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LIFE

映画ライター折田千鶴子のカルチャーナビアネックス

韓国を代表する撮影監督が語る『流浪の月』。広瀬すず、松坂桃李ら「俳優の素晴らしい演技にカメラが自然と寄っていった」

  • 折田千鶴子

2022.05.13

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原作を読む前から心は決まっていた

LEE本誌5月号で松坂桃李さんを取材した記事が、既にwebにも転載されていますが、あまりに映画『流浪(るろう)の月』に衝撃を受けすぎて、勢い余って撮影監督(映画のカメラマン)のホン・ギョンピョさん(『パラサイト 半地下の家族』など)にまで直撃してしまいました。現場のあれこれを、色々とお聞きしました!

監督は、『悪人』『怒り』など数々の傑作を生みだしてきた李相日(リ・サンイル)さん。期待して観てもなお、またまた大当たり! 原作は、2020年に本屋大賞を受賞した、凪良ゆうさんの同名小説です。胸を抉るような物語ではあるけれど、目にも心にも染みるように美しい映像、優しさが漂うような繊細な空気を湛えた映像は、さすが、ホン・ギョンピョさんだと唸らされます!! 現場での、監督と撮影監督の関係性や遣り取りにも興味津々です!

ホン・ギョンピョ(撮影監督)
1962年生まれ。クリストファー・ドイルのもとで経験を積み、『ハウドゥン(夏雨燈)』(98)で長編撮影監督デビュー。主な作品に、『反則王』『ユリョン』(99)、『イルマーレ』(00)、『ガン&トークス』(01)、『ブラザーフッド』(04)、『海にかかる霧』(14)、『哭声/コクソン』(16)、『バーニング 劇場版』(18)、『ただ悪より救いたまえ』(20)など。ポン・ジュノ監督とは『母なる証明』(09)『スノーピアサー』(13)、『パラサイト 半地下の家族』(19)でタッグを組む。

──ポン・ジュノ監督を介して、李監督からオファーを受けたそうですね。

「ポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』の現場に、李監督が見学にいらしたんです。元々李監督の作品が好きで観ていて、中でも『怒り』が強く印象に残っていました。光の使い方がとても良くて、物語自体にもとても惹かれました。いつか、この監督とご一緒できたらいいな、と考えていたんです。他の日本映画とはどこか違う雰囲気があり、同時にとてつもない力強さがあって。感覚的に、自分にピッタリ合うな、と感じていました」

「だからポン・ジュノ監督から話があった時、心の中では、“すぐにやりましょう!”という感じでした(笑)。その後、正式に本作の原作小説の翻訳版をいただいたのですが、読む前から実は心は決まっていました。李監督は、とてもソフトで穏やかで優しそうな印象でしたが、現場ではとても厳しい側面のある監督でした(笑)。とにかく2人で話し合いを重ね、互いにベストショットのために歩み寄りながら撮っていきました」

『流浪(るろう)の月』ってこんな映画

雨が降る、夕方の公園で濡れたままベンチに座り続ける10歳の更紗に、傘を差し掛けたのは19歳の文(松坂桃李)だった。家に帰りたくないという更紗を、文は部屋に入れる。更紗はそこで2カ月を過ごすが、文が誘拐罪で逮捕されてしまう。それから15年――。ある地方都市で、恋人の亮(横浜流星)と暮らす更紗(広瀬すず)は、バイト先のファミレスとマンションを往復するだけの生活を送っている。世間を騒がせた、“ロリコン大学生による女児誘拐事件”の被害者として、なるべく目立たぬように…。ある日、同僚(趣里)と訪れた喫茶店のマスターを見て、更紗は息をのむ。彼こそが、あの文だった。それから更紗は文のことがどうしても気になり、亮に秘密で喫茶店に通うのだが。

──松坂桃李さんも、“現場で、監督とホンさんが常に熱心に話し合っていた”とおっしゃっていました。例えば、どんなことを現場で話し合われたのですか?

