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映画ライター折田千鶴子のカルチャーナビアネックス

映画『私たちの声』で働くママ役を好演した杏さん。「母親って、女性って大変だよね、と声高に語りたくはなかった」

  • 折田千鶴子

2023.08.30

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女性の今を映す7つの短編集

LEEプリント版10月号でも紹介している映画『私たちの声』は、世界の映画界で活躍する女性監督&女優が集結し、7つの物語を紡ぎ出した短編集です。『ドリームガールズ』のジェニファー・ハドソンや、『スーサイド・スクワッド』のカーラ・デルヴィーニュ、『ポロック 2人だけのアトリエ』のマーシャ・ゲイ・ハーデンなどが主演を務めます。監督陣も『トワイライト~初恋~』のキャサリン・ハードウィックや、本作で短編監督デビューを飾る女優のタラジ・P・ヘンソンなど、注目の人選。それぞれの国が持つ内情や風俗を背景に、目の前の問題と格闘し必死で生きる女性たちの7つの物語が紡ぎ出されています。

そんな中、 “国際映画祭で評価されている女性監督、主演は日本の5本の指に入る女優”という条件のもと、日本からは、『そこのみにて光輝く』で第38回モントリオール世界映画祭最優秀監督賞を受賞した実力派の呉美保監督、主演として杏さんに白羽の矢が立てられました。日本版エピソードの『私の一週間』で、2人の幼い子どもを育てるシングルマザーのユキを好演した杏さんに、本作に参加した意義や込めた思いを聞きました。

 


1986年、東京都生まれ。2001年にモデルデビュー。ニューヨークやパリ、その他で活躍。2007年に女優デビュー。連続テレビ小説『ごちそうさん』(13)に主演、『オケ老人!』(16)で映画初主演。近年の出演作に、公開中の映画『キングダム 運命の炎』(22)、『翔んで埼玉 ~琵琶湖より愛を込めて』(23年11月23日公開)など。2021年にYouTubeチャンネル「杏/anne TOKYO」を開設。22年より3人の子供と、日本とパリの二拠点生活。

『私たちの声』って、こんな映画

9月1日(金)、新宿ピカデリーほか全国ロードショー

©2022 ILBE SpA. All Rights Reserved.

ドラッグ依存と多重人格を患う女性(ジェニファー・ハドソン)が、幼い娘を想って克服しようと闘う『ペプシとキム』。コロナ禍のロサンゼルス、献身的に治療を続ける医師(マーシャ・ゲイ・ハーデン)とホームレスの女性(カーラ・デルヴィーニュ)の交流を描く『無限の思いやり』。イタリアの海辺の町、急逝した妹の葬式のため帰郷した建築家(エヴァ・ロンゴリア)が、妹に娘がいると初めて知る『帰郷』。呉監督×杏さんの『私の一週間』。獣医師(マルゲリータ・ブイ)が、飼い犬を連れてやってきた夫婦の妻からのDV被害のサインに気付き、救おうと立ち向かう姿を描く『声なきサイン』。名声を得ている美容外科医(ジャクリーン・フェルナンデス)が、トランスジェンダーの女性と知り合う『シェアライド』。そして、狭く暗い部屋に住む小さな生き物アリアが、外の世界に興味を持ち始めるファンタジックなアニメーション『アリア』、7つのヒューマンドラマ。ダイアン・ウォーレンが作詞・作曲、ソフィア・カーソンが歌う主題歌「Applause」が、第95回アカデミー賞歌曲賞にノミネートされた。

──本作は、映画業界で活躍する女性たちのムーブメントが結実した作品と言えます。参加するにあたり、呉監督とどんなことを話されたり、確認されたりしましたか。

「そういったスローガンを掲げた作品ではありますが、“女性って大変だよね”とか“母親ってこんな思いしてるんだよ”ということは、あまり声高に言いたくはないよね、という話をしました。確かに日本では、特に育児は女性に負担が大きくかかっている状況ではあります。でも被害者意識みたいなものに根差すのではなく、ただ現実を淡々と描くことが大事ではないかと思いました。そうすることで私たちも、客観的に自分たちを見つめられるし、観客もメッセージを真っ直ぐ受け止められるんじゃないか、と」

「何が心に引っ掛かるかは人によって違いますから、そのあたりの幅も広くゆったり設けられている作品にしたいという話をしました。淡々とした中に明確なドラマがある、その絶妙なバランスは、脚本もお書きになられた呉監督の手腕です。そんな世界観を創り出される呉監督、凄いなと思いました」

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──現場は、どんな感じでしたか。

「呉監督も私も子どもがいるので、9時5時とまではいかなくとも、なるべく無理のない時間帯――もちろん夜のシーンもありましたが、撮影しやすい、働きやすい環境を整えていただけました。規模的にも本当に少人数で、みんなでギュッと撮影した印象です」

──短編ということもあり、長編に比べるとまた違う、軽やかな気持ちで臨めたのでは?

