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金原由佳 Yuka Kimbara
映画ジャーナリスト
兵庫県神戸市出身。関西学院大学卒業後、一般企業を経て映画業界に。約30年で1000人以上の映画監督や映画俳優のインタビューを実施。映画誌、劇場パンフレット、新聞などで映画評を執筆。著書に『ブロークン・ガール 美しくこわすガールたち』、共著に『伝説の映画美術監督たち×種田陽平』。映画祭の審査員、トークイベントなど講演・司会も多数。
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常日頃応援している日本映画ですが、ミドルエイジの女性を主人公とした作品となると、製作本数の比率で考えても数がぐっと減ってしまいます。自分の年齢と同世代の女性キャラクターの心境に肉薄したい、でも、ぐっとくるものがない、そんなジレンマを打ち破ってくれたのが野原位(のはらただし)監督の劇場デビュー作である『三度目の、正直』でした。
この映画は母親になりたいという願望を抱き続けるミドルエイジの月島春が主人公。一度目の結婚では残念ながら妊娠期間中に子供を失い、次のパートナー、宗一朗との生活では、連れ子である蘭と良好な関係を築いていましたが、蘭のカナダ留学を機に、宗一朗から別れを告げられてしまいます。
パートナーも娘も失った春が、三度目の母親になる機会を得たのは、公園で倒れている青年を発見したとき。記憶を喪失した彼を半ば強引に引き取り、母親のように振舞いますが、その行動は彼女の母親や弟から理解を得られません。
この春を演じているのが川村りらさん。兵庫県、神戸在住の川村さんは30代後半のとき、間もなく子育てが終わってしまうことを自覚し、やがて来る喪失感を回避するため、濱口竜介監督のワークショップへの参加を決意。
そのワークショップを経て出演した濱口監督の『ハッピーアワー』での演技が、同じワークショップに参加した他の主演女優3人と共に、2015年、第68回ロカルノ国際映画祭(スイス)にて最優秀女優賞を受賞しました。『三度目の、正直』では主演と脚本の二役を担当。春とパートナーの宗一朗、春の弟夫婦の二組のカップルが直面するミドルエイジクライシスを題材としたドラマです。
この作品は昨年の東京国際映画祭コンペティション部門にもノミネートされました。記憶喪失の青年を拾う、というともすれば少女漫画的な劇的な展開の話なのに、この映画の中の登場人物たちは、春をはじめ、誰かを育てたい、守りたいと、愛情を向ける矛先を求めて止まず、迷走する様子を浮かび上がらせます。
そういう生活者としてのリアリティのある仕草を川村さんがどう発想し、描いたのか、クリエイティブな話と同時に、ワークショップに参加したことで、最終的に海外と繋がった。そんな経験を踏まえ、川村さん自身に訪れた空の巣症候群と、そこからの脱出の過程について伺いました。
●川村りら(Rira Kawamura)
1975年生まれ。濱口竜介監督の『ハッピーアワー』(2015)で俳優デビュー。2015年、同作で第68回ロカルノ国際映画祭Concorso Internazionale最優秀女優賞を受賞。また、本作『三度目の、正直』では共同脚本も担当。他出演作、共同脚本作品に野原位監督の短編『すずめの涙』(2021)がある。
──日本映画で、ミドルエイジの女性の主人公の心境に肉薄する作品に出会えることはそう多くないのですが、『三度目の、正直』では、川村さんが演じた春や、春の義理の妹である美香子の空疎な気持ちが手に取るようにわかりました。
春は、パートナーの宗一朗から娘の留学を機に、「好きな人が出来た」と関係の解消を持ち掛けられて、人生の目標を失います。春は一度目の結婚でも、二度目の事実婚でも母親であり続けることができず、タイトル通り、三度目の正直として、公園で拾った青年の母親のようなものに無理やりなろうとします。子供というものへの執着がある意味、テーマになっていますね。
元々、野原位監督とは、明るいタッチのハッピーエンドの物語を共同で書いていたと聞いていますが、出演者の皆さんのキャラクターと照らし合わせているうちに、明るくない話の方がいいのではないかと落ち着いたと。経緯を教えてもらえますか?
