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映画ライター折田千鶴子のカルチャーナビアネックス

NYのセレブ夫婦に突然の亀裂!? 映画『ブルックリンでオペラを』レベッカ・ミラー監督インタビュー

  • 折田千鶴子

2024.04.04

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不惑なんてどこへやら!? 大人はみんな迷ってる!

多作ではないものの、毎度“クスクス&あるある!!”で、思わず心くすぐってくれるロマコメの名手レベッカ・ミラー監督にお話しをうかがいました。これまで『50歳の恋愛白書』や『マギーズ・プラン 幸せのあとしまつ』など、大人たちの揺らぎや惑い、その恋愛模様をユーモラスに綴ってきたミラー監督。女優、作家、脚本家に監督と幅広く活躍されて来ましたが、オンライン越しにお会いした印象は、いたってフラット。率直で飾らない、とっても素敵な大人の女性でした。

レベッカ・ミラー 1962 年、米コネチカット州生まれ。父は劇作家アーサー・ミラー、夫は元俳優のダニエル・デイ=ルイス。イェール大学で絵画と文学を専攻。NYのニュースクール大学で映画を専攻、その後、女優に。95 年『アンジェラ』で監督デビュー。他の監督作に『Personal Velocity:ThreePortraits』(02)、『50 歳の恋愛白書』(10)、『マギーズ・プラン 幸せのあとしまつ』(15)、ドキュメンタリー映画『Arthur Miller: Writer』(17)など。本作の原案となった短編小説「She Came to Me」を収録した「Total」ほか作家としても活躍。

最新作の『ブルックリンでオペラを』はLEE世代にとっても、とっても等身大の物語。誰もが羨むセレブ夫婦が進むべき道や情熱を失いかけ、夫婦共に人生に惑い、そんな時に子どもが引き起こした騒動を解決しようとドタバタと走り回りながら、これからの人生の選択をしていく姿が活写されます。笑いあり、ドキドキあり、大人の恋愛事情あり――思いがけない出会いから仕事への閃きや情熱を取り戻す――。思わず観る者の気分を高揚させ、ポジティブな気持ちにさせてくれるロマンチック・コメディです。

しかも主演は、みんな大好きアン・ハサウェイ! 彼女が扮する超“潔癖症”の妻(それがまた何ともユーモラス!)の、いかにも洗練された生活空間や身にまとうエレガントなファッションなど、色んなお楽しみも詰まっています。彼女の夫を演じるのは、「ゲーム・オブ・スローンズ」で多数の賞を受賞したピーター・ディンクレイジ。さらに、その夫と関係を持つ不思議な魅力の女性に、これまた大好きなマリサ・トメイ。このメンツを聞くだけでも相当気分が上がりますよね!

『ブルックリンでオペラを』ってこんな映画

4月5日より全国ロードショー   © 2023. AI Film Entertainment LLC. All Rights Reserved.

◆Story◆

人気精神科医のパトリシア(アン・ハサウェイ)は、夫で著名な現代オペラ作曲家のスティーブン(ピーター・ディンクレイジ)と、前夫との息子ジュリアン(エヴァン・エリソン)と3人で、ブルックリンで暮らしています。5年前に大スランプに陥ったスティーブンを診たことで出会い、その後、2人は結婚したのでした。とはいえ現在もスティーブンは絶賛スランプ中。そんな夫を「気分転換にいってらっしゃい!」と、半ば無理矢理に愛犬との散歩に送り出すのですが、その道中、バーに立ち寄ったスティーブンは、そこで昼から飲んでいた曳船の船長をしているカトリーナ(マリサ・トメイ)と出会いーー。

20年前にアン・ハサウェイさんは監督の映画のオーディションに落ちて以来、ずっと監督の作品に出ることが夢だったと資料にありました。監督自身は当時のことを覚えていらっしゃいますか?

