もし、「近くに毎日ミュージカルがみられる劇場がある」と聞けば、多くの人は「東京のどこ?」と尋ねるのでは。そして、「いや、四国の愛媛。そこに毎日、最高のミュージカルを上演している場所がある」と言われれば、「 愛媛?!」と聞き返すはず。
移住する2年前、実は私もその反応をした一人でした。
小さい頃から何度も四国を訪れていた私。でもその存在を知ったのはつい最近のこと。しかもきっかけは、東京在住中に演劇好きの方や、歌舞伎好きの方などから「移住するなら是非愛媛の坊っちゃん劇場へ!」とすすめられたからなのです。
地域の人たちのみならず、全国のエンターテイメント好きからも注目される「坊っちゃん劇場」とは…?
それは、道後温泉のある松山市の隣、愛媛県・東温(とうおん)市にありました。
田畑が広がる景色の中にたたずむ『坊っちゃん劇場』
「坊っちゃん劇場」の設立は2006年。「地域の人々の生活に潤いを」テーマに開発された東温市の商業施設「レスパスシティ」の中に、ショップ、温泉施設などに加え、地域に文化を発信する役割を担うゾーンとして生まれました。
松山から車で30分という場所、しかもバックに広がるのは田畑…というだけでも十分驚くのですが、注目すべきはそのコンテンツの圧倒的な充実度です。
演じられるミュージカルは全て、坊っちゃん劇場が自主制作した完全オリジナル。この土地の文化を継承することを目的に、四国・瀬戸内の地域を題材とした作品が1年中公演されています。
そして、それらを手掛ける脚本家や演出家などは、日本の演劇界でもトップレベルの方々ばかり。
以前LEEwebでも話題になった少年隊の錦織一清さんが手掛ける「鬼の鎮魂歌」も、岡山の桃太郎伝説をベースに制作。ここでしか味わえない、ここだから観たい作品が1年間、毎日上演されている日本で唯一の劇場なのです。
自由・平等、そしてチャンスを…
現代にも共通するテーマがいっぱい! 「ジョン マイ ラブ」を親子で鑑賞
今回私たちが観劇したのは「ジョン マイ ラブ−ジョン万次郎と鉄の7年−」。高知出身の偉人、ジョン万次郎を”漂流者”としてだけではなく、妻の「鉄」に支えられながら、帰国後の幕末期、日本の近代化に向けて奔走する姿を描いた作品です。

2021年9月からは「ジョン マイ ラブ −ジョン万次郎と鉄の7年−」を上演。作・作詞・演出は、「スーパー歌舞伎Ⅱ ワンピース、新版オグリ」などを手掛ける横内謙介さん、作曲・音楽監督は深沢桂子さん、振り付け・ステージングはラッキィ池田さん・彩木エリさんなど日本の演劇界でもトップクラスのチームで制作されています。

ヒロイン「鉄」役はAKBチーム8のメンバー9名(横山結衣さんは元メンバー)が交代で1年間上演。私たちの回は、第2期の服部有菜さん、ジョン万次郎は愛媛県出身の俳優村井成仁さん。
元々貧しい漁師の家に生まれたジョン万次郎。出漁中に漂流、アメリカの船に助けられ、アメリカで教育を受けた事がきっかけで運命が動き出した経験から、帰国後「人は生まれや育ちに関係なく”自由”と”平等”、そして何より”チャンス”が必要だ」と強く訴えます。
鎖国時代に帰国をした万次郎は、その後もスパイ容疑や差別など、様々な困難に見舞われますが、その万次郎を心から理解し支える妻、「鉄」。当時はまだ女性の社会的地位が低い時代ですが、その中で奮闘する鉄の姿がとても輝かしくて!

