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ムーミン作者トーベ・ヤンソンの情熱的な恋愛ともがき。『TOVE/トーべ』主演女優インタビュー

  • 金原由佳

2021.10.01

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ムーミンの生みの親の情熱的な恋愛の時期ともがきを描く。主演女優が見たトーベの魅力と、その人生とは?

ムーミン・シリーズをまだ読んだことがない人がいても、ムーミンやスノークのおじょうさん、とりわけ永遠の自由人にして旅する男、スナフキンと、ストレートな物言いをするトリックスターのちびのミイというムーミン・シリーズの魅力的なキャラクターを親しく感じている人は多いかと思います。

ムーミン・シリーズを生み出したのはフィンランドのトーベ・ヤンソン(1914-2001)。

映画『TOVE/トーベ』はトーベがアーティストとして世に出る前夜の時期をピックアップし、彼女が創作の悩みや、恋愛に揺れていた時期にフォーカスを当てたもの。スナフキンのモデルといわれる政治家であり編集者であったアトス・ヴィルタネンとの出会い、彼と結婚を考えていた最中に、嵐のように出会った舞台演出家、ヴィヴィカ・バンドラーとの情熱的な日々。男性との交際中に、既婚の女性との電撃的な出会いによって、ヴィヴィカとの恋愛にのめり込む。映画は、二人の刺激的な表現者との出会いにより、自身の創作の方向性を定めたトーベの羽化の時期を描いたものになります。この映画のラストに、トーベは終生のパートナーとなるトゥーリッキ・ピエティラと出会い、フィンランドの公的なイベントに初めて同性カップルとして招待され、参加。二人のナチュラルな態度は、社会に対して大きな理解を促すものとなりました。

さて、この映画で、溌溂としたトーベを演じるのが女優、アルマ・ポウスティさん。劇中のトーベはミイのように行動的で、目が離せない。どういった演技プランで演じたのかを聞きました。

●アルマ・ポウスティ(Alma Poysti)
1981年フィンランド・ヘルシンキ出身。母語のスウェーデン語のほかフィンランド語や英語、フランス語にも精通。2007年にフィンランドのシアターアカデミーを卒業。フィンランドやスウェーデンの舞台や映画へ出演し、俳優としての経験を積む。2012年に主演を務めた『Naked Harbour(原題)』がユッシ賞(フィンランドのアカデミー賞)で作品賞を含む8部門にノミネートされ、大きな注目を集めた。また、2014 年にトーベ・ヤンソン生誕100年を記念して制作された舞台『トーベ』で若かりし頃のトーベ・ヤンソン役を演じたほか、アニメーション映画『劇場版ムーミン 南の海で楽しいバカンス』(14)ではフローレン(スノークのおじょうさん)の声を担当した。
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今の時代は、もしかするとトーベの生きた時代よりも保守的な側面があるかもしれません。

──実は、私、トーベ・ヤンソンさんと同じ8月9日に生まれたのが密かな自慢なんです。

「わお、おめでとう! それはとってもギフトですね」

──『TOVE/トーベ』では、アルマさんが演じるトーベが創作や、恋愛において、自由を獲得しようともがいている姿に勇気を得ました。劇中ではトーベが何度も情熱がまま踊る場面があります。そしてラスト、実在のトーベ自身が激しく踊っている記録映像も差し込まれます。あなたが演じるトーベの踊っている姿はものすごく力強く、未だ色んな権利を求めて格闘する日本の女性たちの心を奮い立たせるものだと感じました。トーベが渇望した自由への精神はアルマさんにとっても近しいものですか?

「私はまだ、彼女の域には達していないかな。あれだけの喜びや自由や勇気をもって生きるということは、もしかしたら、出来るかどうかと自問自答する永遠なる葛藤かもしれない。でも、彼女の人生から教わって、頑張って送りたいと思っています。トーベと自分自身を比べるのはおこがましいからしないでおくけど、彼女自身となって過ごした撮影の時間は素晴らしい時間でした。例えばダンスの大切さ。そして人が見ていないときの自分の身の振り方とかね」

──映画は第二次世界大戦中から始まりますが、フィンランドでは長い間、同性愛は違法であり、1950年代初頭までは見つかると精神病院や刑務所行きとなり、1971年までは法律違反とされ、1981年になるまで病気とされていたと聞いています。そういった社会情勢の中で、自由恋愛や同性との恋愛をしたトーベの感情や境遇を、今の時代で演じるために気を配った点は?

