FOOD

料理家 今井真実の「食べたいエンタメ」(ミニレシピ付き)第20回

パートナーシップ、育児、キャリア。他人事ではない物語だからこそ『ローズ家〜崖っぷちの夫婦〜』に激しく胸を揺さぶられる【再現レシピ付き】

  • 今井 真実

2025.09.26

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Yummy!

今月のミニレシピ

ローズ家の紫蘇クッキー

今井真実さん ローズ家の紫蘇クッキー

クリームチーズ30g、はちみつ5g、塩ひとつまみ、みじん切りにした紫蘇1枚、すだち1個分の搾り汁をよく混ぜて、クッキーにディップして召し上がれ。すだちの皮をさらに削っても香りがよくおいしいですよ。
 
子どもが寝静まった後、夫婦でお酒に合わせながら召し上がってもらいたいおしゃれな味です。

名作『ローズ家の戦争』をリメイク、話題の映画『ローズ家』をルンルンで見に行ったら…

公開を知ってからずっと見たかった『ローズ家〜崖っぷちの夫婦〜』。だって名優ベネディクト・カンバーバッチとオリヴィア・コールマンが出演。それに加えて『ローズ家の戦争』(1989年)をリメイクしたとなれば、「見逃せない!」と思ってしまいます。なんせ当時は子どもだった私の記憶に残るほど、話題になった映画でした。そんなわけで、夫に子どもを預けて『ローズ家』をルンルンで見にいくことに。

『ローズ家〜崖っぷちの夫婦〜』
『ローズ家~崖っぷちの夫婦~』2025年10月24日(金)ロードショー© 2025 Searchlight Pictures All Rights Reserved.

そしてローズ家の物語の全てを見終わって、流れるエンドロール。

ああこれはなんて皮肉なこと……と我が身を振り返る私。脳裏に夫と子どもたちの顔が目に浮かびます。これは見た人だけなら理解できる感覚。今すぐ家に帰らなきゃ。そして彼らを抱きしめないと。



これは夫婦と家族の物語。パートナーシップ、育児、キャリア。現在の私たちにとってはなにひとつ他人事ではない物語だったからこそ、激しく胸を揺さぶられたのでした。

紫蘇のクッキーや味噌キャラメル。レストランシェフの妻・アイビーの料理に釘付け!

ローズ家の物語は、建築家のテオ(ベネディクト・カンバーバッチ)とレストランシェフのアイビー(オリヴィア・コールマン)、このふたりの運命的で情熱的な出会いから始まります。現状のキャリアを打破したくてイギリスからアメリカに移住を決めたふたりはやがて結婚。テオはアメリカで建築家として成功します。そしてかわいい男女の双子にも恵まれ、アイビーは毎日家族のために大量の料理を作り、ローズ家は賑やかで幸せに満ちた結婚生活を送っていました。
 
アイビーの料理はとってもユニーク。子どもたちとのおやつ作りにも流行の日本食材を使います。紫蘇のクッキーや味噌キャラメル! 彼女のセンスはユニークで、子ども達に食の英才教育も欠かしません。

シェフとしてのキャリアはストップして、子育てのために専業主婦として生きていたアイビー。ある日、テオは彼女に海沿いの居抜きのレストラン物件を見せ、オーナーシェフとしてもう一度仕事を再開してみるのはどうかと提案します。テオは、彼女の料理の才能と情熱を潰したくなかったのです。アイビーは大喜びして、ささやかで居心地の良いシーフードレストランをオープンすることに。仲睦まじいふたりはお互いの存在に感謝するのでした。
 
しかし、ある嵐の日、テオは不運に見舞われます。スター建築家として今まで築き上げたキャリアを、一瞬にして全て失う事態に。一方、時を同じくしてアイビーのレストランは大ブレイクを果たします。



