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【新垣結衣さんインタビュー】映画『正欲』で表現する孤独。地球上のどこにも居場所が見つからない。

  • 金原由佳

2023.11.10

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こんな新垣結衣さんは見たことがない。
それが岸善幸監督の『正欲』を見て強く感じたことです

新垣結衣さん演じる夏月と、磯村勇斗さん演じる佳道は同窓会で再会。二人はある出来事をきっかけに、結びつきを深めていく。

朝井リョウさんの同名小説を原作に映画化した『正欲』は第三者には知られたくない指向を持つ人々が登場する物語で、新垣さん演じる夏月も少女期より自身の指向を自覚して生きてきました。親が望むような結婚をして子供を持つという選択肢はない。けれど、その生き方を自身の指向と絡めて周囲に説明しても、理解を得られることは難しい。普通の人生を送れない諦めや葛藤を新垣さんが繊細に演じていて、人を慮る眼差しがこれまでとを一新する役割を果たしています。

11月1日まで開催されていた東京国際映画祭のコンペティション部門で最優秀監督賞と観客賞を受賞した『正欲』について、新垣結衣さんに伺いました。

新垣結衣
1988年生まれ、沖縄県出身。2007年公開の主演映画『恋空』(今井夏木監督)が大ヒットとなり、第31回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。『ミックス。』(’17/石川淳一監督)では第41回日本アカデミー賞優秀主演女優賞、第60回ブルーリボン賞主演女優賞を受賞。近年の主な出演映画は『劇場版コード・ブルー-ドクターヘリ緊急救命-』(’18/西浦正記監督)、『GHOSTBOOKおばけずかん』(’22/山崎貴監督)など。テレビドラマでは、「コード・ブルー-ドクターヘリ緊急救命-」(CX)シリーズ、「リーガル・ハイ」(CX)シリーズ、「逃げるは恥だが役に立つ」(’16/TBS)、「獣になれない私たち」(’18/NTV)、NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」(’22)、「風間公親-教場0-」(23/CX)などがある。ヤマシタトモコの同名漫画を実写映画化する『違国日記』(瀬田なつき監督)で主演を務め、24年に公開予定。

この世界で普通とされていることに擬態しながら、
自分の指向と向き合う女性

夏月はショッピングモールの寝具店売り場で働く。実家暮らしで、人と深く関わらないように過ごし、代わり映えしない毎日を送っている

『正欲』の夏月は、これまで新垣さんが演じられてきたキャラクターの中で、生活という点では私たち観客と最も距離が近い人物だと感じました。地方での実家暮らしで、仕事はショッピングモールの寝具店売り場の販売員、親から結婚や孫の誕生を期待されているけれど、両親の希望には応えられないことを説明するのももう億劫だし、本音も言えない。前半はあらゆることを諦めている表情で、他人にどう見られたいとかももう放棄して、新垣さんのこれまでにない無防備な顔が映されていて、驚きました。

今回、夏月の抱える指向の部分について、撮影前から監督やスタッフの皆さんとたくさん意見交換をしていて、この映画においての表現の仕方などに共通認識を持つことと、夏月が何をどう感じるのかをひたすら想像することがとても重要でした。撮影前の衣装合わせの時間で、岸善幸監督と夏月について話し合ったときのことです。私は事前に朝井リョウさんの原作や、脚本を読んで、夏月の普段の服装に関して、女性性を感じさせないものを選ぶんじゃないかと監督に話したんです。すると、岸監督から『夏月はこの社会に擬態したいと思っているから、一般的な女性らしいもの、世の中の大多数が思う普通の格好を選択しているんじゃないか』と指摘されて、『あ、なるほど』と腑に落ちたんです。そのとき、この役を演じるには、一方向からではなく多方面から夏月を見ることが大事だと改めて思いました。

夏月は表面的には、他の人と同じ様に毎日仕事をして、変わらない生活をしている。けれど、とある指向を持っていることから、自分と同じような人はいないんじゃないかと諦めるような気持ちを持ち、地球上のどこにも自分の居場所はないという感覚を持っている。常に居心地が悪い。常に体が重い。生きていくことに気力がわかない。日常においてひとりになるシーンでは、葛藤が隠しきれなくなり、人生に何か夢や未来を感じるほどの余裕はない。演じていても常に体がだるいみたいな感覚でした。