「興味深い質問、ありがとうございます。さきほど、今の日本を生きる女性たちの葛藤について話されていたけど、それは大事なことですよね、ある意味、今の時代は、日本だけでなく、フィンランドや多くの国で、実はトーベの生きた時代より保守的な側面すらあるような気がします。私がこの映画を見て感じて欲しいことの一つに、何の理由もなく自分を制限する必要はないんだということ。トーベにとって、同性の人と恋に落ちたことはサプライズだったかもしれない。けれど、その恋はハッピーなサプライズであって、彼女は両手を広げて受け入れました。ヴィヴィカ・バンドラーとの交際をきっかけに、トーベの世界はより鮮烈に、色彩あふれるものになった。それまで以上に、人を模索する視点を得た。相手が男性であろうと、女性であろうと、未婚であろうと既婚であろう関係ない。人間であることが大事なんだ。それはトーベを演じる上でとても大事なことでした」

──ヴィヴィカ・バンドラーとの関係性を、今回、ザイダ・バルリート監督は性愛の領域に踏み込んで果敢に演出されていますが、そこでの表現で気を配ったことは?

「それはこの作品の鍵ですね。ヴィヴィカだけでなく、アトスとの関係性をラブシーンで描くうえで、搾取的にふるまうのではなく、デリケートで、リスペクトを持って、そしてトーベの当時なら表現できなかった領域まで表現して、描くことに腐心しました」

もし、世間の皆さんに知って欲しくなかった仲なら、愛に満ちた手紙は燃やしていたのでは?

──アルマさんはトーベとヴィヴィカの関係性をどう見ていますか?

「トーベもヴィヴィカもいろんな手紙や絵やドローイングでヒントを遺してくれているんです。もし、そういった人生の側面を、世間の皆さんに知って欲しくなかったら、きっとそういったものを燃やしたりしたと思うけど、そうしなかった。語ってもいいという意味で遺していると思うので、そこを読み解いて、映画で演技できたことは嬉しかったし、同時に、大きな責任感も抱きました。リスペクトを持って、正直に、伝えなければならなかったし、でも、可愛らしく表現してはいけなかった。彼女たちはオープンな人で、容赦なく史実を突きつけてくるような人物でした。

遺した言葉を読むと、彼女たちの人生において二人の愛は複雑であることがわかります。と同時にシンプルなことでもあった。私、あの子のことが好きなの、でもあの人、結婚しているの、でも好き。そういう画期的な関係性を、トーベは自分のやり方で築いたんだと思います。彼女自身は、格別、自分たちは同性愛者だと声を上げて、ドラマチックに公言はしなかったし、他人からレベルを張られることも嫌ったけれど、静かに、自分のやり方で、多くの人のドアを開いていった。そういう人生の側面においても、彼女が愛されていると思います」

――ムーミン・シリーズについて聞かせてください。私は『ムーミン谷の夏まつり』が特に大好きで、中でもスナフキンが、公園に貼られている子どもの遊びを制限する〇〇してはいけないという「~べからず」の看板を壊していくシーンが本当に大好きで、あそこはトーベがさまざまな枷を取り払ってくれる精神を感じるのですが、アルマさんはどの作品がお気に入りですか?

「イエス! 私も『ムーミン谷の夏まつり』はとっても好き。ラスト近くの海上の劇場でのドタバタ劇も好きよ。でも、一番のお気に入りというと、『ムーミン谷へのふしぎな旅』です。あの作品はスサンナという少女が自分の未知なる領域に足を踏み入れていく内容で、絵画を見ているような感覚で、ドラマチックなんですよね。本当に小さかった私は、あの本の世界観にとても惹かれました。ちょっとした台詞にもユーモアを感じて、そして時々怖くもある。私自身は木登りやサッカーや冒険が好きな子供だったんで、自分とは真逆の、スサンナの内面性に惹かれたんだと思う」



トーベはフィンランド初、公的な場に女性同士のカップルとして参加した

──私がこの映画で特に素晴らしいなと思うのは、ヴィヴィカは美しく、トーベはその美に執着してしまうところ。ヴィヴィカは自由恋愛者でもあり、トーベの懐だけには収まらない。映画の終盤近くで、トーべが終生のパートナーとなるトゥーリッキと出会う場面が出てきます。アルマさんはトーベのヴィヴィカを手放し、トゥーリッキとの未来を選んだ心の変遷をどう解釈して演じましたか?

