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マンガ家が「世田谷イチ古い洋館」の家主になるまで【山下和美先生インタビュー・前編】

2024.02.02

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世田谷区豪徳寺に新たなスポットが誕生!

世田谷洋館の外観

東京都世田谷区に現存する洋館の中でもっとも古いといわれる、豪徳寺の「旧尾崎テオドラ邸」。築135年の貴重な建物が、ギャラリー、ショップ、喫茶室を併設する館「テオドラハウス」として2024年3月1日(金)にオープンします。

2019年、取り壊しの危機にあった明治建築の洋館「旧尾崎テオドラ邸」。その保存に向けて奔走してきたのは、マンガ家・山下和美先生をはじめとする、洋館に心を奪われた人々。地域の方々や行政をも巻き込み、館の保存を実現するまでの壮大な道のりは、山下先生のエッセイマンガ『世田谷イチ古い洋館の家主になる』(全3巻)でうかがい知ることができます。

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』全3巻
『世田谷イチ古い洋館の家主になる』全3巻 ©山下和美/集英社

きっかけは、歴史ある洋館の姿を残したい……という人々の思い。そこに膨大な購入や改修の費用など、さまざまな壁が立ちはだかります。

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』では、最終巻まで「本当に家主になれるの……!?」と読者が思わず不安になってしまうような難しい展開が続くのですが、費用を工面するため、保存活動に賛同する市井の方々を頼りにクラウドファンディングにチャレンジしたり、著名なマンガ家の方々の協力を得るなどして、次第に道が開けていきます(紆余曲折の詳細は、マンガにてお楽しみください!)

多くの難題を乗り越え、たどり着いたのは、自分たちで洋館の家主になるという道。最終的には築135年の洋館の魅力を最大限に活かせる「ギャラリー」と「喫茶」という形で洋館を残すことを決め、2024年3月、ついにグランドオープンを迎えることに。

LEEwebでは、マンガ作品のタイトル通り、ついに「世田谷イチ古い洋館の家主」のひとりとなった山下先生に、現在の心境や秘蔵エピソードをうかがいました。

洋館が持つ求心力のおかげで道が開けた

世田谷洋館前の山下和美先生
マンガ家・山下和美先生

――『グランドジャンプ』で連載されたエッセイマンガ『世田谷イチ古い洋館の家主になる』は、最終巻までドキドキの展開。試行錯誤の末、晴れて家主になったとき、どんな気持ちでしたか?

山下先生:こわかったですね。私、割と突っ走って後から「あ、ヤバいことしてない?」みたいに気付くことがあるんですが、実際に家主になった段階でようやくその感覚に襲われました。

マンガ:『世田谷イチ古い洋館の家主になる』vol3-132
山下和美『世田谷イチ古い洋館の家主になる』第3巻 P.132/ⓒKazumi Yamashita 2023/集英社

山下先生:もっと早くに「ヤバいな」と気が付いていたら、たぶん途中でやめていたと思うんですけど、なぜかやめるキッカケがなくて。壁にぶちあたって悩むと、タイミングよくポンポンといい話が舞い込んでくる。「もうダメだ!」と思うと、必ず誰かが登場するんですよ。おそらく、この館には不思議な求心力みたいなものがあるんでしょうね。ここまで来られたというのは、奇跡的なことだと思っています。

――作品では2019年からの歳月が描かれています。SNSでの世論の盛り上がり、東京都知事・小池百合子氏の登場……。途中、コロナ禍の到来で、ステイホーム時代が突入したりと、時代の空気感を感じる内容ですね。

山下先生:SNSでの賛同はすごくありがたかったですが、わっと盛り上がっても、同時に必ず厳しいツッコミも入るんです。ただ実際に残すとなったら、理想を突き詰めるだけじゃなくて、問題はお金……というところにぶち当たるわけで。館を残す難しさを痛感する日々でした。

