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映画『シチリア・サマー』で描く少年たちの純愛と悲しい最期【ジュゼッペ・フィオレッロ監督インタビュー】

  • 金原由佳

2023.11.23

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イタリアの同性愛者支援の礎となった実在の事件を描く。
2人の若者はなぜ、何者かに殺されのか

1980年、陽光眩しいイタリア、シチリア島で、手を握りしめていた若い男性二人が何者かに銃で撃たれて命を落とした。かねてから地元では同性愛者であることを揶揄されたり、憎悪をぶつけられていたという。報道を受けて、二人の葬儀には、彼らの死を悼む見知らぬ人たちが2000人以上押し寄せ、今日までイタリア最大規模の団体として活動を続けるLGBTIに関する非営利団体“ARCIGAY(アルチゲイ)”が設立されるきっかけにもなった。
ジュゼッペ・フィオレッロ監督による『シチリア・サマー』は上記の実在の事件を元にして制作されました。シチリアで生まれ育ったフィオレッロ監督は、「当時のシチリアの男たちは非常に閉鎖的で、同性愛に対して恥という意識を持っていた」とその背景を理解しつつ、あれから40年経って、なぜまだ犯人がわからないのか、この映画で探っていきます。眩い陽光、青い海、わたしたちが憧れるイタリアの大家族の屋外での夕食。しかしながら、身内に対して、限りない優しさを注ぐ人々が、家族に同性愛者がいるとわかったときに見せる強い拒絶感。
16歳と17歳の青年の恋を演じる俳優陣の熱演もあり、イタリアでは大ヒットを記録。事件と映画が社会に及ぼす影響について、フィオレッロ監督にお聞きしました。

©︎Leandro Emede

ジュゼッペ・フィオレッロ Giuseppe Fiorello
1969年生まれ、シチリア出身。90年代から劇映画、テレビ映画の多くの作品で俳優として活躍。主な出演作にマルコ・リージ監督『モニカ・ベルッチ ジュリア』(’98)、ジュゼッペ・トルナトーレ監督『シチリア!シチリア!』(’09)、ロベルタ・トッレ監督『キスを叶えて』(’10)等。2012年に、エマヌエーレ・クリアレーゼ監督『海と大陸』でイタリア・ゴールデングローブ賞助演男優賞を受賞、ナストロ・ダルジェント賞最優秀助演男優賞にノミネートされた。俳優・脚本家・監督・プロデューサーなどマルチに活躍している。本作が初の長編映画監督作。

1980年代のシチリアでは、成長や発展を恐れ、同性愛に対しての恥の概念が強かった

映画の時代設定は1982年の夏。同性愛者の矯正施設から戻ってきた自動車整備工のジャンニ(サムエーレ・セグレート)はバイク事故をきっかけに出会ったニーノ(ガブリエーレ・ピッツーロ)との仲を深めていく。

シチリアで生まれ育ったフィオレッロ監督だけあって、シチリアの美しい風景がとても胸を打つ作品でした。ご自身が以前、ご出演された『シチリア!シチリア!』のジュゼッペ・トルナトーレ監督もシチリア生まれで、同郷の男性たちについて「シチリアの男はシャイで ロマンチストで、情熱的で、少しだけ運命論者である」という言葉を残されていますが、その言葉に同意されますか? 『シチリア・サマー』で取り上げた事件は、シチリアの閉鎖性が引き起こしたことを暗に描かれていますが、事件の背景をどう解釈されたでしょうか?

「トルナトーレ監督のシチリア評については、昔のシチリア人には、そういうところがあったかもしれないですね。 幸いにしてシチリアも成長して、発展して、今ではだいぶ変わったところもあります。自分自身について語れば、私は非常にシャイですし、内向的なところもあるし、夢見がちなところもあったりするのは事実です。

ただ、『シチリア・サマー』に関しては、今から40年前の1980年代を描いていることもありますが、当時のシチリアは、非常に閉鎖的なコミュニティであった。世界が新しいものに敏感だった時代に、シチリア人たちは成長や発展を恐れていました。男の子たちが愛し合うことに対して、多くの大人たちには強い拒否感があり、同性愛に対しては恥や恐怖心を持っていたと思います。もちろん、全員が全員っていうわけではありません。でも、偏見から同性愛者への暴力に発展していくこともあった。

