いじめ、虐待、自殺…映画「子どもたちをよろしく」の前川喜平さんと寺脇研さんに直撃! ドキュメンタリーでは描けない衝撃の事実を前に、私たちができることとは……
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飯田りえ
2020.01.29
正直、記事で取り上げるのを迷いました。
試写会を観終わった直後、「え、こんな状況あり得る?」それぐらい自分には理解できない、受け入れることのできない、衝撃的な内容でした。中学生のいじめや虐待、自殺。そして、その背景にある貧困や性暴力、DV、アルコールやギャンブル依存など…どうしようもなく弱い大人たちを描いています。この行き場のない思いを、一体どこにぶつけていいのやら。担当編集さんと共に、頭を抱え込んでいました。しかし、添付資料にあった対談を読んで気持ちが一変。
元文部科学省事務次官の前川喜平さんとヒロイン役の鎌滝えりさん、映画の企画プロデューサーである寺脇研さんによる三者対談でした。これは単純に物語として表面的に捉えてはいけない。そして、現実の社会で起こっている状況だと言うこと、そしてそれが子どもたちにしわ寄せがされていること、その問題に対して私たちは何ができるのか__それを突きつけられていたのです。
思考停止していた自分に気がつかなければ、「縁遠い話」「関係のない話」で終わっていました。でも、これは「他人事」で終わらせてはいけないのです。しかし私たちは、一体どうすれば…。寺脇研さんと前川喜平さんのお二人に話を伺って参りました。
地域、学校、家庭、どこにも居場所がない子どもたちがいると言う事
__衝撃的でした。とにかく自分との接点や共感する部分を見つけられず、ずっとモヤモヤしながら見ていました。もちろん、いじめや虐待のニュースは、嫌という程見聞きします。でも、自分の周囲や日常生活であまり見えてこないので…、どこか他人事として捉えている自分がいます。
前川喜平さん(以下、敬称略):ニュースでも「まさかそんなひどい家庭だと思わなかった」って、みなさん言いますよね。見えてこないだけで、現に沢山あるのです。ほんの一端の一端ですよ。児童養護施設の方や児童相談所の児童福祉士さんたちは日常的に見ている状況だと思います。
寺脇研さん(以下敬称略):楽しい映画でしたらメジャーで作れますが、自主制作映画のようなものですから。まずは子どもたちを取り巻く状況には、いろんな面があると言うことを知っていただきたいのです。
先日、「ゆとり世代」に当たる文科省の若い職員の体験談を聞きました。ある自治体に1ヶ月間研修に行き、子どもたちの置かれた深刻な実態を知ろうと、敢えて厳しい環境の地区ばかり25校の小中学校を視察したそうです。ひどい話がそこら中に転がっていたと、真剣に考え込んでいました。また、以前のことですが、私は女子少年院に行ったことがあります。職員たち曰く「ここが一番安全な場所」だと。誰からも搾取されず、蔑まされず、暖かいご飯も食べられる、むしろ家庭に返したくない。大人の欲望に翻弄される中で、苦しんでいる子どもたちがいることを皆がもっと認識しなければならない。見えないところで、子どもたちが悲惨な状態に追いやられている現実があるのです。
__明るみに出ないだけで、ニュースが“特別”ではないのですね…。
前川:中学生のいじめと自殺でしたら学校が舞台になるはずなのですが、学校は出てきません。地域も出てきません。夜、ひとりぼっちでボール投げているあの少年に「どうしたの?」と一言でも声をかけてくれる人がいたらよかったのに、と言うことなのです。家にも学校にも地域にも、居場所がどこにもないのです。
