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堀江純子のスタア☆劇場

『ミス・サイゴン』昆夏美さん×屋比久知奈さん。ちっちゃいパワフルシンガー仲間が魂を揺さぶる【堀江純子のスタア☆劇場】

  • 堀江純子

2022.08.02

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“堀江純子のスタア☆劇場”
VOL.17:昆夏美さん×屋比久知奈さん

1992年日本初演、市村正親エンジニアが誕生し、キム役をオーディションで得てミュージカル界に本田美奈子が進出した『ミス・サイゴン』。世界各国で愛され上演し続けている本作は、日本では2004年、2008年、2009年、2012年、2014年、2016年と再演され、予定されていた2020年公演は、新キャストが期待されながらも残念ながら新型ウィルスの出現により全公演中止に。

2022年、春から夏へ向けての感染急拡大を受け、プレビュー公演は中止となりましたが、関係者、キャストの切なる願いと尽力の末、7月29日に初日の幕を開けました。命を懸けて成し遂げようとする人の強さと愛の重みがストーリーと音楽に宿り、観る人を魂から揺さぶる『ミス・サイゴン』は、こんな時代にこそ観て聴いてほしい…観た人の人生に刻まれること間違いなしの名作です。ミュージカルで心が動く実感を得て、『ミス・サイゴン』から勇気をもらってください。涙が元気をくれるはず。

そこでお迎えしたのは、2016年はご自身の喉の不調により降板、2020年の中止を経て、やっとの想いでキムと再会した昆夏美さん。そして2020年、夢であったキム役に新キャストとして臨み、稽古を重ねるもその姿を披露できなかった屋比久知奈さん。現在、念願の『ミス・サイゴン』の世界でキムを演じ、息づくお2人です。ミュージカル女優として共通点を多く持つお2人の、仲睦まじいトークと、ミュージカル、歌、『ミス・サイゴン』への情熱を軽快に語っていただきました。

それぞれの個性で表現を磨いている

──『ミス・サイゴン』の2人のキムであり、ディズニーファンから見れば、声優としてのベル(『美女と野獣』)とモアナ(『モアナと伝説の海』)が揃ってる! 贅沢です。

昆「そうなんですよ~(笑)。私、屋比久ちゃんのモアナ大好きで!!」

屋比久「ありがと。私も昆さんのベルが大好きです。映画館に観に行ったよ」

昆「ありがと~! 私も映画館で観たよ~!」

こん・なつみ●1991年6月28日、東京都生まれ。洗足学園音楽大学音楽学部ミュージカルコース在学中に、『ロミオ&ジュリエット』ジュリエット役に選ばれデビュー。『レ・ミゼラブル』エポニーヌ、『ミス・サイゴン』キム、『グランドホテル』フラムシェン、『マリー・アントワネット』マルグリット・アルノー、『ロッキー・ホラー・ショー』ジャネット、『ネクスト・トゥ・ノーマル』ナタリーほか、数多くの大作、話題作で好評を得、ミュージカル界の歌姫として愛される。ディズニー映画『美女と野獣』プレミアム吹替版のベル役声優でその名を確かなものに。昨年11月には、デビュー10周年を記念した昆夏美 10周年記念コンサート『Aimer』を開催し、昆の10年を彩ってきたミュージカルの名曲やJ-POP、宝塚の曲まで披露した。

──もうひとりのキム、高畑充希さんも含め3人のキムが、2022度版の『ミス・サイゴン』の大いなる見どころ。しょっぱなからお2人の可愛らしいやりとりを見せていただきましたが、トリプルキャストだけに、刺激を与え合うライバルでもある?

屋比久「刺激を与え合う…は本当にそうだと思いますが、ライバルという意識は私は全くなくて。それぞれに個性があって、それぞれがその個性と表現を磨いている…そんな感覚です。特に、昆さんとは『レ・ミゼラブル』『next to normal』でもダブルキャストをやらせてもらって、すごく勉強させていただいたし、刺激もいただいたし。他の作品を観ても、昆さんから気付かされることが毎回たくさんある!」

昆「嬉しい~」

屋比久「ダブル、トリプルキャストの難しさっていうのはもちろんあって。他の方とは違うものを作りたいとか、大変なこともありますけど、それ以上に助け合える心強さ。貴重な学びの機会がありますよね」

