【映画『本心』水上恒司さんインタビュー】本心はどこに!? AIは人間の欲望や業、そして心にどんな影響を及ぼすのか?
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折田千鶴子
2024.11.07
『愛にイナズマ』などの石井裕也監督作
『茜色に焼かれる』『愛にイナズマ』『月』など、近年ますます旺盛な創作意欲をみなぎらせている石井裕也監督が、またも観る者に鋭く問い、考えさせる映画『本心』を完成させました。主演の池松壮亮さんが、平野啓一郎さんの同名小説の映画化を石井監督に提案したという、その経緯にも強い興味を引かれます。そんな熱のこもった作品の現場で、目覚ましい活躍をみせる水上恒司さんは、どんなことを感じ、何を思ったのか聞いてみました。
水上恒司(みずかみ・こうし)
1999年生まれ、福岡県出身。ドラマ「中学聖日記」(18)で俳優デビュー。主な映画出演作に『弥生、三月-君を愛した30年-』(20)、『そして、バトンは渡された』(21)、『死刑にいたる病』(22)、『OUT』『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』(23)など。主なドラマ出演作に、「MIU404」(20)、大河ドラマ「青天を衝け」(21)、連続テレビ小説「ブギウギ」(23)、ドラマ「ブルーモーメント」(24)など。現在、映画『八犬伝』が公開中。
石井裕也監督のもとに、豪華な俳優陣が揃いました。オファーを受けた時のことを教えてください。。
すごく嬉しかったです。僕にとっては、池松さんと妻夫木さんが参加される作品であることも大きな動機でした。特に池松さんとは濃く絡む役どころだったので、一緒にどういうお芝居が出来るだろうと楽しみで。脚本がとても消化不良のような、なんとも言えない感じで終わっていることに対しても、すごく嬉しいと思えたのも(動機として)大きかったです。
映画『本心』ってこんな物語
嵐の晩、川べりに取り残された母親(田中裕子)を見かけた朔也(池松壮亮)は、助けようと川に飛び込み重傷を負い、昏睡状態に。約1年後、目を覚ました朔也は、母が亡くなったこと――しかも生前に母が“自由死”を選択していたことを知る。一方、以前の職場はロボット化の波で閉鎖。激変した周囲の環境に、朔也は衝撃を受ける。戸惑いつつも幼なじみの岸谷(水上恒司)の紹介で、依頼主の代わりにいろんなことを体験・行動する“リアル・アバター”の仕事に就く。理不尽な依頼に振り回される日々を送る朔也は、「VF(ヴァーチャル・フィギュア)」という仮想空間上に人間を作る新技術が実用化されていることを知る。どうしても“母の本心”を知りたい朔也は、開発者の野崎(妻夫木聡)に会いに行き、AI技術を駆使して精密な母親のVFを作るため、母と親交があった三好(三吉彩花)に接触。朔也とVFの母、三好の三人の生活が始まるも、VFは徐々に“知らない母の一面”をさらけ出していく。
脚本を読まれた感想、内容的に惹かれたのはどんなところでしたか?
この物語は、もはや遠い未来ではない、いや、既に現在でもあり得ることなんですよね。そんな中で本作がどういう人たちに刺さるのか、どう受け止められるのかについては、僕はいまだに分からないでいます。でも、それでいいと思うんです。観る人たちに色んな余白や色んな可能性を与えられることこそ、本来あるべき映画の姿だと思うので。
消化が悪くない作品もあるわけですよね!? 水上さんの「消化が悪いのが心地よかった」という公式コメントが、今ひとつしっくり来なくて……。
僕は、「やり切った!」とスッキリすることは、あまり良くないと思っているんです。だって、その“役”は自分自身ではないのに、自分自身で満足がいくって、僕の感覚だとあまりなくて。まだ25年しか生きていないので、世の中の全てを分かる訳がない、という前提での話ですが……。
もちろん「分かりやすいこと」は、ある種の武器にもなりますし、ある種の価値があると思います。でも、『本心』のような色んな可能性をはらむ作品と出会えたことが、まず嬉しかったんです。世の中って、もっと分からないことが沢山はびこっているのだ、ということが再確認できた意味でも、まだまだ自分は学ぶことができると肌感覚で実感できて、それが心地良かったんだと思います。
石井組の現場は――
水上さんが演じた岸谷は、主人公の朔也に親切なようで、同時に足を引っ張るような感じでもあります。岸谷に対して、どんなことを考えましたか。
まず、僕がイメージしていた朔也ではなかったんです。池松さんが生み出される朔也が絶対に正しいし、イメージと違ったからこその楽しさもあって、そんな中で、朔也の足を引っ張って闇の方に引きずり込もうとする岸谷を作っていくのが面白かったです。ただ、そういう悪役を演じる時に気を付けないといけないのが、自分が悪者であることを出そうとすると、悪役はその途端に死んでしまう。そこに気をつけながら演じるのも、すごく楽しかったです。
そんな岸谷の“本心”って、何だったんでしょうか?
