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料理家 今井真実の「食べたいエンタメ」(ミニレシピ付き)第2回

料理家・今井真実さんが”びっくりする程おいしい“と絶賛!映画『ネクスト・ゴール・ウィンズ』物語の鍵を握る「オカ」って?【ミニレシピ付き】

  • 今井 真実

2024.03.22

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Yummy!

今月のミニレシピ

私もあなたもレモンで揉まれてみては? 初めての味の魚のマリネ。その名も「オカ」!

今井真実さん オカ

まぐろ(刺身用)100gに、レモン 1/4個を絞り、塩2gを混ぜて、冷蔵庫に30分置きます。そこに、半割りにしたミニトマト3個、赤玉ねぎ1/4個を薄切りにして加え、ココナッツミルク50gを混ぜます。これが、びっくりするくらいおいしいです。ロンゲンみたいに叫んじゃいますよ。

映画『ネクスト・ゴール・ウィンズ』を見て痛感した「好き」を仕事にすることの厳しさ。「勝敗」のあるスポーツの世界なら尚更…

私事ですが、ここ数週間「あれ……絶対無理だわ、こりゃ」というスケジュールを組んでしまい、心がギシギシしていました。「なになに、それおもしろそう!」とご依頼があったらすぐに飛びついちゃうんです、私。

この仕事をしているとよく言われるのが「『好き』を仕事に出来て良かったですね」という言葉。そうなんです。本来であれば、この仕事で生活が成り立っていること自体が幸運であるはずなのに! 私の心よ、なにギシギシしているのよ……。しかし、スポーツの世界のように「勝敗」がつくものなら、好きなことであっても仕事になってしまうということはことさら厳しいことのように思えます。

『ネクスト・ゴール・ウィンズ』はアメリカ領サモアが舞台のサッカームービー。

今井真実さん

W杯予選で記録的惨敗をしたサモアチームは「世界最弱」と呼ばれ、汚名を晴らすために、次の予選ではなんとか1ゴールでも決めたいと願っています。

しかし、小さな島国には、彼らにまともにサッカーを教えてくれる指導者もいません。そこでアメリカサッカー協会から、実力も実績もあるロンゲンが新しい監督として派遣されます。

ところが、彼もまた問題を抱えていました。実力がありながらも過去の言動から冷遇を受け、自分が遠い島国に飛ばされたことへのむなしさと怒りを抱いています。世界最弱のチームの監督に任命されるのは彼にとっては不本意なこと。自暴自棄になり、サモアメンバーののんびりとした国民性にも苛立ちを隠しきれません。

 『ネクスト・ゴール・ウィンズ』全国公開中 配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン ©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

ある日美しい女性が練習に訪れます。その女性は私服姿のチームストライカーのジャイヤでした。ジャイヤはサモアでは「ファファフィネ」と呼ばれており、男性と女性を行き来する流動的な性を持つ存在なのです。「ファファフィネ」は彼らの伝統では神聖な部分であり、ジャイヤは自然な存在でありチームメイト。このことに対しても、ロンゲンは嫌悪感を示し、ジャイヤを挑発します。化粧をするな、髪を触るな、男性としての本名を名乗れ。人としての尊厳をも、ロンゲンはサッカーのために犠牲にしろと責め立てるのです。ジャイヤは深く傷つき怒りをもって抗議します。

物語の鍵を握る、サモアの魚のマリネ「オカ」って? 待って待って、もう1回、料理の説明して!