マンガ:『世田谷イチ古い洋館の家主になる』vol3-46
山下和美『世田谷イチ古い洋館の家主になる』第3巻 P.46/ⓒKazumi Yamashita 2023/集英社

山下先生:少しの期間ですが(笑)、小池百合子さんも登場してくれました。コロナ禍といっても、正直に言って私の生活は変わらなかったんです。マンガ家はみんなそうだと思いますが、ずっと前からステイホームでしたので(笑)。40年以上ステイホームしているので、さほどストレスは感じなかったです。マスクも、ラクでいいかなと前向きに(笑)。

洋館存続のため、クラウドファンディングにも挑戦

――作中では、館を手に入れる資金作りのため、クラウドファンディングにも挑戦されました。もともと、そういったことに詳しい方だったのですか?

山下先生:全然です! 私にとっては苦手な分野でしたが、お金がまったく足りていない中、「やってみたら?」と振られてしまい……。私が破産するか、クラウドファンディングするかの二者択一みたいなヤバい状態に追い込まれていましたし、やっぱり破産はしたくないから挑戦を決意しました。究極の選択というか……ほぼほぼ地獄でしたよね(笑)。

洋館存続の話もクラウドファンディングも、マンガに描くのが難しい世界で、本当に大変でした。最初の頃のネームは、担当さんにたくさん直されてましたし。担当さんに理解できない話は読者も読まないなんて言われまして。

――クラウドファンディングでは、山下先生お手製の掛け軸の販売も。先生のファンの方々にとって、貴重なグッズを手に入れられるうれしいチャンスとなりました。

山下先生:近くの大学で、掛け軸を作る一般向け講座を週一で受けていたことがあって、表装を作る技術を覚えたんです。販売した掛け軸は、そのときに完成させた作品です。

「クラウドファンディングをやるなら、掛け軸の複製を作りませんか?」と言われて挑戦したんですが、想定より元値が高くなってしまったので、実はあまり収益金のないものではありましたね(笑)。

大きな掛け軸を100万円で買ってくださった方もいたんですよ。下手ではあるのですが、表装から全部自分で手掛けたこの世で一点しかない作品だったので、喜んでくれる人に届けられるというのはすごくうれしかったです。



洋館を理想的な姿で後世に残すため、マンガ家の力を結集!

stairs

――さまざまな試行錯誤の中、洋館を存続・活用するための方法もだんだんと変わっていきました。

山下先生:最初の頃は、知り合い同士で館を打ち合わせ部屋や仕事部屋にして、残りは事務所にしようという話をしていました。少し曳家をして館の位置をずらし、周りに家を建てて館を守ろう、と考えていましたね。元担当編集者に電話をして「家買わない?」なんて聞いてみたり(笑)。館にお店が入るという話も浮上したんです。エスニック屋さんが入ると言ってくれて。

でもだんだん、館に合わないものを入れなきゃいけなくなる、ということに気付いて、違和感がうまれてしまって……。そうなってくると、館を何のために残したの?という話になってしまうなぁと。

いろいろな候補を考えていった結果、最終的には「自分たちで館を持つしかない」という考えに至りました。全部自分たちで持とう、と。

――3巻では、マンガ家の先生方が登場、資金を出してくれたりと救世主になってくれますよね。

山下先生:「マンガ家が館を残す」という方向で話が進んだのは、大きかったと思います。

最終的にはドン(新田たつおさん。主な作品に『静かなるドン』、『ビッグマグナム 黒岩先生』)が入ってからですよね。館を動かさずに、自分たちで持とうと決められたのは。それだけすごいことをしてくれたんですよ、新田先生は。

マンガ:『世田谷イチ古い洋館の家主になる』vol3-84
山下和美『世田谷イチ古い洋館の家主になる』第3巻 P.84
/ⓒKazumi Yamashita 2023/集英社

