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『燕は戻ってこない』ドラマ化記念インタビュー

【石橋静河さん×稲垣吾郎さん×内田有紀さん】女性の貧困や女性蔑視、生殖医療、地方社会の生きづらさ…他人事ではない問題を語り合う

  • 武田由紀子

2024.04.30

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稲垣吾郎さん 石橋静河さん 内田有紀さん

代理出産、卵子提供、女性の貧困、地域格差、生殖医療の倫理。さまざまな社会問題を盛り込んだ桐野夏生さんの人気小説『燕は戻ってこない』がドラマ化、4月30日(火)から放送されます。第1回放送分のマスコミ向け試写会が行われ、主演の石橋静河さん、稲垣吾郎さん、内田有紀さんが登壇。このドラマに参加した思い、撮影のエピソードを語りました。またLEEweb単独インタビューでは、演じた役の心の動きについて感じたこと、「もし友人から“代理出産”について悩んでいると相談されたらどうする?」という質問にも答えてくれました。

ドラマ10『燕は戻ってこない』

派遣社員として暮らすリキ(石橋静河)は悩んでいる。職場の同僚から「卵子提供」をして金を稼ごうと誘われたのだ。アメリカの生殖医療エージェント「プランテ」日本支社で面談を受けるリキ。そこで持ち掛けられたのは「卵子提供」ではなく「代理出産」だった。元バレエダンサーの草桶基(稲垣吾郎)とその妻、悠子(内田有紀)が、高額の謝礼と引き換えに二人の子を産んでくれる「代理母」を探していた。

原作を読んで“自分も嫌だった”という叫びが頭の中に響いて、衝撃が走った(石橋)

社会的に注目を集めるテーマを多く含んでいる物語ですが、このドラマで役を演じるに当たって事前に何か勉強したこと、準備をしたことはありましたか。

石橋静河さん(以降、石橋)「私は原作を読んで出演を決めたのですが、なんとなく感じる迫力で、本を開くまで時間がかかってしまいました。本の中にものすごいものが詰まっているんだ、興味はあるけれど怖いなと思って。でもいざ読み始めたらあっという間で、本当に面白かったです。代理母だけではなく、女性の貧困や女性蔑視。私もずっと感じていた、女性が生きていく上でのマイナーな差別、口にするほどでもない苦しみについて“嫌だった”という叫びが頭の中に響き、衝撃が走りました。これは世の中に伝えなくてはいけないと思いました。原作にたくさんの専門的な情報がありましたが、主人公のリキ自身も最初は何も知らない状態からスタートして、いろいろな人や状況に翻弄されながら知っていきます。その感覚を大事にしたいと思ったので知識を詰め込みすぎずに臨みました」

石橋静河さん

稲垣吾郎さん(以降、稲垣)「僕も原作から読ませてもらったのですが、目から鱗のことばかりで。知らないことが多くて、実は女性の気持ちが分かっていないんじゃないかと思いました。男性の立場からですが、相手を無神経に傷つけてしまったりすることもあるかもしれない。また子どもや子孫、DNAを残したいという男性の本能的な欲望について、僕自身はそういったこだわりがなく生きてきたので、考えるきっかけになりました。今の時代は男女問わず、いろいろな考えがありますから、同じ男性でも意見が違うんですよね。もちろん、残したとしたらきっと愛おしい存在で自分以上に大切なものとして育てると思うのですが、そういう機会に恵まれずにこの年まで来てしまいましたから。演じたことで何か考えに変化があったわけではないのですが、これから何か変化があるのかもしれないとも思います」

内田有紀さん(以降、内田)「私は桐野さんの小説を読むのが好きで原作も1日で読めたんですけど、静河ちゃんと同じでやっぱり勇気がいりました。演じることで視聴者の方に感じてもらうのが仕事ですから、真摯に向き合って行かなければならないと覚悟を決めました。私はどんなドラマや映画でも、女性の本質を演じられるよう心がけてきたので、悠子の葛藤についても明確なイメージがありました。悠子のそれら一つひとつを粒立てて、必死に探して、悠子の核心を自分の中に叩き込んで日々過ごしています」

愛する人の子どもを産みたいと願い苦しみ、葛藤する。人間として一番生々しい姿(内田)

それぞれが演じた役どころについて教えてください。

石橋「主人公のリキは29歳。地方から出て東京で派遣社員をしている、ごくごく普通の女の子です。日々ギリギリの生活の中で、経済的に苦しいながら生きています。この話を特別な人、特別な事柄に関わる人たちの話ではなく、隣にいる人、街ですれ違った人の出来事として演じられたらいいなと思いました」