__映画で学校でのシーンは登場しませんが、意図的に外されたのですか?
寺脇:そうです。この映画では、学校ではなく家庭や地域の在り方を考えることを提案したかったのです。いじめは、もちろん学校に責任がありますが、その背景には家庭や地域で子どもたちが抱え込んでしまうストレスがあるのも事実です。とにかく、学校にも家庭にも地域にも安心して過ごせる居場所がないのが問題ではないでしょうか。この映画の中で、ヒロインの女の子がアルコール依存で乱暴な義父と一緒に遠くへ逃げますが、理解できない方も多いと思います。でもそれは、家庭が自分にとって安住できる居場所でないために「ここではないどこかへ脱出したい」と言う思いからなのです。
今の政治が進もうとしている、日本の教育とは
前川:今の政権を支えている人たちは「親が悪いのだから、親を鍛えなおせばいい」と言ってしまう。それで子どもたちは救われるでしょうか。
__憲法で「家族の助け合い」を強制するような文言に描き直そうとしていますからね…。
前川:そうなのです。それに、いじめをなくすためには「道徳教育だ!」と2013年に首相直属の会議から提言が出され、2018年度から小学校では教科化されました。子ども達に自己抑制や自己犠牲を強いるような道徳ですから、「君たちは君たちのままでいい」ではない。もっと事態を悪くすると思います。
__病を悪化させるような処方箋だと。
前川:地域で子ども食堂や無料塾を開いている方たち、カタリバ、ユースサポートネット、キッズドアなどのNPOで草の根的に活動していらっしゃる方たちは、まずは子どもたちのありのままの姿を認め、そこからスタートしています。本当の解決策はこう言った動きにあると思います。
__前川さんと寺脇さんはお二人とも文部省ご出身ですから、国の教育方針を決める立場でした。
前川:寺脇さんは4年先輩でしたが、役人としては相当破天荒な人でした。一部の政治家からはにらまれましたが。(苦笑)基本的に考え方は似ていて、教育政策で言えばゆとり派。反対は詰め込み派ですが、今の学校は脱・ゆとりの掛け声の元、学力競争に追いやるような状況があるし、上から押し付ける道徳教育と言う状況がある。現政権になって、学校現場がものすごく抑圧的になりました。
__世の中の流れを考えると、これからの時代は旧来型の詰め込み教育では対応できない、という認識を大人は持っていると思いますが。
前川:学校現場は必ずしもそうではないのです。ただ、学校は校長次第で随分変わります。「みんなの学校」という映画にもなった大阪の大空小学校の元校長・木村泰子さんとか、世田谷区の桜丘中学校の西郷孝彦校長とか。桜丘中は校則全廃して、廊下にも居場所を作り、校長室も開放しているそうです。学校に居場所があれば、不登校にはなりません。「好きなところで過ごしていいよ」であれば、子どもたちも安心できますよね。
ドキュメンタリーで描けない真実を、劇映画で表現したかった
__映画で届けようと思われたきっかけは?
寺脇:子どもの話をやろうと思った時に、今まで映画やドラマで描かれなかった部分をやらないといけない、と考えました。だから、学校ではなく家庭や地域を描こうと。また本来、日本映画には、原爆の話とか戦災孤児の話とか…観客に深刻なテーマを突きつける作品も多くありました。そんな作品は、ハッピーエンドではなかった。
__ドキュメンタリーではなく?
寺脇:ドキュメンタリーは真実を描いて、劇映画はフィクションかと言うと、そう訳ではないのです。ドキュメンタリーだとプライバシーの問題があるので、どうしても描ききれない。今回のような題材だからこそ、劇映画で作ったのです。
__目を背けたくなるシーンもあり、非常にリアルでした。
寺脇: 監督がよく勉強して脚本を書き、スタッフも撮影場面を巧みに造形するなど、リアルな描写が貫かれています。ご覧になった生活保護担当の自治体職員さんから、「自分の訪問先の様子とそっくりだ」と言われましたし、夫からDVを受けている女性を支援する団体の方からは、怯えたり思考停止になったりする場面での有森也実さんの演技が、そうした女性が実際に示す表情と酷似していると驚かれました。つまり、これは現実に起こっていることなのだ、と知ってほしい。そうしたことと無縁の幸福な暮らしをしている人にこそ見てほしい。
__知らないと気づけもしない、ですからね…。
寺脇:そう。まずは、知ること、そして気づくことが大事。目の届くところにいる子どもたちの様子を見てあげてください。何か様子がおかしければ、「何か困っていることがあるんじゃないの?」と声をかけてあげてほしい。