撮影中、カメラにどういう表情で写っているかはあまり意識していなかったのですが、さっき言ったような、夏月が何をどう感じるのかという感覚を大事にしていたので、それが伝わったら嬉しいなと思います。

漠然と感じていたものを言葉にして、世界を広げる。
朝井リョウさんから教わった眼差し。

朝井リョウさんは原作のプロローグで、名、年齢、セクシャルアイデンティティが不明のまま、とある人間の切迫感ある問いかけが読者へと投げかけられます。そこには、「多様性、という言葉が生んだものの一つに、おめでたさ、があると感じています。」「多様性とはマイノリティの中のマジョリティにしか当てはまらない言葉で、話者が想像しうる“自分と違う”にしか向けられていない言葉」と指摘されています。

今回、『正欲』のオファーをいただいて初めて朝井さんの作品を読んだのですが、原作に関しては、朝井さんと同世代としての感覚や価値観を共有しているような気がしました。これまで漠然としていて言葉にはできないけど、確かに感じていたもの。それを言葉にして可視化してもらった感じがします。原作を読んで改めて教えてもらったこともあるし、やっぱりそうだよねと思えたところもあった。朝井さんの世の中への深い眼差しが、視野を広げてくれたような気がします。



夏月と佳道の出会いは二人にとって救い。
磯村さんの演技はとてもナチュラル

食品メーカーに務めていた佳道は、同僚に言えない葛藤を抱える

夏月はSNSを通じて、自分の指向を満たすプラットフォームを探していて、そこでの投稿を通じて、名前も性別も知らない誰かに同じ指向を見出し、自分だけではないという一筋の光を見つけます。特に磯村勇斗さん演じる佳道とは同じ秘密を共有する者として、いわゆる一般的な恋愛とは全く違う形で結びつき、とても素敵だなと思えるシーンになっていました。運命的な関係性を出すことで意識されたことは?

夏月と佳道が出会えて、本当に良かったと思います。撮影は、私が先にクランクインして、夏月の重く苦しい日常の場面をたくさん撮っていたので、磯村さんがクランクインされたときは本当に嬉しくて、『やっと会えた!』みたいな感じでした。もしかしたら、夏月と佳道が再会できた時の感覚はこんな感じだったのかもしれないと思いましたね。磯村さんの演技も、お人柄もとてもナチュラルで、自然と二人のシーンに入っていけたなという印象です。スタンバイの場所でお借りしていたのが古い日本家屋だったんですけど、出番がないとき、ここってどうなっているんだろうと磯村さんはあちこち探検していて、最終的には屋根裏につながるハシゴを見つけて上がっていました。私は暗くて怖いから、行きませんでしたが、好奇心旺盛な方なんだなあと。

 佳道と出会ってから夏月は変わるし、佳道にとっても夏月との出会いは救いになる。二人の日常は基本的に穏やかで、これ食べて美味しかったねとか、そういう小さな喜びで支えられている。具体的にふたりで、ここはこうしようみたいな打ち合わせをしたわけではなく、 磯村さんの雰囲気にも助けられて自然にふたりの空気が出来上がったと思います。

身近な場所である家庭が、居心地が悪いというのは辛い。
元いた場所から飛び出し、居場所を作る方法もある。

中学生時代の夏月と佳道

おそらくLEEの読者が最も強く共感するのは、夏月が世のスタンダードとされる幸福の価値観から外れていて、両親からの物言わぬプレッシャーに悩んでいる部分かと思います。

自分の一番身近な場所であるはずの家庭の居心地が悪いというのは、とても辛いですよね…。映画の中で夏月と佳道が、新しく自分たちの生活を始められたように、元いた場所を飛び出して、どこかに自分で居場所を作ってしまうというのは一つの方法としてとても良いですよね。その時その時の適度な距離感ってとても大事だと思います。もちろん、人それぞれ環境や状況によっては、スムーズにいくことも、そうでないこともあるとは思いますが…この映画を見てくださった方が、登場人物たちの物語を知ることで、どこか救われると良いなと思います

