私のウェルネスを探して/神尾茉利さんインタビュー後編
大学中退、就職もしないけど、自分ができることを頑張ればいい。刺しゅう作家・神尾茉利さんが時間をかけて見つけた一番の喜び
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LEE編集部
2024.03.31
引き続き、神尾茉利さんのインタビューをお届けします。
取材後の撮影は、お子さんと訪れたり一人で散歩に来たりと、よく足を運ぶ公園です。「街が好きだから子育ても東京でしたいと思いました。予備校時代に感じたのは、東京にいると美術館やギャラリーがそばにあって気軽に行けるんですよね。そんな環境も私には魅力です」。
後半では、神尾さんが衣装デザイナーを目指して上京し、刺しゅう作家として活動を始めるまでの経緯をお聞きします。目的を見失ってしまった大学時代、作品作りから気付かされた自分の役割と「誰かを頼る」ことの大切さ。作品は社会とのつながりを生み、その存在によって「より自分らしく生きられるようになった」と言います。(この記事は全2回の第2回目です。第1回目を読む)
小学校中学年の頃、フエルトにビーズや刺しゅうを施して作ったマスコットが人生初手芸作品
神尾さんは兵庫県で、会社員の父と専業主婦の母、兄の4人家族のもと育ちます。小さい時は、絵を描いたり工作が好きな手先の器用な子でした。学校の集団生活がずっと苦手だったと振り返ります。
「決められた時間で何かをやらないといけない、自分で決められないというのが好きではありませんでした。今でも同じ時間に何かをやるルーティンが苦手なんです。言葉で説明するのも得意ではなかったのですが、親はそんな私のことを理解してくれていました」
初めて手芸に挑戦したのは、小学校中学年の頃。当時流行っていたという、フエルトにビーズや刺しゅうを施し、マスコットを作ったのが最初でした。
「家庭科は苦手だったんですよ。母と祖母が洋裁が得意だったので身近ではあったものの、積極的に自分で作ってはいなかったと思います。初めて大きなものを縫ったのは小学6年生の時。母に教えてもらいながら、友達と一緒にスカートを作りました。布をただ筒状に縫って、ゴムを通した簡単なものでした。卒業間近で最後の登校日に一緒に履こうね、ってお揃いにしたんです。その頃は洋服が好きでしたね」
中高の恩師との出会いがきっかけで「映画の衣装デザイナーになりたい」という新しい夢を見つける
その後、中高一貫校に進学。将来は、母親と同じように「いつも家にいるお母さんになりたい」と思っていましたが、進路や就職の話題が現実的になるなかで、「自分も何か別の夢を考えないといけないのかな」と感じたそう。好きな科目は美術。そこでの出会いが、新しい夢を見つけるきっかけになりました。
「美術の先生の中に現代美術家の椿昇先生がいました。学校は好きじゃないけれど、美術は好きだったので、先生がいた教官室によく出入りしていて。先生とは共感することが多く、話がとにかく楽しかったです。おすすめの映画を観るようになって、映画『ザ・セル』と出会いました。衣装が舞台装置になり、物語を進める大きな要素になっていることに驚きました。その衣装デザインを担当していたのが石岡瑛子さんです。衣装デザイナーという仕事や、映画における衣装の存在感、日本人が海外で活躍していることを知り、将来は“衣装デザイナーになりたい”と思うようになりました」
先生から美術大学への進学を勧められ、高校卒業後は東京へ。美大に進学するための予備校に通いながら、浪人生活を1年過ごします。
「予備校時代にデッサンや色彩の基礎を勉強しました。ずっと学校が嫌いでしたが、予備校は本当に楽しくて初めて学校が好きになりました。知りたかったことを、やっと学べた感もありますね。そこで会う仲間は、美大を目指す人ばかりで同じ境遇や同じ志を持つ仲間。気が合う人ばかりで楽しい時間でした」
目標の美大に合格・進学したものの「ずっと自分ではない他人の価値観で生きてきた」ような気がして退学、自分を見つめ直す
予備校を経て、目標の美術大学に合格。テキスタイルデザインを専攻し、染色、織り、シルクスクリーンなどを学びます。勉強を続けていくうちに、ふと「自分は何をやりたいんだろう」という気持ちが生まれてきます。
「これまで何も疑問を持たずに生きてこられたせいか、自分が何をやりたいのかよく分からなくなってしまって。ずっと自分ではない他人の価値観で生きてきたような気がして、どうしていいのか分からなくなりました。
大学の授業では、科目ごとに先生がいて、その先生が評価を決めます。先生の好みに合う作風であるほど評価が高くなるように感じて、“これは一体何を作っているんだろう”と疑問にも思って。先生に評価されることに意識が向いて、やりたいと思っていることを自由にできなくなってしまう自分もいました」