鉄、万次郎と塾生たちが自由と平等を歌うシーン。椅子を効果的に使ったパフォーマンスがとってもかっこよかった!
劇中、このコロナ禍、社会へのやり場のない不満から起きてしまった悲しい事件などを思い出し、万次郎と鉄の言葉に胸が一杯に…さらに、ラストシーンもまた今の世と重ねて涙が止まらず…(替えのマスクを多めに持っていってよかった…)
歴史の教科書で読んだ万次郎のイメージとは全く違う、そして現代に置き換えても十分に共感することができる、笑いあり、涙ありの、感動のミュージカルです。 是非本場で体験して欲しい!
臨場感がすごい! 家族で楽しめる坊っちゃん劇場
ミュージカル鑑賞はほぼ初心者の私ですが、昨年、前作「鬼の鎮魂歌」を家族で観て以来すっかりこの劇場の魅力にハマってしまいました。今年も5歳と8歳のキッズを連れて、家族で2度目の来場です。
コンサートや映画に連れていくと、決まって「飽きない?」「寝ない?」とソワソワしますが、そんな心配はここでは無用。
難しいセリフの意味は分からずとも、迫力のある歌やダンス、キャストの息遣いが、本当にすぐそばで感じられ、ドキドキしながら物語を応援してしまう。そんな雰囲気が会場全体に感じられるせいか、あっという間に2時間が過ぎます。
笑ったり涙したりと忙しい親の横で真っ直ぐに舞台を見つめる子供たち。生で本物に接する良さはやっぱりこれだなぁ、としみじみ。親子で本格的なエンターテイメントが楽しめる貴重な場所の一つなのです。

「坊っちゃん劇場」では家族でじっくり観られる「親子室」も完備。防音の部屋のため、スピーカーからの音にはなりますが、小さい赤ちゃんがいても生の舞台をゆっくり楽しめます。
日本で唯一の地域拠点型劇場として
株式会社 ジョイ・アート 越智陽一さんインタビュー

株式会社 ジョイ・アート代表取締役社長 越智陽一さん
今年で16年目を迎える坊ちゃん劇場。地方の郊外、しかも自主制作の作品を常設で1年間公演するプロジェクト。全国にも前例がない中での運営はどんなものだったのでしょうか。
「劇場経営は東京でさえ難しいもの。開発時、全国を探してもこのような劇場の事例はなく、当初は『果たして成り立つのか?』と皆さんから沢山ご心配をいただきました。
しかしその中でも、一作目のジェームス三木先生から始まり、劇団四季やスーパー歌舞伎を手掛ける方など、脚本、演出、音楽、舞台装置など、作品づくりは常に日本のトップの方々にお願いをしてきました。
特に子供たちには、一流のものでないと絶対に響かない。毎回、最高の物を届けたい、とこだわり続けています。
もちろん順風満帆というわけではなく、初めは役者をオーディションで募集しても、なかなか思うように集まらない問題にも悩まされました。しかし妥協のない作品づくりが次第に評価され、2012年には、演劇大国ロシアにて「誓いのコイン」の上演に成功。その噂が全国の演劇界にも広がり、翌年のオーディションでは、多くの人が集まるという嬉しい結果にも繋がりました。
設立当初は98%がミュージカルを観るのが初めてのお客様でしたが、最近は何度も観ているという方も増えています。それは、もちろん”演劇ファン”の方もいらっしゃいますが、地域に暮らす一般の方がとても多い。中には『ミュージカルを見たのは全部坊ちゃん劇場』という方もいるくらいです(笑)。
本当に様々な層の方から応援していただき、今日まで続けることができました」(越智さん)

