親密な物語が心に染みるアジア映画6選
コロナ禍の影響でハリウッド映画やエンタメ大作が延期等々の影響もありますが、この夏、アジア映画の秀作が驚くほど大挙して押し寄せています。まさにアジア映画、百花繚乱、咲き乱れ状態。しかも近年、かなり多くの人が“日本人”という意識だけでなく、“自分はアジア人である”という自覚や意識を強くしている気がするのですが、どうでしょう!? だから、ひときわグッと親密な物語として、心に染みると思うのです。
どれもこれも味わい深いのですが、既にLEE本誌でも紹介していて、私的にはトラウマ映画と呼びたいほど強烈な衝撃を受け夢にまで出てきた中国・香港映画『少年の君』など、特におススメの6作品を厳選しました。
どこか肌触りが懐かしく、さりげなく琴線に触れてくる台湾映画からは、実に繊細な描写が心に染みる人間ドラマ『親愛なる君へ』と、ゲーム発とは思えないほど深い世界観に魅せられた異色のホラー『返校 言葉が消えた日』。
相変わらずパワフルな韓国映画からは、旧態を打ち破るOLたちの大奮闘に快哉せずにいられない『サムジンカンパニー1995』と、イ・ビョンホン、ハ・ジョンウ、マ・ドンソクという豪華すぎるキャストに狂喜乱舞のパニック・エンタメ大作『白頭山(ペクトゥサン)大噴火』を。そして久々にベトナムからやってきたのは、疾走感にあふれる少年映画『走れ、ロム』をご紹介します。
傷だらけの純愛の鮮烈さ!『少年の君』
<STORY>
進学校に通う真面目で成績優秀な女子高生チェン(チョウ・ドンユイ)の同級生が、ある日、イジメを苦に自殺してしまいます。好奇の目にさらされ、みながスマホのシャッターを切ることに耐えられなくなったチェンは、遺体に自分の上着をそっとかけます。それを機に、イジメの矛先がチェンに向かように。そんなある日の帰り道、一人の少年が集団暴行されているのを見かけたチェンは、咄嗟に機転を利かせて彼を窮地から救います。その少年シャオベイ(イー・ヤンチェンシー)は、身勝手な親に捨てられ、ストリートで生きるしかない境遇でした。学校ではイジメられ、家でも孤独なチェンと、天涯孤独に生きて来たシャオペイは、少しずつ惹かれ合うようになるのですが。
『少年の君』激推しポイントは?
苛烈な受験戦争(日本の比じゃないくらいスゴイ!!)、殺伐とした校内の空気、鬱憤を晴らすかのようなイジメ、無関係でいようとひっそり過ごす多数の生徒。一方、貧困格差、ストリートチルドレン……。社会問題を色濃く描き込みながらも、チェンとシャオペイの恋の煌めきと切なさに心を奪われてしまいます。その描き方や鮮烈な印象が、素晴らしく心に突き刺さる逸品です。
優等生と不良少年が互いに安らぎを見出し、恐る恐る近づいていく様、その過程で傷つけあったりしながらも、互いが互いを守ろうとする堅い信頼で結ばれていく過程が、もうキュンキュンしたり、切なくなったり。イジメっ子の主犯格が死体で発見されるサスペンス、そして2人の恋と運命の行方に、最後まで目が離せません! 2人の若手俳優も、素晴らしい存在感です。
なんと実際の事件をベースに描かれた本作は、本国でも大ヒット。香港電影金像奨(香港アカデミー)で作品賞など8冠を受賞。米アカデミー賞・国際長編映画賞にもノミネートされたほか、各国の映画祭で多数の賞を受賞しました。さらに驚くのは、監督のデレク・ツァンは、なんとあの名脇役エリック・ツァンの息子さん!! 新たな才能にも注目です。
『少年の君』
監督:デレク・ツァン(曾國祥)
出演:チョウ・ドンユイ(周冬雨)、イー・ヤンチェンシー(易烊千璽)、イン・ファン(尹昉)、ホァン・ジュエ(黃覺)、ウー・ユエ(吳越)、チョウ・イエ(周也)
2019年/中国・香港/135 分/配給:クロックワークス
公式サイト: https://klockworx-asia.com/betterdays/
2021年7月16日(金)より新宿武蔵野館、Bunkamuraル・シネマほか全国公開
血の繋がらない家族の絆に落涙『親愛なる君へ』
<STORY>
物静かな青年・ジェンイーは、気難しく口うるさい老婦人シンユーの介護をし、その孫の幼いヨウユーの面倒を甲斐甲斐しくみています。ただの間借り人であるジェンイーが、なぜそこまで2人に尽くすのか――。それは、シンユーの息子、且つヨウユーの父親のヤオが、ジェンイーの恋人だったからなのでした。今は亡きヤオの家族を支え、守ることが、ジェンイーの使命であり、生きる希望なのかもしれません。ところがある日、シンユーが急死してしまいます。すると、ヤオの弟が騒ぎ出し、ジェンイーに疑惑の目が向けられるのですが……。
『親愛なる君へ』激推しポイントは?