やびく・ともな●1994年6月6日、沖縄市生まれ。2016年「全国拡大版ミュージカル・ワークショップ『集まれ!ミュージカルのど自慢』」で2000組の中から最優秀賞を受賞し、それをきっかけにスカウトされ、同年、ディズニー映画『モアナと伝説の海』で主人公モアナの吹き替えに抜擢。2017年3月映画公開の同作でデビューし、劇中歌の日本語吹き替え版も歌う。その後、ミュージカルを中心に大活躍。主な出演作に『タイタニック』 ケイト・マーフィー、『レ・ミゼラブル』エポニーヌ、『シスター・アクト〜天使にラブ・ソングを〜』シスター・メアリー・ロバート、『ネクスト・トゥ・ノーマル』ナタリーほか多数。2023年には、ジョン・ケアード“新演出版”ミュージカル『ジェーン・エア』 主演・ジェーン・エア / ヘレン・バーンズ 役(上白石萌音と役替わりのWキャスト)が控えている。

同じ役を演じること数多。実は似ている2人

──そうでした。キム対談であり、『レミゼ』エポニーヌ、『next to normal』ナタリー対談でもあり。本当に素敵な役に恵まれたお2人で。同じ役をやることが多いのは、お2人の持ち味に似たものが?

昆「似てる、って言われることはありますね。個性は違うけど、本質的なところは私も似てる気がする」

屋比久「あるかもしれない(笑)。歌声、表現の仕方、昆さんを観て共感できるところがすごくたくさんあるんです。……あと、サイズ感も(笑)」

昆「サイズ感(笑)、そうなんだよね。まさかの、私のほうがちょっと大きい!?」

屋比久「ちょっとね。2cmだけだよ(笑)」

昆「最初に屋比久ちゃんに会ったとき、“ちっちゃい!”“仲間!!”って思ったの(笑)。お顔が小さくて美人系だから、バランス的にもっと背が高い人だと思ってた」

屋比久「それ、よく言われる。会って小ささにびっくりされるの(笑)」

──そんな小さな仲間、屋比久さんは昆さんにとってライバル?

昆「それ以前に、すごく親近感があるのが屋比久ちゃん。エポニーヌ…いや、ディズニーのイベントが先だったかな、初めて会ったのは。屋比久ちゃんは東宝主催のミュージカルののど自慢に出ていて、そこで『ミス・サイゴン』の『命をあげよう』を歌って優勝したんだよね」

屋比久「そう、それがデビューのきっかけになりました」

昆「私、そのことも知ってたから、あのとき優勝した屋比久ちゃんがモアナなんだ!って、ちょっと興奮したし(笑)。イベントで初めてお会いしたときは、“いつかミュージカルに出たいんです。『ミス・サイゴン』のキムがやりたいんです”って話してくれて。それ聞いて私、“え、今すぐにでもやれるよ”って思ったの。キムの儚いけど芯がある…屋比久ちゃんはそのイメージにピッタリで。それが第一印象、その後が『レミゼ』だね。そして今回の『ミス・サイゴン』のキム。私がやってきた役、大好きな役が一緒で、同じようなルートで夢を叶えている屋比久ちゃんに親近感を勝手に持っていました」

屋比久「嬉しいです。本当に」



キムがキムを見て泣く稽古場

昆「初めて、屋比久ちゃんのエポニーヌを稽古場で見たときのこと、覚えてるよ。屋比久ちゃん自身はきっと体当たりで演じていたと思うけど、私にはまだ何も色の付いていない、屋比久ちゃんのエポニーヌが素敵で、眩しくて。私はその頃、いろいろ考えだしちゃってたから、屋比久ちゃんを見て、いい意味で“何かしようとしなくていいんだ”って。そう思わせてくれた」

屋比久「ええ~、嬉しい~!」

昆「『ミス・サイゴン』で言わせていただくと、キムの最初のシーン…ヘリコプターの音が頭上で鳴って、その行く末を見る屋比久ちゃんを稽古場で見て、私、泣いちゃって。“この子には、これから壮絶な人生が待っている……”って」

──キムがキムに泣いちゃった(笑)?