子どもたち=日本中の子どもたち、と言う考え方になってほしい
__タイトルにはどんなメッセージが?
寺脇:「子どもたちをよろしく」の“子どもたち”は、“日本中の全ての子どもたち”、という意味です。それを、私たち日本中の大人が“よろしく”つまり“健やかに”育てていこうというのです。私には自分の子どもはいませんが、日本中全ての子どもたちを大切していきたいと常に思っています。
最近では、PTAについて、そんな活動は必要ないという意見が出てきています。PTAが負担なのはわかります。ただ、「あなたの子どもだけが幸せだったら、あなたの子どもやあなたは幸せですか?」と聞きたい。この学校に通う全ての子どもたちによくなってほしい、というのがPTA活動の目的なのだと思います。だとしたら、やはりそれは必要でしょう。
__いろんな状況はあると思いますが、それは確かに。否めません。。。
寺脇:私や前川さんが育った1950〜60年代って人口の1/3が子どもだった。子どもが1人に対して大人が2人ですよ。今は子どもの比率が1/8なのだから、子ども1人に対して大人が7人もいるはず。それなのに、なんで、子どもを自殺させてしまったり、虐待などで死に至らしめてしまったりするのか。そこをしっかり考えてほしいのです。そんな命題を突きつけているのだから、この映画は楽しい訳がない。
__多くの大人の目で見守れるはずですよね。
寺脇:昔の子どもは、さまざまな場面で、親だけでなくいろんな大人に声をかけてもらって、“自分”という存在が世間から認識されているのが無意識のうちに確認できた。今は子ども1人に大人が7人もいるのに、声をかけてもらえない。何も「子ども食堂」を開くとか、そういう大がかりなことでなくても、誰もがちょっと子どもたちに声をかける、それだけでも違ってくると思います。
まずはわが子の周りや地域の子どもたちに声をかけること
寺脇:最悪な事態は、子どもが自ら命を絶つことです。それは絶望感からくる選択なのです。「もう自分などいなくてもいい」と。でも「あなたは必要だよ」っていう場面がどこかにあればいいんです。学校ではいじめられているかもしれないけれど地域では隣近所の自分より小さな子どもの面倒を見ているとか、そういう場面が一つでもあれば、絶望には走らないはずです。
__もし気づけたとしても、入り込みすぎると「おせっかいじゃないか」とか、「自分の家族が面倒なことにならないか」とか、尻込みしてしまいます…。
寺脇:最近の児童相談所は通報しやすい仕組みを作っていますから、見て見ぬフリをするのではなく、上手に利用してください。もちろん「昔は良かった」なんてことなんて言いたくはないですし、おせっかいなおばさんとか鬱陶しいおじさんとかがいたのは事実ですから。もう一度、新しいつながりを考えましょう、と言うことなのです。無理なく付き合えればいい。なんでもいいのです。時間がなければ子ども食堂に食材を届けるとか、寄付するとか。お金に余裕がなければ声がけをするとかね。目を背けないことが大事。
__それならできそうな気がします!
寺脇:文部科学省にいた頃、『子どもと話そうキャンペーン』という提案をしたことがありました。朝、道で会った子どもたちに「おはよう」と声かける。いろんな子どもと話しますけど、「あなたは何が好きなの?」って聞かれて話さない子はいないので、その答えやすい質問から会話が始まる。その会話ひとつでもいい。明日からいきなり子どもたちのための社会活動をしなさいとか、そういうわけではないのです。
あのモヤモヤから一変。思考停止状態から、逃げださなくてよかった、と思えたインタビューでした。ただ、見えていないだけでは済まされない、こう言う現実があることを知れただけでも、本当に良かったです。もし身の回りで何か事件が起きた時、「あの時、ひと声をかけていたら…」そう後悔しないためにも、子どもたちを見守って、ご近所、地域で声をかけあっていきたいなと思いました。そしてこの作品を多くの大人が観て、自分ならどうするか、何ができるか。一人ひとりが考えるきっかけになれば、どこからか漂う閉塞感から脱却できるのではないでしょうか。
撮影/齊藤晴香
2月29日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開、2月22日(土)よりシネマテークたかさきにて、先行上映
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飯田りえ Rie Iida
ライター
1978年、兵庫県生まれ。女性誌&MOOK編集者を経て上京後、フリーランスに。雑誌・WEBなどで子育てや教育、食や旅などのテーマを中心に編執筆を手がける。「幼少期はとことん家族で遊ぶ!」を信条に、夫とボーイズ2人とアクティブに過ごす日々。