Cateenこと異色の経歴をもつ天才ピアニスト・角野隼斗さん、ドキュメンタリー映画『不確かな軌跡』を自ら語る。「最初はちょっと渋っていたけれど…」はナゼ!?
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折田千鶴子
2025.02.28
ジャンルレスに音楽活動する角野さんの“素”の表情も満載!
テレビよりYouTubeが生活の中心にある若い世代には、世間がその才能に気付くよりずっと前から、何でも弾けちゃう超絶ピアニスト&アレンジャー&作曲家“かてぃん”として注目を集めていた角野隼斗さん。今やクラシックのみならず音楽界で、唯一無二の存在感を益々増大させていますが、【開成中・高⇒東京大学理科一類⇒ピアニストへ』という泣く子も黙る異色の経歴に、子どもどころか大人も絶句! 誰もが思わず、「一体どんな人なんだ!?」と興味をそそられずにはいられません。 そんなわけで、コンサートチケットが取れずに地団太を踏んだファンにはもちろんのこと、興味をそそられた皆さんにも朗報です! 3年にわたって密着した『角野隼斗ドキュメンタリーフィルム 不確かな軌跡』が、いよいよ2月28日(金)より公開に。それを記念して、もっとくまなく角野さんの魅力を味わっていただこうと、LEEwebに登場していただきました。

角野隼斗(すみの・はやと)
1995年、千葉県出身。幼少期より国内外のピアノコンクールで入賞。2018年、大学院在学中にピティナピアノコンペティション特級グランプリ受賞。2021年にショパン国際ピアノコンクールでセミファイナリストに。シカゴ交響楽団ほか、世界各国のオーケストラと共演。23年よりニューヨークに移住。24年に全国23公演の日本ツアーを開催。誕生日7月14日に日本武道館公演を開催し、史上最高13,000人の動員を記録。同年10月にワールドワイド・デビューアルバム「Human Universe」をリリース。6人組のシティソウルバンド “Penthouse” のメンバーとしても活動中。
芸大か東大かで進学を悩まれた話は有名ですが、大学院卒業後の決断もかなり悩まれたとか?
18年にピティナコンクールで優勝したことが大きな転換点になりましたが、音楽1本でやっていこうと決意するまでには、1年半くらいかかりました。ちゃんと修論を書いて(大学院を)20年3月に卒業したのですが、それまで「自分が1番ユニークに活動できる場所はどこだろう」と考え続けていました。
クラシックという分野は、基本的に50年前、100年前と変わらないことをやっています。だから今更、そこで自分に何ができるんだろう、と思い悩んで。今、この時代でしかできないこと、自分にしかできないことを、僕は常に考えたがるんです。 最初は、音楽と研究(音楽情報処理)を両立していこうと思いましたが、次第に音楽そのもの自体に絞るべきかな、と考え始めました。元々ÝouTubeをやっていて、そこでもクラシックの土台がありながら即興や作曲・編曲の活動をしている人がいなかったので、「これはやる価値があるかもしれないな」と。卒業を機に、音楽1本でやっていこうと決めました。
『不確かな軌跡』ってこんな映画

