村上さんが「怖い!」と絶賛する(?)白石さんの怪談朗読
文字通り、日本が世界に誇る作家、村上春樹さん。村上さんの出身大学でもある早稲田大学に、昨年、オープンした早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)は、旧4号館を隈研吾さんがリノベーションしたもの。カフェを併設した気持ちの良い空間と斬新な書棚の構成で大きな話題となっています。村上さんが寄贈、寄託した本やレコード、書斎の再現といった村上ファン垂涎のエリアのほか、その時々で企画展が開催されており、何度も通いたくなる、とっても素敵なライブラリーです。
ライブラリーの隣には早稲田大学坪内博士記念演劇博物館があります。1928年設立の歴史的建造物に内外の演劇に関する貴重な資料が収められていて、さまざまな演劇に関する企画・展示が行われています。村上さんも学生時代、よく足を運んでいたそうです。古き良き時代の重厚さと豪華さを今に伝える美しい建物で、現代的な村上春樹ライブラリーとのコントラストも興味深く感じます。
そんな演劇博物館、通称「演博」の正面舞台で、9月28日に村上春樹さんpresents(!)のユニークな催しがありました。早稲田大学国際文学館開館1周年を記念したイベントで、村上作品にも登場する江戸時代の作家、上田秋成の怪奇小説『雨月物語』の中の『吉備津の釜』原文を白石加代子さんが読む”怪談ライブ”。「早稲田小劇場」の看板俳優だった白石さんは長年『百物語』という朗読劇公演を行っていましたが、『雨月物語』の中でも特に怖い『吉備津の釜』も朗読していたとか。
身持ちの悪い男とその男に嫁いだ女の復讐劇……と説明してしまうと、あまり怖くなさそうですが、村上さんが愛聴するCD盤も「車を運転しながら聴いていると、ハンドルを持つ手が思わず震えてしまうほど」怖いそう。村上さん、白石さんともに演博と上田秋成にゆかりがある、ということで、この特別なイベントが企画されました。幻想的な照明の屋外ステージ前でわくわくしながら待っていると、まず、村上さんが登場し、自ら解説してくれました。いきなり、贅沢!
村上さんが作家として追い求めてきた”中毒性”と上田秋成
「父の葬式でお経を読んでくださった住職さんが『うちのお寺に秋成のお墓があるよ』と教えてくれたんです。京都の西福寺というお寺で、後日、伺って案内していただきました。雨風にさらされた、ほどよい大きさの丸い墓で、簡素な雰囲気が良い、決して偉そうではない文人の墓という趣き。『いい墓だなあ』と感じました。自分もこんな墓がいいな、と思いましたね。秋成は生前に自分の墓を用意していたんですが、墓には蟹の模様が刻まれていました。普通とは違う『横歩きしかできない自分』と蟹を重ねていたんでしょう」(村上さん)
子どもの頃の病気が原因で手に障害があり、晩年は視力も弱くなっていた秋成ですが、75歳で没する直前まで執筆を続けました。生涯、作家として生きた人です。
「小学生の頃から繰り返し、雨月物語を読んでいます。怖いんだけど、つい読んでしまう中毒性があるんですよ。こうした中毒性は、僕が作家として一貫して追い求めてきたものです。だから、上田秋成に惹かれます。実は作家のお墓参りって、秋成とフィッツジェラルドしか行っていないんですが、心に沁みるお墓参りとなりました。今日は、晩夏の夜に白石さんの『吉備津の釜』を生で聴くという贅沢な会です。しかも、隣には墓地があるという絶好のロケーション。今晩はうなされながら寝てください(笑)」(村上さん)
鬼気迫る朗読に会場内はひんやりとした空気に
薄明りの中、白い衣裳を着た白石さんがゆっくりと、情感と情念を込めて朗読する『吉備津の釜』。じわりじわりと空間に気味の悪い空気が充満していきました。江戸時代の原文ゆえ、ちゃんと理解できるかな?と自分の読解力を心配しましたが、白石さんの朗読は現代人にとって難しい言い回しでも、不思議とスッと頭に入ってきて、情景が鮮やかに脳内で再現されました。原文には「牛の吼(ほ)ゆる」としか書かれていない箇所に牛の唸り声を加えるなど、白石さんならではのアレンジが怖さをさらに増幅。本当に怖かったです……。
朗読が終わり、ひと呼吸置いたところで、ちょっと肩をすくめて、にっこり笑った白石さん。その姿がとてもチャーミングで、思わず、ギャップ萌え。朗読後のお二人のトークも、なんだかほのぼのとしていて、怖さでひんやりした空気に包まれた会場が一気に温まりました。