「脚本に関しては、こういうものを作ろうという気概みたいなものはなくて、今、私が書けるものは何だろうと、撮影までの時間も差し迫っている中で、全力で野原監督と一緒に書いたものなんです。
脚本に自然な形で入ってきた要素は、やっぱり自分の体験が大きいと思いますね。周囲のエピソードも参考にしています。例えば、私の周りの友人でも、ひとりで家を出たいと言い出したパートナーを、納得してちゃんとお別れパーティを開いて送り出したとか」
──うわあ。それは懐が大きすぎる。
「脚本に書いたように、パートナーの連れ子を引き取って、育てているうちに、パートナーの男性よりも、その娘さんとの結びつきの方が強くなってしまったケースもあって。そういう女性同士の連帯ってわかりますよね」
──その感情もすごくわかります。映画では、春は宗一朗さんとの別れはどこかで納得できるんだけど、蘭の母親の立場を手放すことは納得できない。その感情もすごくわかります。
「そうですね、理屈ではないんですよ、感情が残るんですよね」
──春の弟、毅のパートナーである美香子は、ミュージシャンの夫の夢の片棒を担ぐ生活に息切れしています。毅もそうなんですけど、春のパートナーの宗一朗さんも、自分のパートナーのことをしっかり見ているようで、実は何にも見えていないという。
これは熟年カップルあるあるな関係だと思いますが、本音をあえて見ないようにしているのか、そういう恐ろしさがこの映画では出てきます。
「女性は女性側で、自分の意見をあまり主張できない環境にあることが多いですからね。双方の家族の中にいると、義理の両親やら、色んな関係性がありますし、どうしても自分の思うような振る舞いが出来なくて、そうできないことで自分を責めてしまうことがあると思います」
──毅と美香子みたいなカップルは、世の中に多く存在すると思うんです。夫の仕事にやむを得ず介入させられて、見返りなく、エンドレスに手伝わされている。これはいつまで続くんだろうと、言葉ではありがとう、助かってるで、って言われているけど、物理的にはずっと楽にならずに、飼い殺しみたいな日常で。
「共感してくれる人がどれだけいるかな、と思うのですが、脚本を書いた方からすると、たまたまこのカップルがそうなんだという。毅役は神戸をベースに活動されているラッパーの小林勝行さんが演じているんですけど、何かの折に、野原さんが“もし、小林さんが結婚したら、奥さんとどういうことをしたいの?”と質問を投げかけたときに、映画の中であるように、自分の作ったリリックを奥さんに書き起こしてほしいと答えられたんですよ。
それを聞いて、“おっ”と思って。奥さんと一緒に共同作業をしたいと。そういう欲もあるんだなと思って脚本に反映させました」
──小林さんには酷な描写になってしまいましたね。彼の夢である、リリックを奥さんに書きおろしてもらう作業が、相手にはこんな苦行だってことが結婚する前にわかっちゃった(笑)。
「本当にやるんだったらうまくやるんじゃないかと期待しておりますが(笑)」
──毅は決して悪い男性じゃなく、息子に対してはむしろいいお父さんでありますよね。
「今、優しいお父さん、多いですよね、だから、けっしてワンオペにはなっていない描写にもなっています」
──春の連れ合いの宗一朗さんは医者で、本人は意識していないんだけど、言葉の端々にプライドの高さが零れ落ちていて、これもよくわかる。蘭が留学で旅立った後、春が宗一朗さんに養子縁組に取り組まないかと提案したとき、「君のような普通の女性には無理だ」と一刀両断されます。
でも、映画が進むにつれ、春には痛ましい過去があって、全然普通とは言えない要素が見えてくる。長年月日を共にしたパートナーといえどもお互い全然、知らない領域があることを描いていますね。
「宗一朗さんはある程度優しくて、気遣いもできる男性だと思うんですけど、そういう想像力を働かせる相手がどうしても患者さんだったということですよね。春に対しては、彼女は普通の女性だと思っている。春の方も、そこまで自分の本音を寄せられなかったんだろうな。ありますよね、そういうこと」
──そもそも川村さんが映画と関わり合いを持ち出したのはどういう経緯なのですか?