多量の薬を服用した老婦人の死をめぐるサスペンスと、なぜそこまで亡き恋人の家族に尽くすのかという疑問が、少しずつ紐解かれていきます。警察に捜査されていく中で、同性婚や同性パートナーの恋愛に対する差別や偏見が浮かび上がり、その理不尽さに怒りで薄く鳥肌が立ってしまいました。
過去や色んな出来事が少しずつ明らかになるに従い、亡き恋人ヤオへのジェンイーの思いの深さと、ヤオの家族に対する愛情の深さが、どんどん満ちてくるように私たちの心に迫って来るのです。最初、“ジェンイーはこの家の雇われ家政夫!?”と思ってしまうくらい、多くを語らない抑制された語り口が、どんどん効いてくるのです。ジェンイーに対するシンユーや幼いヨウユーの信頼、捜査なんかではとても知り得ない、彼らの絆がジワジワ心に染みてきます。
物静かなジェンイーの佇まいや音楽講師をする彼が奏でるピアノの音色が、作品を包み込むような優しい空気も魅力です。台湾アカデミー賞(金馬奨)及び最優秀助演女優賞(シンユー役のチェン・シューファン)、台北映画奨で最優秀主演男優賞を受賞。心の襞を優しい情感が満たしていくような、とっても繊細で忘れ難い一作です。
『親愛なる君へ』
監督:チェン・ヨウジエ
出演:モー・ズーイー、ヤオ・チュエンヤオ、チェン・シューファン、バイ・ルンインほか
2020年/台湾/106分/配給: エスピーオー、フィルモット
公式サイト:filmott.com/shin-ai
公式Twitter:@filmott
2021年7月23日(金・祝) シネマート新宿・心斎橋ほか全国順次公開
社会派ホラー・ミステリー『返校 言葉が消えた日』
<STORY>
放課後の教室。いつの間にか眠ってしまった女子生徒ファンが目を覚ますと、周囲から人の気配が消えていました。不審に思いながら誰もいない校内を彷徨うファンは、政府から禁じられている秘密の読書会のメンバーで密かに彼女を慕う男子生徒ウェイに遭遇します。ファンは思いを寄せる男性教師を探そうとしますが、そうするうちにも謎の追っ手が迫ってきます。2人は一緒に、不穏な空気に満ちた学校から脱出を図ろうとするのですが――。
『返校 言葉が消えた日』激推しポイントは?
どことなく少しくすんだ色味の映像に、昔懐かしい時代の空気が満ちています。そう、背景は国民党独裁政権下で戒厳令が敷かれ、国民に相互監視と密告が強制されていた1962年。学校脱出を図る2人が、学校で起きた政府による迫害事件と、その原因をつくった密告者の悲しい真相にたどり着くまでが描かれていきます。
その過程は、ヒタヒタ迫りくる黒い影に、思わず悲鳴を上げたいくらいの絶叫ホラー! 実は本作、大ヒットホラーゲーム「返校」の実写映画化ですが、“ゲームの映画化”という、ちょっと安易な(私の勝手な)イメージを見事に翻したという意味でも、非常に注目すべき一作。本気で作ると、こんなに怖くて、物語も登場人物の心情も深くて、政治的メッセージや恐怖時代を描き得るのか、と驚かされました。
というのも、“この時代を生きた人々の息苦しさや恐怖体験は、こんな風だったのか”と体感させられるのです。ホラーの持つ意義深さに唸りました! 2019年度台湾映画でNo.1ヒットを飛ばした本作は、第56回金馬奨(台湾アカデミー)12部門にノミネート、うち最優秀新人監督賞など5部門受賞しました。14歳で小説家デビューをした、ファンを演じるワン・ジンという若手女優にも注目です。
『返校 言葉が消えた日』
監督:ジョン・スー
出演:ワン・ジン、ツォン・ジンファ、フー・モンボー、チョイ・シーワン、チュウ・ホンジャン
2019年/台湾/103分/配給:ツイン
公式サイト:henko-movie.com
2021年7月30日(金) TOHOシネマズ シャンテ他、全国ロードショー!