昆「泣いちゃった(笑)。屋比久ちゃんにこのこと、言ったよね?」

屋比久「覚えてる(笑)」

昆「役として、スッと見上げただけで想像をさせてくれる役者さんだなって」

屋比久「めっちゃ嬉しい、どうしよう~。私頑張る(笑)。私は逆の立場で、昆さんの背中を見て、ただ必死で。エポニーヌのときも、“何で私は昆さんみたいにできないんだ”って、稽古場から毎日持ち帰るものがあったんです。哀しい役でも難しい役でも、昆さんってそれさえも楽しんで演じているように見えたから。私もそこまで行きたい!!って。昆さんと出会えたのは、私にとってひとつの転機になったって思う。昆さんみたいな先輩が近くにいて、しかも同じ役ができるなんて……まだ同じ舞台に立てていないのが残念なんだけど」

昆「そうだよねー! ダブルキャストやってると一緒にやれないんだよね」

屋比久「舞台で会いたい。一緒に演じたい! その日を目指して、今は昆さんを追いかけながら、刺激を受けて、キムを頑張らなきゃって思ってます」

STORY: 1970年代のベトナム戦争末期、戦災孤児だが清らかな心を持つ少女キムは陥落直前のサイゴン(現在のホー・チ・ミン市)でフランス系ベトナム人のエンジニアが経営するキャバレーで、アメリカ兵クリスと出会い、恋に落ちる。お互いに永遠の愛を誓いながらも、サイゴン陥落の混乱の中、アメリカ兵救出のヘリコプターの轟音は無情にも二人を引き裂いていく。クリスは帰国後、エレンと結婚するが、キムを想い悪夢にうなされる日々。そんな中、戦友ジョンから、キムの無事と、キムとクリスのあいだに生まれた息子タムの存在を知らされる……。

息子タムとの関係性が、キムには大事

──キムは、命をかけた恋、愛、母としての生き様を余すところなく見せてくれる女性ですが、歴代のキムである笹本玲奈さんに伺ったところ、“母となった今ではツラくて演じられないと思う”と。それだけ感情移入が強くなる役なんだと思いますし、観てるほうもグサグサと感情を揺さぶられるキムの人生です。実際、演じているお2人の感情は?

昆「私が覚えている感覚って、2014年のキムなんですけど、タム(キムの息子、子役)とはずーっと一緒にいて。裏側でも“昆ちゃーん!”って駆けつけてくれるほど仲良くなって。そんな子役さんと母と息子をやれたのがよかった。当時まだ21歳ぐらいの私は、仔ライオンが仔ライオンを守る!みたいな感じだったかな。母として慈しむというよりは、とにかく自分の大切なものを触れさせない、守るんだ!って気持ちが強かったですね」

──キム自体、まだ少女の恋の末に出産したわけですものね。

昆「そうなんですよね。タム役の子と私の関係性ができていたので、そこに役作りは必要なくて。どこか“昆夏美がこの大切な命を守る”って感覚がありました。キムとタムと、私たちが妙に一致していたところがあったかも。そこにエッセンスを加える必要はないと思いました」

──キムを演じるには、タム役の子役さんとの関係性が大事なんですね。

昆「そう、大事!! 私もだいぶ大人になったので、“可愛い!”“守る!”だけじゃない、何かを見つけていきたいなって思ってます。逆に、今の屋比久ちゃんにしか抱けないこと、今の私には抱けない何かが絶対にあると思うんだよね」

屋比久「そうですね。……難しいね。けど昆さんがおっしゃること、すごく理解できます。キムは17歳でタムを産んで、壮絶な少女の人生で。私は、あまり背伸びし過ぎず、キムと寄り添えるか、ひとつになれるか…かな。でも、そうなるのも怖くて。精神的に消耗する作品なので、そういう意味でもチャレンジかな、と」

決断力のある女性は強い、カッコいい!

──キムを燃え上がらせ、また消耗させる男性がクリス。キムに心を寄せると、「もー!! クリス、しっかりして」と思う場面もあり(笑)、ベトナム戦争のアメリカ兵の精神状態を思えば、クリスを責められないところもあり。

屋比久「……ナイーブなんですよね、クリスは」

昆「すぐ傷ついちゃう(笑)。マリウス(『レ・ミゼラブル』エポニーヌの想い人)もだよね」

屋比久「そうそう、マリウスもだよね~」

昆「……女性のほうが、強いね。キムもエポニーヌも決断力がある!」

屋比久「そういう女性って、カッコいいよね!」

──語り尽くせぬ人生模様がある『ミス・サイゴン』。特に女同士、母娘で観劇しても、何年にも渡って共に楽しめて、考えさせられるミュージカルだと。

昆「女の子の人生の話だから、そうなりますよね~。何歳の、人生のどんなタイミングで観るかによっても、明確に思うことが変わっていくこともあるでしょうね。物語だけじゃなく、音楽も素敵だし」