ネタバレになるので詳しく言えませんが、私は夏月と佳道が世の中の恋愛とはこういう感じなのかなと二人で想像して喋りあう場面がとても好きです。そうやって語り合う時間さえあれば、これからも生きていけると思いました。

そうですね。あのシーンも想像していたよりもすごく素敵なシーンになったなと思っていて。二人でいる安心感と、 それを失った時の恐怖など、いろんな感情が押し寄せてきて、二人が共に時間を過ごせていることが当たり前じゃないんだなって思うと全部が尊いです。

立場が違うと、人の見え方が変わる。
色んな方向から人物を見ることの大切さ

稲垣吾郎さん演じる啓喜は検事。世のマジョリティ、正論を象徴する人物。

夏月にとって運命共同体的な存在である佳道と対象的な人物として、稲垣吾郎さん演じる検事の寺井啓喜という人物が登場します。世の中のマジョリティの真ん中を歩いてきたような人物で、世の中には夏月のような指向の人がいるとは想像だにしていない人です。まさに正論しか言わない人ですが、映画の中盤以降、夏月と啓喜は言葉を交わす機会を得ます。

夏月と啓喜の二人のシーンは、出会いとクライマックスとでは、お互いの印象が全く違い大きなギャップを感じさせます。最初の出会いでは啓喜はとても紳士的で穏やかで、それが、クライマックスでは立場が違うと見え方がこんなに違うんだというほど変わってしまいます。人って、一方向からだけじゃなく、色んな方向から見ることによって見え方の印象が違うということをすごく感じました。

啓喜は不登校になった息子の教育方針をめぐり、妻と意見が食い違う

何が正しくて、何が間違っているのかを、
『正欲』は押し付けたりしない。

最後に『正欲』を通して、観客に伝わってほしいと思うことは?

見てくださった方それぞれが、自由に見て感じていただけたらと思っています。私自身は、原作を読んだときも、そして完成した映画を見たときも、『正欲』という作品から、この物語を見てどう思いますか?と問われたような感覚がありました。何が正しくて、何が間違っているのかを押し付けたりするようなものではなく、ただ、どう感じますか?と。それは今も、はっきりと言葉にすることはできませんし、むしろ、すぐに答えを出して終わりにするようなものでもない気がしています。だから、考え続けることを大事にしたいと、改めて思いました。この作品に出会って、そんなことを考えるきっかけをいただけたことをありがたく思っています。見てくださった方にとっても、何かのきっかけになったり、何かが心に届いてくれたらとても嬉しいです。

撮影/菅原有希子
スタイリスト/小松嘉章(nomadica)
ヘア&メイク/藤尾明日香

『正欲』


朝井リョウの同名小説を『あゝ、荒野』の岸善幸監督、港岳彦の脚本で実写化。家庭環境、指向、容姿などそれぞれ異なる背景を持った人々が、生きていくための推進力を探る物語。不登校の息子を持つ検事、寺井啓喜に稲垣吾郎。人に知られたくない秘密を持つ桐生夏月に新垣結衣。夏月と磯村勇斗演じる佳道は同窓会で再会し、秘密を共有することで、結びつきを強固にするが…。


11月10日(金)よりシネマズ日比谷ほか、全国ロードショー。

稲垣吾郎 新垣結衣 磯村勇斗 佐藤寛太 東野絢香
監督・編集:岸善幸 原作:朝井リョウ『正欲』(新潮文庫刊) 脚本:港岳彦 音楽:岩代太郎
主題歌:Vaundy『呼吸のように』(SDR)
撮影:夏海光造 照明:高坂俊秀  制作:murmur 制作プロダクション:テレビマンユニオン 配給:ビターズ・エンド
© 2021朝井リョウ/新潮社 © 2023「正欲」製作委員会 

金原由佳 Yuka Kimbara

映画ジャーナリスト

兵庫県神戸市出身。関西学院大学卒業後、一般企業を経て映画業界に。約30年で1000人以上の映画監督や映画俳優のインタビューを実施。映画誌、劇場パンフレット、新聞などで映画評を執筆。著書に『ブロークン・ガール 美しくこわすガールたち』、共著に『伝説の映画美術監督たち×種田陽平』。映画祭の審査員、トークイベントなど講演・司会も多数。

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