「子育て中の親はなぜ”美術館難民”となるのか」研究者を直撃!
コロナ禍2年目の夏も終わり、4回目の緊急事態宣言も解除されましたが、まだまだ移動や行動制限のある日々が続きそうです。
その一方で、コロナ関係なく知らず知らずのうちに、子育て世代は行動が制限されてしまうことがあります。赤ちゃん・子ども連れで行きにくい場所、歓迎されていない場所、たくさんありますよね。もちろん、子どもに向かない場所もありますし、大人のための空間にわざわざ連れて行きたい、という話ではありません。公共の場でも肩身の狭い思いをしたこと、気疲れしてしまうことって…ありませんか?
つい先日も、美術館(子どもむけに作られた企画でない)の展示で、肩身の狭い思いをすることがありました。
空いてそうな日時で予約をして、大人しく子どもと鑑賞していたのですが、触れるつもりもないのに監視員さんに注意されたり、小声で感想を少しでも話すと周囲から厳しい視線を感じたり。美術館としては子ども連れを歓迎してくれていても、鑑賞時の雰囲気に気疲れてしまい、観たかった作品を観られた喜びが感じられないことも…。
もちろん、最近の美術館の企画は子どもと一緒に楽しめる企画もたくさんありますし、できるだけそういう展覧会に行くようにはしていますが、一般向けの企画で子どもや親自身が「行きたい!」と思っても、非常にハードルは高いと思います。
そこで美術館×子連れに関する現状を専門家に聞いてみたい!と思い『子育て中の親はなぜ”美術館難民”となるのか』を研究テーマにされている日本博物館教育研究所・ 日本大学人文科学研究所の内海美由紀先生にオンラインでお話を伺いました。
大好きだった美術館に「赤ちゃんを連れて行けない」
__先生は”子育て世代における美術館難民”という研究されていますが、このテーマにしようと思ったきっかけを教えてください。
内海美由紀先生(以下、敬称略):子どものころからの恐竜好きが高じて博物館、そして美術館によく通っていました。大学では美術館や博物館の学芸員の教育役割やワークショップ、教材などを研究・企画し、来館しすい仕組みを整える側でした。しかし、子どもが産まれて自分が子連れの当事者となった時、半年の乳児を連れていざ美術館に行こうと思っても「私、この子を連れていけない!」と思ったのです。
__いろいろ要因はあると思いますが、どの部分が不安で連れて行けないと?
内海:一番、不安だったのは美術館で求められる「お静かに」という雰囲気です。とにかく、館内は静かにしないといけない空間。でも、赤ちゃんは泣くしぐずりますし、静かにしていられません。それが「許容されない」ことに、子連れという存在の社会的立場の弱さを認識しました。「子どもに合わせた企画しか行けない」「子連れだと気軽に行けない」ということは、社会の構造上何か問題があるのでは、と考えたのがきっかけです。
__社会的立場の弱さ…、確かに。
内海:似たような構造の例として、電車内でのベビーカー使用問題があると思います。数年前もニュースでも大きく取り上げられましたが、共働き世帯で保育園事情などもあり、どうしようもなく大荷物でベビーカーで電車に乗らなければならない理由があっても、「車内でベビーカーをたたまずに乗るのはおかしい」と許容されない。これはもう、美術館だけでなく、子連れは社会的な立場が弱いんだなと思いました。
__私はこれまで、美術館にしても電車に乗る時にしても、最初から諦めていましたが、そこに対して「おかしい」と、ご自身の研究テーマにされた行動力が素晴らしいです。この「お静かに」という風潮はいつぐらいからあるのでしょう?
内海:美術館や公共施設の成り立ちの歴史を調べていくと、明治初期までさかのぼることができます。これは私の仮説ですが、当時は学校教育でも「礼法教育」というものがなされていて、図書館や美術館などの「公共の場では静かにしましょう」と言及されています。もちろん公共の場のマナー意識は重要ではありますが、当時と現在では、色々利用者層やニーズなどが変わってきている。当時と今と、価値観の齟齬が生じているのではないでしょうか。それがずっと今でも続いていると考えています。
