訪問! 一緒に撮影をしたり、「あとでピッチから手を振るからね!」と声をかけられ、うれしそうな子どもたち。
グッズの買い物や食事など、思い思いに時間をすごし、いよいよキックオフです!
イヤマフやお絵描きなど自由に観戦を楽しめる!
代表選手たちのプレーに子どもたちは大興奮! 大きな窓から、家族全員がゆとりを持ってすわり、しっかり試合を観戦することができます。
ハーフタイムに、実際にセンサリールームで観戦した感想をKさんのお母さんに伺いました。
「家でサッカー観戦をするのは好きだったのですが、大きなスタジアムで観るのは初めて。特に兄は音に敏感で大きな音を嫌がるのですが、イヤマフを用意していただいたので、音が気になるときは自分でイヤマフをして、ストレスなく観戦していました。反対に弟は音が気にならないので、部屋の窓を開けて歓声を聞いて、会場の臨場感を満喫していたよう。思い思いに観戦を楽しめました」(Kさん)
「弟は観戦を楽しみつつも、途中でお絵描きをしたり、部屋に常駐してくれるスタッフさんに遊んでもらえて大満足の様子でした。一般席だと周りの方に迷惑をかけないよう、動き回らないように注意しなくてはいけないと思うので……。親の負担も軽くなり、本当にありがたいです」(Kさん)
さらに、もう1部屋のSさん家族のお母さんにもお話を聞きました。
「兄がサッカーをしているので、以前に一度だけ、家族で会場に観戦に来たことがあったんです。でも、弟は大きな歓声に驚いて耳をふさいでしまって『もう帰る』と。兄も弟のことが気になって観戦に集中できませんでした。それからは、兄と父親の2人で会場に足を運び、弟と私は留守番をしていたんです。センサリールームなら、会場の様子を体感しつつも、静かに見られるので弟も楽しめるよう。諦めていた家族4人での観戦が叶って、とてもうれしいです」(Sさん)
また、印象的だったのは、子どもたちはもちろん、お父さん、お母さんも落ち着いて観戦を楽しんでいたこと。特にサッカー好きなお父さんが子どもたち以上に白熱して、試合に集中する一幕もありました。
センサリールーム内では子どもたちが自由に動いても安全で、また、常駐スタッフは事前に発達障がい児についてのレクチャーを受けているので何かあれば対応が可能。お父さん、お母さんも安心して観戦ができる環境が整っていることは、センサリールームの大きなメリットのひとつです。
子どもたちから感謝の手紙も……。貴重な観戦体験に
試合が終わると「終わりの会」が行われ、今日の感想を話し合います。
「このお部屋めっちゃ楽しかった!」「落ち着いてサッカーが観れてよかった」と、試合後も興奮冷めやらぬ様子で感想を述べる子どもたち。
Kさん兄弟は、JFAのスタッフにこんな手紙を用意してきたのだそう! 子どもたちのワクワクと感謝の気持ちが伝わります。
子どもたちにとって、またその家族にとっても、貴重で大切な思い出となったセンサリールームでの観戦体験。JFAでは、今後も定期的に「センサリールームプロジェクト」を続けていくそうなので、詳細情報はホームページにてチェックしてください!
JFA(日本サッカー協会)ホームページ
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野々山 幸 Sachi Nonoyama
ライター
1979年、愛知県生まれ。インタビューを中心に、女性が抱える悩みをテーマに取材を続け、育児、教育、コミュニケーションなどさまざまな記事を担当。編集者の夫、10歳のダンス大好き娘、8歳のサッカー少年の4人家族。趣味は、ドラマ、映画、マンガ、舞台などエンタメの世界にどっぷり浸ること。ここ数年は韓国ドラマにハマってます。