屋比久「そう…ホントに名曲揃い! 抜群ですね」

昆「私たち俳優のなかでも、『ミス・サイゴン』の楽曲がいちばん好き、って言う人が結構多いもんね」

屋比久「全体を通して、組曲として本当に素敵」

昆「私、『サン・アンド・ムーン』は前奏が流れてくるだけで、泣けちゃう」

屋比久「わかるぅ~!」

昆「この曲は、キムがいちばん幸せなときの、象徴なんだよねぇ。これ、観劇2回目以降はさらに泣けると思う……。だって、ねぇ」

屋比久「そうだよねぇ。一度最後まで観た方が、2回目、1幕で聴いたら…ねぇ」

昆「本番、泣かないようにするの大変!!(笑)」

長身の女優さんが多い今、身長150cm台の小さな昆さんと屋比久さん。ちっちゃい仲間の2人が視線を合わせて微笑み合う様子もめちゃくちゃ可愛くて、同性なのに、デレッと眺めてしまう瞬間があったほどでした。その小さな体のどこにそんなパワーがあるのか、豊かな演技力と歌唱力で帝国劇場などの大劇場の最上階、最後方までハートを届けるシンガーである昆さん、屋比久さん。昆さんがおっしゃった、“個性は違うけど、本質が似ている”には納得。本質が似ているから、同じ役にキャスティングされるけれど、仕上がりはいつも違った味わいに。エポニーヌもナタリーもそうでした。私は今回、これから初めて屋比久さんのキムを拝見するので、高畑さんも含め、三者三様のキムを楽しみにしています。

そして、今回もまた昆さん、屋比久さんに裏切られることはないでしょう。“この人がキャスティングされたなら間違いない”と、信頼のおけるミュージカル女優であることが、観客である私に感じられる、2人が持つ同じ本質だからです。

東京・帝国劇場は8月31日まで。9月9日からは大阪を皮切りに、11月13日埼玉までのロングラン全国ツアーへ旅立たれます。どうかこの先、カンパニーの皆さんが健やかに…無事、『ミス・サイゴン』完走されることを心よりお祈りしております!

東宝ミュージカル『ミス・サイゴン』

ロングラン上演中!!

オリジナルプロデューサー:キャメロン・マッキントッシュ
作:アラン・ブーブリル/クロード=ミッシェル・シェーンベルク

出演
エンジニア:市村正親、駒田一、伊礼彼方、東山義久
キム:高畑充希、昆夏美、屋比久知奈
クリス:小野田龍之介、海宝直人、チョ・サンウン
ジョン:上原理生、上野哲也
エレン:知念里奈、仙名彩世、松原凜子
トゥイ:神田恭兵、西川大貴
ジジ:青山郁代、則松亜海


東京公演
2022年7月29日(金)~8月31日(水) 帝国劇場


全国ツアー
9月9日(金)~19日(月) 大阪・梅田芸術劇場メインホール
9月23日(金)~26日(月) 愛知・愛知県芸術劇場 大ホール
9月30日(金)~10月2日(日) 長野・まつもと市民芸術館
10月7日(金)~10日(月) 北海道・札幌文化劇場 hitaru
10月15日(土)~17日(月) 富山・オーバード・ホール
10月21日(金)~31日(月) 福岡・博多座
11月4日(金)~6日(日) 静岡・アクトシティ浜松 大ホール
11月11日(金)~13日(日) 埼玉・ウェスタ川越 大ホール


製作:東宝

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撮影/藤澤由加

堀江純子 Junko Horie

ライター

東京生まれ、東京育ち。6歳で宝塚歌劇を、7歳でバレエ初観劇。エンタメを愛し味わう礎は『コーラスライン』のザックの言葉と大浦みずきさん。『レ・ミゼラブル』『ミス・サイゴン』『エリザベート』『モーツァルト!』観劇は日本初演からのライフワーク。執筆はエンターテイメント全般。音楽、ドラマ、映画、演劇、ミュージカル、歌舞伎などのスタアインタビューは年間100本を優に超える。

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