ハード面もソフト面も子連れウェルカムな美術館が増えている
__実際の美術館としては、子どもや赤ちゃん連れに対してどのような動きが?
内海:美術館全体としては進んでいて、たとえばハード面では授乳室の整備やトイレのおむつ替えシートの設置など、ソフト面では託児サービスなどという動きが広がってきています。
__託児サービスっていいですね!
内海:託児サービス自体は大賛成なのですが、その反面、たとえば今後一緒に抱っこして見せたいと思った時に「どうして託児サービスがあるのに利用しないの?」と思われるようになる可能性もあるかもしれないので、やはり「子連れで鑑賞しづらい」という根本的な問題には取り組みながらやっていかなければならないな、と思っています。
__そういう側面もあるのですね。特に、子連れにやさしい美術館ってあるのでしょうか?
内海:ありますよ。美術館として大々的に子育て世代向けに取り組んでいるのが熊本市現代美術館です。子ども向けの展覧会企画はもちろん、ファミリー対象に展覧会ツアーや定例イベント、ワークショップなど、赤ちゃんから楽しめる内容になっています。すごいのが、2014年におそらく日本初で美術館のなかに「まちなか子育て広場」が作られたこと。館内に赤ちゃんや子どもたちがたくさんいるので、自ずと展示の方も子連れウェルカムな雰囲気になり、美術館の雰囲気も明るくなったそうです。子連れにやさしいということは、誰にとっても使いやすい施設を意味します。実際、子どもたちの声も気にならなくなって、ほかの展覧会観覧者からの苦情も減少したそうです。
__美術館自体を「子どもがいる空間」にするのは良いアイデアですね!ここで遊んで育った子どもたちはアートが小さな頃から身近にあるでしょうし、羨ましいです。
内海:子連れが利用しやすい空気感を作るために、既成事実を作るのは大事だと思います。どんなに小さなことでもいいので、施設で働く職員の方々が中心になって動いて欲しいですし、こういった流れを共有する取り組みを私の方でも広げていきたいです。
__ほかには、どんなサービスがありますか?
内海:現在はコロナ感染拡大防止のために中止されていますが、三菱一号美術館に「トークフリーデー」という日があって、子連れだけでなく誰もが絵の前で自由に話しして良い日が月に1度設けられています。このように、子連れだけでなく、いろんな人が多様なアートの楽しみ方ができる環境が増えればいいなと思っています。
__それもいいですね!誰もが気兼ねなく話せて感想も言い合える、開かれた美術館という印象ですね。
赤ちゃん&子連れウェルカムな美術館はトイレが違う!
__先生が「赤ちゃん&子連れウェルカムだな」って思う施設の見分け方ってありますか?
内海:授乳室などハード的なところはもちろんありますが、ポイントはトイレだと思います。例えば「おむつゴミ捨てられます」という文言があるだけで「赤ちゃんづれにも寄り添ってくれてるんだな」って思えます。HPや SNSのヘッダーにひと言あるだけでも違いますよね。
__確かに!そのポイントに気づいてくれている、というが安心感がありますね。以前、東京都現代美術館に行った時、MOTオリジナルのおしゃれなベビーカーが置いてあったり、館内に「100本のスプーン」が入っていたり…、そういった所からメッセージを受け取りました。一回行けば「子連れでも行きやすい施設だな」って思えたのですが、公式HPを見てもなかなかその温度感は伝わらず。後でいろいろ調べると’19年のリニューアル時に子育て支援にかなりシフトされたとか。
内海:そうなのです。せっかく子連れに対する素敵な取り組みをしているのに、その情報になかなかたどりつかないHPも多くあります。結局、私も「子どもとお出かけ情報サイト」の口コミに頼っています。
__同じ境遇の者同士が、情報をシェアしていくのもやはり大事なのですね!
内海:利用者がTwitterで「〜美術館はおむつ替えやりやすかった!」「〜美術館は授乳室も広かった!」などを、『#子連れ美術館』などハッシュタグをつけてつぶやくだけでいいんです。非常に草の根的な活動ですが、そういった声の蓄積が社会全体を変えていくことにつながります。『#美術館難民』とつぶいてもらったら、私の方でも声を拾っていきますし、誰かの一歩のために、ぜひ美術館に行ったら発信して欲しいです。