「この映画の後の時期の話になりますが、トーベとトゥーリッキは島にコテージを作り、そこで創作をしたり、世界中を旅し、小さなムーミンワールドを作り上げました。二人は常に想像をし、創作をしました。トゥーリッキはグラフィックアーティストで、互いの作品は、独立して素晴らしいものでもあります。ふたりは、12月6日のフィンランドの独立記念日に、大統領官邸でのパーティに初めて女性同士のカップルとして公的に参加していて、認められた存在でもあります。トーベにとってトゥーリッキは頼れる存在だったんじゃないかな。安定感があり、信頼感があったのでは? トゥーリッキについての本もあるんですよ(と、見せてくれました)。トゥーリッキは、ムーミンは自分のことだ、と言ったことがありますが、明かりを持って、冒険を繰り出そうという精神は二人に共通するものかも。二人の後半期の映画も作るべきですよね」

トーベからムーミンの人形をもらったの!

──そこで聞きたいのですが、あなたは舞台でトーベ・ヤンソンの若い日々を演じ、今回、30代から40代を演じています。だったら、今話したように、10年後、20年後、シニア時代も演じたくないですか? 何故、あなたにばかり、トーベ役が行くんでしょう?

「あははは、なぜかわからないわ。これは贈り物で、光栄なものです。ご存じだと思うんですけど、私の祖父母がトーベと仲のいい友人で、近い存在であったのも関係しているかも。祖母は本当に親友で、実は最初のムーミンの舞台に、ムーミンママ役で出ているの。あなたの質問に戻るけど、役者にとって役というのは、互いの間の友情を自分で頑張って作っていかなくてはいけないと思うの。最初は単なる知り合いで、そこから相手のキャラクターを知り、模索することで演じる人間と役との間の友情を得ることが出来ると思う。フィクションとして私はトーベで知り合い、そこで友情をはぐくんでいると言えますね」

オンラインでインタビューに答えてくれたアルマさん

──本物のトーベに会ったことはありますか?

「あるとき、祖母がトーベを招いたときにお会いしました。その夜はとてもよく覚えていて、トーベもトゥーリッキもとても優しく、明るい人で、二人からムーミンの人形をもらったことを覚えています」

──とても素敵なエピソードをありがとうございます!(※ちなみに、別の機会でザイダ・バリルート監督にアルマさんの起用の理由を聞くと、「トーベのプライベートな情報を知っている点は有利でしたが、彼女自身の非の打ちどころのない輝きと才能から彼女を起用しました。アルマは自分なりにトーベについて調べていたようで、彼女を起用したことによってどれほど多くのものを得たのか後になって分かりました」とのことでした)

TOVE/トーベ

世界中で愛されているムーミンの物語。フィンランドでは著名な彫刻家として知られていた偉大なる父の期待を受け、画家としてキャリアをスタートさせたトーベ・ヤンソンが、様々な葛藤を経て、ムーミン・シリーズを描きだした背景と、彼女自身のアーティストとしての成長に大きく関わった、30代での恋愛にフォーカスを当てた作品。フィンランドではスウェーデン語で描かれたフィンランド映画としては史上最高のオープニング成績を記録。公開から約二カ月にわたり週間観客動員数ランキングで連続1位を維持するなどロングラン大ヒット。更に第93回アカデミー賞国際長編映画賞フィンランド代表へ選出されたのをはじめ、数々の映画賞を席巻した。

10月1日より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマ他、全国にてロードショー公開。

配給:クロックワークス
©︎ 2020 Helsinki-filmi, all rights reserved

映画『TOVE』公式サイト

金原由佳 Yuka Kimbara

映画ジャーナリスト

兵庫県神戸市出身。関西学院大学卒業後、一般企業を経て映画業界に。約30年で1000人以上の映画監督や映画俳優のインタビューを実施。映画誌、劇場パンフレット、新聞などで映画評を執筆。著書に『ブロークン・ガール 美しくこわすガールたち』、共著に『伝説の映画美術監督たち×種田陽平』。映画祭の審査員、トークイベントなど講演・司会も多数。

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