【『ベテラン 凶悪犯罪捜査班』リュ・スンワン監督】ファン・ジョンミンは イメージ通り誠実な人。チョン・ヘインは細やかな気遣いでストイック。
-
折田千鶴子
2025.04.12
3人の来日に日本のファンも大熱狂!
750万人という韓国観客動員数で5週連続第1位のメガヒット作『ベテラン 凶悪犯罪捜査班』を引っ提げ、主演のファン・ジョンミンさん、チョン・ヘインさん、そしてリュ・スンワン監督が来日されました。前作の『ベテラン』(15)はファン・ジョンミンさんによると「お正月に地上波3局が放映していた」と振り返るほど、大ヒット作を越え、もはや国民的映画のようです。
ジョンミンさん演じる刑事ソ・ドチョルが、忖度なしでひたすら悪(前作では大企業)に立ち向かう痛快アクション・シリーズに、本作は新人刑事として今をときめくチョン・ヘインさんが参入。さらなるキレッキレのアクションが全篇を彩ります。とはいえ人情味にあふれる人間ドラマも大きな見どころ。今は高校生となったソ・ドチョルの息子をめぐる家族の物語からも目が離せません。もちろん捜査班のチーム感やコミカルなドタバタ感も健在です!
9年ぶりの続編を大ヒットに導いた、リュ・スンワン監督に本作にこめた思いを聞きました。

リュ・スンワン
1973年生まれ。『ダイ・バッド~死ぬかもしくは悪(ワル)になるか~』(00)で長編映画デビューし青龍映画賞新人監督賞を受賞、瞬く間にヒットメーカーに。主な監督作に『ARAHAN アラハン』(04)、『クライング・フィスト』(05)、ベルリン国際映画祭正式出品作『生き残るための3つの取引』(10)、『ベルリンファイル』(13)、『ベテラン』(15)、『モガディシュ 脱出までの14日間』(21)、大鐘映画祭監督賞、及び青龍映画賞最優秀作品賞受賞の『密輸 1970』(23)など。
記者会見でも「前作が予想以上の大ヒットを飛ばしたため、それ以上の作品を作らなければとプレッシャーが大きく、着手するまでに時間が掛かってしまった」と語っていた監督。それを受けてジョンミンさんが、「でも実際には“9年も経った?”という感覚でしたよ」、と『ベテラン』チームの再結集を振り返っていました。



逆にチョン・ヘインさんは、「出演が決まった時はプレッシャーを感じていましたが、ジョンミン先輩のお陰ですぐに現場になじめた」そうです。そんなヘインさんに対してジョンミンさんが、「彼は韓国では“母親ご自慢の息子”というイメージが強いので、本作に挑戦するには勇気が要ったハズ。でも本当に素晴らしい演技を見せてくれた」と手放しで賞賛していました。そんな3人の掛け合いにも阿吽の呼吸が感じられ、映画に対する期待が高まります!
『ベテラン 凶悪犯罪捜査班』ってこんな映画

罪のない誰かを死に追い込みながら、法では裁かれなかった悪人たちが次々と殺される事件が発生する。ベテラン刑事ソ・ドチョル(ファン・ジョンミン)と凶悪犯罪捜査班の刑事たちは、巷で“正義のヒーロー、ヘチ(伝説上の生き物)”ともてはやされ始めた連続殺人犯を追うことに。暴力的だが正義感が強く、事件解決に心血を注ぐドチョルに心酔する新人刑事パク・ソヌ(チョン・ヘイン)が加わり、チームは少しずつ真犯人に近づいていく。一方、高校生の息子が不良グループからイジメを受けていると知ったドチョルは、激しい怒りを覚えながら、どう対応すべきか苦悩し――。
犯罪グループを追い詰めてチームが鮮やかに一網打尽にする冒頭は、ポップかつコミカルで一気に引き込まれました。その後、次第にシリアスへと転調していきますね。
「今回は、第1作の『ベテラン』よりも、はるかに重いテーマを扱いたいと思っていました。でも前作に熱狂してくれた観客が記憶しているのは、愉快で痛快な映画だということ。前作とのギャップをどう調整するかが、とても大きな課題でした。だからまずは前作と同じくらい愉快で痛快なプロローグで幕を開け、前作と同じような雰囲気を印象付けてリラックスしてもらいたかったんです。居心地のいい雰囲気を味わってもらった後で、いよいよ本番に入ろうと考えたわけです」
魅惑のアクション・シーンの撮り方は?
先日の記者会見でファン・ジョンミンさんが、「雨が降る屋上で繰り広げる一連のアクション・シーンだけで、5日間も夜通しで撮影した」とおっしゃっていました。それも大きな見どころですが、ソウルの街中で繰り広げる容疑者との追跡や格闘シーンも、スピード感といい迫力といい、ものすごかったです。混雑した街中での撮影は、かなり大変だったのでは?