OLの奮闘が痛快!『サムジンカンパニー1995』
<STORY>
1995年、“グローバル元年”のソウル。大企業サムジン電子に勤める高卒の女性社員、生産管理3部のジャヨン、マーケティング部のユナ、会計部のボラムは、実務能力は高いのに、仕事はお茶くみや大卒社員のサポートばかり。そんなある日、ジャヨンは大卒の男性社員と訪れた自社工場から、汚染水が川に流出するのを目撃します。会社はそれを隠ぺいしようとしますが、周辺住民から被害者が続々現れます。ジャヨンら3人は部署を超えて協力し、真相解明に奔走するのですが――。
『サムジンカンパニー1995』激推しポイントは?
高卒社員らの前に立ちはだかる壁、大企業の利益優先による隠ぺい体質、肩書ばかりで仕事の出来ない約半数の大卒社員や役員たち……。実はジャヨンら3人のアイディアや作成書類が別の大卒社員らに取られたり、上に通すために大卒社員の名で活用されたり(ドラマ「ハケンの品格2」でも同じような場面がありましたね!!)するなど、高卒を派遣という言葉に置き換えたら、今の日本でもまだまだ“会社あるある”なのかもしれません。旧態依然とした大企業や社会の中で、階級や前例やしきたりに尻込みする男性社員たちを尻目に、会社の不正に立ち向かっていく3人の奮闘が実に痛快です!
元気がない時に是非、鑑賞をおススメしたいパワーチャージの一作。当時のソウルのOLさんたちのファッションもなかなか楽しいですよ。
『サムジンカンパニー1995』
2020年/韓国/110分/配給:ツイン
脚色・監督:イ・ジョンピル
出演:コ・アソン、イ・ソム、パク・ヘス、デヴィッド・マクイニス、キム・ウォネ、チョ・ヒョンチョル、ぺ・へソンほか
公式サイト:samjincompany1995.com
シネマート新宿ほかで公開中、全国順次ロードショー
ディザスター・パニック映画『白頭山大噴火』
<STORY>
北朝鮮と中国の国境付近にある火山・白頭山で、観測史上最大の噴火が発生! その影響でソウルのビルは崩壊し、漢江も陸橋が崩壊してしまいます。市民らがパニックに陥る中、韓国政府は白頭山の地質分野の権威、カン教授(マ・ドンソク)に協力を要請し、彼はさらなる大噴火が75時間後に起こると予測します。それを受け政府は、韓国軍爆発物処理班のチョ・インチャン大尉(ハ・ジョンウ)率いる部隊を北朝鮮に潜入させ、火山の沈静化を図ろうとします。そして作戦成功に必要な、北朝鮮人民武力部の工作員リ・ジュンピョン(イ・ビョンホン)を探し出そうとするのですが。
『白頭山大噴火』激推しポイントは?
火山を静めるのに核爆発を誘発!?というドビックリな作戦はともかく(笑)、まずは豪華キャストに注目です。マブリーの愛称で親しまれるマ・ドンソクが大学教授とは微妙に驚きですが、それもまたオツ。出る作品にハズレなしのハ・ジョンウが、身重の妻を避難させ自分は命がけの任務に就く胸アツな展開に、またも胸ムギュウ! そのジョンウと敵対しながらバディ関係を育むのが、ワールドワイドで活躍中のイ・ビョンホン。ジョンウとビョンホンの掛け合いでクスリとさせながら、最後まで一気見必至! アクションもカッコイイ!
朝鮮半島で最も高い白頭山の大噴火まで75時間、というタイムリミットが迫る中、3人の男たちがどう闘い、何を選択するのか。息もつかせぬスピード感とド迫力のスペクタクル映像。そして、たぎる男気! さすが韓国映画の相変わらずの活況を実感させてくれる、興奮&スッキリできるエンタメ大作です。
『白頭山(ペクトゥサン)大噴火』
2019年/韓国/128分/配給:ツイン
監督:イ・ヘジュン、キム・ビョンソ
出演:イ・ビョンホン、ハ・ジョンウ、マ・ドンソク、チョン・ヘジン、ペ・スジ
公式サイト:paektusan-movie.com
8月27日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
生き抜くために少年は走る『走れロム』
<STORY>
古い集合住宅が密集したサイゴンの路地裏。住民たちは苦しい生活から脱却しようと一獲千金を狙い、政府から禁じられた“闇くじ”にお金をつぎ込みます。孤児の少年ロムは当選番号を予想し、住民たちにクジを買ってくる“予想屋、兼走り屋”をしています。住人達は、予想が当たればロムを褒めたたえ、当たらないと詐欺師と袋叩きに。それでもロムは生き別れた両親を探すため、また自分自身が生き抜くため、同じ境遇のライバルと命がけで競いながら、狭い路地裏を走り向けるのです――。
『走れロム』激推しポイントは?