村上さんと白石さんの和やかなアフタートーク
村上さん:原文のリズムがきれいだからこそ、すさまじさと物語性が今でも伝わるのが『雨月物語』ですね。
白石さん:うーん、でも最初に一読した時はよくわからなかったの。今日も眠くなっちゃった人がいるのでは?(笑)
村上さん:そんなはずないですよ(笑)。原文に込められた情念がすごく伝わりました。
白石さん:情念ねぇ。
村上さん:考えてみれば、男が愛人に走る、なんてよくある話なんですけどね。
白石さん:ああ、それ、男の人の考え方だ! よくある話だ、そこまで恨まなくても、と思うんでしょ? 確かにそこまで(主人公の正太郎は)ひどくないかもしれない。だけど、なぜ美しい妻を捨てて、愛人のためになら、泣けるのかしら。そんな男に、妻も尽くさなくていいのに。
村上さん:尽くしすぎるから、思いが募って、女がやりすぎちゃう。秋成はそうした人間の性、恨みを描き出した。
白石さん:雨月物語はそこまでの理由もなく、恐ろしい出来事が起こるでしょう? そういうのが一番怖いですよね。理由が相応なら、『まあ、そういうものか』と思うけれど。
村上さん:小説を書いていると論理や理屈を超える瞬間がありますが、そういう部分が小説の良いところだと思います。秋成が素晴らしいのは、そうした瞬間を描いていること。いやはや、怖い話ですよ。今日もすごく怖かったです。また、ここで怪談朗読会、やりましょう。
白石さん:私は狂ったように自分で演じるのは楽しいんだけど、お客さんとしては観たくないわ。だって、怖いの、嫌じゃない(笑)? でも、村上さんから誘っていただいて、とてもうれしかったし、今日は尊い経験でした。また機会があれば、ぜひ!
またの機会を願って、お二人に会場から盛大な拍手が送られました。最後は、早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)顧問のロバート・キャンベルさんによる、詳しい作品解説も。1時間強、内容の濃いイベントを来場者一同、存分に楽しみました。
今回のイベントは抽選でしたが、演劇博物館、村上春樹ライブラリーともに、趣向を凝らした企画が今後も予定されています。情報を逃さないように、公式サイトをチェックしてくださいね。10月からは、演博で「村上春樹 映画の旅」という展示が始まっています(2023年1月22日まで)。お散歩がてら、足を運んでみてはいかがでしょうか?
*国際文学館では、開館と同時に文学を中心とした「Authors Alive!~作家と会おう~」のイベントを連続して開催し、さらに本年度はより対象を広げ、村上春樹氏の活動と関連が深い音楽家、俳優、作家とのより連携した「キャンパス・ライブ」も並行して開催し、文化交流の場を積極的に進めています。
早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)公式サイト 早稲田大学演劇博物館 2022年度秋季企画展「村上春樹 映画の旅」取材・文/中沢明子
この連載コラムの新着記事
-
【神戸】2泊3日の家族旅行へ行ってきました!ネイチャーライブ六甲、神戸須磨シーワールド…おすすめスポットをご紹介【2024年】
2024.11.17
-
【40代ママライターが試して実感】汗冷え・ムレ・におい…冬の汗悩みは、あったかインナー「ファイヤーアセドロン」で解消!
2024.11.08
-
【無印良品】話題の美容液、化粧水…マニアが選ぶ「使ってよかった!」スキンケアアイテム5選【2024年秋冬】
2024.11.01
-
車の香りどうしてる?話題の「TAMBURINS(タンバリンズ)」カーディフューザーを使ってみた!
2024.10.23
-
【ユニクロ×マリメッコ】2024秋冬を40代ライターが試着!ヒートテックやキッズなど注目アイテムが目白押し
2024.10.22
中沢明子 Akiko Nakazawa
ライター・出版ディレクター
1969年、東京都生まれ。女性誌からビジネス誌まで幅広い媒体で執筆。LEE本誌では主にインタビュー記事を担当。著書に『埼玉化する日本』(イースト・プレス)『遠足型消費の時代』(朝日新聞出版)など。