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国王の遺骨を発見したのはひとりの主婦。『ロスト・キング 500年越しの運命』 実在のモデル、フィリッパさんにインタビュー

  • 金原由佳

2023.09.22

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二児の母が、英国史を塗り替える世紀の大発見。彼女はなぜ、500年ぶりに、リチャード三世を発掘できたのか?

フィリッパ・ラングレーさんをモデルとした主人公を演じるのは、オスカー受賞作『シェイプ・オブ・ウォーター』(2017年)でアカデミー主演女優賞の候補となったサリー・ホーキンス。

リチャード三世と聞けば、ほとんどの人がシェイクスピアの戯曲「リチャード三世」を思い浮かべるのではないでしょうか。我が身の醜さを呪い、美男美女や口上手が持て囃される軽薄な時代を嫌悪し、自分は悪党になるしかないと決めた男。薔薇戦争の最中、ランカスター家を打ち破って王位についたヨーク家のエドワード四世が若くして亡くなったことから、リチャードは王位継承の順位が高い兄クラレンスをはじめ、政敵を次々と亡き者にしていきます。特に多くの人々を憤慨させるのが、2人の幼い甥のエドワードとリチャードをロンドン塔に幽閉して、殺害したというエピソード。シェイクスピアの名文によって、歴代の英国王において「稀代の悪王」と呼ばれてきたのが、リチャード三世なのです。戦闘で命を落とした最後の英国王でもあり、死体は川に流され、墓もないというのが通説でしたが、2012年、500年以上、所在がわからなかったリチャード三世の遺骨が、イギリス、レスターのある駐車場から発掘されたのです。

この世紀の大発見となった発掘調査の指揮を取ったのは、二人の男児の子育て中だったフィリッパ・ラングレーさん。アマチュアの歴史家で、周囲が驚くほどリチャード三世の遺骨探しに夢中になったといい、彼女をモデルに推し活の日々を描いたのがスティーヴン・フリアーズ監督の『ロスト・キング 500年越しの運命』となります。フィリッパさんを演じているのは『シェイプ・オブ・ウォーター』のサリー・ホーキンス。今回は、リチャード三世の名誉回復にも尽力したフィリッパさんに、なぜ、彼を好きになったのか、伺いました。

フィリッパ・ラングレー
1962年生まれ。リチャード三世に魅了され、彼の名誉回復を目指し、8年に及ぶリチャード三世の遺骨発掘プロジェクトを先導。2012年、500年もの間、行方不明になっていた遺骨を発掘し、英国王室の歴史を覆した。13年、リチャード三世協会よりロバート・ハンブリン賞を授与され、同年3月2日には同協会の名誉生涯会員 (Honorary Life Membership) となった。チャンネルフォーとダーロウ・スミソン・プロダクションが製作した、リチャード三世の捜索を描いたドキュメンタリー番組「The King in the Car Park」(未)は、 “スペシャリスト・ファクチュアル”番組の中で30年の歴史上、最も視聴率を得た。彼女のオリジナル作品「Looking For Richard Project」をベースに作られ、その年のベストヒストリープログラム部門のロイヤル・テレビジョン・ソサイエティ賞を受賞した。また、歴史学者マイケル・ジョーンズとの共著「The King’s Grave – The Search for Richard III」(出版社情報:John Murray, UK; St Martin’s Press, USA, 13)はベストセラーを記録。14年、長年の苦労をまとめ、「Finding Richard III: The Official Account of Research by the Retrieval & Reburial Project」を出版、共同執筆者には同プロジェクトのメンバーでもあったジョン・アッシュダウン=ヒルらが名を連ねている。15年には、リチャード三世の遺体発掘と特定における貢献に対し、エリザベス二世より大英帝国勲章第5位(MBE)を授与された。

伝承で伝わってきた場所に遺骨はなかった。ここからは私が探すとアクセルを踏み込んだ

劇中のフィリッパとリチャード三世の対話の場面は「私は死者とは話さないけど、構成上、重要な要素で、好きです」というフィリッパさん。

スティーヴン・フリアーズ監督は映画の中で、あなたをモデルとした、サリー・ホーキンスさんが演じる主人公、フィリッパと、彼女だけに見えるリチャード三世(ハリー・ロイド)とずっと対話をしながら遺骨探しをするのですが、実際、フィリッパさんも日々、心のなかで彼と会話をしていたのでしょうか?

