FOOD

料理家 今井真実の「食べたいエンタメ」(ミニレシピ付き)第17回

今井真実さんの愛とこだわりが炸裂! 山田詠美さん作品に登場する「料理」再現レシピ誕生秘話

  • 今井 真実

2025.06.27

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Yummy!

今月のミニレシピ

アイスクリームにオリーヴオイル、バジル

今井真実さん アイスクリームにオリーブオイル、バジル

材料

  • バニラアイス 200g
  • バジルの葉っぱ 10枚
  • バジルシード 小さじ¼
  • オリーヴオイル 適量

作り方

  1. オリーヴオイル以外の材料をフードプロセッサーに入れて全体が混ざるまで撹拌する。
  2. 冷凍庫に入れて1〜2時間ほどかけて再び凍らせる。
  3. 器に盛り付けて、オリーヴオイルをまわしかける。

今回ご紹介するレシピは短編集『タイニーストーリーズ』に登場する「バジルアイスクリーム」。本書では『タイニーストーリーズ』の表記に従って、レシピも「オリーヴオイル」と書きました。

オリーヴオイルを垂らすなんてと思うのですが、これがなんとも大人の香り。バニラアイスクリームにフレッシュバジルを混ぜ込むだけで、出来上がりです。

大好きな山田詠美さんの作品に登場する料理を再現したレシピ本

5月、作家である山田詠美さんとの共著『Amy’s Kitchen 山田詠美文学のレシピ』(左右社)を上梓しました。この本は山田詠美さんのデビュー作『ベッドタイムアイズ』(新潮文庫)から2020年代の最新作までの作品をセレクト。そこに登場する料理を私がレシピに起こして再現したものです。食欲が刺激される文章だったり、料理を間にした切ない描写だったり、小説やエッセイからたっぷりと引用し、山田詠美文学のエッセンスを詰め込みました。そして巻末には詠美先生にエッセイも書いていただいています。



『Amy's Kitchen 山田詠美文学のレシピ』 今井真実さん

この本が生まれたきっかけは、一昨年に遡ります。『今井真実のときめく梅しごと』(左右社)の出版記念イベントで、詠美さんにご出演いただいたことが始まりでした。恐れ多くも一方的に憧れている方に、面識もないまま突然のお願いをしてしまいました。しかし詠美さんはご快諾くださったのです。

詠美さんの小説の中の「料理」の描写が大好き

私は少女時代から詠美さんの新刊が出るたび必ず買い、全ての小説を読んできた大ファンでした。多感な思春期のときにも、お守りのように通学バッグにいつも文庫本を忍ばせていましたし、こっそり夜更かしをしてベッドに潜りこみ、何度も何度もページを読み返しました。

自分には何もないと途方に暮れた時も、誰かと出会い心ときめかせた時にも、「ああこういうことだったのか」とまた本を手にして、その言葉に自分の心の中を重ねて。そんなふうに私の人生の中には山田詠美文学がいつも存在していたのです。

そして更に、詠美さんの小説が好きな理由の中に「料理」の描写がありました。食事の風景が描かれるシーンでは、その食べ物の佇まい、匂いまで届いてくるのです。

今井真実さん アイスクリームにオリーブオイル、バジル Amy's Kitchen 山田詠美文学のレシピ

私にとって読書というものは、文章に浸るだけではなく、その物語を体験するように没頭するものです。詠美さんの描く世界にある料理は、今生きている私たちの世界と繋がりを生み出しました。甘いものが口の中ですっと溶ける時、その人の体温はいつもより高くなっていて、それは目の前に愛おしい人がいるせいかもしれない。そんなふうに料理の描写を通して、登場人物の湿度まで伝わってきました。文字を追っていけば、同じように切なく胸が苦しくなってしまう。
 
トークショーでも、詠美さんはたくさんのおいしいものの話をしてくださり大盛り上がり。詠美さんの口から語られる料理の数々は本当においしそうで、すぐに作ってみたいもので溢れていました。この時、私は長年の答えを手に入れたような気持ちになったのです。詠美さんは料理と食事の風景が心から好きなのだ、と。

そして、これこそが自分にしかできない役割だと思い、企画を立てたのが『Amy’s Kitchen 山田詠美文学のレシピ』でした。



詠美さんのデビュー作『ベッドタイムアイズ』の「スプーンのためのかわいそうなリブ」レシピから制作開始

『Amy’s Kitchen』で1番最初に出てくる作品は『ベッドタイムアイズ』です。言わずと知れた詠美さんのデビュー作であり、文藝賞受賞のベストセラー作品です。本書の撮影もこの作品とレシピからスタートしました。

撮影は私の夫、スタイリストさんはLEEでもおなじみの朴玲愛さんです。朴さんも詠美さんの愛読者。今回のチームは、世界観を理解しているエイミーを愛してやまない面々で結成したのでした。

登場する料理名は「スプーンのためのかわいそうなリブ」。料理名は私が名付けています。なぜ、リブはかわいそうなのか。それはこの物語に由来します。『ベッドタイムアイズ』はクラブ歌手であるキムと黒人脱走兵であるスプーンの切ないラブストーリーなのです。



