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私のウェルネスを探して/神尾茉利さんインタビュー前編

【神尾茉利さん】刺しゅうは美しく仕上げなくてもいい。「その人らしいいびつさ」「ノイズが残った作品」こそ魅力的【作品写真多数掲載】

  • LEE編集部

2024.03.30

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神尾茉利さん

今回のゲストは、刺しゅう作家で美術家の神尾茉利さんです。神尾さんは、20代半ばから刺しゅう作品「ひみつのはなし」の制作をスタートし、イラストやテキスタイル作品、自身の刺しゅう本を出版するなど幅広く活躍してきました。『LEE』2023年3月号では“ひらがなネーム刺しゅう”を紹介、人気を集めました。
 
前半では、神尾さんが刺しゅうを使って表現をするようになったきっかけ、小説と刺しゅうを組み合わせた著書『刺繍小説』(扶桑社)が生まれた背景、そして新入園・入学に向けて活用したい100のステッチと100のアイデアを紹介する最新著書 『ステッチをたのしむ刺繍レッスン』(河出書房新社)についてお話を聞きます。(この記事は全2回の第1回目です)

“上手に使いこなせない”“いびつに仕上がる面白さ”が刺しゅうの魅力

神尾さんが刺しゅうを好きな理由、それは刺しゅうという手法が筆やペンよりも使いにくいから。“上手に使いこなせない”“いびつに仕上がる面白さ”が魅力だと言います。
 
「小学校中学年の時に油絵を習っていました。ずっと絵を描くのが得意で、美大ではデッサンで実物のように描くこともしました。だけど刺しゅうは、うまく使いこなせない。自分が思うように刺しゅうできないんです。筆ほど自由ではなく、制約があるからいびつになるのが面白くて。オーダーを受けて作るものはきれいに作ろうと意識しますが、自分のために作るものはちょっと下手なほうが面白い。刺しゅうはやればやるほど上手くなりますが、しばらくやらないと下手になっていて(笑)。それも逆に面白いんですよね」

神尾茉利さん

神尾さんの刺しゅうのアイデアは、スケッチから。下絵を描いて、それをどんな色や糸にするか考えながら刺しゅうを施していきます。
 
「『ステッチをたのしむ刺繍レッスン』のような書籍の制作では、編集者と共有しながら順序立てて考えていきますが、自分の作品を作るときは、スケッチをもとに自由に決めていきます。ペンでぐしゃぐしゃに描いたところは、刺しゅうもぐしゃぐしゃになるように縫います。糸も刺しゅう糸や毛糸を自由に合わせます。色のルールがあるとしたら、使わない色を決めておくこと。メイン、サブ、ポイントになる色をそれぞれ決めてやることが多いです」

神尾茉利さん

神尾さんの作品は、カラフルでたくさんの色を使います。モチーフには動物や植物が多く、愛らしい表情やユニークな動きが目を引きます。動物や植物が多い理由は、「動物が好き」「有機的なものが好きだから」。特に野生動物が多い理由は、「身近にいないからこそ惹かれるんだと思います」と神尾さん。
 
「街って人の服装や看板など色が多いですよね。だけど不思議とまとまっています。刺しゅうも同じでどんな色を使っても、なんとなくしっくり合うものなのだと思っています。まとまりすぎているより、ちょっと違和感がある・ノイズっぽいものが面白いと思っていて。作っているものは自然のモチーフが多いですが、人がいることで存在しているもの・作られたものからインスピレーションを受けることが多いです。街を歩いたり散歩したりが好き、街が好きなんです。人が作り出したものから前向きな気持ち、やる気をもらえることが多いですね」

海外の小説は“刺しゅうで人生を切り拓く”、日本の小説は“刺しゅうで本当の自分を見つける”内面的なお話が多い

2019年に出版した本『刺繍小説』は、手芸本でも小説でもない、“刺しゅう小説”という新たなジャンルを生み出した本です。刺しゅう描写が出てくる小説を取り上げ、神尾さんがその刺しゅうを実体化。さらに神尾さんが文章を綴るという、多様な感性が織り混ざった美しい本です。

神尾茉利さん

「小説の中で料理をしている人は多いけれど、刺しゅうをしている人ってあまりいませんよね。面白そうと思って“刺しゅうが出てくる本”を探し始めると20数冊見つかりました。最初は、ただその小説を紹介しようとしたのがですが、それだけだとわかりにくい。私の視点がより伝わるように刺しゅうを実体化し、私の文章を添える形になりました。第二章では、小説には刺しゅうは登場しないけれど“そこにあったかもしれない”と想像して、刺しゅうを作りました」
 
日本と海外の小説では、刺しゅうをする人物のキャラクターも違っており、「私が読んだ本だと、海外の小説は“刺しゅうで人生を切り拓く”、刺しゅうを武器に生きるみたいな感じ。日本の小説は刺しゅうで本当の自分を見つけるみたいな内面的なお話が多いように感じました」。『刺繍小説』に込めた想い。それは、刺しゅうをしない人にも本を手に取ってもらい、想像することの楽しさを知ってほしいからだと言います。