「いえいえ、あれは、映画用に作られたエピソードですね(笑)。私自身は死者と話すことはありませんでした。けれども、映画にとっては、これはとても重要な要素だと思っています。というのも、この映画は、私がどう調べて遺骨のある場所を探し当てたかというストーリーであると同時に、リチャード三世がどういう人生を送ったかを伝える物語だからです。私を演じたサリー・ホーキンスがリチャード三世と対話することで、そのとき、私は何を感じているのか、何を考えているのか、ダイレクトにお客さんに伝わります。とても効果的な手法だったのではないかなと感じています」

映画を見ながら共感したのは、フィリッパさんが、周囲から子育てや家事を優先させるように言われながらも、強い知的好奇心と探究心にストッパーをかけずに、とことん調べ、古い文献をあたり、実際の史跡巡りにも手を抜かない様子でした。誰しも、自分の好きな対象の事実を知りたい、明かしたという気持ちはあると思いますが、ご自身が、「あ、私のめり込んだな」「もう前とは同じ生活に戻れない」と思った時期はいつでしたか?

「映画にもあるように、私は、リチャード三世の貶められた名誉回復を目的にしたリチャード三世協会に所属しました。リチャード三世は薔薇戦争の最後の戦いであるボズワースの戦いで、後にチューダー朝最初の王となるヘンリー7世と戦って負けて、戦死するんですね。1980年代に、ある歴史家が、リチャード三世が埋められているのは教会だと推論した本を出しました。その場所を今の地図と照らし合わせると、ある銀行前の道路の下であると。それに基づいて、リチャード三世協会は論説を信じて、そこに標識をだしたんです。ただ、一般道だったため、発掘調査が出来ず、根拠もないまま、その説が伝承されることになりました。
 ただ、その前の1975年に、オードリー・ストレンジという人がリチャード3世の遺体はレスターシャー・カウンティ・カウンシルの駐車場に埋まっているのではないかという学説を発表しました。彼女はその根拠を説明しなかったので、その説を皆真剣に受け止めず、先程の歴史家の情報を信じてきたんですね。ところがその一般道が発掘されることとなり、調べたんですけど、なんにも出てこなかったんです。

 私にとっては、それがターニングポイントになりました。伝承は間違っていた。それまでレスター市はリチャード三性の墓探しを重要なものとして受け止めてこなかったけど、おそらく、お墓はむかし修道院があった、現在の駐車場の中のどこかに違いないと。ここからは、私がきちんと調べてプロジェクトを進めなければという気持ちになりました。私自身は、興味を持って2004年ぐらいから、自分なりに調査をしていましたが、2007年の発掘調査でこれまで伝承されたところには何もなかったということがわかり、すべての事情が変わって、ここからは私がアクセルを踏まなければいけないと思ったのを今でもよく覚えています」

次男から言われた「なんで子供に夕食を買いに行かせるのか」。
推し活を支えたのは夫から子供への丁寧な説明

リチャード三世の墓探しにのめり込むフィリッパに、不満を募らせる息子たちをフォローするのが、元夫のジョン。演じるスティーヴ・クーガンは、新聞記事に目を留め、本作の脚本、プロデュースも手掛けた。

映画の中では、リチャード三世のお墓探しにアクセル全開となったフィリッパさんののめり込みようをサリー・ホーキンスさんがそれは魅力的に演じていますが、その熱心さが家族に様々な軋轢をもたらしますね。日本では、自分が好きなもの(=推し)を応援する活動を推し活という言葉が使われるようになって、肯定的に語られることが多くなってきたものの、主婦の推し活は、まずは子育て、家事を優先してからと言われがちです。映画の中のフィリッパも、スティーヴ・クーガンが演じる元夫にかなり厳しいことを言われていますね。活動と家庭の運営のバランスはどうとられたんでしょうか?