「僕たち2人は韓国語で会話をしていたので、日本のスタッフ・キャストの方々に少しもどかしい思いをさせてしまったかもしれません……。監督とは常に、“このシーンの核心は何なのか”を、じっくり話し合いました。それは、リハーサルをしている俳優さんの演技から感じることもあるんです」

「そういう時は、それをどう(カメラで)受け止めるか、ということを話し合ったりします。またシーン全体の状況をみながら、光はどんな風にするか、カメラをどこに置くか、カメラの動線をどうするか、レンズはどれにするか、クローズアップにするかどうするかなど、細々したことすべてを話します。今回は、まず僕が自分の考えを監督に伝え、それに対して監督がフィードバックをくれました。言葉で上手く伝わらないとき、特に構図については直接カメラを見て理解してもらったり、それを見ながら2人で決めていく方法をとりました」

現在、文と付き合っている女性を演じるのは多部未華子さん。でも、なぜ文がいつまでも一線を越えないのかと不審に思っています。

終盤の“文の告白”は一発で完璧なシーンに

──重要なラストシークエンスは、ギリギリになって脚本が仕上がったそうですね。

「コロナの関係で撮影が止まっていた時期に、監督が脚本に直しを入れて書き上げました。それを受け取った時、ようやく完成形になったな、と確信を持ちました。長大な原作を監督が圧縮したわけですが、脚色がとても素晴らしいと思いました。とても映像化しやすい、映像で表現しやすいシナリオだとも思いました」

──文が最大の秘密を更紗に打ち明けるシーンは、衝撃的でありながら悲しくて切なくて、一つ間違えると崩れてしまいそうなほど繊細な、最も印象深いシーンでした。松坂桃李さんの演技に“拍手を送らざるを得ない”とホンさんのコメントがありますが、一発で撮り終えたことに、松坂さん自身は少し驚いたとおっしゃっていました。映像的な工夫も含め、現場の様子を教えてください。

「あのシーンでは、文のフルショットをシルエットのように撮りたいと思いました。大きな窓と文の体のシルエットを、あの場所で撮りたいというのが最初から頭にありました。だから、どの時間帯で撮るかがとても重要でした。最初は夜を想定していましたが、少し回してみたら、やっぱり昼間に撮るべきだな、と。身体の線を映し出すにも有利だし、少しぼやけた薄暗い青い光が漂っている、そんな印象で撮りたくて。僕にとっても思い入れの強いシーンなので、とにかく印象に残るシーンに仕上げたいと、いろいろ悩み、苦心して作り上げました」

「前日からラフなリハーサルを行い、当日の午前中もリハーサルをするなど、かなりリハを重ねました。俳優にとって莫大なエネルギーが必要になるシーンだったので、カメラワークについても、その中で決めていきました。実際に本番でカメラを回していた時は、あそこまで具体的な計算をしていたわけではないのですが、光の入り具合、カメラの位置、奥に文が入っていく感じ、そこに最大限のエネルギーが生まれていて、もう完璧と言っていいほどのものが撮れたと思いました。とにかく、俳優の演技が素晴らしかった! これ以上のものは撮れない最善・最高のシーンが撮れたと、監督ともすぐに意見が一致して、一発で監督がOKを出したんです」

──寄りのカットが印象的というか、更紗の表情や文の表情にグッと寄っていくショットも多かったと思いますが、その辺りはどのように意識していましたか。

「自分でも気づかないうちに、いつの間にかグッとカメラが人物に引き寄せられてしまっていた、というのが正直なところです。今回、特に感情的なショットを撮るときは、自分でも気づかないうちに人物に引き込まれていってしまうことがありました。本作は、台詞で表現される以上に、人物の内面の感情が表情などを通じて伝わってくるショットも多かったので、知らずのうちにどんどんカメラが寄っていってしまう、という状態だったんですよ」

──李監督がホンさんについて、“激情型の素晴らしいカメラマン”だとおっしゃっています。感情が一緒に乗らないこと、例えば俳優の演技が今一つだったりしたらカメラも寄っていけない、ホンさん自身も乗れない、なんてこともあるのですか?

「全くその通り! どうしても本能的に、そうなってしまいます。演技が不味いと、入り込めずにカメラは遠ざかってしまうんです。上手く感情が表現されていないと、逆に近寄れないとも言えます。近づいたら、バレてしまうから(笑)。演技が本物でないと、カメラはあんな風に近寄ることはできないものなんです」

横浜流星さんの素晴らしさにも驚いた

──松坂さん、広瀬すずさんの演技の素晴らしさに加え、更紗の恋人・亮を演じた横浜流星さんも素晴らしかったですよね。亮のクズっぷりが、もうイヤでイヤで(笑)、でも少し可哀そうで、最高でしたが、撮られてみてどう感じましたか?