「ええ、当時、大学生だった頃の彼女を覚えてますよ。ただ、その時の役というのは16歳の女の子で、それにはちょっとアンは大人になり過ぎていた。求めていたキャラクターより、ずっと洗練され過ぎていたのでお断りしたのですが、その時、彼女が自分で書いた“手書きの詩”を渡してくれたことを覚えています。でもそれ以降、この映画で再び出会うまでの20年間、交流はありませんでした」

「ずっと一緒に仕事をしたいと思い続けて来たくれたと聞いて、そりゃやっぱり嬉しかったですよ(笑)。実は今回は、私が最初に思い描いていたパトリシアという役は40代で、今度は逆に彼女より少し上の年代の設定だったんです(現在のアン・ハサウェイは41歳ですが、撮影当時は30代後半。役の想定は40代中盤だったのでしょう)。でもアンがパトリシア役に多大な関心を持ってくれたので、今度は彼女に寄せた役に書き直しました。そうして本当に良かったです」

パトリシアの衣装が常にとっても素敵ですが、家に居るときも教会に行くも常にタイトな服装をビシッと着こなしています。潔癖症な彼女が自分を常に律している様子や彼女の規律正しさの発露でしょうか。自分をもっともっと、と追い詰めているようにも感じました。

「パトリシアはペンシルスカート(日本語で言うとタイト・ロング)をよく履いていますが、特にスカートはその形/スタイルで行こうとアンと最初に話し合って決めていました。シルエットがとても綺麗なんです。とにかく清潔さを求めるキャラクターなので、そういう意味でも綺麗なラインやシルエットを良しとするだろうと選びました。ただ、言われてその通りだと思ったのは、確かにパトリシアが自分をより鍛練しているように見えますね。どんどん極めていく印象があります。アンが今回、企画段階から関わってくれたので、そうした衣装を含め、脚本開発やキャスティングなど、色んな意見をしてくれました。とてもディープなコラボレーションでしたね」

三角関係はドラマの始まり⁉

前作、前々作と同様に、本作も三角関係の面白さが肝になってきます。微妙な夫婦の中に、異物が飛び込んできたことから騒動が起きる、という。今回もストイックなセレブ夫婦の中に飛び込んで来たのが、ガテン系女子のカトリーナです。そこから、実は今の人生に違和感を覚えていた2人が自分自身について、自分の欲望や本心、そして人生の意味について改めて向き合うことになります。

「三角関係というよりは、私は1つの物語を綴るより、複数の物語がお互いに交錯していく視点に以前から興味があるんです。途中で別の視点にシフトしていくような物語、というか。その際に重要なポイントは、ある物語から別の物語へと、いつ移っていくか。一つのキャラクターとどれくらい時間を過ごし、どこで別のキャラクターの物語を始めるか、そのタイミングが重要です。“人は他人によって形作られていく”という基本的な考えが、私の全作品で一貫しています。他人である互いの存在によって、それぞれのキャラクターが作られていくのです」

バーで出会ったスティーブンとカトリーナ。一見、とってもガテンなカトリーナですが、この後、脱ぐとスゴイんです(情熱も可愛さも)! 演じるマリサ・トメイの上手さが光ります。このシーンでは疲れて老けて見えるのに、どんどん魅力が増していきます。

「例えばスティーブンという人物も、パトリシアといる時とカトリーナといる時とでは当然、違う側面が出てくる。私はそこに興味があるし、それを見せたいのです。だからこそ複数の(メイン)キャラクターが必要なんです。複数の要素をどんな風に掛け合わせれば最も効果的か、どういう風に解決していくけば面白くなるのかというのは少し数学的でもあって、物語開発の最も面白いところなんですよ!」

本作の大きな魅力は、メインの大人3人の物語だけでなく、子ども世代の恋愛が巻き起こす騒動がもう一つの軸になっているところです。パトリシアの息子ジュリアンと、パトリシアが雇うメイドの娘テレザが、同じ高校に通っている恋人同士です。ところが2人の関係を知ったテレザの義父が、16歳の娘と肉体関係を結んだと18歳のジュリアンを訴えると騒ぎ出し……。若い2人の恋愛模様や人生観、彼らが大人をどう見ているかなども、とても興味深かったです。

「彼ら若い2人は、大人は大人になっても人生で迷子になり得るんだ、ということに気付いています。周りの大人たちの多くが幸せではなかったり、迷子になってしまうと見て知っているだけに、テレザがジュリアンに“怖い”と言うのです。ジュリアンは、結婚のことを言っているのかと思って“僕と無理に結婚しなくてもいいよ”と言いますが、テレザは“そういう意味ではなくて、自分たちが誰であるかを忘れてしまいそうで、それが怖いんだ”と答えますよね。それに対してジュリアンが、“お互いが誰であるかを思い出させ続ければいいんだよ”と言います。ここは、まさに私が言いたいことを端的に表現したシーンなんです」

「シンプルな形の愛や、自分が誰であるか、自分は何を信じているのかなど、ごくシンプルなものが人生を重ねていくことで少しずつ失われたり、忘れられたりしていくことがある、と。もちろん誰もが成長していく中で何かを失っていくものですが、それって切ないことでもあるなと私は感じていて……。そう考えると本作は、ある種のイノセンスを改めて取り戻す、本来の自分を取り戻していく人々の物語だと言うこともできると思います。つまりこの映画の王様・女王様は、若いジュリアンとテレザなんです」



役者とのリハーサルはナシ、でもカメラワークのリハーサルは入念に

本作もしかりですが、過去の作品もスター俳優を起用されることが多いですよね。演出について教えていただきたいのですが、リハーサルは常にされるのでしょうか!? それとも、基本はお任せでいく感じですか?