「今おっしゃったことに、まさに共感します。今となっては、息子二人は応援をしてくれていますが、映画にも出てくるように末っ子のレイフが、ある日、『僕が母親だったら、毎晩、息子のために食事を作って、子供に夕食を買いに行かせたりしない』というようなことを言われたことがあります。彼にとっては、なんで母はリチャード三世になんてそんなにハマるのか。なんで僕に食事を作ってくれないのか、諸々疑問があったんです。長男の方は、どちらかというと、もう少し理解があって、『まあ、お母さんは忙しいからね』と私のやっていることを眺めてくれたんですけれど。時間が経つにつれ、レイフも大人になって理解を示してくれたのですが、そこで大切だったのは、なぜ、私がこんなことをしているのか、何をしているのか、という情報をつねに与えることでした。映画にもあるように、夫のジョンが(映画では元夫の設定)が、私と子どもたちの間に入って、全て説明してくれて、サポートしてくれたので、推し活にとっては、そのことがとても大きかったと思います」

勝者が塗り替えた、敗者リチャード三世のイメージ。シェイクスピアの戯曲とは違う、真実の姿とは?

狡猾なイメージが染み付いたリチャード三世像を書き換えるのが、今作のリチャード三世を演じたハリー・ロイド。チャールズ・ディケンズの子孫だそう!

なるほど。そこまでフィリッパさんをかきたてた原動力はなんですか?

「勝者が歴史を変えていくというのは事実だと思います。特にリチャード三世に関しては。彼の死後、次のチューダー朝の王たちによって、リチャード三世のイメージが塗り変えられていきました。私は、後世が歪めたイメージを払拭して、歴史的な事実を資料に基づいて発掘し、リチャード三世の正しい人物像を描きたかったっていうのが大きな原動力としてあります。リチャード三世を本作で演じたハリー・ロイドは歴史的な事実に基づいたリチャード三世を見事に演じてくれたと思います。シェイクスピアが創った狡猾で、残虐なリチャードではなく、これこそが、事実に基づいたリチャード三世なんですよ、という姿を観客に伝えてくれています」



歴代の英国王の王位から777日間の任務を調べ、浮かび上がったリチャード三世のポテンシャル

フィリッパは、リチャード三世の事実に基づく名誉回復を望み、奮闘する。

たしかに、ハリー・ロイドさんが演じたリチャード三世は、物悲しい瞳を称える、静かな男性という人物像ですね。映画史においては、アル・パチーノが監督したドキュメンタリー『アル・パチーノのリチャードをさがして』で、アル・パチーノが演じた眼光鋭い策略家ではなく、『ロスト・キング』では、王として色々試せる力量はあったのに、その前に若くして死んじゃったという儚さが強く出たリチャード三世になっていますね。

「おっしゃる通りだと思います。私は教会のために、ある論文を書いたんですけれども、リチャード三世が王位に就いていた777日間の在位の間に、彼が何を達成したのか、分析を行いました。すなわち、ヘンリー五世や、エリザベス一世など歴代の英国王が、王位について777日間で何をしたのか、比較してみたんです。するとですね、リチャード三世は他の王より、断然、多くのことを達成していたんです。それだけで、彼のポテンシャルがわかると思います。生きた時間、王位に就いた期間は2年足らずと短いものでしたが、人としていろんな成果を出していた。薔薇戦争のボズワースの戦いで生き残っていたら、その後、何ができていたか。イギリスの歴史を変えるぐらいの出来事を成し遂げていたかも知れません」

ここに彼が眠っているという直感を原動力に、データを積み上げ、説得していった

掘削作業は2012年8月25日から始まり、9月12日、レスター大学のチームが、見つかった人骨がリチャード3世の可能性があると発表し、瞬く間に世界中にニュースが広まることに。

なるほど。ぜひ聞きたいのですけど、映画でもエモーショナルに描かれていましたが、昔の修道院があったのではないかという駐車場に行ったとき、フィリッパさんは、ここにリチャード三世が眠っていると、直感でインスピレーションを得たと聞きました。その直感を、同じビジョンを持たない人々に説明するのは、とてもご苦労されたのではないですか? 実際のフィリッパさんは、データの検証を積み上げるタイプだったと聞きますが、実際にはどうだったのか、お伺いしてもいいでしょうか。

「そうですね。レスターに行って、駐車場の上を歩いた時、“あ、リチャード三世のお墓の上を歩いている”という直感を得ました。それは自分にとっては確かな感覚だったんですけど、それだけでは大学の先生方に、“ここに埋まっています”という説得は出来なかったので、そこから調査をスタートさせました。なので、出発点は映画にあるように、自分の直感から始まっているのですが、実際に発掘の許可を得るためには、データに基づいて説得していきました」

自分が信じたことを貫くには、とにかく行動にうつす。目標を信じ、トライすることに集中することが大切

在野の研究者であるフィリッパが、市政や大学の研究者をプロジェクトに誘い込む熱意がみもの。

発掘が成功し、リチャード三世の遺骨が発見された瞬間、いろんな人物が現れて、フィリッパさんの手から功績を奪っていくような描写もあり、実に苦々しい思いを持ったのですが、フィリッパさん自身は、この映画を通して、日本の観客に伝わればいいなと思っていることは何でしょうか?