「今回の役は身近な題材だったので、特殊な準備や練習は必要ではありませんでした。お弁当屋さんで働いているという設定も、料理はもともと好きで興味があるジャンルだったので、日常の延長の動作でした。フードコーディネーターが飯島奈美さんで、朝ドラ『ごちそうさん』でもご一緒した、気心の知れた方だったので、安心して撮影することができました」

働くママあるある必至の『私の一週間』

──その『私の一週間』は、“働くママあるある”満載でした。2人の小さな子供を育てるシングルマザーのユキの様子に、世のママたちは「だよね~!!」と言いたくなるハズです。

「多分ユキは、“自分が最優先ではない状態”になって何年も経っている状態ですよね。行きたい時に行きたい場所へ行けない——お風呂やトイレもそうですし、ご飯を食べるタイミングも、食べる食材にしても、思ったように出来ないというか。わざわざ“あるあるだよね”とか言わなくとも、ママ同士で通じ合える部分が本当にたくさんあると思います。子どもとずっと家にいる機会が少ない方や外国の方たちに、“今、日本の子どもを育てている女性たちは、こういう生活を送っているんだよ”と、この映画で描けたことは、すごく意味があると思います。私と監督も、“こういうこと、あるよね~”と言いながら撮影に臨んでいました」

©WOWOW

──ユキが家の中で子どもに注意したり話しかけながら、常に動き続けている姿が非常にリアルでしたが、導線を決めて動く云々というより、アドリブ的な感じだったのでしょうか。

「そうですね。あのアパートはセットではなく、実在するアパートの一室をお借りして撮ったんです。昔からよくある間取りで、ちょっと古い水回りだったり、色んなものをギュウギュウに詰め込んだような生活感が溢れる部屋だったのも、リアルさを感じさせてくれました。私は、それに合わせて体を動かすだけだったというか。動作のスピード感は、私自身の日々での急いでいる時のスピードをふまえて出せたかな、と。アパートも職場のお弁当屋さんも含め、オールロケだったので本当にそこで生きているような気持ちになれました」

──お弁当屋さんに遅刻して色々と言い訳を連ねようとするユキに、「もう、いいから!」と同僚の女性が遮るシーンも、すごい「あるある」でした。言い訳をしたいユキの気持ちも、「忙しいし、もういいから!」と遮る方、どちらの気持ちもすごく「分かる~」と思ったりして。その辺りのリアルさも、さすがだと思いました。

「そこは確か脚本に書かれていたので、呉監督の凄さですよね。ただお弁当屋さんでの同僚たちとの会話は、アドリブも多かったです。調理をしながら同僚3人で話しているシーンなどは、“子どもの誕生日でさ~”など、それぞれがアドリブで喋りながら作っていきました」

本作から自分を振り返る

──そして終盤、自転車に乗りながらユキがあることを思い出し、フッと込み上げて泣いてしまうシーンは、もらい泣き必至です!! 何気なくも忘れ難いシーンでした。

「ユキのように自分を最優先していない状態の時って、ふと何かに思いをめぐらせる時間も泣ける時間も自転車を漕いでいる時くらいじゃないかな、と思います」

──本作を観て、改めて考えさせられた、気づかされたことが色々ありましたが、杏さんも演じたことで何か新たな気づきなどはありましたか。

「劇中、上の小学生の娘は一人でご飯を食べたり、お外に遊びに行ったり、習い事に行ったりすることが可能な年齢ですよね。私の子どもたちは当時まだそういうことが出来ない年齢だったので、“数年後にはこういうことができるようになるんだな”と演じながらフワッと考えていたんです。そして、色んなことが出来るようになった子どもたちが、一生懸命考えてお母さんのためにやったという、その“いじらしさ”は想像するだけ、画を思い浮かべるだけで、グッとこみ上げるものがありました。子どもたちの姿に、その感情へと連れて行かれた感じでした」

──杏さん自身も、実生活でお子さんの言動にウルッとさせられた経験はありますか!?

「小さいことはたくさんあります。例えば、不意にお手紙をくれたり…。書きなさいと言われたのではなく、自発的に書いたものや子どもが言ったことって、すごく刺さりますよね。子どもたちが描く人の顔が、いつも笑ってるのも、すごくいいな、嬉しいな、といつも思っています」

──では最後に、7つの短編集である本作の中で、一作選ぶとしたら、杏さんはどの作品をご紹介してくれますか!?