さて、この映画には印象的な食べ物が登場します。その名も「オカ」。私はこの映画で初めて知った料理です。サモアは島国なので海に囲まれており、日本と同じように魚がたくさん採れるそうです。

ロンゲンをアメリカから呼んだ、サモアサッカー協会代表のタビタは働き者。サッカーチームの運営資金のために、レストランも経営しながら、さまざまな仕事を兼業しています。

ある日彼のレストランに、不遜な態度の監督ロンゲンが訪れます。ロンゲンは島の文化、思い通りに行かない生活、あまりにサッカーの基本ができていないチームのメンバーにうんざりしていました。

今井真実さん

そんな彼にタビタが出したメニューが「オカ」。なんと生の魚がココナッツクリームと生野菜でマリネされていて、ロンゲンは初めて見る料理にぎょっとするのです。すると、タビタは彼にこう言いました。

「我々にも“伝統”というメソッドが。その魚もよもや自分が刻まれてネギやレモンに漬けられるとは思わなかったはず。でも、そのお陰で格段に旨くなった。あなたもマリネされてみては?」あまりにサモアの文化を無視し続けるロンゲンに、タビタは諭すように料理を説明します。

訝しがりながらも、ロンゲンはおそるおそる一口食べて、目を丸くしました。「うまい! うまいぞ!」彼はまるで息を吹き返したように、タビタの背中に向かって叫ぶのでした。

小さな島国のおおらかな文化、人々の明るく優しい哲学に触れて、ロンゲンも自分自身の問題に向き合います。そして自分自身を変えなくてはと自省し、サモアの人々へ徐々に心を開き、彼らの考えを学ぼうと試行錯誤していくのです。そして最弱と呼ばれていたチームもロンゲンという優れた指導者に出会い、初めてサッカーと真剣に向き合い練習を重ね、上達していく楽しさを知るのでした。

はい、正直に言います。私は一瞬、「魚のマリネ」のくだりで映画を見ているという集中が切れました。待って待って、もう1回、料理の説明して!

なに!? エシャロットって聞こえたような気もしたけど、長ネギ? 万能ネギでも代用可能ですか? それとも玉ねぎ? エシャロットじゃないとだめですか?とよく自分自身が聞かれるような質問が脳内に溢れかえります。

ココナッツクリームとはココナッツミルクの缶詰を開けた時に沈澱している塊です。あれとお魚なんてちょっと想像もつきません。えーっでも、あんなに不機嫌だったロンゲンが感動するくらい美味しいのか……もうちょっと料理をアップしておくれよ! これは、調べないと!と、一旦深呼吸して自分を落ち着かせ意識を映画に戻しました。



「勝ち」と「負け」って一体何? 私はどう勝ちたいのか、どう負けたいのか

実を言うと私はスポーツ観戦が苦手です。それは応援しているチームの勝敗で自分の感情が浮き沈みするのが耐えられないから。勝者がいたら敗者がいる。その事実もいちいち受け止め切れないのです。きっと、最後にちゃんと試合というものを見たのは仰木監督のオリックス時代かもしれません。イチローや田口選手がまだいた時代です。

ですので、スポーツ映画もあまり好んで見ることはありません。本音を言うと、この『ネクスト・ゴール・ウィンズ』も少し身構えながら臨みました。しかしこの映画の根底に流れているムードは、戦いとは程遠いハッピームード。ユーモアに溢れ、終始くすくすと笑ってしまいます。太陽はさんさんと輝き、海は美しく、人々は優しさに溢れています。奇抜なよそ者に対してもそういう人なのね、と受けとめます。

 『ネクスト・ゴール・ウィンズ』全国公開中 配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン ©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

もちろんサッカーが主題ではありますが、この映画では人々の生活やサモアの教えについて深く描かれています。選手はフィールドで戦うアスリートですが、すべての人には試合後に私生活があり人間関係があります。サッカーをプレイするというのはその人の一部の姿でしかありません。

「勝ち」と「負け」って一体なんでしょうね。サッカーであれば、明確にゴールにボールが入れば点が入ります。でも、コンディションが悪ければ? そのときお腹が痛かったら? 失恋をしていたら? 風がずっと一方向に吹いていたら? そして、その勝ち負けに対しての評価は、選手だけでなく監督に及びます。勝者と敗者に分かれる試合に臨むと言うことは、その不運さえも受け入れること。もしくは強い心を持ち、ひたすら自分と向き合うことかもしれません。勝つためにはどんな努力が必要なのか、負けないためにはどんな訓練をすればいいのか。自分の持っている問題から目を逸らさず、どういう自分でありたいのか、どういう価値観で生きていきたいのか。どう勝ちたいのか、どう負けたいのか。