稲垣「僕が演じた基(もとい)は、世界的なバレエダンサーで自分の遺伝子を受け継ぐ者をなんとしても生み出したい。本能、欲望でもあると思うのですが、それにこだわりを持っている人物です。その姿が滑稽に見えたりコミカルに見えたりもするのですが、このドラマには悪人は出てきません。普通ドラマって、“共感してください”という作品が多いと思うんですが、基に関して言えば、そうでもなくて。ただ、共感できないと思っていながらも自分にもどこかそういうところがあるのかもしれないと思います」

稲垣吾郎さん

内田「稲垣さん演じる基の妻・悠子は、至って普通な、ナチュラルでフラットな人だと思います。愛する人の子どもを産みたいと願い苦しみ、葛藤する。夫である基は元トップダンサーで秀でているところがあるものの、ちょっと鈍感なところもあって。今、ちょうど夫婦で行き違いになっているシーンを毎日のように撮っています(笑)。お芝居だから伝えられることもあると思うので、それぞれの動きや気持ちを楽しんでもらえたらと思います」

原作と第1回を見ても、個々の“心の揺れ”が興味深い作品だと思いました。「次に何を言うんだろう」「どう行動を起こすのか」の予想がつかず、動きを見るのがとても面白く感じました。演じていて解釈が難しいと感じたところはありますか。

石橋「稲垣さんもおっしゃっていましたが、完全な“共感のドラマ”ではないと思っていて、演じる役でもその他のキャラクターでも、“え!?”と思うことがあるんです。演じるからこそ共感する、シンクロする部分もあるのですが、それだけを頼りにすると共感できない時に離れてしまう気がして、私はリキを“隣にいる人”としてとらえ、離れすぎないように接していました。“リキはこんなふうに考えるんだな”“こんな経緯があったからこうするのかな”と。少しだけ、距離を置くようにしました」

稲垣「見ている人が感情移入してくれることがとても嬉しいです。僕が演じた基で言えば、共感できない部分も多いのですが、基は自分の遺伝子を残したい・繋げたいと願う男性で、前提として妻を愛しています。途中から命に対する考えが変わってしまうのですが、その気持ちの変化を繊細に演じられたらと思っていました」

内田「原作者の桐野夏生さんが“悠子が一番分からなかった”とおっしゃっていました。まさにそれが良くて、女性としていろいろな考えや選択肢があっていいと思うし、実は悠子の言動が人間として一番生々しい気がします。演じるというよりも悠子にならないとできない、そんな覚悟をして向き合いましたが、近頃やっと彼女の選択や発言が体にフィットしてきました」

内田有紀さん

稲垣、石橋「おお〜、すごい!」

内田「今撮影がどんどん進んで核心の部分になってきて、まさに昨日は修羅場を撮っていました。悠子は、人とぶつかりたいわけじゃなくて泣いてすがりたい人でもない。女々しくなくて、さっぱりしています。それを我慢しているから辛くなっている。ひたすら耐えています。悠子の気持ちに寄り添えるようになってからは、セリフに嘘がなくて“そう言うだろうな”“選ぶだろうな”って分かるんです。自分の中に真実として入ってくるから不思議です」

稲垣「すごいね。それって、普段はあまりないこと?」

内田「ないと思う。だからちょっと不思議な感じもしています」

どこかSFのような生殖医療の世界。人間や社会にとってどうなのか、考えるきっかけに(稲垣)

ドラマでは、エッグドナー(卵子提供)、サロゲートマザー(夫の精子を第三者の女性に人工授精して妊娠・出産をすること)という日本ではあまり知られていない言葉が出てきます。こういった用語を知り、代理出産をテーマにした物語を演じたことでの印象の変化、考え方の変化はありましたか。

石橋「私も同じようにこれらの単語に馴染みがなく、字面しか知らなかったのですが、この作品で扉を開けてみたら、倫理的問題もあり、それぞれの立場から見えるものがあまりにも違うことに動揺しました。作品を通して学ばせてもらった感じです」

稲垣「言い方が違うかもしれませんが、生殖にまつわることがどこかSFの世界のように変わってきていることが社会にとって良い作用をすればいいんですけど、人間ですからいろいろな問題が生じてしまう。演じている側も今後どうなっていくのかな、という思いです。考えるきっかけになるドラマだと思いました」