久しぶりにやってきたベトナム映画のプロデューサーを務めるのは、『青いパパイヤの香り』のトラン・アン・ユン! この映画、何と言っても疾走感がスゴイ。ロムが狭い路地裏を縫うように走り、障害物を飛び越え、出来るだけ多くの注文を取り付けては、クジを買って戻って来る疾走と躍動に満ちています。彼に密着したカメラは、まるでドキュメンタリーのようなリアルな人いきれや息遣いを観る者に体感させます。
当の“闇クジ”は、実際に“ベトナム名物”と呼ばれるほど、労働者階級の庶民に親しまれているそう。というより、庶民が貧困から脱しようとクジにドはまりする社会問題――社会的タブーに切り込んだ作品なのでした。彼らが一喜一憂する姿(時に自殺者まで!)は人間らしくて一見パワフルですが、同時に暗鬱で物悲しいのです。
ベトナム当局から検閲され、再編集を余儀なくされた本作は、逆にそれが宣伝効果となり一大センセーションを起こしたそうです。監督は本作が長編デビュー作となるチャン・タン・フイ。今後も続けてどんどん作品を撮って行って欲しい新鋭です。
『走れロム』
2019年/ベトナム/79分/配給:マジックアワー
監督:チャン・タン・フイ
出演:チャン・アン・コア、アン・トゥー・ウィルソンほか
公式サイト:www.rom-movie.jp
ヒューマントラストシネマ渋谷ほかで公開中、以後、全国順次ロードショー
キリがないのですが、最後の最後に追加でもう一作。モンゴルの草原を舞台にした中国映画を飛び込みで。
夫婦のすれ違いと愛『大地と白い雲』
<STORY>
モンゴルの草原にも時代の波が押し寄せる中、変化を求めてちょいちょい都会に出て行く夫と、そんな夫にイラつきながら、草原でこのまま暮らしたいと思っている妻。そんな2人のすれ違いと、愛を描いた夫婦の物語――。
『大地と白い雲』激推しポイントは?
どこまでも続く青い空と流れる白い雲、そして緑の大地。点在する羊の群れや草原を駆け抜ける馬たち。その映像にも目を奪われます。遊牧民としてのアイデンティティを強く持ちつつ、現代的な暮らしや価値観との間で揺れる夫の気持ちも、私たちはすごく良く分かるハズです。果たしてこの若い夫婦は、どんな選択をするのでしょう? 夫の友人らを含め、すっとぼけたというか、どこかコミカルでユーモラスな空気がゆったり流れていて、等身大な夫婦のそれぞれの気持ちにスッと入り込める作品です。同時に、雄大な大自然の先に築かれる近代都市の風景、それが自然側にひたひた押し寄せてくるような恐怖というか……複雑で、どこかしら動悸が速まるような感覚を覚えてしまったりもして……これまた見逃せない1作なのです。
『大地と白い雲』
2019年/中国/111分/配給:ハーク
監督:ワン・ルイ
出演:ポリチハン・ジリムトゥ、タナ
公式サイト: http://hark3.com/daichi/
2021年8月21日より岩波ホールほか、全国順次公開
この他にも夏だけで、韓国映画3本『SEOBOK ソボク』、コリアンホラー『ヨコクソン』『ホテルレイク』の他、阿部寛さんが主要キャストとして出演するマレーシア(英と合作)映画『夕霧花園』、妻夫木聡さんや長澤まさみさんら日本人キャストも参加した中国映画『唐人街探偵 東京MISSION』もあります。台湾映画『恋の病 潔癖なふたりのビフォーアフター』も捨てがたい。インド映画をリメイクした中国映画『共謀家族』、インド映画『ダルバール 復讐人』『ジャッリカットゥ 牛の怒り』のほか、数え切れないほどのアジア映画が公開されます。
今年の夏は、充実したひと時のお供として、是非アジア映画をどうぞ!!
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折田千鶴子 Chizuko Orita
映画ライター/映画評論家
LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。
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