「アニメーションの1篇『アリア』をご紹介したいです。他の6作は、色んな国の色んなタイプの女性の姿が描かれているヒューマンドラマですが、最後にとても象徴的なアニメーションで締めくくられているのがまた、強い印象となって残っています。映像もとても綺麗で可愛くて、それに反して実はメッセージがすごく強くもあるんです。ガラスを割って外に出ようというメッセージをセリフ無しに表現されていて見入りました」



杏さんの今

──ところでバタバタと毎日を駆け抜けるようなユキ同様、杏さん自身も仕事に育児にと忙しくされています。どのように、やり繰りされているのでしょう?

「私はあまり時間作りが上手い方ではないんです。だから隙間、隙間にやりたいことを探していく感じです。本当は教室に行ってヨガやピラティスを習ったり、マッサージに行ったりしたいけれど、とりあえず子どもが寝た後にオンラインの動画を見ながら自分でやってみる、みたいな。語学学校にも行きたいけど、夜10時くらいからオンライン・レッスンを組むとか。計画的になりすぎず、楽しいことも含めて流動的にスケジュールを組むようにしています」

「もちろん仕事関係も——例えば物を書くのも、台本を読むのも、セリフを覚えるのも、やっぱり子どもたちが寝た後の時間じゃないと出来ないので、大半は夜間にやっています。また、子どもがいつ熱を出すか分からない等々もあるので、前もって仕事のことも子どものことも二手に分かれて割けるような人員を考えておくなど、日々いろんな可能性を考えながらやり繰りしています」

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──ところで下のお子さんが産まれたときは、上のお子さんたちは、どのような反応をされましたか。双子ならではの苦労や楽しみがあると思いますが。

「下の子が生まれると上の子が赤ちゃん返りをするとよく聞きますが、我が家は上が双子で最初から親をシェアしていて、1人増えたという感じでした。年子なので、お互い遊び相手になれる。喧嘩もたくさんしたり、3対1で言うことを聞かなかったり、良し悪しですね(笑)」

──生活を東京とフランスの二拠点に移したことで、頑張らなくて済むようになったこともありますか!?

「料理です。まず朝は、ヨーグルトとパンとか、ビスケットを牛乳に浸して食べるなど、茹でるとか焼くとかいう工程を踏まないものが多いというか、火を使わないのがスタンダードらしくて。もちろん料理をするのも楽しいですが、割とシンプルな調理法の家庭料理が多いですね。朝は、冷蔵庫とテーブルを往復する程度になりました!」

杏さんがオフィシャルインタビューで、「働きながら子どもを育てる女性たちが辞めるくらいの気持ちで職場を離れないといけない状況や、子育てが終わったあとに戻りづらい状況があります。職場復帰が当たり前に受け入れられ、それを支える側も負担にならないように、循環していくような世の中になっていけばいいなと思います。(中略)現在の日本のジェンダーギャップ指数の順位が低いことは捉え方によっては、これからどんどん変わる余地があるというふうに考えることができると思っています」と語っているように、そんなことも色々と考えさせられると同時に、世界の女性たちの現状や状況を知ることもとても大切だと実感させられます。

杏さんの『私の一週間』で“あるある~”と言いながら共感しつつ、子どもたちの可愛さ・いじらしさにほだされてウルウルしちゃってください! そして他の6篇も、本当に全く違う女性たちの色んな運命、色んなエピソード、色んな問題に気づかされたり、感動させられたりと、一度で7粒美味しい映画を、是非、楽しんでください!

映画『私たちの声』

2022年/イタリア、インド、アメリカ、日本/英語、イタリア語、日本語、ヒンディー語/112分/配給:ショウゲート
監督:タラジ・P・ヘンソン、キャサリン・ハードウィック、ルシア・プエンソ、呉 美保、マリア・ソーレ・トニャッツィ、リーナ・ヤーダヴ、ルチア・ブルゲローニ&シルヴィア・カロッビオ
出演:ジェニファー・ハドソン、マーシャ・ゲイ・ハーデン、カーラ・デルヴィーニュ、エヴァ・ロンゴリア、杏、マルゲリータ・ブイ、ジャクリーン・フェルナンデス

9月1日(金)、新宿ピカデリーほか全国ロードショー
©2022 ILBE SpA. All Rights Reserved.


写真:山崎ユミ ヘアメイク/犬木愛(agee) スタイリスト/杉本学子(WHITNEY)

■衣装
ブラウス¥29,700、パンツ¥24,200/ともにLE PHIL
パンプス¥47,300/BRENTA
ネックレス¥25,300/SASKIA DIEZ
リング¥37,400/GABRIELA ARTIGAS
ピアス¥12,000/MOUNIR(すべてLE PHIL NEWoMan 新宿店)

<お問い合わせ先>LE PHIL NEWoMan 新宿店 03-6380-1960

折田千鶴子 Chizuko Orita

映画ライター/映画評論家

LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。

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