登場人物の中でも岸谷は特に若いキャラクターなので、本当に一生懸命生きているだけなんだろうな、と思いました。こういう若者が世の中にはたくさんいて、不器用に生きているんだな、と。中には岸谷のように、生きていくために罪を犯してしまう子もいるだろうし。もちろん犯罪は断罪すべきことですが、その動機や理由を考えると、単純には善悪で切れないし、切り捨てるべきではないと思うんです。つまり岸谷は、今の若者を象徴するようなキャラクター。観る人や観る場面によって、悪い奴にもいい奴にも見える、多面的なキャラクターですよね。
濃く絡んだ、朔也役・池松さんとお芝居で対峙された感想は?
やっぱり池松さんって、肉体と精神がちゃんと存在しているんです。池松さんの、その(役としての存在が)図太いあり方がスゴイと思いました。だから僕は、朔也(の心)を少しでも動かそう、動かすことが出来たらいいなと思いながら、岸谷として対峙していました。
池松さんも妻夫木さんも石井組の常連ですが、そばで見ていて常連こその響き合っているな、という感覚もありましたか?
やっぱり先輩方は素晴らしい対応力、かつ瞬発力をお持ちなんだなと目の当たりにしました。その中に自分が入ってどれだけやれるか、それはある種の試練というか、鍛えられている感覚もあり、それも楽しかったです。もちろん常連組ということに、羨ましい想いはあります。僕はまだ常連と呼べる作品がないので。ただ同時に、自分は今いろんな人とやることが大事な時期でもある気がしています。もちろん、また石井さんに呼ばれたら是非参加したいですが。
池松さんとは、撮影の合間にも色んな話をされましたか?
とても気さくな方でした。メッセージの遣り取りでも、意外に絵文字を使いますし(笑)。使わないイメージがありましたが、可愛いニコちゃんマークとか送ってくれるんです。池松さんに“なんか熱苦しい若い奴がいるな”と思ってもらえたらいいな、と思って現場にいました。
色んなメッセージが詰まってる!
色んな要素や色んなメッセージが詰まった作品ですが、水上さんに響いたテーマやメッセージは?
人の本心――自分自身が思ってる本当のことでさえ、人は時として分からなくなったり、自分の声が聞き取れなかったりするものだな、と思いました。本作の中には、芝居をしているような人物もいますし、本当に真意で話す人、色々と仕掛ける人物も、一生懸命に生きている朔也のような人物もいる。世の中ってこういうもんだよな、ってすごく面白く見ました。さらに今後、AIというものが、世界にどういう影響を与えていくか、それが描かれています。僕は、あまりAIを使わないですが……。もちろん、知らず知らずのうちに検索などでAIを使っているのかもしれませんが、僕はあまりAIを必要としていない。AIがない世界で生きていけると思っています。そこに、この仕事は価値があるとも思っています。
完成した映画を観た感想は?