「とても寒い時期での撮影で、確かあのシーンを撮るのに1週間くらい掛かったと記憶しています。Nソウルタワーが舞台設定ですが、実際には何もないところで撮っているんですよ。群衆のエキストラも最初は300人くらい集めて撮りましたが、段々と人数を減らしていきました。もっと大勢がそこに居るように見せるのは、つまり一つのノウハウなんです」
「カメラは常時2台で回していますが、アクション・シーンはとにかくたくさん動かないといけない。だから、もちろんカメラマンも一緒に走って撮っています。そのための撮影用に機材や機器、人手を導入して撮影しました。撮影隊も私と長年息を合わせて一緒に仕事をしてきた人たちです。昔の香港アクション映画では、スタントマンが直接撮影もしたと聞いたことがありますが、韓国は違いますよ(笑)。僕が思うに、登場人物の気持ちや感情を上手く捉えて撮るカメラマンは、総じてアクションを撮るのも上手いんですよ」


もちろん本作も含め、リュ・スンワン監督作のアクション・シーンは、観客を夢中にさせます。あの迫力やスピード感は、どうやったら作り出せるのでしょう。一作ごとに色んな経験を蓄積していって、自分でも撮り方が進化していると感じますか?
「私は自分が何かを表現したいという欲望より、まずは観客として楽しめるものや観たいものを実現することに努めています。でも正直なところ、映画を作れば作るほど分からなくなっても来ているんです。というのも今日の昼食は、とても有名なとんかつ屋さんでトンカツをいただきましたが、お店には決まったメニューがあるわけです。そうしたメニューの秘訣や作るコツを知ってさえいれば、たとえ作る人が変わっても同じ味を出すことは可能です。客の反応を見て、衣やお肉を変えて味を進化させていくことも可能です」
「でも映画監督は、今日はトンカツを作ったけれど、次の日はラーメンを作るような仕事なんです。何か決まった公式やルールを適用することはできないんです。だからアクション・シーンの魅力的な見せ方の秘訣は、実は私にも分かっていないというのが正直なところなんです」
父親ドチョルとして伝えたかったこと
本作ではソ・ドチョルは刑事として奮闘するのみならず、父親として、夫としても解決しなければならない問題に直面します。家族の物語も前作より膨らんだように感じましたが、そういう彼の姿を通してこだわった演出や表現はどんな点ですか?
「ファン・ジョンミンと私には、ソ・ドチョルの息子と同世代の子どもがいます。彼と長く仕事を一緒にして来たので、自然と子育てについて、人生で起きている色んなことを互いに話し合ったりしています。僕らは共に100%自分個人で生きているわけではなく、家庭という共同体の中に所属し、家族のメンバーとしての役割を果たしながら社会的活動をしているわけです」
「前作で、ドチョルが幼い息子を抱えながら夫婦で会話をするシーンを覚えていませんか? ちょっとクスッと笑えるシーンなんですが、妻から“息子が学校で友達を殴った”と聞いたドチョルは、“子どもは喧嘩して育つもの。殴られたら殴り返せ。治療費ならいくらでも払ってやる”と言うんですよ。でも私も年を重ね、子どもも大きくなった今、そのシーンやセリフがどんなに危なかったかにフと気づいたわけです」



「昔気質な親世代の考え方――もはや時代に合わず間違った考え方を、子どもに伝えてしまうことってあるんですよね。そのことを自分で少し反省をし、正したいと思いました。ラストシーンでドチョルが息子とインスタントラーメンを食べるシーンがあるのですが、そこで息子と会話するセリフは、僕にとってとても大事なんです。次世代に対して自分の過ちを認める、そんな大人の姿を描きたいと思って撮ったシーンです」
一方、冒頭のコミカルなシーンでは、ソ・ドチョルが保険金を息子の塾代に使うんだ、云々というユーモラスな会話の応酬があります。韓国の家庭事情が垣間見えて、ちょっとクスッとなりました。
「僕も周りの子育てをしている知人も、そういう冗談をよく言い合うんですよ。やっぱり子育てをしていると、どうしても最大の関心事は子どものことになってしまう。だから公の場でもプライベートな席でも、子どもを言い訳にして自分の立場を冗談めかして言うことって多い。あのセリフにも、ソ・ドチョルの本音が滲んでいます。半分本音で半分冗談、といったところです」
サスペンスを通して今の世の中を照射