迷った結果、3年間通った大学を1年休学。その後退学することに。実家のそばへ引っ越し、自分と向き合う時間が始まります。
刺しゅう作品「ひみつのはなし」制作、展示、販売、ワークショップ開催…「人生は自分のもの」であることを実感した20代
この時期に、刺しゅう作品「ひみつのはなし」の制作がスタート。“言葉を持たない物語”をコンセプトにカラフルで生き生きとした動物たちを生み出していきます。自身の作品の展示や販売、ワークショップを始めたのもこの頃でした。
「当時はワークショップがそれほど多くなく珍しかったと思います。自分の作品を個展やデパートの展示で販売もしました。いろいろ挑戦して、“自分の10年にするぞ”という気持ちに溢れていたんです。今まで感じなかった“それって本当?”“こうだったらどうなる?”みたいな疑問が生まれたのも、この頃。ひとつのものや出来事が、人によって異なる見え方をしていると気づきました」
1人になって自分に向き合ったことで確立したアイデンティティ。自分から行動を起こし、作品を作り始めたことが新たな学びや気づきをもたらしました。この時期の制作活動が、今の神尾さんの土台になっています。
「親の期待を裏切らないように、ずっと親の価値観に影響を受けて生きてきたのかもしれないですね。初めて自分で生きるという選択をした気がします。刺しゅうという表現で自分を伝える、それによってグッと自分らしく生きられるようになりました。また大好きな東京で暮らそうと思えたのも、この気づきがあったからだと思います。人生は自分のもの、それを実感した20代でした」
自分が苦手なことが他の人が苦手とも限らない。できないことは人にやってもらい、自分ができることを頑張ればいい
現在は作家活動と並行して、5歳のお子さんの子育てを楽しんでいる神尾さん。朝幼稚園に送り出し、お迎えに行くまでと、週末を制作の時間に充てています。仕事でもプライベートでも大切にしていることが「人を頼る」ことです。
「大学を辞めた時、“自分はなんて何もできないんだろう”とすごく落ち込みました。大学も卒業できず、就職もしない。そんな時に気付かされたのは“できる人がやればいい”“自分ができないことはできる人がやればいい”考えでした。自分が苦手なことが他の人が苦手とも限らない。できないことは人にやってもらい、自分ができることを頑張ればいい。
家庭でも子育てでも同じですよね。自分がてんてこ舞いになる前にお願いすること。そのためには普段からコミュニケーションを取っておくことも大事ですよね。その余裕をいつも作っておきたいですね」
刺しゅうは自分にとってちょうどいいコミュニケーションツール。昔も今も話すのは苦手なままだけど、刺しゅうでならすらすらと語れている気がする
作家活動を通じて社会と関わり、作品を届けることが“言葉”の代わりになる。受け取った人が物語を作ったり想像したりをするきっかけになることが、制作の喜びにつながっているそうです。
「私がやりたいのは、言葉じゃない方法で語ること・伝えること。それは衣装デザイナーになりたいと思った気持ちと通じています。今はその方法が刺しゅうです。作品について、お客さんとコミュニケーションを取るのが好きな作家さんもいますが、そうではない人もいて、私は後者です。
作品が人の手に渡り、見えないところにまで届いていくほど嬉しいんです。私が物語を込めた刺しゅうも、その刺しゅうだけを見た人にはまったく違う物語に映るはず。答えがひとつではないということは、私が時間をかけて見つけた一番の喜びです。子どものころから今も話すのは苦手なままですが、刺しゅうではすらすらと語れている気がします。きっと自分にとってちょうどいいコミュニケーションツールなんだと思います」
My wellness journey
神尾茉利さんに聞きました
心のウェルネスのためにしていること
「人に頼ることです。自分が苦手なことは誰かにお願いして、そうして生まれた余裕でできることを頑張る。家事でも苦手なことは家族にお願いして、得意なことは自分がやるようにしています」
体のウェルネスのためにしていること
「本を読んだり、散歩をしたり、街を見ることです。自然も好きですが、人が作ったものを見ること、人の営みを見ることで前向きな気持ちや元気がもらえます」
インタビュー前編はこちらからお読みいただけます
Staff Credit
撮影/高村瑞穂 取材・文/武田由紀子
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