石井さん、こういう風に編集するんだ、と(笑)。まだ冷静に観られない状態で1度だけしか観ていませんが、強いて言うなら、こんな風にもがいてる人間は本当に一杯いるな、と思いました。すごく身近な物語だと思います。本作の中でも、AIを使わなければ、人が何を考えているのか、本当はどう思ってるのかなんて、分かるわけないじゃないですか。でも今の世には、分かった気で決めつけようとする人が大勢いる。だからこそ、本作が人々の心を打つのだと思います。
本作では、次第に仮想空間と現実世界の境界線が曖昧になっていきますね。
AIを使わない僕には全くないことでしょうが、とはいえカメラの前で表現するものは、僕が現実世界で感じていること――何を肯定し、何を否定し、それに対してどう思っているかなど――が、カメラの前で出ていくことでもあります。だから、仮想と現実の境界が曖昧になっていく感覚は、そう遠くない気もします。僕が芝居を通じて映画やドラマという仮想空間を作ることに快感を覚えるのと同じように、AIの中で仮想空間を作るのが楽しいと言われたら、同じことかもしれないとも思いますね。
朔也は亡き母をVFで作りますが、それが可能な世界なら、水上さんも作りたい人や生きものはいますか。
僕をすごく可愛がってくれたという曾祖父に会ってみたいですが、朔也のようにそれを自分のプライベートなスペースに持ち込みたいとは思いません。興味はありますが、今の僕は、やっぱり作らないでもいいかなぁ。
将来の自分は――
本作は今と地続きの近い将来が舞台ですが、水上さんが“こんな未来になればいいな”と漠然と考える理想の未来像はありますか。
国民のために政治をする政治家が、政治をする世界になって欲しいですね。そういう発言も、日本人は全くしないですし、しない理由も分かりますが、別に悪いことを言っているわけではない。そういうことを普通に議論できる芸能界になってもいいんじゃないかな、とは思います。
ご自身の将来については、どう考えていますか。
僕はまだ25歳ですが、40歳あたりから勝負をかけたいなと思うので、その頃には、ある程度の規模感・スケールのある作品で、ある程度の仕事が任せられるような経験と実力を積み重ねられてたらいいかな、と思います。先ごろ真田広之さんがエミー賞を受賞されましたが、本当に素晴らしい先輩方が活躍されているので、負けないように自分もそれまでに積み重ねていきたいです。
独立されて水上さん自身の環境も変わられたと思いますが、それに伴う変化をどのように感じていますか。例えば、脚本を自分で読んで出演作を自分で選べるようになった、など。それによってストレスは変わりましたか?
脚本や作品選びを含めて、これまで人に任せていた部分を、すべて自分自身で決めていかなければならない状況に変わりました。そうなるとプレッシャーや緊張感は、以前に比べてかなり大きくなりました。もちろん今の方が、精神的にも良好なのは当たり前ですが、心労が別の種類のものになったとも言えますね。ただ、評価や成果、あるいは酷評や批判などもすべて自分のところに来る、とも言えます。それでもやっぱり今の方が、自分にはやり易い状態です。
作品を選ぶ価値基準は、どこに置いてますか。
基本は、ただ自分がやりたい、面白いと思うものを選ぶだけ。自分が選ぶというよりは、まだ選ばれる立場なので……。ただ、「2000円近いお金を払って見に行く価値がある作品か否か」は考えます。ジャンルを問わず、「価値があるな」と思える作品作りをしています。一方で地上波のドラマは本当に影響が大きいので、むしろ悪い影響を与えないかどうかを考えます。ただ、作品選びの段階では、まさかこうなるとは……と思わぬことが起きてしまうこともあるのですが……。
最後に、水上さんは常に“本心”で話をされますか? 人と相対する際に心がけていることを教えてください。
嘘はついていないので、本心で話していると思いますよ。気を付けているのは、見栄を張らないこと。上下関係なく、つい見栄を張ってしまうと、どこかで必ずツケが回ってくるものだと思うので。基本は本当に思ってることを言うけれど、嘘をつかないためにも、口に出さないことは出さないという選択をしていくのを心がけています。
映画『本心』
11月8日(金)TOHO シネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
©2024 映画『本心』製作委員会
2024年/日本/122分/配給:ハピネットファントム・スタジオ
監督 : 石井裕也
出演 : 池松壮亮 三吉彩花 水上恒司 仲野太賀 綾野剛 田中泯 妻夫木聡 田中裕子
Staff Credit
撮影/山崎ユミ ヘア&メイク/Kohey (HAKU) スタイリスト/藤長祥平 / Syohei Fujinaga
衣装(価格は全て税込)
ジャケット¥79200・パンツ¥39600/エンケル(ヨーク)
その他/スタイリスト私物
問い合わせ先 エンケル 03-6812-9897
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折田千鶴子 Chizuko Orita
映画ライター/映画評論家
LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。