内田「ドラマに参加する前に勉強をさせてもらって、さまざまな生き方・選択肢があると知ったことで少し勇気をもらえました。人間の理想の生き方を実現できることは良いことだと思いますが、気持ちが伴っていなかったり誰かが置いていかれてしまうのは違うんじゃないかとは思っています」

第1回で印象的だったシーンはありますか。

石橋「リキが同じアパートに住む男性、酒向芳さん演じる平岡に追いかけられるシーンは本当に怖かったです(笑)。もちろん、実際の酒向さんはとても素敵な方ですよ。あとは、伊藤万理華ちゃん演じるテルとコンビニで食事をするシーンですね。主婦やサラリーマンの方がいる中で、“献血と卵子提供は同じだよ”“お金もらえるよ”と言うテル、対してリキが“それってどういうこと?”とやり取りする場面です。ものすごいトピックなのに、ごくごく普通の女の子がごくごく普通の場所で話していることが、物語が展開していく上でのキーになる気がしています」

稲垣「さっき内田さんとも話していたのですが、この夫婦が夫婦らしく空気として馴染んで見えるのか、違和感なく見えるかどうかで、その世界に誘えるかどうかが決まると思いました。第1回を見ると、そこはうまくいったかなと思います。あとは、リキが生殖医療エージェントの人に“代理出産で300万円もらえる”と言われた時の表情、目の色が変わった瞬間ですね。欲望のスイッチが入ったのかな、それがすごく印象的で2回以降が楽しみになりました」

内田「悠子と基という夫婦が日常の中で、ちょっとずつすれ違い、何ミリかずつずれていく。その瞬間をじっくり見てほしいです。そんな中第1回で、稲垣くんが“体が硬いからストレッチのシーンを筋トレにしたい”と現場で交渉していたのが可愛かったです(笑)」

稲垣「筋トレ?  いや、あれストレッチですよ(笑)。体のコアをストレッチと筋トレで鍛えてるんです。実際にバレエの先生に現場で指導していただいてやっているので本当ですよ。2回以降も、回想でバレエのシーンも出てくると思いますからぜひ注目していてください」



誰かをジャッジしたりカテゴライズすることが、その人自身を“生きづらく”している(石橋)

稲垣さんは元バレエダンサー役ですが、石橋さんも内田さんもバレエ経験者ということで何かお二人からアドバイスをもらうことはありましたか。

稲垣「僕もバレエの経験ありますからね(笑)。石橋さんは初めて3人のシーンを撮る時に“もうダンスのレッスンは始まっていますか?”と聞いてくれて。すごく気にしてくれてるんだなと思いました。覚えてます?」

石橋「もちろん覚えています。私はずっとバレエをやっていたので、基役を誰が演じるんだろうと思っていて稲垣さんだと知って、説得力がすごいと思って。第1回を見ると分かりますが、王子様みたいな私生活から王子様みたいなバレエダンサーが生まれるんです。これはすごく見たことがある!と思って」

稲垣「有紀ちゃんもバレエやってたんだけど、どう?  僕が忘れた時にアドバイスしてくれたよね? 有紀ちゃんはすごい姿勢が良いんですよね」

内田「第5回くらいを撮っていた時に、食卓のシーンで急に“姿勢良いよね”って褒めてくれて。“僕もやろうかな”って言ってくれましたよね」

石橋「5回でやっと(笑)」

稲垣「お芝居に集中したり感情的になると、つい姿勢が前のめりになったり、本来の自分が出ちゃったりするんですけど、有紀ちゃんは感情的になっても姿勢が良い。バレエをずっとやっているから姿勢が良いのかなと思いました」

稲垣吾郎さん 石橋静河さん 内田有紀さん
『燕は戻ってこない』第1回放送分のマスコミ向け試写会後の記者会見の様子。とても和やかな雰囲気だったのが印象的でした。

この物語には、それぞれの“生きづらさ”が潜んでいます。リキや悠子は、性別や年齢、生まれた場所から決めつけられた社会的な役割やカテゴリーに悩みます。みなさんは実生活で“生きづらさ”を感じることはありますか。

石橋「日本はカテゴライズしがちだなと思います。10代の頃留学をしていたんですけど、帰ってきた時にそれを強く感じました。気にしないようにしたんですけど、やっぱりあるな、と思って。それは誰かをジャッジしたり、あなたはこういう人だとか、この人は悪い人だと決め付けることですが、実は誰かをジャッジしたりカテゴライズすることそのものが、その人自身を生きづらくしているんじゃないかと私は思うんです。今回の作品では誰も悪くないし、誰も正しくない。ある意味全員間違ってるとも言えますよね。違う視点で向き合わなきゃいけない作品だからこそ、考えるといいきっかけなのかなと思います」