「そうですね。私も36、7歳の頃、家庭の中でクライシス状態になって、美香子みたいになっていました。息子が中学生となり、部活動に夢中になっているのを見て、随分、手が離れたな、子育てが楽になってしまったなと気づいたとき、3人家族だったので、結構な孤独を感じてしまって。
今、振り返ると、いわゆる空の巣症候群だと思いますが、それでどうしようもなくなって、精神科に飛び込んだりしました。でも、私の場合は、お医者さんに『あなたはもう大丈夫』と通院終了を告げられた後もあまり状況は変わらず、何かしなくちゃいけないと思って、まずはシナリオ学校に通い始めました。学生時代は映画研究部に入っていたんですけど、その後は映画をそんなに見ていなくて、シナリオの勉強を始めたことで、再び映画を見るようになって」
──息子さんが中学に入られた段階で、もう空の巣症候群になってはいけないと、その予兆に備えるというのは早いですね。中高生でも、めちゃくちゃ干渉する親はいますから。
「そうなるのが怖かったんです。私の母親は、まあ、昭和の時代の典型的な母親でもあったので、わりと過干渉で、日常的に色々口出ししてくるんだけど、肝心なところでは関わらないという人で、私はそうなってはいけないと思っていました。ただうちは、一人っ子の男の子でしたから、やっぱり可愛くてしょうがない。でも、息子のことばかり考え過ぎるのは、自分にとっても、息子にとっても良くないなと。
そこを何とかしないといけないと思っているうちに、ドスンときたわけですね。そっぽを向かれたり、反抗期らしい反抗期がないのもまずいぞ、って思っていて、自分から離れた部分があったかもしれない」
──わかります。母親って、自分の息子を自分の理想の男性像に仕立てたいっていう、罠みたいな感情に絡み取られる瞬間がありますよね。絶対、理想の男性像なんかにならないのに(笑)。
「そういうのもあったかもしれない。可愛いんですよね(笑)、でも、そういった親の理想を押し付けるのはかわいそう。そこが一番大事なところで、窮屈な思いをさせたくないなというのは当時も、今も思います」
──何もかもなくした春が、公園で倒れている青年を発見し、彼を育て直そうとする作業に夢中になっていくのはわかります。一度目の結婚で生まれてくる予定だった子につけようと思っていた生人という名前を付けて。生人役を演じているのは、川村さんの実際の息子さんですが、いかがでしたか。
「実際の親子だけど、映画の中では親子の関係性を見せてはいけないというのはあったので、絶妙にずらさなくてはいけない感覚で演じていました。脚本を考えていた時、男の子を拾うというアイディアは突拍子もないことですけど、こういう話に彼を放り込んでみたらどうだろう、ってところでチャレンジしたという」
──戦慄したのは、夜の公園で見つけた生人を、「今晩だけ泊まっていきなさいよ」と誘いながら、翌朝には、彼のいる部屋の鍵を閉めて取り込んでしまうという。まるでグリム童話の『青い鳥』ですよね、ヘンデルとグレーテルみたいな。
「東京国際映画祭の上映の時に、本当はあそこで観客に笑ってほしかったんですけどね。あんまり笑い声が起きていなかった(笑)」
──笑うというより、怖い。圧倒されました。
「あれは、息子に対する母親の欲望というものを頭の中で究極までシュミレーションして見たとき、案外ここまでの欲望って、お母さんたち、持っているんじゃないかなと思ったんです。拾った子どもに対してでなく、実の息子に対する欲望を画(え)にしてみたら、このレベルにまで行動は行くんじゃないかなと」
──子育てをしていると、ああいう瞬間がよぎるときはありますよね。このままずっと、私の懐の中にいてちょうだいって。大きくなって、巣立たないでっていう感情。そうならないように、どこかで子供の手を離さなきゃいけない瞬間が来るんだけど。でも、ずっと手放さなかったために、大人になってこじれている母子関係も見たことがあります。
「ええ。本当に認めたくない欲望ですけど、ああいう瞬間はありますよね。息子にはとても言えませんけど」
──ここで、川村さん自身のお話を聞きたいのですが、そもそもの濱口監督との出会いについて教えてください。
「シナリオ学校に通っている頃に、濱口竜介監督の噂は聞いていて、一回、作品を見に行こうとシナリオ学校の仲間たちと映画館に『不気味なものの肌に触れる』を観に行ったんですね。そこで、神戸でワークショップが開かれるというチラシを見つけたんです。
映画が終わったら、横に坐っていた謝花喜天さんは泣いていて、“え? 泣く作品じゃないよね”と思ったりしたのですが、あの人には突き刺さるものがあって、もう一人、一緒に映画を見た伊藤勇一郎さんと、“どうしよう、参加してみる?”と。“でも、参加費7万円は高いよなあ”という話にもなって(笑)、でも3人で相談して、受けてみようかとなり」
──結局、3人とも『ハッピーアワー』に出演することになったので、濱口さんの作品を見たことと、ワークショップに参加したことで人生が変わってしまったんですね?