「いやぁ、素晴らしかったですね! 撮影中、彼の内面にものすごくダークなエネルギーが沸いているのを感じたんです。実は流星さんについては本作で初めて知ったので、完全に暗い内面の持ち主だと思ってしまったくらいです(笑)。ところが監督に話を聞いて、他の作品を拝見したら、明るかったりキラキラしていたり全く違うので、本当に驚きました。とても豊かなポテンシャルを持った俳優さんで、色んな引き出しをもっていると感じました。それがどんどん引き出されていったら、ものすごいエネルギーを発揮する人だと思います。松坂さんが演じた文とは真逆の人物像を、非常によく表現されていましたよね。特に暴力的な表現に関しても、決して幼稚な表現にはならず、彼が抱えている事情やその背景まで伝わってくるようで、とても素晴らしかったです!」

一見、優しくて、更紗を心から愛しているような亮ですが、その裏には執拗なほど愛を求め束縛ハンパない、トラウマのような事情を抱えているのです。

──更紗、文、亮の表情に肉薄する一方で、街を更紗が彷徨うシーンでは、気持ちがガクガク揺れました。手持ちカメラをわざと揺らしました(笑)!?

「おっしゃる通りです(笑)。更紗の揺れる内面を撮りたくて、ショットをデザインしていきました。廊下に出て、外に出ていくときは更紗の内面に近寄っていく撮り方、近くから表情を押さえています。そこから始まり、路地を抜けて更紗の顔がカメラの方に向いているショットから、(通り過ぎて追いかけるように)街を彷徨う更紗の後ろ姿までを、遠くから撮っています。文との子供時代を思い出しながら“あの頃は良かった”と、更紗の心が揺れていることを表現したかったので、意図してカメラを揺らしながら撮ったんです」



李相日監督とポン・ジュノ監督の対照的な撮り方

──『パラサイト 半地下の家族』『スノーピアサー』『母なる証明』など、何度もポン・ジュノ監督と組まれていますが、やはり相性がいいと感じますか?

「ポン・ジュノ監督を一言で言い表すなら、準備が徹底している、ということです。絵コンテも、ものすごく細かいところまで完璧に仕上げるタイプで、しかもとても几帳面な絵コンテを描く監督です。僕との作業についても、1年くらい前から“こういうのをやりたい、やって欲しい”というアイディアを言ってきて、作品作りはそこから始まっています。とにかく、準備にとても長い時間を掛けますね」

──絵コンテを描かず、リハーサルの後で俳優たちの動きに合わせてカット割りを決めていった、本作における李監督は真逆の撮り方とも言えますね。

「はい、完全に真逆でした。ただ現場では、どの監督もそんなに大きな違いはないように感じます。例えば几帳面さで言えば、是枝裕和監督も非常に几帳面ですし、李監督も小道具一つ一つに至るまで目を配って現場に臨まれるので、その姿勢は同じだと思います」

──ただ撮影監督としては、絵コンテがない方が自分の裁量が増える面白さを感じたりしますか?

「ということでもないんです。というのも、ポン・ジュノ監督とは絵コンテを描く際に一緒に現場に行って、“このシーンを、どう撮ろうか”という話し合いを重ね、そこで決めて監督が絵コンテを作るので、一緒に作り上げている、という感覚が非常に強い。今回の李監督とは、現場でカット割りなどを話し合いながら決めて撮っていった。つまり、どっちも一緒に作品を作り上げている、という実感や面白さがあるんです」

 

最後はつい興味津々で少々話が脱線しましたが、撮影監督に現場の様子をうかがうということは、とても新鮮でした!

さて更紗と文の関係は、本当に互いの痛みをいたわり合う、かけがえのない優しさや互いの存在感から出来上がっているのですが、それを世間は許せないという、それって、よくあると言えばある(常識や世間的な倫理観から是非を決める)ことでもあるんですよね。とっても苦しくなりますが……。だから余計に胸を抉るのです。

この2人はどうなってしまうのでしょう!? 是非、映像の素晴らしさ、俳優の演技のすごさ、抉られながらも深く差し込むような感動を、劇場で味わってください。

映画『流浪(るろう)の月』

全国ロードショー中

監督・脚本:李相日 撮影監督:ホン・ギョンピョ

広瀬すず 松坂桃李 横浜流星 多部未華子 / 趣里 三浦貴大 白鳥玉季 増田光桜 内田也哉子 / 柄本明

配給:ギャガ

映画『流浪の月』 公式サイト (gaga.ne.jp)

©2022「流浪の月」製作委員会

折田千鶴子 Chizuko Orita

映画ライター/映画評論家

LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。

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