そしてシチリアで若くして愛し合う青年たちが何者かに殺されたとき、島の反応とは真逆の現象が起きました。同性愛の人たちの権利を守ろうとする運動がイタリアで生まれたんです。なので、土地の人間性や、国民性で一般論化する話ではないと思います。日本でも、自由なものの考え方をする人はいるでしょうし、保守的な人間たちもいるでしょう。でも、この事件は、同性愛者への自由について目を向けるきっかけとなりました」

2人は街の男たちの視線を避けるように、秘密の滝のある場所で交友を深めていく。

映画化を決めたのは、手と手を握ったまま発見された2人の最期に心動かされたから

ジャンニ役のサムエーレ(左)は8歳からヒップホップとモダンダンスを始め、ダンサーとしても高い人気を誇る。ニーノ役のガブリエーレ(右)は5歳で舞台デビューを果たし、本作が初の映画出演作。

映画でカップルを演じるニーノ役のガブリエーレ・ピッツーロさんと、ジャンニ役のサムエーレ・セグレートさんは共に2004年生まれで、現在を生きる彼らの感覚からして、40年前のタブーを演じるにあたって、2人から戸惑いや質問は寄せられましたか?

「彼らは、この物語の元となった事件については知らなかったんです。演じるに当たってふたりはそれぞれ、 事件のことを調べて、衝撃を受けていましたし、心を揺り動かされていました。実は私自身、モデルの2人について知った時に強く胸を打たれたことがありました。モデルとなった二人は死体で発見されたとき、抱き合っていて、手と手を重ねていたままだった。それは彼らが最期の瞬間まで愛し合っていたことを意味します。死が数メートル先まで迫っている時までも、彼は愛し合っていた。そして、2人きりでこの世から捨てられてしまった。
そのイメージが自分に強く残りました。なので、映画では、彼らが死ぬ、殺される場面は敢えて撮らなかったんです。血が流れるとか、撃たれるという描写は避けて、ある種の夢のような形で2人の運命を描きました。というのも映画の中で彼らの死の瞬間を描くことは、彼らを二度殺すことになったからです。
 ガブリエーレとサムエーレは事件についてリサーチし、学んだことで、 愛し合う2人の像に自分たちの魂を入れて、演じることになりました」



25歳と15歳という年齢差が事件のきっかけになった可能性もある

シチリアの風光明媚な風景も本作のみどころ。

特にサムエーレさんが演じたジャンニはとても強い青年だと思って感心しました。当時イタリアでは同性愛者の矯正施設があり、ジャンニはそこから戻ってきたけれど、周囲に自分が同性愛者であることを隠さない。
街を歩くだけで、男たちに嫌がらせを受けてもその場では動じません。

「ジャンニの性格に対しては、モデルになった青年の実像と近かったんじゃないかと思っています。色々リサーチをしたわけですが、ひとつだけ気をつけたのは遺族には話を直接聞きませんでした。というのは彼らから聞いた映画にすることは、彼らの気持ちを観客に売ることになると考えたからです。私は他の方法として、SNSを通して近所に住んでいて、実際のモデルとなった青年を知っていた人たちから話を伺いました。その結果、モデルとなった青年たちはシャイで、閉鎖的な性格ではあったようです。ニーノに関しては、ジャンニよりもピュアな人物像として描きました。実際の事件から一番大きく変更したのは、年齢です。事件では1人は25歳で、もう1人は15歳でした。この年齢の幅はデリケートな問題だと考え、映画では16歳と17歳の同世代へと変えました。純粋な愛の物語にしたかったので、同じ世代がいいと考えたからです。私自身は、25歳と15歳という年齢差という要素も殺人事件のきっかけになっていた可能性もあるんじゃないかっていう気はしています」

想像で描いた場面を、どうして知り得たのだと観客から聞かれた

ニーノの家は大家族で、食事も屋外で賑やかに。ジャンニと急速に親密になっていく息子を、ニーノの母は厳しい視線で見守っている。

私は母親の立場でこの映画を見たので、自分の子供が同性愛者であることに対して、父親を含む大人のコミュニティたちの強い拒絶感、排除感を目にしながら、母親は表では同調する姿勢を取りながら、なんとか息子たちの純愛を守るようにと密かに動く姿に心打たれました。ニーノとジャンニの母親同士が密かに連絡を取り合って相談する場面では、結末を知っているだけに、なんとかならないかと祈るような気持ちでした