「そうですね、そこからですね。あのとき、なぜ、シナリオを書こうと思ったのかもわからないんです。その時は無我夢中で、子供に恥じぬように、何かしなくてはならないと思っていたので。謝花さんは『三度目の、正直』で春の元夫を演じていますが、よしおよしたか名義で脚本家としても活躍されていて、『還れ、大山へ』は平成27年度中四国ラジオドラマコンクールに入選し、『時子』も2015年のイルミナシオン映画祭シナリオ大賞グランプリを受賞されているんです」
──ワークショップに通ううちに、空の巣症候群が満たされていく感覚はありましたか?
「ありましたね。私みたいな子育て中の人はいらっしゃらなくて、『ハッピーアワー』ではミツという女性を演じた福永祥子さんのようにもう子育てを終えた段階の方はいらっしゃいましたけど、みんな生活をしている上で、何かしらの限界を抱えているという方が集まったワークショップだった。演技をしたくてという人が集まっているワークショップではなかったですね。
濱口監督も演技指導はしないとの前提で話していて、ワークショップで何をするのかわからないけど、もしかすると自分を変えられるかもしれないと思った人たちが多かったんじゃないかな」
──ロカルノ国際映画祭では、『ハッピーアワー』の主要4人のキャラクターを演じた田中幸恵さん、 菊池葉月さん、三原麻衣子さん、 そして川村さんの4人が最優秀主演女優賞を受賞されましたが、それでさらに状況は変わったりしましたか?
「ロカルノ国際映画祭に行ったときは、ただ映画祭の場でおいしい食事を頂いて、私たちはただその場にいるだけで、映画祭ってこういうものなのかなと思っていたんですけど、最終日に受賞をしてしまって、そこからはもう、方々から連絡が来るし、国内が凄いことになっているというのは聞いていました。私たち自身は何にも変わってはいないけど、帰ってきたら、状況は変わっていました」
──昨年10月に開催された東京国際映画祭では、フランスを代表する女優で、審査員長だったイザベル・ユペールさんが濱口竜介監督と対談されて、その場で見ていたんですけど、彼女の口から『ハッピーアワー』の4人の女優さんへの賛辞が出て、あの人たちをアマチュアというならば、プロの女優を辞めなくてはなりません、と話されていましたが、お聞きになりましたか?
「あのコメントは、ユペールさんの謙虚さと偉大さを感じました。『ハッピーアワー』のときの演技はあのときだけのものなのか、自分ではもうわからないですね。あの後、私自身はシナリオを書き続けていましたけど、常に映画の勉強をしているわけじゃないし、普段映画とは関係のない仕事をしています。
一般人であることは今も変わらないし、今後、映画の世界で生きていこうという気持ちも全くないので、アマチュアなんですね。でも、映画に二度出ると、アマチュアではないってことになっているのでしょうか。『三度目の、正直』という二度目の映画に出てしまったので、怖いものがあります」
──りらさんはLEEの読者世代でいらっしゃるんですけど、普通に日常を送りながら、国際映画祭のコンペティション部門にノミネートされるような作品を、脚本と演技で作り上げてしまう。読者からすると、日常との繋がりや接点を、どういう風に、自分の中でバランスをとられているんだろうと思います。ある読者にとっては目標というか、希望に見えるかもしれません。
「自分としては渦中にいるので、上手く言えないんですけど、『三度目の、正直』に出演している人はラッパーの小林さんを除くと、みなさん普通の仕事をしていて、周りを見ていても、自主映画製作に限っては、日常生活の延長線上でできることを実践され、エネルギーをひねり出している方が多いですね。
息子が、こないだ、ポロっと、“映画って夢があるよね”って言っていました。20代の瑞々しい感覚でそう思うんだなあと改めて思いましたし、普通に生活をしていても、何かのきっかけで、映画を通して、世界と繋がることができる。それがわかったのはご褒美のようなものですね」
──むしろ、ちゃんと生活をされている強みが、映画の中にいっぱい出ているように感じます。春は介護の仕事をしていて、トイレや洗面台の掃除をてきぱきとこなしている。ああいう場面は、川村さんの生活者としてのリアリティが上手く出ていると感じましたが、春さんの介護職というのはどこから出てきた発想なんですか?