2025年02月28日(金)公開
2024年7月14日、日本武道館。角野のパフォーマンスは、13,000人の観客を熱狂させた――。幼少期から母のピアノ教室で鍵盤に触れ、育った角野。同じくらい“数字”が大好きで、図書館で読み漁ったエピソードなどが自身の口から語られていく。中学、高校、そして大学へ。幼少期よりピアノ指導を続けて来た金子勝子先生によって語られる幼少期からの才能、クラシック以外の音楽に目覚めた中高生時代、そして現在のレッスン風景など、普段は目にすること・耳にすることが出来ない姿や証言も満載! 大学院時代に“最後の思い出”として出場したピティナピアノコンペティション特級でグランプリを受賞したこと、そしてショパンコンクールに挑戦する角野の姿。そこでファイナリストに残れなかった、彼が口にした言葉とは? やがて彼の音楽は、ジャンルを超えて世界中の人々を魅了していく――。そんな角野のこれまでの軌跡をたどり、これからの挑戦を予感させるドキュメンタリー映画。
本作のオファーを受けたときの、角野さんのリアクションを教えてください。
オファーを受けたのは、かれこれ2年前になりますが、最初は「う~ん……」と、ずっと渋っていましたね(笑)。そんなに(自分について)映画にするようなこともないだろう、と思っていて。そんな時、日本武道館公演が決まり、何らかの形で記録に残るのはいいなと思ったんですね。また、ちょうど自分の環境もかなり変わってきて、海外で活動することも多くなってきたところだったので、そういう変遷が見えるといいな、と思うようになりました。
最初に渋っていたというのは、あまり自分の素の状態や日々の努力を見られたくない、という気持ちもあったのでしょうか? とはいえ、寝起き状態や寝ぐせのついた髪のままピアノを弾いていたりする場面など、かなりオープンにいろんな姿を見せてくれています。
見られたくない、という気持ちはないですね。別に見られても構わないのですが、それを見て面白いかどうかは、また別の話なので。そんなもの(寝ぐせ等々)を見せてしまって、皆さんの視界を汚してしまったら申し訳ないな、というか。面白ければいいんだけれど、ただの日常を映していてもしょうがない。面白い作品にするためには、ある程度のドラマは必要だと思いましたが、だからと言って無理矢理ストーリーを作るのも違うし……と。そんな時に武道館公演が決まったので、クライマックスを作る一つのいいイベントになるな、と思ったわけです。
なるほど。そこで遅刻しちゃったのが、また1つの盛り上がりになっていましたが(笑)、あれは期せずしてドラマを盛り上げてしまった、それとも盛り上げるために遅刻した?
(爆笑!)盛り上がるために、ってことにしたいですが(笑)……ナチュラルに遅刻しました。ホント、すみません!



3年間、密着した本作を観て、改めて自分の変化を感じたところはありましたか?
とはいえ3年間ずっと密着されていたわけではなく、基本的に21年と24年が軸になっています。3年という時間の――例えば21年の自分の発言を改めて振り返ってみても、「なんか今と同じ考え方をしてるな」と思うことがあり、興味深かったですね。ただ、ちょっと喋り方が子どもっぽいな、とかも思ったり……。カップラーメンを食べているシーンが出てきますが、今はそんなに食べないし……みたいな細かな変化はありますね。
本作は、自分からは決して出さないようなもの――例えばÝouTubeやコンサートなどで発信しているものとは、全く違うものが望月馨監督の視点で映し取られているので、自分でも興味深かったです。
日本から飛び出して感じたこと
作中、「マインドを変化させなければ」とおっしゃっていました。やはり活動の拠点を海外に移すためには、意識改革が必要だったわけですね?
18年にパリに半年ぐらい留学(東大研究室の推薦でフランス音響音楽研究所へ)しましたが、それまで日本以外に住んだこともなく、怖さの方が大きくて、あまり馴染めた感じがしなかったんです。日本にいると、“何かを言わずとも分かってくれる”という暗黙の了解がありますよね、どんな関係においても。友だちにしろ、夫婦にしろ、それこそ発信者と受け取り手にしろ。でも海外に行くと、そうではない部分が出てくる。そうなると自分がアジャストしなければならないわけです。
そもそも、なぜ世界に出る必要があったのか、という話にもなりますが、自分がユニークさを追求したいのであれば、日本だけではなく世界においてそうならないと真にそうなれたとは言えないな、と。そして、そういう“マインド”って、日本とは逆に「他の人と違わなくちゃいけない」という価値観がすごく強いニューヨークにいた方が、当然強く持てる。だから自分をそういう環境に置いて、自然とそっちに強く向けさせるためにも必要だったんです。