スター建築家の夫が失業、妻はカリスマシェフに。夫に家事育児を任せ、妻は大黒柱として野心を燃やすが…

一晩にしてカリスマ女性シェフとなったアイビー。全米の美食家に注目され、レストランマガジンでは表紙を飾り、有名シェフからもコラボレーションを望まれるように。



テオは失業状態となってしまい、そのショックから立ち直ることができません。すなわちアイビーが一家の大黒柱として、稼がなくてはいけない状態になってしまうのです。



しかし、それは彼女にとって重荷ではありませんでした。なぜなら料理界での大成功を手に入れて、仕事の楽しさに目覚めてしまったから。しかも幸か不幸か夫は家にいて、子どもたちの世話を一手に担ってくれます。願ったり叶ったり、彼女は野心を燃やしていくのでした。

テオは専業主夫として、家事と子どもたちの世話をすることに。しかし彼もまた育児を通して彼らと過ごすことに生き甲斐を感じていきます。

しかし時が経つにつれ、多忙のため少しずつ心がすれ違っていく夫妻の姿がありました。

英国式「皮肉とユーモア」がお互いに向かい、容赦なく傷つけ合ってしまうローズ夫妻

イギリス人のローズ夫妻は、皮肉やスパイスを交えながら、日々さまざまな会話を繰り広げます。友人やアメリカ文化に対しての違和感を面白おかしく表現して、そのユーモアや価値観はお互いの仲を深めていきました。いわばふたりは移住者の同志でもあるのです。
 
しかし、その皮肉がお互いに向かったとき、彼らは容赦なく傷つけ合ってしまいます。一番大切な存在であったはずなのに、まっすぐ本心を表現出来なくなってしまいました。ときに人と向き合う場面では、感謝や、改善点は、相手がそのままの意味で理解できるように伝えなければいけません。そこに皮肉やユーモアを加えることは悪趣味であり、不誠実なのです。

今井真実さん ローズ家の紫蘇クッキー

女性も男性もともに働きながら、協力して子育てをする。それは当たり前のことと思われがちです。しかし、その内実は外から見えないとてつもない苦労があります。社会で戦い、家でも終わりのない家事がある。その家事育児は夫婦間で比重も違えば、目指すべきゴールも違う。
 
無論テオもアイビーも助け合って、それらを行っているはずでした。しかし、どこかで歯車が狂ってしまいます。ちがう人間同士が家族になるのですから、それぞれ生活への理想を抱えています。それをどれだけ譲歩できるか、そのときに相手を責めることなく冷静に対話ができるのか、ということが大切なのだと思います。

これは決して他人事ではない、私たちの物語

こんな場面がありました。



出張から帰ってきたアイビーは、椅子に置いてあったテオの畳んだ洗濯物には目もくれず、どかして座り込み、自分の成功を語ります。そのときテオの顔は曇ります。彼は決して妻を羨んでいるわけではなく、彼の家族の洗濯物を畳むという行為に対しても敬意を払って欲しいだけなのです。



その後アイビーも苦労があったはず。男社会で成功した彼女の悩みに、誰が相談に乗ってくれたでしょうか。



家族だからこそ、日々の感謝を伝えること、あなたがとても大切だというメッセージを送り続けること。それは絶対忘れてはいけません。これは決して他人事ではなく、私たちの物語なのです。

『ローズ家〜崖っぷちの夫婦』

(『料理家 今井真実の「食べたいエンタメ」(ミニレシピ付き)』は毎月最終金曜日更新です。次回をお楽しみに!)


Staff Credit

撮影/今井裕治

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今井 真実 Mami Imai

料理家

レシピやエッセイ、SNSでの発信が支持を集め、多岐の媒体にわたりレシピ製作、執筆を行う。身近な食材を使い、新たな組み合わせで作る個性的な料理は「知っているのに知らない味」「何度も作りたくなる」「料理が楽しくなる」と定評を得ている。2023年より「オージービーフマイト」日本代表に選出され、オージービーフのPR大使としても活動している。既刊に、「低温オーブンの肉料理」(グラフィック社)など。

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