愛媛県松山市でのロシア兵捕虜とその治療にあたった日本赤十字社の女性看護師看護士の物語。「誓いのコイン」は2012年には日本の演劇史上初めてロシア政府から正式に招請され、モスクワ、オレンブルグで上演した作品。
コロナ禍、客数は前年から70%減に…
しかし、多くのエンターテイメント事業が岐路に立たされているのと同じく、このコロナ禍で、坊っちゃん劇場も厳しい状況が続いています。
その真っ只中で始まった「ジョン マイ ラブ」。度重なる公演中止に悩まされながらも、新たなチャレンジも始まっています。
「前作の『鬼の鎮魂歌』、そして今回の『ジョン マイ ラブ』ともに公演の中止を余儀なくされる事態が続きました。昨年の来場者数は前年を大きく下回る事態に。折角稽古を重ねても、今回もまた明後日から休演するなど、非常に厳しい状況が続いています。(2022年1月22日現在)
しかし、そんな中でもチャレンジを続ける坊っちゃん劇場を観ていただきたいという思いは変わりません。
今回、脚本演出を手掛けてくださった横内先生も『今まで繋いだ文化の火が消えることは、東京の演劇界でも大変残念なこと。地方でこの劇場が頑張っている意義を伝えていきたい』と、素晴らしい作品を作ってくださいました」(越智さん)
厳しい状況下でも「挑戦」を
「今回は、主役『鉄』役をAKBチーム8のメンバー9名を交代で1年間演じる、という前代未聞の試みにも挑戦しています。
実は、はじめて横内先生から『「鉄」役にはAKBを』という提案をいただいた時には、正直びっくりしました。
私たちは今まで、作品の意図や関わってくださる先生方をアピールすることはあっても、1年間のロングラン公演であることからキャストで集客をしたことがなかったのです。
しかし、『”鉄”は困難に立ち向かいながらもキラキラ輝いている女性。それは、今の時代を全力で駆け抜けている彼女たちに重なるものがある』という先生の言葉にとても共感し、チャレンジをしてみたいと思いました」(越智さん)

剣術道場の娘として育った「鉄」。自分の人生は自分で切り開く、真っ直ぐな姿が演じられていました。

私が観劇した1月22日。本日の「鉄」役は、AKBチーム8の服部有菜さん
「14才で漂流し、帰国したジョン万次郎。元々貧しい生まれでまともな教育を受けておらず、帰国時は日本語もほとんど忘れかけていたそうです。それでも、福沢諭吉に自由について説いたり、岩崎弥太郎に経済学を教えたり激動の幕末期に大きな活躍をしました。きっとその影には彼を支えた素晴らしい女性『鉄』の存在があったからこそだろうと。
実際作品が出来上がっていくと、『鉄』という輝く女性像にAKBの皆さんのイメージはぴったりでした。オープン直後、ちょっと戸惑っていた常連のお客様たちも、3日もしないうちにTシャツとペンライトを買って、一生懸命応援してくれて(笑)そんな嬉しい反応も沢山ありました。
今回、公演予定は8月までですが、今は延長することも視野に入れています」(越智さん)