山下先生:もともとは笹生那実さん(新田先生の妻でマンガ家。主な作品に『薔薇はシュラバで生まれる』、『すこし昔の恋のお話』)が、自分のお金を寄付しようと連絡してくれたのですが、ドンを説得したりと尽力してくれて。そこから現実的な道が開けていきましたね。

マンガ家が館を残すという道は、マンガ家の高橋留美子さん(主な作品に『うる星やつら』、『犬夜叉』)が出資してくれたこともやはり大きかったですね。

高橋のぼるさん(主な作品に『土竜の唄』、『最強の弁護士』)、福本伸行さん(主な作品に『賭博黙示録カイジ』、『銀と金』)も手を挙げてくれて。福本さんは「出資したお金はどうせ戻ってこないでしょ(笑)」なんて太っ腹なことを言いながら。「いやいや~お返ししますから」ってお願いして(笑)。

今や館存続の主要人物のひとりである三田紀房先生(主な作品に『ドラゴン桜』、『アルキメデスの大戦』)も、最初はちょっと足りない分のお金を出すつもりで手をあげてくれたのに、どんどん取り込まれて(笑)、メインのひとりに。もうこれ以上、三田さんや新田さんに迷惑をかけるわけにはいかないと思っています(笑)。

――三田先生は、山下先生が洋館の件で追い込まれている状況を見て、「山下さんはマンガ界の至宝だからマンガを描いてほしい。だからちょっと手伝わないと」と出資やお手伝いを始めたというエピソードがあるんですよね(マンガ担当編集・談)。

山下先生:そうなんです。そこから、ウクライナ危機で建築費がガーンとあがり、館改修の費用が全然足りない……となって。そこで三田さんの外交が始まったんですよね。ゴルフ外交が(笑)。最後のほうは、三田先生がマンガ家のゴルフ仲間で賛同してくれる人を探してきてくれたんです(笑)。それが高橋のぼるさんや、福本伸行さん。

――有名マンガ家さんたちが関わる建物……一読者としては、かつての“トキワ荘”を彷彿とさせるようなワクワク感がありますね。

山下先生:そういう気分も、少しあるのかもしれません。でもまぁ、ゴルフ人脈ですけどね(笑)。マンガを読んでくださった読者のみなさんには、笹生さん、ドン、そして三田さんというイメージしかないかもしれませんが、実は裏にゴルフという繋がりがあったというわけです(笑)。

続きは後編で!

保存活動の気になるその後は!? 洋館オープンまでの激動と衝撃の道のりを描いた『世田谷イチ古い洋館の家主になる』特別読切が、「グランドジャンプ」7号<3月6日(水)発売予定>にて掲載!

旧尾崎テオドラ邸
INFORMATION


マンガ:『世田谷イチ古い洋館の家主になる』vol3-188
山下和美『世田谷イチ古い洋館の家主になる』第3巻 P.188/ⓒKazumi Yamashita 2023/集英社

マンガ家が出資し、経営する世界初の試み「旧尾崎テオドラ邸」 が2024年3⽉に「テオドラハウス」としてグランドオープン! 歴史を感じる⾮⽇常空間で、ギャラリーやお茶を楽しめます。

1階:喫茶室、ショップ
2階:ギャラリー:マンガを中⼼とした展⽰

グランドオープン:2024年3⽉1⽇(⾦)
所在地:東京都世⽥⾕区豪徳寺2-30-16
営業時間:10:00〜18:00(最終入館は17:30まで)
休館日:木曜日
詳細:営業日、予約方法は公式サイトでチェック 旧尾崎テオドラ邸公式サイト


『世田谷イチ古い洋館の家主になる』全3巻

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』全3巻 ©山下和美/集英社

世田谷洋館前の山下和美先生

お話をうかがったのは

山下和美先生

KAZUMI YAMASHITA

マンガ家

主な作品は、『天才柳沢教授の生活』、『不思議な少年』、『数寄です!』、『寿町美女御殿』、『ランド』など多数。現在は『ツイステッド・シスターズ』連載中。

Staff Credit

撮影/柳 香穂

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