FOOD

料理家 今井真実の「食べたいエンタメ」(ミニレシピ付き)第19回

『SLAM DUNK』は“仕事”という名の“試合”に日々挑む、大人の心にこそ沁みる【桜木花道が食べたカツ丼レシピ付き!】

  • 今井 真実

2025.08.29

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Yummy!

今月のミニレシピ

学食のカツ丼

小さめのフライパンに、水70ml、醤油大さじ1強、みりん大さじ1強に、薄切りの玉ねぎ1/8g(30g)を入れて中火で煮立たせます。市販のローストンカツ1枚を入れて溶き卵2個分の半量を入れて煮立たせて、さらにもう半分の溶き卵を入れて、蓋をして5秒加熱して、すぐに火を消して、そのまま10秒待ちます。ご飯200gを丼に盛り付けて、その上に乗せましょう。

『SLAM DUNK』が大流行した学生時代。運動音痴の私とはあまりに別世界すぎて読まずじまいだった

子どもの頃から極度の運動音痴で、体育の時間には笑いもの。運動会では迷惑がかかるから白い目で見られていました。言わずもがな、私はスポーツが大の苦手。

それだけにとどまらず、試合を見るのも、スポーツを題材にした映画や漫画を見るのも、ちょっと身構えてしまいます。弛まぬ努力で突き進んでいき、その先に見せる選手の清々しい笑顔や、美しい涙。私とはあまりに別世界すぎて、羨望と嫉妬が入り混じり複雑な気持ちになってしまうのです。

そんな私の高校時代、バスケットボール部の男子は目を惹く存在でした。堂々としていて、学生生活を謳歌しているようで、ああ、青春しているんだな、と彼らは私には眩しすぎる存在でした。

ちょうどその時代に流行っていたのが『SLAM DUNK』でした。

SLAM DUNK 学食のカツ丼 今井真実さん

もう説明さえも不要かもしれませんが、伝説的な作品ともいえる『SLAM DUNK』は1990年から96年まで週刊少年ジャンプに連載されたバスケットボールをテーマにした漫画です。

高校1年生の桜木花道は、一目惚れをした赤木晴子に誘導されるがまま、バスケットボール部に入部します。彼にとってバスケットボールは全くの未経験。しかし桜木は、プレイに有利である高身長の体格を持ち、運動神経も抜群でした。最初はルールさえもわからない彼でしたが、バスケットボールの楽しさを知り、必死で練習をこなします。そして、インターハイでの勝利を目指し、個性的な部員とともにボールを追いかけていくのでした。

スラムダンク連載時は、同時にアニメになったり主題歌がヒットしたりと大ブームに。それはもう社会現象とも言えるほどでした。教室でもみんな、漫画を貸し借りしていたっけ。しかし私は、高校時代にはついぞ読むことはありませんでした。ひたむきな彼らの姿は、なんとなく学生生活を謳歌できず屈折していた自分には合わないような気がしたのです。

40歳過ぎてから映画『THE FIRST SLAM DUNK』にドハマりし、食わず嫌いを後悔する

そして時は流れ、2022年。

漫画最終回より27年の時を経て、映画『THE FIRST SLAM DUNK』が公開されました。原作者である井上雄彦さんが、自ら脚本と監督を務め、情報が解禁されるや大きな話題を呼ぶことに。公開されるとたちまち歴史的大ヒットで、私の周りの友人たちもいち早く見にいき、みんな揃いも揃って大絶賛の嵐でした。

『SLAM DUNK』ファンの夫はもちろん、中学生の娘も映画を見に行きたいと言い、姉の言うことならなんでも聞く7歳の息子まで行こうよーと私を誘ってきました。それならしかたがない、みんなで行ってみようと約束しました。

THE FIRST SLAM DUNK

そして、ある休日。その日、私は午後から書店でサイン会の予定でしたが、朝一番の回で見に行くことになったのです。一応、このあと人前に出るからと、いつもより早起きしてメイクも濃くしていました。しかし、それはまったく無駄なことになったのでした。映画を見た人ならおわかりになるでしょう? メイクなんて、涙ですべて落ちてしまいました……なんなら冒頭5分程度で、もう嗚咽ありで泣いていたもの!(夫にむしろ『SLAM DUNK』の知識がないのに、なぜ……と訝しがられました)

映画が終わって、私、なんてものを見てしまったんだ、と放心状態。かっこいい……すべてがかっこいい……。高校時代、なんで私見なかったの!? スポーツものが苦手だなんて、私のバカ! 食わず嫌いもいいとこじゃないか! でも、今からでも遅くない。私……『SLAM DUNK』が好き!