親が観たい! 学びたい! その姿を子どもに見せることに意味がある
__子どもと一緒に美術館に行く良さってなんだと思いますか?
内海:私も小さい頃からアートに触れる環境に親が連れて行ってくれていて、自分は分からないけれど、自分の親や周囲の大人が「いいな」「素敵だな」と感動している横顔を見ていました。その様子を見る機会だけでも、その子にとって大事な一生の学びの価値があると思います。大正期の子育て本に「よき母たるもの、妊娠したら胎教のために美術館に行きましょう」と書いてあるんです。この時代に胎教の話が出ているのも驚きですし、それがまた美術館というのもすごく良いな、と。
__「子どもが好きそう」ではなく、「自分が観たい」という文脈で展覧会を選んでいいということですか?
内海:もちろんです! 以前「親子が美術館に行きたければ、夏休みなどの子ども企画に行けばいい」と言われたことがありました。しかし、「個人」としての親の気持ちにもまったく寄り添っていないし、「親」としての学びのアップデートの機会も奪っています。この記事を読まれている「あなた」が「観たい」と思える展示であれば、子育て中だからといって我慢したり諦めたりせず、一人の人として楽しんでほしい。
__とは言え、「子どもが理解できない・楽しめない」場に連れて行くの、は「親のエゴだ」と言われそうで…。
内海:なにをもって「子どもが理解している・していない」って思うのでしょう。大人だから絵が理解できるって話はナンセンスだと思うんです。じゃぁ、いつだったらいいの? 私も含めて、子どもだけでなく大人でも絵やアートの見方がわからない人は大勢いますが、それって経験不足なだけ。それなら、子どもと一緒に絵の見方・楽しみ方を学ぶのも良いと思います。
__確かに。子どもと一緒に、大人も学びの機会になりますね。
内海:私はこの活動を通して「『個人』としての親」にもっと寄り添いたいと思っています。母親・父親としてではなく「個人」である自分。どんな属性だとしても、個人として楽しめないとダイバーシティ&インクルージョンな世界は実現できないでしょう。
__あと、美術館自体の楽しみ方も多様でなければなりませんよね。海外の美術館に行ったときに、子どもが彫刻の前にあぐらをかいて座って模写して…そんな姿がたくさん見られました。
内海:そうですね。日本では絵の楽しみ方=静かに観る、というスタンスがほとんどかもしれません。誰かと話すことで理解が深まることもありますし、もっといろんな楽しみ方をしていいと思います。海外では耳を澄ませて絵を見てみようとか「絵を五感で楽しむ」というワークショップも多く、日本でも取り入れられ始めています。感覚の使い方が上手だからこそ、子どもの感性を受容する雰囲気もあるのではないでしょうか?
__子どもと行くからこそ、出会える楽しみも大事にしつつ、個人である自分も大切に。両方楽しめると最高ですね!最後に先生が子連れで行く、おすすめの美術館を教えてください。
内海:大きな有名どころだけでなく、近場のこじんまりした美術館で行きやすいところもあります。私なら市川市にある芳澤ガーデンギャラリーによく行きましたし、あと各地にある絵本美術館や四谷にある東京おもちゃ美術館などは子どもも大人も楽しめますよ。
__確かに、ご近所は穴場ですね。お散歩がてら美術館、というのもいいですね!ありがとうございました!
子ども向けの企画以外の美術館は、赤ちゃんや子ども連れは諦めなくてはならない、そう思っていましたが、実際に社会に対して動き出している研究者の方がいらっしゃって、心強く感じました。熊本市現代美術館のような動きが増えると、もっといろんな世代が混じり合う多様な社会や地域が増えるのではないでしょうか。もちろん、賛否両論あると思いますが、いろいろな考え方、受け取り方があるということを知ってもらうためにも、当事者たちが声をあげていく必要があると感じました。
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飯田りえ Rie Iida
ライター
1978年、兵庫県生まれ。女性誌&MOOK編集者を経て上京後、フリーランスに。雑誌・WEBなどで子育てや教育、食や旅などのテーマを中心に編執筆を手がける。「幼少期はとことん家族で遊ぶ!」を信条に、夫とボーイズ2人とアクティブに過ごす日々。