海外での活動を通して、既に何か手ごたえを感じていますか?
1年くらい前までは、自分のような活動がヨーロッパやアメリカでどう受け入れられるのか、正直、分かりませんでした。でも、やってみたら――特に今年の1月にドイツとスイスで大きなソロ・リサイタルツアーを催したのですが、そこで自分のやろうとしていたこと、やりたいことが伝わった実感・感触があって非常に嬉しかったですね。
加えて、新しいことをやろうとしていることに対して、評価しようとしてくれる人たちもいて。誰もがそうとだは思いませんが、そういう方々がコンサートに来て楽しんでくれたのは、本当にありがたかったです。
映画の中で、ワルシャワの観客の非常にプロフェッショナルな感想に驚きました。感想のレベルが高過ぎて。色んなところで公演されてきて、各国の反応の違いなど肌でどのように感じますか?
あれは多分、監督が最も素晴らしいコメントを選んだんじゃないかな(笑)。どの国にも色んな方がいますが、一つ言えるのは、ヨーロッパの方々は(歴史的に)誰もがクラシック音楽の基礎知識を持っているので、そういう意味でのレベルは高いかもしれないですね。素晴らしいクラシック・コンサート・ホールがたくさんあって、ホール自体に観客もそれぞれついていて。もちろん日本にもメチャクチャ詳しい人も多々いて一概には言えませんが、国や地域によって反応の違いは確かにありますね。 アメリカはとても観客の反応が大きいし、ヨーロッパでは南に行けば行くほど反応が大きく盛り上がる。北に行けば行くほど、静かに聴き入る傾向にあるとよく言われます。でも、僕が体験したところでは、ベルリンとハンブルクの観客は、ものすごい盛り上がってくれました。
一方で、日本の観客は、とてもお行儀がいいですよね?
確かに一番、静かで、ほぼ声を出さない。僕はまだ行ったことがありませんが、南米のサンパウロ(ブラジル)あたりでは、1曲ごとにスタンディングオベーションで盛り上がるらしいです。その良し悪しはさておき、場所や国によって違いを感じたり、観察できるのは楽しいです。
日本の観客に伝えたいことはありますか? 例えば、“もっとオープンに反応して!”など。声を出してくれていいよ、みたいな。
世界で一番くらい静かに聴いてくれますが、だからこそ他の方のマナーにもとても厳しいと感じます。今のままで十分マナーが良いので、それ以上求めなくてもいいですよ、というのは伝えたいかな。

確かにクラシックのコンサートに、小さな子どもを連れて行きにくいですね。
子どもは静かにしているつもりでも、どうしたって多少の音は出すもの。それは仕方ないし、子どもがクラシックのコンサートに来てくれるのは、すごくいいことです。一方で、僕は咳もハンカチで塞ぐなどのエチケットさえ守ってくれれば、全然していただいて構わないです。そこまで気になりません。むしろ咳を我慢しようとして、演奏中に飴を舐めようとする人がいますが、あのガサガサする音は、咳よりはるかに目立つ(笑)。良かれと思っての行動だと思いますが。
クラシックとジャズやポップスは使う脳が違う!?
作中、ショパンコンクールを控え、幼少期より師事している金子勝子先生が「コンクールに出場する人は、普通は何ヶ月も前からクラシックしか弾かないようにするのに、角野君は器用だから(他の音楽も)出来ちゃう。だから、ちょっとブレる」的なことをおっしゃっていました。
いや、もう本当にそうだと思います。馬鹿ですよね、自分。でも、あの時はもうしょうがなかったんです。
止めたいけれど、衝動が抑えきれなかった?
いや、そうではなく(笑)、当時はコロナの影響で色んなスケジュールが錯綜してしまったんです。(コンクールが)コロナで延期が重なったことによって、元々はコンクールの後に予定していたコンサートが、急にコンクールの直前になってしまって……。だからと言って、「やっぱり(コンサートを)キャンセルします」というのもプロフェッショナルじゃない気がしたので……。



なるほど、そうだったのですね!! それでは先生のおっしゃる通り、自分でも感覚のブレを感じていたのですね?
そうですね。今でこそ慣れて来ましたが、あの当時はジャズを弾いてる時の弾き方が、クラシックを弾きながら自然と混ざってしまうことがあって。ちょっと左肩が上がって、こう(左前のめりの姿勢に)なるとか。あんまりクラシックで使われない動きをしていると、よく金子先生に指摘されていました。
そんな風に金子先生に言われていたのに、街角ピアノでクラシックを弾き始めたはずが、また段々とアレンジが入って来るのを見て、あぁやっぱり衝動が止まらないのかなと、つい笑ってしまいました。
あぁ、それは、いい編集ですね(笑)。ただよく見ていただくと、街角でピアノを弾いているのは別の場所で24年のものなんですよ。21年のコンクール時のものではないんですよ。
追い求めたい、守りたい美学とは!?
角野さんの典型的な“ある1日の過ごし方”を教えてください。何時に起床し、どんなルーチンを課しているのでしょう?
典型的な行動パターンとなると、【朝起きてホテルをチェックアウトし、空港に向かって次の街に向かう】という味気ないものになってしまうので、【ニューヨークでの、決まったスケジュールのない、ある一日】を想定して答えますね。“何もない日”は、最近とても貴重なんですよ。
大体8時過ぎに起きて、なんとなく音を出してもいいかな、という9時くらいから3時間くらいピアノを練習して。ランチを食べてから、また3時間くらいピアノの練習をするか、曲を作るかしてますね。夜は友だちと会ったり、コンサートに行ったり、セッションしに出掛けていったり。そんな感じで過ごしています。
セッションしに行くというのは、ふらっとジャスバーみたいなところに行って、いきなり飛び入り参加されるのですか? 顔見知りの関係者から、「弾く?」と誘われる感じですか?
そうですね。顔見知りがいればハードルがかなり違いますが、そこに顔見知りがいなくても、自分から「ピアニストです」と言って弾かせてもらいます。もちろん場合によりますが、大体そんな感じでセッションさせてもらっています。