午後からのサイン会は、サインしながら「今日『SLAM DUNK』見に行ってきまして」とファンの方々にも同じ話題ばかりだしてしまいました。終いには編集者さんに「今井さん、それ『SLAM DUNK』ハラスメントですよ!」と注意される始末。だって無理もありません。40歳過ぎてから、やっと『SLAM DUNK』に出会ったんですよ。『SLAM DUNK』記念日ですよ。

SLAM DUNK 今井真実さん

そして、その熱量そのまま会場の書店で「我が家の課題図書だ!」と漫画を全巻買い、夕方から映画の舞台である鎌倉まで家族でドライブへ行ったのでした。

映画から『SLAM DUNK』を知った私ですが、そのあと漫画の面白さにハマり夜な夜な夜更かしをして一気に読破。

そしてそれからは、仕事で後ろ向きな気分になると、『SLAM DUNK』を手にするようになりました。いわば、疲弊した心の絆創膏のような役割なのです。



仕事を持つ大人になった今だからこそ響く、安西先生のあの名言

なぜ、今私が『SLAM DUNK』に夢中になったのか。それは、同じゴールに向かう「仲間」という意識が徹底的に描かれているからだと気付きました。それは友情とはまた違う人間関係です。一人一人、役割や強みを持ち、チームになりひとつの目標を達成していく。『SLAM DUNK』の「試合」で描かれる姿です。

そして今の私の仕事も、同じようにいくつもの「試合」をこなしていっているように思えます。書籍でも、雑誌でも、その度に編集者、スタイリスト、カメラマン、デザイナーと、そのときどきでチームを作り、自分たちのそれぞれのスキルを出し切り最善を尽くす。その仕事の工程と、『SLAM DUNK』の精神性が重なるからこそ、今こんなに夢中になったのでは?と感じています。私だけでなく、大人になった今だからこそ、響く『SLAM DUNK』の形があるのです。

ファンであれば誰でも知っているこの名言。

諦めたらそこで試合終了ですよ

たとえ、足がもつれて止まってもいい。だけど、終わるんじゃない。どんな状態でももう一度、走り出せばいい。終了じゃなくて、一旦停止。

このマインドを自分に叩き込んでいると、再スタートへのハードルがぐっと下がるんです。

思えば、努力というものが昔から大嫌いでした。努力をしないためにはどうすればいいのかということばかり考えて生きてきました。しかし、もうこの歳になってわかったことがあります。努力に勝る才能などないということを。やめないで続けるということ自体が、立派なスキルなのです。

私が挫けそうなときって、レシピが浮かばなかったり、体が疲れていたり。ああ、もう全部やりたくないなあと泣きそうになることもあります。しかし『SLAM DUNK』を読むと、純粋に料理が好きだったことを思い出すのです。私、好きだからこの仕事をしているんだ。そりゃあしんどいことも、歯を食いしばって乗り越えなければいけないこともあるけれど、それさえも本当は楽しいんじゃないか、楽しめばいいんじゃないか。そんなふうに思えてくるのです。

韓国と中国のシェフも『SLAM DUNK』の大ファン。好きなものを共有できる幸せ

そうそう、『SLAM DUNK』を好きになって良かったと思うことが更にあります。

韓国のシェフ、中国のシェフと一緒にご飯を食べる機会があり、日本のアニメの話題になりました。そして、彼らも『SLAM DUNK』の大ファンだったのです! お酒をみんなでぐびぐび飲んで酔っ払い、お別れの前に「きみがすきだーと、さけびーたい!」というフレーズを、それぞれの国の言葉で歌いました。好きなものを共有できて、嬉しくってみんなで大笑い。そしてそのとき、思ったのでした。ああ私たち、青春してる!って。

我が家の子どもたちも、『SLAM DUNK』にハマり、結局映画は3回家族で、見に行きました。公開当時食が細かった息子も、最近ではご飯のおかわりは欠かさず食べるように。彼も、いつか花道のように学食でカツ丼大盛り食べるのかな。味噌汁の代わりにラーメンって言ったり……。友達と食べる学食、それもまた妙においしいんですよね。結局、私は食べ物のことばかりが、思い出に溢れています。

今井真実さん 学食のカツ丼

(『料理家 今井真実の「食べたいエンタメ」(ミニレシピ付き)』は毎月最終金曜日更新です。次回をお楽しみに!)


Staff Credit

撮影/今井裕治

Check!

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今井 真実 Mami Imai

料理家

レシピやエッセイ、SNSでの発信が支持を集め、多岐の媒体にわたりレシピ製作、執筆を行う。身近な食材を使い、新たな組み合わせで作る個性的な料理は「知っているのに知らない味」「何度も作りたくなる」「料理が楽しくなる」と定評を得ている。2023年より「オージービーフマイト」日本代表に選出され、オージービーフのPR大使としても活動している。既刊に、「低温オーブンの肉料理」(グラフィック社)など。

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