TVや映画などで大活躍される歌舞伎俳優さんも多い中、最近周りでもよく聞くのが「歌舞伎に行ってみたい」という言葉。私もその一人でしたが、歴史ある日本の伝統芸能だからこそ、特別な知識もない自分には敷居が高く感じられ、なかなか足を運べないままでいました。
そこで今回、歌舞伎を中心に、舞台・映画などエンターテインメント関係の作品評やインタビュー記事を数多く執筆されている、ライターの仲野マリさんにガイドをお願いし、「歌舞伎座」で初めての歌舞伎を体験してきました。プロに伺った歌舞伎を楽しむポイントと共に、初心者の私がリアルに感じた素晴らしさをレポートします!
歌舞伎観劇のプロ曰く「基本的に特別な準備や予習は不要!」
事前に歌舞伎について学んでおかなければと思っていた私に対し、仲野さんは「『鬼滅の刃』を観に行く前に予習した?歌舞伎も映画やミュージカルと同じエンタメ。あらかじめ色々知識を入れておきたいというタイプでなければ、ドキドキ、ワクワクしに行くのに”お勉強”はいりません!」とキッパリ。
「音楽や絵画でも、全て理解できていなくても好きになることってありますよね。
とにかくまずは一度観て、衣裳、俳優さんの目力や声の大きさ、舞台転換などを何かひとつでも『すごい!』と感じたならば、それ自体が素晴らしい観劇体験です。調べたり学んだりするのは、その上で『もっとわかりたい』と思ってからで充分です」
今回は5500円のチケット!ネットなどで簡単に購入可
さらに私は勝手に「チケットは歌舞伎座の売場でしか買えない」と思い込んでいましたが、他の演劇チケットと同じく電話やインターネットやチケットサイトで普通に購入することができました。
さらに驚いたのが価格で、今回私が選んだのは3階A席で5500円。もちろん1階の良い席は1万6~7000円程度と確かに安くはありませんが、ミュージカルやバレエなどと比べても飛び抜けて高いわけではなく、仲野さんもおっしゃっていた通り「実は5000円でも観られるという事実があまり知られておらず、歌舞伎は高いというイメージが先行してしまってているのは残念」だと感じます。
難しいドレスコードなし!むしろ着慣れた服がおすすめ?
「私は毎月最低でも4回、多い時は10回くらい歌舞伎を観に行きますが、一度も着物で行ったことはありません。それに私、着物は持っていないし、自分では着られないし…」と笑う仲野さん。確かに当日の会場は確かに着物姿の方も多く素敵な雰囲気でしたが、7~8割の方は普通のお洋服。1時間以上座りっぱなしのことも多いので、着慣れた服の方が観劇しやすいかもしれないとのことでした。
ただ例えば、結婚記念日にご夫婦で出かけてこられた…といった方も少なくない場なので、Tシャツ・短パンにサンダルといったあまりにカジュアルな恰好は避けるといった配慮は必要ですが、ことさらにおしゃれしなければならないと焦ることはないそうです。
「何を観ればよいかわからない…」舞台の選び方のポイントは?
特に初めて行く際は「どの演目を選んでいいかわからない」という方も多いと思いますが、「例えばTVドラマを通して好きになった俳優さんの歌舞伎を観てみたい」といった気軽な選び方でOKと伺い、また肩の力が抜けました。
「隈取、見得、女方の美しさなど、いわゆる”ザ・歌舞伎!”というものを観たいのか、『風の谷のナウシカ』やスーパー歌舞伎Ⅱ (セカンド)『ワンピース』など新しい歌舞伎を体験したいのか。
また、特に子育て中やお仕事がある方などは上演される時間帯も大きいと思いますし、せっかくの歌舞伎見物に行くのならば、和服で出かけ銀座でランチもしたい…などご自身のやりたいことや希望に合わせて絞っていくのも良いと思います」
今回は第二部『信康』『勢獅子』を観劇
この日私が観劇したのは、「六月大歌舞伎」の第二部『信康』『勢獅子』」でした。『信康』は織田信長によって切腹させられた徳川信康と、その父・徳川家康の悲運の運命を描いた作品。今年大河ドラマでも注目を集めたまだ10代の市川染五郎さんが信康を、私が子どもの頃からTVや映画でも活躍されてきた松本白鸚さんが家康を演じました。そして後半の『勢獅子』では、中村梅玉さんと尾上松緑さんが中心となり、華やかな舞踊を披露されました。
時代設定と最初の場面の説明を知っておくと楽しめる!