「特に映画の場合は、シーンやその素材となるものを疲弊させたくないので、私はほとんどリハーサルをしないんです。ただ、事前に役者さんとディスカッションは大いにします。個人なり複数なりが集まってホン(台本)の読み合わせをして、そこでセリフをより自然な言葉に変える作業や話し合いをかなりしますね。ただ、そこでもシーンをクタクタにしたくないので、ディスカッションや読み合わせもそこそこで止めます。リハーサルに至っては、ほとんどやらないようにしています」

撮影現場でモニターを覗くミラー監督

「そもそも技量のある役者さんたちを起用しているので、私が何かを言うまでもなく自分の感情や無意識みたいなものを自然に表現できる人たちです。だからこそ撮影日は、なるべく彼らに自由であって欲しいんです。面白いことに私が今まで仕事を一緒にしてきた役者のほとんどが、リハーサル嫌いな人たちばかりなんですよ。だから逆にリハーサル好きな俳優さんとは、一緒にやるのが難しいかもしれないな(笑)」

「ただビジュアルに関しては、リハーサルをとても大事にしています。つまりカメラワークのことですね。そこに役者は必要ないので役者とはリハーサルをしないけれど、ビジュアル・イメージやそれを実現するカメラワークについては、私はかなりしっかり設計したいタイプなんです」

本作の撮影監督サム・レヴイとは、『マギーズ・プラン』に続いての再タッグです。美しく味わい深い映像がたくさんありますが、特に終盤の夜のシーン、船が水面を走っていくシーンは本当に素敵でした。水上での撮影は揺れるし、色んなことに左右されてとても大変だったのでは?

「彼と再タッグを組めたおかげで関係性も深められたし、最初から互いに信頼があるからこそリスクも取れたし、とても成果が出せたと思います。まず本作で私が絶対にやってみたかったのは、2つの画角比を入れることでした。あの曳舟のシーンは、スタンダード(1:1.33という割に正方形に近い縦横比)で撮っています。他のブルックリンなどのシーンは、普通にワイドで(横長で)撮っていますが」

「とはいえ、そもそも船内が狭くスペースがあまりないので、ワイドで撮影したらどうしても壁が入ってしまうからスタンダードにした、という経緯もあります。でも、あの四角いフレームで撮ることによって登場人物たちに何かスピリチュアルな場所、他とは違う安心できる世界みたいな雰囲気が作れると思いました。だから船内シーンは全部、手持ちカメラで撮っています。狭いからもあるけれど、手持ちで撮ることによって、ブルックリンでの生活にはない緩さを感じさせられたり、そこにちょっとした官能性が生まれたと思います」

曳船カトリーナ号の前にいるスティーブンと愛犬、そしてこの船の船長カトリーナ

「ほら、ブルックリンで暮らしているパトリシアとの生活空間は、彼女が潔癖症だからすべてが決まっていて整理整頓されているので、ちょっと厳しかったりもするんですよね。その対比としての船の中の緩さには、全てが可能な場所であるという意味もあり、それは手持ちだからこそ表現できると思いました」

「水上での撮影は、確かにとっても大変でしたよ(笑)。特にエンジンが動いてると、すごい音で何も聞こえなくなってしまうんです。だから撮る時は、一旦エンジンを切らなければならなかったので、あまり船自体を動かさずに撮影しました。それに曳船って階段をはじめほぼ金属で出来ているし、当時はコロナ禍の最中でマスク着用しながら、狭い空間での撮影がすごい大変だったけれど、そのお陰で非常にリアルな空気感を出せたとも思います。本物の曳船を使って川の上でリアルに撮影して本当に良かったです」