作中、曲が思い浮かんで弾き出すシーンがあったと思いますが、旋律で降りてくることが多いのですか。それとも交響曲のように頭の中で壮大な曲が広がっていく、みたいな感じなのですか?
交響楽の方が近いかもしれないな。メロディーだけというのは、あんまりないですね。絶対そこには和声が自分の頭の中で紐づいていているので。多分、ピアニストはそういう人の方が多いと思います。頭の中でオーケストラが鳴っていて、目の前にピアノしかないから、とりあえずピアノで弾いてみる、みたいな。そういう意味でも、僕も早くオーケストラとピアノの作品を作りたいと思っています。
角野さんが「自分の中には、確固たる美学と思いがある」と語っているのを読みましたが、その“確固たる美学”について、もう少し教えてください。
音楽を表現するというのは、もちろん自分の体を通して行うもので、よく“感情を込めて弾きなさい”と言われますが、でも果たしてそれだけか、と僕は思っているんです。例えば、人は自然に対して“美しい”と感じますよね。でも、別に木々は感情を込めていないし、別に美しくしようともしていない。それでも人間は、そこに何かしらの美と調和を見出すことができるわけです。
音楽に対しても、そういう類の美しさを感じることもありますし、そういうものを自分も表現したいと思っているんです。元々僕は、自分の感情を表現したいタイプでもないので。もちろん自然と湧き出てくるものはありますが、“表現する”ということとは少し違うというか。僕にとっては、とにかく“自然である”ということが大事。どんな音楽をやるにあたっても、“自然であること”が美学としてあるかもしれないですね。
最後に、そんな角野さんの直近の目標、目指すものを教えてください。
まずは、カーネギーホールでのリサイタルを成功させることです。今年の11月18日(火)にカーネギーホールでソロリサイタルが決まったんです。実は本作のラストシーンは、カーネギーホールの楽屋で終わるんです。そこにも、ちょっとした意味も込めているんですよ。

もちろん芸術家らしい繊細さも大いに感じさせますが、周りに気を使わせるようなピリピリムードは皆無で(申し訳ないことに、それを覚悟して行ったのですが)、気持ち良くよく笑う方でした。それなのに、あんな演奏を生み出す天才というのが、なによりスゴイ。
周りにも「かてぃんさんの動画、よく見る~」とおっしゃる方も多いのですが、見始めると見惚れ、聴き惚れ止まらない(数も多いですし(笑)!)のが玉に瑕。
さて、「こんな風に練習しているのね」に始まり、舞台に上がる前の角野さんとか、色んな角野さんが目撃できる本作。演奏を聴く際のお楽しみも倍増させてくれるハズです。是非、劇場で音楽とそれを生み出す角野さんを堪能してください。
『角野隼斗ドキュメンタリーフィルム 不確かな軌跡』
(C)Ryuya Amao (C)角野隼斗ドキュメンタリーフィルム製作委員会
2025年02月28日(金)公開
2025年 / 日本/106分/ 配給:ローソン・ユナイテッドシネマ
監督:望月馨
Staff Credit
撮影/山崎ユミ ヘア&メイク/川口陽子 YOKO KAWAGUCHI スタイリスト/金野春奈(foo)HARUNA KONNO(foo)
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折田千鶴子 Chizuko Orita
映画ライター/映画評論家
LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。