「実は母親たちの描写に関しては、私自身驚くべき出来事に遭遇しました。ニーノとジャンニの母親たちが密かに連絡を取り合う場面は、自分が想像したある意味、こうであったら良かったのにというファンタジーとして作った場面でした。ところがシチリアで上映された後、上演後にある人が私に近づいてきて、『あなたはなぜ、実際の事件の母親同士が話をしていたことを知ったんだ』と聞かれたんです。『自分は何も知らずに描いたんですけど、実際には母親同士は話をしていたんですね?』と逆に聞き直すと、その人は酷く驚いて、去っていきました」

事件から40年経っても未だ犯人がわからない。
沈黙の掟が色濃く残るコミュニティにこの映画は問う。

ゲイであることを隠さないことで、街のコミュニティから異端視され、嫌がらせやときに暴力的な行為を受けるジャンニに母親は不安を隠せない。

なんと!やはり、事情を知る人はきっといるんでしょうね。この事件は未だに犯人が見つかっていません。色々わからない事が多く、男社会の共謀なのか、強いコミュニティが犯人像を隠しているような印象を受けます。

「仰るとおり、この事件に関しては犯人がいないわけです。被疑者はいて、13歳の男の子が捕まったわけですが、この年齢でそれはありえないだろうとすぐに自由の身になりました。
 私としては映画化するにあたって、いろんな仮説を調べました。銃弾を放ったのは13歳のニーノのいとこかもしれないし、ニーノの父親だったのかもしれない。でも、未だ、それはわかっていない。40年も経って未だわからないといういことはイタリア社会において恐ろしいことだと思います。
この事件が示すのは、南イタリアのOmertà 、“沈黙の掟”ですね。沈黙の掟が未だに強く残っている地方やコミュニティがあって、誰も何も話さない。私は映画のエンドロールにシチリアの街の家や教会や、建物の風景を延々と映しました。これらの建物はすべて扉が閉じられたままになっている。それは、誰も話さない、何も明らかになっていない、コミュニティ自体が閉鎖的であるという暗示なのです。誰かが、何かを知っているはずなんだけれども、誰も、何も、語ろうとしない。ただ、繰り返しになりますが、シチリアでのこの事件が起きた後に同性愛者の権利を守るための運動が起きて、社会に大きな一歩となった。だからこそ、この事件を知ることは大切だと考え、2人の青年の愛を描くことにしたのです」

『シチリア・サマー』


1982年、初夏の日差しが降りそそぐイタリア・シチリア島。運命的に出会った16歳と17歳の少年たちの眩しすぎる恋は、ある日突然終わりを迎える…。イタリアで公開されるや、アカデミー賞®︎4部門にノミネートされた『君の名前で僕を呼んで』のルカ・グァダニーノ監督が大絶賛し、名匠ナンニ・モレッティ監督も映画館へ駆けつけた今作。イタリアでは1ヵ月で国内興収は100万ユーロを突破するという爆発的大ヒットを記録した。
イタリアの新聞に特集された事件の記事を読み、2人の純粋かつ詩的な愛に感銘を受け、「いつか自分の手で世界に伝える」と決意したという。初の長編映画監督作となる本作で、ナストロ・ダルジェント賞の新人監督賞に輝いた。


全国公開中

2022年製作/134分/PG12/イタリア
原題:Stranizza d’Amuri
配給:松竹
© 2023 IBLAFILM srl

この連載は今回が最終回となります。ご愛読、ありがとうございました。

金原由佳 Yuka Kimbara

映画ジャーナリスト

兵庫県神戸市出身。関西学院大学卒業後、一般企業を経て映画業界に。約30年で1000人以上の映画監督や映画俳優のインタビューを実施。映画誌、劇場パンフレット、新聞などで映画評を執筆。著書に『ブロークン・ガール 美しくこわすガールたち』、共著に『伝説の映画美術監督たち×種田陽平』。映画祭の審査員、トークイベントなど講演・司会も多数。

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