また船上からの眺めも美しくてロマンチックで、物語とあいまって、どこか少し未知の世界に入る怖さやワクワクも感じさせるような素敵な映像でした。

「サムがもう1つ、大きな貢献をしてくれたのが照明設計です。私のイメージを形にするため、色々な照明を設計してくれました。例えばパトリシアのバスルームでのシーンでは、非常に暴力的な照明を使っていますが、あれも彼が考えたものです。またオペラの舞台は、一応オペラ専門の照明デザイナーさんとコラボレーションしてはいますが、基本的にはサムが照明設計をしてくれています。また、例えばパトリシアの家はモノトーンの打ち出しが強く厳しい感じが伝わったと思いますが、そういう部分の色彩設計も彼の貢献によるものなんです」

運命に委ねるか、それとも運命を思い通りに変えるか

資料によると監督は、本作に“誰の人生でも運命は思い通りに変えられる”というメッセージを込めたとおっしゃっています。その言葉にはとても勇気づけられますが、私自身は本作を観たとき、“人生は思いもしない運命に翻弄されるもの。だから運命に逆らわず流されちゃえ。つまり、躊躇せずに飛び込め”的なことを感じたんです。それって監督のメッセージと真逆のようでもあり、同じことなのかな、と感じたりもしたのですが……。

「確かにその2つって、本作の核心を突くことですよね。そしてその2つは、同時に共存できる考え方だと思います。本作が1つ伝えているのは、人生において迷子になったっていいんだよ、ということです。特に今の世界、何もかもが計算・計画されていて、すべてが「こうやろう」とか「こうすべきだ」「こうあるべきだ」と決められているように感じることがあります。例えばスマホを片手に生きている私たちは、偶然の出会いも少なくなっていますよね? もちろん恋愛だけでなく、キャリアにおいてもそう。みんな自分の道を決めてから歩んでいる人が多いように感じるんです。そういうものから自分を解き放って、起きることは起きてしまうんだ、という気持ちになってみたら、また違うんじゃないかとも感じています。だからその通り、私たちは私たちの人生で起きたことに身を任せるのもアリなんじゃないか、と私も思っています」

さてさて、恵まれたセレブな生活にどこか疑問を抱き、精神科医という仕事に対しても、スティーブンという夫との関係についても、どこか違和感を覚えはじめたパトリシアの選択はーー。そして情熱的なカトリーナと関係を持つことによってインスピレーションが湧き上がったスティーブンは、それを作品に仕上げられるのでしょうか。また妻パトリシアとの関係を、カトリーナとの関係をどうするのでしょうか。

一方、罪に問われることを避けるため、16歳と18歳で結婚することを許された州に逃避行しようとするジュリアン&テレザという若いカップルと、超保守的なテレザの義父との闘いの行方は――。

スティーブンによる新作オペラ。さて、その内容は―――。それも含めてお楽しみに!

スティーブンが生み出す現代オペラの舞台を物語に絡めながら、ミラー監督が「この映画全体が、ある意味オペラのような構成になっています」とおっしゃるように、ラストシーン(パトリシアの姿に思わず吹き出してしまいましたが(笑)……)の後、思わず「ブラボー!!」と立ち上がって拍手喝采したくなってしまうかもしれません。

個人的には、カトリーナの可愛さがツボでした。“自分は恋愛依存症”でストーカーして訴えられたことがある。でも病気なんだと素直に告白しつつ、スティーブンに速攻で恋してしまうカトリーナが妙に可愛らしくて、ニヤニヤしてしまいました。ストーカーは行き過ぎだし罪だけれど、こんな素直に恐れずに誰かを「好き~!!」と突っ走れるって、スゴイなぁ、と。その姿に、なんだか少し勇気をもらえるというか、羨望さえ覚えてしまいます。是非、迷える大人たちの恋と人生の選択に、一緒に笑ってドキドキして大いに盛り上がってください。

さらに何と主題歌は、ブルース・スプリングスティーンの書き下ろし曲! 彼に監督が「オリジナル曲を書いてもらうのが夢だ」と伝えたところ、映画を観て気に入った彼が3日で主題歌「Addicted to Romance」を書き上げてくれたというから、驚くしかありません!! 

『ブルックリンでオペラを』

2023年/アメリカ/102分/配給:松竹

監督・脚本:レベッカ・ミラー

音楽:ブライス・デスナー(「カモンカモン」「レヴェナント: 蘇えりし者」)

撮影:サム・レヴィ(「レディ・バード」「フランシス・ハ」)

出演:アン・ハサウェイ、ピーター・ディンクレイジ、マリサ・トメイほか

© 2023. AI Film Entertainment LLC. All Rights Reserved.

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折田千鶴子 Chizuko Orita

映画ライター/映画評論家

LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。

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