「やっぱり、自分にとって大切なことがあれば強い意志を持って貫くということ。それを皆さんに伝えたいと思います。たとえ障害があっても、何らかの方法で乗り越えられます。周りの人々に意地悪なことを言われても、無視して、自分が信じていること貫く、行動に移すっていうことですね。自分の目標を信じ、今トライしていることにとにかく集中をすることが大切だと、この映画からくみ取っていただけたらと思います」

リチャード三世の骨から伝わった姿は、戦場での勇敢さだった。

発掘された遺骨には頭部にひどい外傷痕が残されていて、フィリッパさんは「戦場での勇敢さ、偉人だったことが、しっかり感じとることができた」。

最後に、考古学者の方は発掘した骨を前にして、「骨は語る」と言いますが、フィリッパさんにとっては、リチャード三世の骨が語りかけてきたことはなんでしょうか?

「リチャード三世の遺骨からは、彼の真実の姿が伝わってきました。ひとつは、彼が戦場でいかに勇敢だったか。それは資料として語り継がれてきてものではありますが、骨にも強い痕跡が残っていて、様々な状況が伺えるんです。戦局が悪くなったとき、部下が彼の命を救うために、馬に乗って逃げてくださいというのですが、リチャード三世は、“この場で英国王として死ぬか、生きるかだ”と逃げることを拒んだらしいんです。彼の骨からは、戦場での勇敢さ、偉人だったことが、しっかり感じとることができました。
 それと、さいごにもうひとこと。実は日本にもリチャード三世協会の会員がいらっしゃいます。この映画を見て、我々とリチャード三世についてどっぷりと語り合いたい方、ぜひ、会へのアクセスをお待ちしています」

『ロスト・キング 500年越しの運命』


2012年、500年以上にわたり行方不明だったリチャード三世の遺骨が、イギリス、レスターのとある駐車場から発掘された。調査の指揮を執ったのは、主婦でアマチュア歴史家のフィリッパ・ラングレー。会社員として働きながら二人の息子との母でもあった彼女は、家族や同僚から理解が得られなくても、著名な専門家や研究家から懐疑的な目で見られても、諦めることなく自らの直感と信念に従い、英国史上もっとも冷酷非情な王として知られるリチャード三世の真の姿を探し当てた。シェイクスピアが描いた稀代の悪王の本当の姿とは? 脚本・製作を務めるのは、フィリッパの夫ジョンを演じたスティーヴ・クーガン。イギリスでは遺骨発見から10周年のタイミングで公開された。


9月22日(金)よりTOHO シネマズ シャンテほか全国ロードショー
監督:スティーヴン・フリアーズ
脚本:スティーヴ・クーガン、ジェフ・ポープ
出演:サリー・ホーキンス、スティーヴ・クーガン、ハリー・ロイド、マーク・アディ
原題︓THE LOST KING 
提供:カルチュア・エンタテインメント 配給:カルチュア・パブリッシャーズ
⽇本語字幕:松浦美奈 映倫区分:G
2022 年/イギリス/英語/108 分/ビスタ・サイズ/リニア PCM5.1ch

© PATHÉ PRODUCTIONS LIMITED AND BRITISH BROADCASTING CORPORATION 2022 ALL RIGHTS RESERVED.

金原由佳 Yuka Kimbara

映画ジャーナリスト

兵庫県神戸市出身。関西学院大学卒業後、一般企業を経て映画業界に。約30年で1000人以上の映画監督や映画俳優のインタビューを実施。映画誌、劇場パンフレット、新聞などで映画評を執筆。著書に『ブロークン・ガール 美しくこわすガールたち』、共著に『伝説の映画美術監督たち×種田陽平』。映画祭の審査員、トークイベントなど講演・司会も多数。

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