 
「書店では刺しゅう本は手芸コーナーにしか置いてもらえないんです。刺しゅうをしない、でもかわいいものや本を読むことが好きな人に届けるにはどうすればいいのか悩みました。そういう人とは、小説を読む時に自分の好きなことを想像するのっていいよね、ときっと共感し合えると思って。私は刺しゅうが好きだから刺しゅうを想像しながら小説を読みますが、皆さんは自分の好きなことを想像して楽しんでくれたらいい。コーヒーでもいいし、おやつでもいい。〇〇小説、とジャンルが増えていったら楽しいですね」
 



美しい刺繍は、それができる人、得意な人がやればいい。“その人らしいいびつさ”“ノイズが残っているような”刺しゅうは魅力的

2018年には子どもが生まれ、作品作りも変化がありました。それまでは“手にした人に何かを考えてもらいたい“思いが強かったのが、“一目見てかわいいと思えるもの”“パッと見て楽しめるもの”へと意欲が変わってきました。

神尾茉利さん

「20代の頃は、作品から何かを想像してもらいたい、物語を生み出してほしい気持ちが強かったです。でも子育てを始めてからは制作できる時間にも限りがあり、“役に立つ”“便利”“お得”とか“かわいい”“作りたい”とかが身近になり、実用性があってすぐに楽しめるものもいいなと思えるようになりました。20代の時には、そういったことは絶対したくないなと思っていたのですが(笑)。そんな時に本『ステッチをたのしむ刺繍レッスン』の声をかけてもらえたのは嬉しかったです。100個あるから好きなステッチがきっとひとつ見つかるはず、初心者からできるのでぜひやってみてください」
 
刺しゅうというとハードルが高く、「難しそう」「大変そう」と感じる人も多いはず。気軽に糸を通してみることで、思わぬ楽しさや喜びがあることを知ってほしいと神尾さんは言います。

「こう見えて私はせっかちなんですよ(笑)。でも、刺しゅうをしている間は“これをはやく仕上げるぞ!”という気持ちよりも、“これが出来上がって誰に見せようかな”“何か伝わったらいいな”みたいな気持ちが湧いてくるんですよね。刺しゅうは作って終わりではない、そこから先が続いていくものなんですよね。刺しゅうをやろうとした時、“美しく仕上げないと”とプレッシャーに感じる人もいるかもしれませんが、私にとっては糸が縫ってあればもう刺しゅうなんです。美しい刺繍は、それができる人、得意な人がやればいい。“その人らしいいびつさ”“ノイズが残っているような”刺しゅうは魅力的だと思います」

神尾茉利さん

My wellness journey

私のウェルネスを探して

神尾茉利さんの年表

1985年 誕生。幼稚園から神戸市で育つ
18歳 上京、1年間美術予備校へ
19歳 多摩美術大学生産デザイン学科テキスタイルデザイン専攻入学
23歳 多摩美術大学中退。地元・神戸のちかく、西宮市に引っ越す。「ひみつのはなし」の制作をスタート
25歳 個展「おなかのなかの大草原」(神戸)
26歳 個展「くだらない狩りとにげだした獲物」(大阪)
27歳 『ひみつのステッチ 刺しゅうで雑貨&小物づくり』(パイ インターナショナル)、『紙刺繍のたのしび』(BNN新社、共著)を出版
 
28歳 二度目の上京
30歳 『さがそ!ちくちくぬいぬい』(学研教育みらい)を出版
33歳 出産。『刺繍小説』(扶桑社)を出版
38歳
(2023年)
『ステッチをたのしむ刺繍レッスン』(河出書房新社)を出版

神尾茉利さんのワークショップ


  1. 神尾茉利さんと楽しむ、おなまえ刺繍
    (NHK文化センター/ 2024年4月&5月の2回連続開催)
     
    ひとりひとりの希望のお名前のオリジナル図案を提案する講座。しっかり技術を身につけられる内容です。詳細は以下のリンクよりご確認ください。
    https://www.nhk-cul.co.jp/programs/program_1287390.html
     
  2. 『ステッチをたのしむ刺繍レッスン 100stitches & 100ideas』出版記念ワークショップ〈7ステッチをマスター! コアラのブローチ作り〉
    (オカダヤ新宿本店/2024年4月29日)
     
    少し珍しいステッチを使って、お揃いのコアラのブローチを制作。2024年4月2日~5月5日には店舗の階段にあるウィンドウショウケースで作品展示も開催。
     
    日時:4/29(月・祝)13:30~16:00
    定員:8名
    講習費: 5,000円(税込5,500円)※材料費込み
    持ち物:使い慣れた道具がある方は針やハサミなど。『ステッチをたのしむ刺繍レッスン』の本をお持ちの方はご持参ください

神尾茉利さん

Staff Credit

撮影/高村瑞穂 取材・文/武田由紀子

おしゃれも暮らしも自分らしく!

LEE編集部 LEE Editors

1983年の創刊以来、「心地よいおしゃれと暮らし」を提案してきたLEE。
仕事や子育て、家事に慌ただしい日々でも、LEEを手に取れば“好き”と“共感”が詰まっていて、一日の終わりにホッとできる。
そんな存在でありたいと思っています。
ファッション、ビューティ、インテリア、料理、そして読者の本音や時代を切り取る読み物……。
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