作品の一番最後、お楽しみとして、ペンライトで参加する歌があります。ドキドキしていましたが、やってみると、やっぱり楽しいから不思議(笑)
「また、なかなか足を運べない方のために、定期的に行う生配信にも力を入れています。前作の『鬼の鎮魂歌』も2月に天王洲の銀河劇場で東京公演『鬼の鎮魂歌Ⅱ』を行いました。
厳しい情勢に変わりはありませんが、それにただ負けるのではなく、チャレンジを続けていきたいと考えています」(越智さん)
「子供も大人も、まず舞台を楽しんで欲しい。僕らはお芝居を好きになって帰ってもらいたいんです」
演出家 劇作家 横内謙介さんインタビュー
地元の小学生が学校行事で観劇にくるなど、子どもの来場者も多い坊っちゃん劇場。今回、作・作詞・演出を手掛ける横内謙介さんにも、この土地で作品を作る上で大切にしていることを伺いました。
「小学生も沢山来る劇場だというのは知っています。でも決して子ども向けにと考えて作っているつもりはありません。
僕らのチームの作風として『舞台を楽しんでもらう』というのは常に前提にあります。セリフ一つ一つの意味はわからなくても、ビジュアルや踊り、歌の面白さはしっかり伝えて、退屈はしないよう心がけています。
今回の作品も、1年間、同じ作品を上演する訳ですから、今までにはないものを作りたいと考えました。
例えば、ジョン万次郎はアメリカで買ったカメラで『鉄』を撮っています。今でこそ妻の写真をとるなんて当たり前ですが、おそらく『鉄』は、夫に写真を撮ってもらった日本で初めての一般人女性。アメリカ帰りの万次郎にレディファーストを日本で初めて受けたのも彼女。『鉄』の存在を知った時、調べれば調べるほど想像の余地がある手付かずのヒロインであることがわかり、絶対面白くなるなと思いました」(横内さん)
「子どもが親に劇場に無理やり連れてこられて『地獄の思いをさせられる』なんていうのは嫌ですからね(笑)。大人は期待して見せるけど、退屈な時間を過ごしてはお互いが不幸です。
僕らは、まず皆さんにお芝居を好きになって帰ってもらいたいんです」(横内さん)
今回も「自由って何? 」「フリーって何?」など、度々言葉の意味を聞いてくる5歳の次女。終演後に感想を聞くと、「面白かったからまた最初から観たい」と即答。まさに、連れてきて良かったなと思えた瞬間でした。
坊っちゃん劇場で育った子が大人になり、親子で来てくれた時、初めて地域に根付いたと言える
劇場経営だけでなく、坊っちゃん劇場では「舞台芸術がもつ力で地域における課題解決を」をテーマに、ミュージカルスクール、市民ミュージカル、愛媛県の特別支援学校の卒業公演のミュージカル制作などの教育事業も手掛けています。
実は、現在東京のミュージカルでも大活躍中の山﨑玲奈さんも、この市民ミュージカル出身。山崎さんのように地元で才能を見出され大きなチャンスを掴んだことは、地方で子育てする私たちにとって、とても嬉しいニュースでした。
また、今回ジョン万次郎役を演じた俳優の村井成仁さんは、坊っちゃん劇場のミュージカルをきっかけに俳優を志したそう。
「坊っちゃん劇場で育った子たちが大きくなって活躍したり、この劇場で主役を張ってくれるようになること。また、坊っちゃん劇場で育った子たちが大人になり、自分の子供を連れて親子で観に来てくれること。そういう循環が産まれることで初めて地元に根付いたといえるのではないかと思っています。
そのために最低20年かかります。今は16年目。厳しい状況には変わりありませんが、チャレンジし続けていきたいと思っています」(越智さん)
”チャンス”は身近なところにも
このコロナ禍の中で、初めての地方移住を経験した私。当初は近場でも制限が厳しく、子どものイベントごとは尽く中止に。もともと少子化が進む地方では選択肢が少ないのに、更に限られた環境で、閉塞感でいっぱいの日々を過ごしていました。
そんな中で訪れた坊っちゃん劇場。隣の県、しかも郊外に、これだけのエンターテイメントがあるのか! と驚いたのを今でも鮮明に覚えています。
そして、ここをきっかけにミュージカルの世界に羽ばたいていった子どもたちのニュースを知り、まさに”チャンス”とは、実は身近にあるのかもしれない。そんな前向きな気持ちになれる、貴重な体験となりました。
愛媛旅行を検索すれば、まずトップに上がるのは「道後温泉」。(もちろん道後も最高に楽しいです!)
そして、その行先の一つに是非一度、東温市「坊っちゃん劇場」を加えてみてください。驚きと感動で、きっと忘れられない家族の思い出になるはずです。
「坊っちゃん劇場」公式サイト 生配信スケジュールはこちらでチェック!●こちらも併せてお読みください
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高木綾子 Ayako Takagi
ライター/LEEキャラクター
1981年生まれ。百貨店バイヤー、ヴィンテージショップなどファッション業界を10年経験。その後、LEEキャラクターになったことをきっかけに同世代の女性に役立つ情報を伝える仕事に興味を持ち、ライターの道へ。夫の仕事の関係で2020年より東京から香川へ移住し、ファッションや子育てのほか、四国地方についても執筆。2児の女の子ママ。