特別な予習は必要ないとはいえ、知っておくとより楽しめるポイントはあるそうで、一番大切なのは「時代設定と最初の場面の説明」なのだとか。
仲野さんが観劇ガイドをされる際に伝える要点は、「悲劇か喜劇か」「時代設定」「ベースとなっている話」「キーマンは誰か」「最初の場面の説明」だといいます。
最初に出てくる人物が主役とは限らず、誰が主役なのかわからないと話の動きについていけなくなってしまいがち。でもだいたいの背景と、どの役者さんに注目すべきかが掴めれば、あとはビギナーさんでも自然に物語に入って行き、流れに任せて楽しむことができると確信されているそうです。
松竹が運営する歌舞伎公式サイト「歌舞伎美人(かぶきびと)」には、公演情報・ニュース・俳優インタビューなどが掲載されているので、気になった方はチェックしてみるのもおすすめとのことでした。
想像以上に理解でき、笑い、涙できた「新歌舞伎」
今回観た『信康』は、明治後期から昭和初期にかけて書かれた「新歌舞伎」と呼ばれる比較的新しいジャンルで、現代的な視点で物語が描かれていることも特徴です。
家のために息子を切腹させるということは今の時代では考えにくいですが、その渦中にいる父・家康の「本当は死なせたくない」、息子・信康の「本当は生きたい」という葛藤やどうしようもない気持ちが、現代を生きる私たちにも理解できる形で描かれており、初心者でも映画などと同じように楽しむことが出来ました。
舞台が始まった時まず感じたのも「TVの時代劇みたい!」ということで、登場人物たちが話すセリフの意味も、ちょっとした笑いのポイントなどもわかり、気づくと周りの方と一緒にくすくす笑っている自分に対して、こんなに話がわかるものなんだと少し意外な気がしたくらいでした。
歌舞伎ならでは?!舞台に引き込まれる「じわが来る」を体感!
そして一番印象的だったのはやはり、会場全体をひとつにし観客を舞台に引き込むような俳優さんの力で、最後の切腹のシーンでは思わず涙がこぼれてしまいました。
1〜2時間の舞台の中でちゃんと信康が成長していることがわかり、そしてラストシーンでは誰もが息をつめて舞台を注視し、だんだんとすすり泣きが広がり、そして幕が降りた瞬間に客席全体が力を抜きはーっとため息をついた、その空気を体感できたことが強く心に残っています。仲野さんによると、その状態を歌舞伎では「じわが来る」と表現するそう。
「客席が舞台や役者さんにぐーっとにじり寄るような、お客さんみんなに感動が広がるような状態なのですが、まさに今日はそれ! 確かに『新歌舞伎』はわかりやすいけれど、あくまで『歌舞伎』なので、TVや映画のようなテンポの良さや音楽があるわけではなく、さらに今回の話は派手なチャンバラや立ち廻り、きらびやかな舞などもなく動きも少なめ。俳優さんに力がないと、ここまで観客を惹きつけることはできません」
私は素人ですが、それでもTVを観るだけで主演のお二人が素晴らしい役者さんだということくらいはわかります。
でも、まだ10代の市川染五郎さんが持つ才能、そして舞台に現れるだけで空気が変わり目が離せなくなる松本白鵬さんの存在感や声を同じ空気の中で感じ、息をするのを忘れ舞台に引き込まれるような「じわ」を味わえたのは、やはり「歌舞伎を観た」からこそ! 足を運んでみて本当に良かったと感じています。
歌舞伎もエンタメ。日常の楽しみのひとつにしてほしい
「歌舞伎に限らず役者さんの人生は何があるかわかりませんが、先が見えないながらも『何か予感させる人』と出会い、思わず応援したくなったり活躍を追いたくなったりして、そこから歌舞伎にハマっていく方も多い。歌舞伎役者さんは活躍も長いですし、そういった出会いやときめきは、きっと自分の人生を豊かにしてくれると思います」
舞台の後、そんなふうに話されていた仲野さん。
初心者で何もわからず勝手にハードルを上げていた私ですが、仲野さんと一緒に観に行ったおかげで「歌舞伎も映画や舞台、ミュージカルなどと同じくらい身近なエンターテインメントで楽しいものなんだ!」ということを実感できました。
「素晴らしい伝統芸能ですが、もともと歌舞伎は庶民のための娯楽として発展したもの。今の自分の知識や感覚、感性のまま楽しめば良く、例えば歌が好きな方ならまずは『いい声だったなぁ』、おしゃれが好きな方ならば『衣裳がすごかった』などご自身の感覚で味わい、とりあえず『楽しかった!』なら充分! 何かを学んでわかってから観ようとしなくて大丈夫です。映画、ミュージカル、バレエ…色々ある中で、今回は好きな俳優さんが出るし歌舞伎にしようかな?と、日常の楽しみのひとつとして選択肢に加えていただけたら嬉しいです!」
想像よりもずっと気軽で、初心者でも様々な楽しみ方ができた歌舞伎。大体2ヶ月先の公演まで決まっており、来月以降の演目や出演者を見ていると、私でも知っている舞台や俳優さんがずらりと並んでいました。
興味を惹かれた方はぜひ、次のお出かけ先の候補に入れてみてはいかがでしょうか?
チケットや劇場情報などがわかる、歌舞伎公式サイト「歌舞伎美人(かぶきびと)」はコチラ! 舞台と映画を熱く語る!歌舞伎ライター仲野マリさん公式サイトこの連載コラムの新着記事
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佐々木はる菜 Halna Sasaki
ライター
1983年東京都生まれ。小学生兄妹の母。夫の海外転勤に伴い、ブラジル生活8か月を経て現在は家族でアルゼンチン在住。暮らし・子育てや通信社での海外ルポなど幅広く執筆中。出産離職や海外転勤など自身の経験から「女性の生き方」にまつわる発信がライフワークで著書にKindle『今こそ!フリーランスママ入門』。