「私も福祉関係の仕事をしていて、春の仕事の内容とはちょっと違うんですけど、ああいう女性だったら、ある程度、身体を動かしている仕事の方が見ている方に伝わるものがあるんじゃないかなと」
──野原監督と共同脚本になったのも、シナリオ学校に通っていたという経歴に加え、川村さんの生活者としての知識を求められたところはありますか?
「濱口さんのワークショップの序盤の方で、野原さんが来られたとき、濱口さんがみんなに向かって“彼は映画監督で、いつか彼からオファーが来たら受けてあげてください”って言ったんです。その時の印象が強く残っていて、何かの折に、一緒に作りませんかとお誘いがきたとき、私もシナリオを書きたかったし、そんなありがたい話があるのなら、ご一緒しようと思いました。
なかなか実らないことが多くて、企画も野原さんと何度も立ち上げて、苦節何年と言いますか、幾つ企画を立てたのかわからないくらい、あれこれ書きましたね」
──野原監督とは最初はハッピーな結末のドラマを考えていたけど、演じる皆さんとのキャラクターとすり合わせているうちに、今の話にシフトチェンジしたと聞きました。
「描き続けているうちに、深堀りと言いますか、どこか違う世界に没入していって、そうなると創作物には自然と世相が写ってくるものなのかなと思っていて結果的に、ああいう話になったのは本当に自然なことなんじゃないかなと思います。今、肌感覚ですけど、やっぱり明るい世界の物語は、自分としては難しいですね。特にコロナ禍で、余計そう思うようになりました」
──『三度目の、正直』は『ハッピーアワー』と同じ神戸を舞台としていますが、野原監督の風景の切り取り方が、昔ながらの下町の光景ではなく、ピカピカと光っている人工的な街の風景を切り取っていますよね。ピカピカすぎて息が詰まる感じが、私自身、神戸出身だからちょっとわかるというか。
「都市部で暮らす生活者の辛さってありますよね 今のお母さんたち大変だと思います。SNSがあるから。私が子育てをしているときはなかったから、本当にまだましでしたけど、気を遣わなくちゃいけないことが日常のなかにいっぱいあるんじゃないかと。想像し切れないですけど」
ここで、川村さんのインタビューに立ち会っていた野原位監督にもせっかくなので、参加してもらいました。
監督●野原位(Tadashi Nohara)
1983年栃木県生まれ。2009年東京藝術大学大学院映像研究科監督領域を修了。修了作品は『Elephant Love』(09)。共同脚本・プロデューサーの『ハッピーアワー』(15/濱口竜介監督)はロカルノ国際映画祭脚本スペシャルメンションおよびアジア太平洋映画賞脚本賞を受賞。また共同脚本として黒沢清監督の『スパイの妻』(20)に濱口監督とともに参加。劇場デビュー作となる『三度目の、正直』が2021年、第34回東京国際映画祭コンペティション部門に出品された。
──野原監督が今回、川村さんを起用される中で、すごくいいなと思ったのは、川村さんが顔のシミを修正しないまま演じていることなんです。プロの女優さんはメイクで綺麗に整えられて、疲れた役でもどこかピカピカにされるのですが、春さんにはそういう部分は一切なくて。
野原「シミはその人の人生の証なので、そのままでいてもらいました」
川村「映画の中ではあまりちゃんと化粧もしていないですね」
──川村さんに伺いますが、野原監督の演出の特徴は?
川村「私は濱口監督と野原監督の二つしか現場を知らないんですけど、最初に濱口さんの『ハッピーアワー』を体験した時は、全て決まっているというものでした。台詞はもちろん変えませんし、動きも、監督によってある程度、定められていました。
野原さんの場合は、俳優陣が自由にやってみて、違和感があったら、それをその場で微調整しながら消していくやり方に見えましたね。なのでみんな自由に動いていて、例えると濱口さんはち密なデッサン、野原さんはクロッキーという感じでした」
──『三度目の、正直』のキャラクターには、演じている方のプロフィールを反映されているところはありますか?