オレたちが愛して来た事って、いつも欲望だけだったね。

物語の終わりに、スプーンはそう言います。キムは彼と食べたものの事を次々と思い出します。

食べ物が彼の体の一部になるのだと思うと、私は彼の体を食べてる気がして嬉しかった。

キムのこの言葉から、誰かと共に何かを食す、その特別な感情を読み取ることができます。

「Amy’s Kitchen」の撮影は書影と料理を同時に行いました。すなわち、物語の世界を、同じトーンで表現することを意図したのです。

『ベッドタイムアイズ』 『Amy's Kitchen』
『Amy’s Kitchen』より『ベッドタイムアイズ』のイメージ写真。今井さんのリクエストに、夫・裕治さんが120%の力で応えた夫婦の合作です!

そしていよいよ撮影開始。キムとスプーンの愛の物語を立ち上がらせるべく小道具を置きセッティングします。夫が撮影した写真をモニターでチェック。

「うーんもっと切なくもっと官能的に撮ってほしい」思わず私は言ったのでした。その後の私も、いつもの撮影よりああだこうだと口うるさかったこと!

今回の本の撮影が始まって、自分で分かったことがあります。小説の言葉の美しさや、その文体に夢中になっていることは自覚していたのです。しかし、私は思ったより読書しながら風景を頭に思い浮かべていたのです。

物語の空気を掬い取ることを最優先にした、異例づくしの料理撮影

しかし、こだわりすぎてみんなにご迷惑をかけたことも……。



『ベッドタイムアイズ』にこんな記述があります。

私はソースのついた彼の指を一本一本、口に入れながら彼の顔を見る。

私は初めてこの小説を読んだ時に想像したのです。指から滴るソース。その粘度、つややかな脂。



ああ、どうしよう……私のレシピじゃソースの量が足りないかも……。1日目の撮影が終わったその夜、思い悩んで眠れなくなりました。そして、2日目の朝思い切ってみんなに相談して頭を下げたのでした。

「ごめんなさい……再撮影させてください……」

恥ずかしながらレシピをもう一度調整し直して、もう一度リブの撮影をしてもらったのです。(しかもバックリブってスーパーで売っていないので、早朝夫に業務用のお店に買いに走ってもらい……)

『Amy’s Kitchen』より、再撮影を経て完成した「スプーンのためのかわいそうなリブ」。



その物語の空気を掬い取ることを最優先にする。料理が暗く写っていても、それは登場人物が今いる場所を表現しているので、正解! 朴さんの作り込んだスタイリング、そして夫のアイデアにより、レシピ本としては異例の絵作りが行われていったのでした。

レシピも物語に沿った分量、手間、工程を重視。巻末には詠美さんの書き下ろしエッセイも!

レシピに至っても、異例のことばかりでした。分量は、2人前、多くても4人前想定が、最近の主流です。しかし『Amy’s Kitchen』ではその部分も一旦脇に置き、物語に沿った分量、手間、工程を重視しました。

料理研究家が登場する小説『血も涙もある』(新潮文庫)では、なんと「十目稲荷」を作りました。なぜなら先生が作るのは五目どころじゃない、十目稲荷だという記述があるため。指折り数えながら、寿司飯に混ぜ込む10個の具材を考えました。しかもそのご飯部分は見せずにお揚げで包んでしまうという……。このお揚げだって、隠し味は沖縄最高級の黒糖と信州上田のもち米水飴なのです。具材の量は控えめに混ぜ込み、シャリの量も敢えて小粒に。でもきっとこの料理研究家の先生には技術を見せつけない美学があるはず!と思ったのです。(全て私の想像です)

それを後日詠美さんに言ったところ「彼女はそういう女ね」とおっしゃってました。ほっ。
 
とはいえ、作りやすさにもこだわり、どの料理も工夫を凝らしました。文芸の世界だけではなく、実用書として機能するようにレシピを作っています。

『Amy’s Kitchen 山田詠美文学のレシピ』で、全ての料理をお楽しみいただいた後には、巻末の詠美さんのエッセイが待っています。

さまざまな感情を抱えながら、1人きりで咀嚼する。それを経験したことのある人はきっと人生を深く味わえる。



かつて少女だった私たちは、大人になり経験を重ね、更に山田詠美文学を堪能できるはずです。

(『料理家 今井真実の「食べたいエンタメ」(ミニレシピ付き)』は毎月最終金曜日更新です。次回をお楽しみに!)


Staff Credit

撮影/今井裕治

Check!

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今井 真実 Mami Imai

料理家

レシピやエッセイ、SNSでの発信が支持を集め、多岐の媒体にわたりレシピ製作、執筆を行う。身近な食材を使い、新たな組み合わせで作る個性的な料理は「知っているのに知らない味」「何度も作りたくなる」「料理が楽しくなる」と定評を得ている。2023年より「オージービーフマイト」日本代表に選出され、オージービーフのPR大使としても活動している。既刊に、「低温オーブンの肉料理」(グラフィック社)など。

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