FOOD

料理家 今井真実の「食べたいエンタメ」(ミニレシピ付き)第22回

朝ドラ「ばけばけ」が料理家・今井真実さんの心境にもたらした変化とは?【ミニレシピ付き】

  • 今井 真実

2025.11.28

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Yummy!

今月のミニレシピ

ヘブン先生がきらいな糸こんにゃく

今井真実さん ヘブン先生がきらいな糸こんにゃく

作り方

糸こんにゃく200gを洗い水気をよく切りハサミで食べやすい長さに切ります。フライパンに入れて中火で1分ほど空炒りして、醤油大さじ½、ツナ缶(80g)を汁ごと入れます。全体がよく混ざったら、青ネギみじんぎり15g、ごま油をひと回しを入れて、ざっと混ぜたら器に盛り付けましょう。

ヘブン先生が虫と勘違いした、糸こんにゃく。とってもおいしい副菜です。

脚本はEテレ「みいつけた!」のふじきみつ彦さん。こんなホームコメディを待っていた!

自慢することでもありませんが、私はとにかく朝が苦手。元々貧血持ちなので起き上がろうとすると頭がぐわんぐわんするし、子どもの頃からそうなので「こりゃーダメなんだ」ともう慣れ切っています。だけども、ここ数ヶ月、そんなことも言ってられないほど毎朝の楽しみがあり地を這うように起きてしまう。それはNHK連続テレビ小説「ばけばけ」のおかげ! なんというか大変人任せではあるのですが、その時々に放送されている朝ドラに夢中になっている度で、寝起きの気持ちが変わります。

もちろん「あんぱん」も欠かさず見ており、ありがたいことに目覚めも順調でございました。いっつも、タカシよ……って思っていましたし、戦争の悲惨さにぐっと歯を食いしばり涙することも。オープニングのRADWIMPSの歌が流れて最後の「万歳」だけ一緒に毎日口ずさんだっけ。そんな心地いい日々からバトンが渡ったのが、現在放送中の連続テレビ小説「ばけばけ」なのです。

「ばけばけ」 今井真実さん

初回は、あまりの画の暗さに慄き、オープニングのスタッフロールの字の小ささに驚き、思い切ったものだなあと、とまどったものです。しかし、そんなときでも朝ドラ視聴の習慣の心はまったく折れませんでした。だって脚本はふじきみつ彦さん。お子様がいらっしゃるLEE読者の皆様にもおなじみではないでしょうか? ふじきさんは、Eテレ「みいつけた!」の脚本家なのです! 子どもを産んで、初めて「みいつけた!」を見た時の衝撃は忘れられません。なんてふざけた子ども向け番組なんだ!と感動すら覚えました。そのとき、私は初めての育児に四苦八苦していたのですが、こうやって肩の力を抜いて、ただ笑って子どもと一緒にテレビを見ることはなんて幸せな時間なのだろうと思ったものです。

そんなわけで、「ばけばけ」も期待大。そして、今となっては期待以上! こんなホームコメディ待っていた!と大拍手です。

主題歌であるハンバート ハンバートの「笑ったり転んだり」の歌詞の世界観をそのままに進む物語

さて「ばけばけ」の舞台は島根県松江市。武士の時代が終わり、始まったのは明治時代。全ての価値観が崩され、人々の暮らしも急激に変わっていきます。

しかし、主人公である松野トキの父親も祖父も、頑なにその時代の変化に馴染もうとしません。彼らは上級武士から死ぬか生きるかの貧乏暮らしになっても、その士族であるプライドを捨てることができずに、髷を結い武士としての生活を送っていました。しかしそれが長く続くわけはありません。元々お侍さんということもあり商売の経験などもなく、生活は困窮するばかり。挙げ句の果て父は投資詐欺に遭い、一生働いても返せないような借金を作ってしまいます。トキは学校に行けなくなってしまい、家族の借金のためにひたすら働く生活を送ることとなるのでした。

と、ここまであらすじを書くと、暗く悲しい物語の始まりに思えますよね。しかし、「ばけばけ」のすごいところはこれが全くちがうのです。テレビの前で毎日大笑い。どたばた喜劇なのです。松野家の家族は仲良しで、とにかく明るい。貧困の中でもユーモアたっぷりに暮らして笑いは絶えません。大きなお屋敷から、小さく狭い家に移っても、腐ることなく家族睦まじくお互いを大切に思いながら過ごしています。