川村「宗一朗さんを演じた田辺泰信さんは公式HPのプロフィールにもありますが、作業療法士の免許をもっておられて、医療関係の仕事をしているから、医者として様になっていますね」
野原「田辺さんは『ハッピーアワー』でも外科医の役で、そちらも説得力がありました」
──野原監督は黒沢清監督の『スパイの妻』や先程から出ている『ハッピーアワー』の脚本を手掛けられ、この作品でプロの映画監督としてデビューされるわけですが、出演者は全員アマチュアで、関西に住んでいる人ばかり。そういう作品が国際映画祭でのコンペに選ばれたという事実は、地方で何か表現をしたいと考えている人たちを大いに勇気づける話ですね。
野原「そういう方たちの希望に少しでもなれたらうれしいです」
川村「と同時に、お母さんである方も、子どもを持っていない方も、焦って何かしたり、何者かになろうとしなくてもいいと思うんです。何もしないという選択も肯定したいです。それは何かしないといけないと焦っていた昔の自分に言いたいことでもあります」
野原「普通に生きていけることだけで、十分ですよね」
──今回の作品も、可愛そうな話じゃなくて、最後、春さんがすっきりした顔をしているのがいいなと。母親になりたいともがいた結果、本人が納得したラストなのがいいなと感じました。
野原「最終的には、こういう女性が今後どう生きていくうえで、納得するのかということを見せたかったので。解決策として、男性との関係性で何か映画としての決着をつけるのはやめようって、それだけは良くないってりらさんとは話しましたよね」
川村「結局は自分でしか答えは出ないですからね、他人に相談しても」
野原「ドラマによくあるのは、男性と別れて、でも、違う素敵な男性と出会って、この先うまくいくよという予感で終わるものですけど、この映画では春という人は、自身で解決できる結末じゃないといけない、そういう話をりらさんとしました」
川村「というのも、野原さんは、女性がとっても好きなんです」
野原「どういうこと? その言葉だけ流れたら、大丈夫?って思われちゃう(笑)」
川村「ごめんなさい、誤解を招く話し方で(笑)。そういう意味じゃなく、野原さんは女性というのは素晴らしいものだと思っている感じがします」
野原「ああ、よかった。僕の父親は典型的な亭主関白で、苦労している母親の姿を見て育った面があるのと、その上でおばあちゃん子だったりもしたので、女性は自由に生きて欲しいと。母も本当はいろいろやりたいことがあるだろうなとずっと思っていました」
──今、かつての川村さんのように、子育てが終わりそう、これから私は何をすればいいのと戸惑っている読者に向かって、何かアドバイスを一ついただけます
川村「何かしなきゃっていう、そういう強迫観念から一度解放される方が健全だと思うんですけど、それが本当に難しいことなんですよね……。やっぱり他人と自分の人生を比較してしまう。そういう風にも育てられてきているし。難しいですよね。
今40代になって、悩んでいた30代後半の自分に言いたいのは、その日一日を無事に過ごせたらいいじゃないかということ。ただ、その当時の私にこの言葉が届くかどうかはわからないです。自分を受け入れることって本当に難しい。でも、それをしないといけない局面はどこかで必ず来ます。そこを乗り越えるためにも、まずは自分を本当の意味で尊びたい。それには、とことん、自身と対話をし続けるしかないのかなと思っています」
黒沢清監督の『スパイの妻』、濱口竜介監督の『ハッピーアワー』で共同脚本を務めた野原位の劇場監督デビュー作。パートナーの宗一郎の連れ子がカナダに留学。それを機に、別れを言い出された月島春は、ある夜、公園で記憶を失くした青年と出会い、彼を神からの贈り物だと信じ、囲い込んでしまう。
春の弟でミュージシャンの毅は、自分の創作を献身的に支える妻、美香子を愛しながらも、彼女の精神の不調をどこか見て見ぬふりをしている。二組のカップルが抱える所在なさや、ミドルエイジの揺れる模様を神戸の街を舞台に描き出す。『ハッピーアワー』の出演陣の多くが参加し、同作品でロカルノ国際映画祭の最優秀女優賞を受賞した川村りらが春役を演じている。神戸出身のラッパー・小林勝行が毅役で、俳優に初挑戦している。
2021年製作/112分/日本
配給:ブライトホース・フィルム
©2021 NEOPA Inc.
2022年1月22日(土)より、シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
『三度目の、正直』公式サイト映画ジャーナリスト
兵庫県神戸市出身。関西学院大学卒業後、一般企業を経て映画業界に。約30年で1000人以上の映画監督や映画俳優のインタビューを実施。映画誌、劇場パンフレット、新聞などで映画評を執筆。著書に『ブロークン・ガール 美しくこわすガールたち』、共著に『伝説の映画美術監督たち×種田陽平』。映画祭の審査員、トークイベントなど講演・司会も多数。
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