稲垣「最近は年齢と共に窮屈なこととか生きづらさをうまく回避して、自分なりにストレスフリーで生きられるようになりました。昔はあったかもしれないけど、今はまるで基のように気ままに生きちゃってる部分はあります」

内田「私も稲垣くんと同じく、歳を重ねたことで生きづらさは無くなってきました。若い頃はとても乱暴で、周りへの気遣いや配慮をしてないときもあったし、今度は逆に人の目を気にしすぎて自分が小さくなっていったこともありました。いろいろなことにぶつかってきたことで、今生きづらさから解放されている気がします。傷ついたり苦しんだりすることがあったからこそ丸くなるというか。ぶつかって研磨されて丸くなる。だから生きづらさがなくなってきたのかなと思います」

稲垣「ある程度の鈍感力みたいなものも必要だよね。頂点に立てないことを知ったり、芸能界の荒波に揉まれたり。それによって人を傷つけてしまったことは確かにすごくあると思う」

内田「だから、だんだんまろやかになれたのかな」

石橋「そういう生きづらさ、苦しい状態って、絶対的に悪い状態じゃないと思います。何か解決しなきゃいけない問題があるから苦しいわけで、それを経てこられたお二人の言葉に、今苦しい人は勇気づけられるんじゃないかと思います」

社会的なテーマを題材にすることの“挑戦”。他人事ではない、必要とする人に届けたい(稲垣)

もし友人から「代理出産」「代理母」について相談された時、皆さんはどんなふうに答えますか。

石橋「100人いたら100人とも考えは違うと思うんです。私だとしたら、そうしたいと思うことを応援するよ、としか言えませんね。それと、どんな選択をしても苦しみはあるし喜びもあると思う、ということですかね」

稲垣「難しいですね。まずは寄り添うこと。結局決めるのは本人だし、相手が自分にとって大切な人で相手も自分のことを大切だと思ってたら、その後は寄り添って見守るって感じかな」

内田「皆さんが言うようにすごく難しいし、相談されたらと思うと悩ましいです。だけど相談した時点で答えは決まってるから、後押ししてほしい人が多いですよね。結局は誰かに背中を押してほしい。なので、やっぱりその気持ちに寄り添うこと、選択したことに対してそばにいることが大切だと思います」

稲垣吾郎さん 石橋静河さん 内田有紀さん

最後にこれからドラマを見る人へ、メッセージをお願いします。

石橋「とてもデリケートで複雑なテーマのお話ではありますが、素晴らしい原作と脚本、スタッフの皆さんと、これ以上ないメンバーでこの作品に臨めることが本当に幸せです。とても面白く仕上がっているので、ぜひ楽しんでいただけたらと思います」

稲垣「僕自身原作を読んでドラマ化するとなった時に“これは挑戦だな”と思いました。生殖医療、地方社会の生きづらさ、若者の貧困。今深刻になっている問題がテーマになっていて、それは他人事ではない。ドラマを通じて、必要としている人一人でも多くの人に届けられたらいいなと思っています」

内田「どんな時代も生きづらさはあると思います。私は、ドラマ以上に普通に生きている方がドラマチックだと思って生きています。女性だけが生きづらいというのは違うかなと思っており、この作品が色々な世代の方に寄り添えるような作品になればと思います」

ドラマ10『燕は戻ってこない』(全10回)

放送予定

2024年4月30日(火)〜7月2日(火)〈総合/毎週火曜 午後10:00〜10:45、毎週金曜 午前0:35〜1:20(再放送)※木曜深夜 BSP4K/毎週火曜 午後6:15〜7:00〉

原作

桐野夏生『燕は戻ってこない』(集英社文庫)

脚本

長田育恵

音楽

Evan Call

出演

石橋静河、稲垣吾郎/森崎ウィン、伊藤万理華、朴璐美/富田靖子、戸次重幸、中村優子 /内田有紀、黒木瞳ほか

Staff Credit

撮影/山崎ユミ 取材・文/武田由紀子

武田由紀子 Yukiko Takeda

編集者・ライター

1978年、富山県生まれ。出版社や編集プロダクション勤務、WEBメディア運営を経てフリーに。子育て雑誌やブランドカタログの編集・ライティングほか、映画関連のインタビューやコラム執筆などを担当。夫、10歳娘&7歳息子の4人暮らし。

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