それでも、時代に翻弄されて、思い通りにいかないことばかり。プライドが邪魔をしてしまうこともある。主題歌であるハンバート ハンバートの「笑ったり転んだり」の歌詞の世界をそのままに物語は進んでいきます。そうそう最初は心配に思っていたトキの父親、松野司之介。朝ドラ名物ダメ父親と思いきや、ただお調子者の気があり、大借金をこさえてしまっただけで、家族思いのとっても良い父親です。ちょっぴり頼りないけども、それもまたちょうどいい塩梅。なんだか「みいつけた!」のサボさんみたい。

英語しか話せず、人々とのコミュニケーションにも苦労するヘブン先生

そして、この「ばけばけ」は作家、小泉八雲がモデルです。役での名前は「ヘブン先生」。今トキはヘブン先生の家で女中として働くようになり、これから話が進んでいくこととなるでしょう。

ヘブン先生は英語を教える外国人教師として松江にやってきました。彼は英語しか話せず、日常生活も街の人々とのコミュニケーションにも苦労しています。話が通じず、ストレスのあまり癇癪を起こすこともありますが、日本のことが大好きで本来は心優しい人です。

今井真実さん ヘブン先生がきらいな糸こんにゃく

しかしながら、この時代はまだ外国人に対して人々は畏怖の念を抱いていました。それはトキの家族も同じこと。それどころか同じく外国から来たペリーによって武士の世が終わったという恨みもあり、トキがヘブン先生の元で働くことも最初は大反対でした。しかし、トキの強い決意により周囲も理解を示すようになり、ヘブン先生も人々と心を通わせるようになるのでした。



外国人の方に会うと、無意識にヘブン先生と重ねてしまうように。言語の壁があっても、気持ちでカバーしたい

さて、このドラマが始まってから、仕事の場で外国人の方に会うと妙な気持ちになってしまうのです。無意識に、ヘブン先生を重ねちゃう。彼らも日本に来て不安なことがいっぱいなのでは? 今、みんな日本語でしゃべって盛り上がっているけれど疎外感は感じていないだろうか?と、より一層そわそわするように。

こんなたいしたこともないくだらない話を訳したってしょうがないし、いやはや元々英語力のない私はさらに面白くもない会話に訳してしまうかもしれない。以前の私ならそう思い、すんとななめ下を見て誰の会話にも結局入らないということも。

しかし、最近の私はいくら英語がへたっぴでも一生懸命話したり訳したりと、積極的に会話を試みています。コミュニケーションってとっても大切。だってあなたの言っていることを知りたい、あなたのことを理解して、仲良くなりたいってちゃんと伝え合うことが「会話」なんですよね。言語の壁があったとしても、気持ちでカバーしたい。そこにいる人をいないものとしたくないのです。

今井真実さん ヘブン先生がきらいな糸こんにゃく

英語が一切喋れないトキもそうでした。ヘブン先生の指示が彼女は理解できない。でもトキは知りたいのです。ヘブン先生に応えたいのです。もちろんクビにならないためでもあるのですが、その気持ちは必死です。そして、彼女が生み出したコミュニケーションは絵手紙でした。頼まれた仕事以上に、ヘブン先生のことを思いやり、お世話をするトキ。言語を超えて、彼らは気持ちを通じ合いはじめるのです。

「怪談」はさまざまな悲しみを経験したヘブン先生とトキを繋げ、また別の世界へ誘う

急激に変わっていく時代、自分たちの手にはもう負えないにっちもさっちもいかない生活。「ばけばけ」はどこか現代にも重なり、いつも大笑いしたその向こう側に途方もなく切ない気持ちが横たわっています。泣き笑いしながら生きていく。あきらめたり、あきらめきれなかったり、全てはっきりとできないのがこの世の常なのではないでしょうか。

今後キーワードとなっていく「怪談」もそう。元々は人の心の中にあるどうしようもない悲しみや苦しみ、切なさ、後悔の念が恐怖として昇華した物語です。「怪談」は、さまざまな悲しみを経験したヘブン先生とトキを繋げ、彼らをまた別の世界へ誘うことになるでしょう。

「この世は、うらめしい。けど、すばらしい。」私もそう信じて、しばらくは早起きの日々です。

(『料理家 今井真実の「食べたいエンタメ」(ミニレシピ付き)』は毎月最終金曜日更新です。次回をお楽しみに!)


Staff Credit

撮影/今井裕治

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今井 真実 Mami Imai

料理家

レシピやエッセイ、SNSでの発信が支持を集め、多岐の媒体にわたりレシピ製作、執筆を行う。身近な食材を使い、新たな組み合わせで作る個性的な料理は「知っているのに知らない味」「何度も作りたくなる」「料理が楽しくなる」と定評を得ている。2023年より「オージービーフマイト」日本代表に選出され、オージービーフのPR大使としても活動している。既刊に、「低温オーブンの肉料理」(グラフィック社)など。

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