ただ生きているだけで、ずっと勝ち負けにさらされている。フィールドに立ち、永遠に終わらない試合に出ている。でも、もし永遠に終わらない試合であれば、楽しめばいい

人はお互いに救いあい成長できる。信心深いサモアの人々ですが、彼らはロンゲンをも信じることをあきらめませんでした。ロンゲンを家族として受け入れて、全員の幸福を願うこと。そのひたむきな心がロンゲンの人生を変えていくのです。

驚くべきことはこの映画のほとんどが実話をベースとして作られていると言うこと。サモアが世界最弱と呼ばれるきっかけになった出来事である、31対0という歴史的大敗の試合も事実。そして、鬼監督のロンゲンもタビタも実在の人物で今もこの映画のように生活しています。ジャイヤはFIFAワールドカップ予選で世界初のトランスジェンダーのサッカー選手です。

挫折を味わった後、私たちはどう生きるのか。あんなに好きなことでさえ、憎しみの対象になってしまうし、呪いになる。しかし現実の世界ではそこで試合終了ではありません。ずっとずっと毎日は続いていき、負けたことや喪失と向き合っていかなくてはいけません。特にそれが仕事であった場合、逃げ道は塞がれています。

だからこそ、サッカーが楽しかったこと。なにより私たちはこれが好きだったんだと、そのことを思い出し、純粋な気持ちに立ち戻る。いっときの勝利のために不幸であってはならない。全員のその勇気ある決断に、ラストシーンでは何度も胸が締め付けられ、いっそう、涙が止まらなくなったのでした。

『ネクスト・ゴール・ウィンズ』
『ネクスト・ゴール・ウィンズ』全国公開中 配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン ©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

根っからのネガティブな私は、勝敗があるスポーツは避けて生きてきました。それでも時折、ただ生きているだけでずっと勝ち負けにさらされているような気分になります。意図せず、人と比べられることもありますし、誰かを目指せばいいのではと言われることもあります。挫折を経験したことも何度もありますし、今も知らない間に、フィールドに立ち、永遠に終わらない試合に出ている気持ちです。

しかし、もし永遠に終わらない試合であれば、楽しめばいい。ずっと張り詰めている必要はありません。青い空を眺め、温かい風を感じ、今ここに生きていることの幸せを受け取るのです。活躍する仲間の勇姿を喜び、敵の果敢な姿さえ認めてしまえばいい。そうです。みんなで幸せになろう。優しさは勝利と心の安寧を生むことができるのです。

(『料理家 今井真実の「食べたいエンタメ」(ミニレシピ付き)』は毎月第4金曜日朝8時更新です。次回をお楽しみに!)

『ネクスト・ゴール・ウィンズ』


監督/脚本/製作:タイカ・ワイティティ
出演:マイケル・ファスベンダー(トーマス・ロンゲン)、オスカー・ナイトリー(タヴィタ)、エリザベス・モス(ゲイル)ほか
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
北米公開:11月17日
製作年:2023年
製作国:イギリス/アメリカ
原題:Next Goal Wins
©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

公式Facebook:https://www.facebook.com/SearchlightJPN/
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公式Instagram:https://www.instagram.com/SearchlightJPN/


Staff Credit

撮影/今井裕治

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今井 真実 Mami Imai

料理家

レシピやエッセイ、SNSでの発信が支持を集め、多岐の媒体にわたりレシピ製作、執筆を行う。身近な食材を使い、新たな組み合わせで作る個性的な料理は「知っているのに知らない味」「何度も作りたくなる」「料理が楽しくなる」と定評を得ている。2023年より「オージービーフマイト」日本代表に選出され、オージービーフのPR大使としても活動している。既刊に、「低温オーブンの肉料理」(グラフィック社)など。

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