本作には、SNSでの拡散やフェイクニュースに踊らされる社会の姿、極端な世論が形成されやすい世の中が描き込まれています。監督はそんな今の時代をどう生きるべきか、本作を撮ることで改めて考えたこと、言いたいことはありませんか。
「本作で描いた“混乱”は、まさに僕ら自身が今を生きて経験している混乱です。何が本当で、何が嘘なのか。真実と偽りを見分けるのが本当に難しい世の中になってきたと感じています。
何かの現象が起きると、多くの人が本当に容易く信じてしまう。自分の目で見たり耳で聞いたりしたことが、本当に真実なのかを問い続けることって、とても疲れてしまうことですよね」
「ネットやSNSを介した情報が氾濫している時代ですが、僕らがその便利さを選んだんですよね。それと引き換えに、今の混乱を手に入れたと言える。何かが起きた時、その現象に対して自分自身が確固たる信念を持った時が特に危ない、という感覚を僕は持っています。本当に疲れることですが、自らに対して何度も何度も問いを投げかけ続けるしかないと感じています」
最後に、監督だからこそ知り得たファン・ジョンミンさんと、チョン・ヘインさんの素顔をチラッと教えて欲しいです。先日の記者会見では、ジョンミンさんは普段お酒を飲まれないとチョン・ヘインさんが明かしていましたが、とてもストイックな方なのか。一方で“母親ご自慢の息子”といわれるチョン・ヘインさんは、監督にとっては可愛い弟のような存在だったりしますか。
「僕は相手がどんな俳優でも、親しい関係を築くのが少し難しいタイプなんです。僕にとって俳優は、作品におけるとても特別な存在。だから現場で一緒に仕事をする時にも、気楽に仲良くなるタイプの監督ではなくて。だからチョン・ヘインさんを“弟のようだ”と感じることは全くありません。監督だからと言って、そんな風に接するのは危ない態度だと僕は思います。あくまでも作品にとって非常に重要な人である、という認識でしかありません」

「そういう前提で2人を語るとしたら、ファン・ジョンミンさんは多くの人がイメージする姿と、ほぼ違わないでしょうね。誠実で真摯で礼儀正しい、責任感の強い人です。チョン・ヘインさんは現場にも一番早く入る役者で、そういう意味でのストイックさを持つ俳優だと思います。お芝居をする際にも現場の全てにとても細かく気を遣い、大きな責任を背負おうとする俳優でしたよ」
今をときめく人気俳優2人が、全身全霊で挑んだ渾身のアクション痛快作! ベテラン×フレッシュな2人の華麗なるタッグを、是非劇場で目撃してください!
『ベテラン 凶悪犯罪捜査班』
4月11日(金)より全国ロードショー
監督:リュ・スンワン 脚本:リュ・スンワン、イ・ウォンジェ
出演:ファン・ジョンミン、チョン・へイン、アン・ボヒョン、オ・ダルス、チャン・ユンジュ、オ・デファン、キム・シフ、シン・スンファン
2024 年/韓国/韓国語/118 分/配給:KADOKAWA、KADOKAWA K プラス
ⓒ 2024 CJ ENM Co., Ltd., Filmmakers R&K ALL RIGHTS RESERVED
この連載コラムの新着記事
-
話題のタイ映画『親友かよ』主演トニー&ジャンプに緊急インタビュー!「もしジョーが死ななかったら、きっと恋人同士になるんじゃないかな(笑)」
2025.06.11
-
風間俊介さんとMEGUMIさんが「セックスレスの悩み」に超実践的アドバイス!【『劇場版 それでも俺は、妻としたい』爆笑対談】
2025.05.28
-
丸山隆平さんが『金子差入店』で“陽気なオーラ”を消して熱演。「スキンケアを封印し、肌のかさつきにこだわりました」
2025.05.15
-
【映画『JOIKA』のモデル】15歳で単身ロシアへ、米国人女性初ボリショイバレエ団と契約したジョイ・ウーマックさんが「夢に取り憑かれた」少女時代を振り返る
2025.04.23
-
北村匠海さんと河合優実さんが考える「生活保護不正受給」「貧困問題」【映画『悪い夏』インタビュー】
2025.03.20

折田千鶴子 Chizuko Orita
映画ライター/映画評論家
LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。