監督・山下敦弘×脚本・宮藤官九郎、魅惑の強力タッグ
世に溢れる“リメイク作品”には、つい懐疑的になってしまいがちな人でも、この『1秒先の彼』には、思わず「観たい!」と叫んでしまうハズです。何しろ『リンダ リンダ リンダ』『天然コケッコー』『マイ・バック・ページ』『ハード・コア』など独自の世界観をどんどん更新し続けている山下敦弘監督と、作品を挙げるまでもなく八面六臂の活躍をみせる宮藤官九郎さんが、タッグを組んだ作品だなんて!
さて、その元ネタ…オリジナル作品は、一昨年日本でも公開されて話題となった台湾映画『1秒先の彼女』(20/台湾アカデミー賞最多受賞!)。ちょっと技ありの捻りが効いた、とっても可愛いラブ・コメディです。それを、この2人がどんな風にアレンジしてくれるのか――。あれ、タイトルの『彼女』が『彼』になっている!? なるほど、そう来たのかと膝を打ちました。
単に可愛いだけじゃない、プッと噴き出させるユニークなヒロインの魅力が岡田さん演じる男性に、どんな風に転換されていくのか楽しみでなりませんよね!? それがもう、最高のキャラクター、ハジメ君が誕生しました!! ということで岡田将生さんに直撃です!
1989年8月15日、東京都出身。06年にデビュー。近年の主な出演作に、米アカデミー賞国際長編映画賞受賞作『ドライブ・マイ・カー』(21)、『CUBE 一度入ったら、最後』(21)、『聖地X』(21)、ドラマ「大豆田とわ子と三人の元夫」(21)、「ザ・トラベルナース」(22)など。ナレーションを務める「SWITCHインタビュー達人達」も毎週金曜日21時30分~放送中。公開待機作として映画『ゆとりですがなにか インターナショナル』がある。
──山下監督とは『天然コケッコー』(07)以来、なんと16年ぶりの再タッグですね。
「『天コケ』ほど、あんなに緊張したことはないくらいの現場でしたが、巡り合わせでまたこうして山下監督とご一緒できるなんて、本当に感慨深いです。しかも(「ゆとりですがなにか」の脚本の)宮藤さんの脚本でご一緒できるとは、こんな嬉しいことはなくて……。実は16年ぶりに山下監督ともう一度ご一緒するのは果たしてこの作品、この役でいいのかと一瞬迷ったんです。でも今は、今後の僕にとって生きていく、そんな作品になったと思っています。やはり今回の現場では、自分が成長した姿を見せたいということではないのですが、やっぱりどこかでガッカリされたくないという思いもあって、監督との会話も1つ1つ言葉をちゃんと選んだり、演出の意図を感じながら作っていこうと、緊張感をいつも以上に持って真摯に向き合いました。やっぱり、他の作品とは違う思いがありました」
──基本的なストーリーはほぼ同じですが、最初に台湾オリジナル版を観たときの感想を教えてください。
「本当にもう感動してしまって……。設定は奇抜とも言えますが、それが映画的に全てうまく収まっていて、脚本も素敵だったことが伝わってきました。映像美も素晴らしくて、心の底から本当に台湾に行ってみたい、それこそロケ地巡りをしてみたくなるような“画”がたくさんありました。だから、それを今回どうリメイクするんだろう、とまず思いました。もしも僕が20代の頃に観たら今ほど感動しなかったんじゃないかな、とも思いましたが、30代の今は本当に2人(主人公の男女)の思いに純粋にグッと来ましたね。以前はあまり恋愛ものを観なかったのですが、年代によって今はそういう作品の見え方、感じ方が変わったなとも思いました。ただ、男女の設定を反転すると聞かずに観たので男性の方を主に観ていて、後で聞いてビックリしました(笑)」
『1秒先の彼』ってこんな映画
郵便局の窓口で働くハジメ(岡田将生)は、何をするのも人より1秒早い。漫才を見て笑うタイミングも早ければ、徒競走ではいつもフライング。そんなハジメが、路上ミュージシャン・桜子(福室莉音)の歌声に惹かれ、恋に落ちる。遂に花火大会デートの約束をすることに成功するが、目覚めるとなぜかその翌日だった! キツネにつままれたようになりながら、ハジメは消えた“花火大会の1日”の謎を追い始める。そして秘密を握っているらしい、郵便局に毎日やってくる大学生のレイカ(清原果耶)の存在に気付く――。ハジメとレイカのふたりの視点から、「消えた 1 日の謎」を描き出すファンタジックなラブ・コメディ。
──グッと来たというオリジナル版を観た上で、新たに受け取った宮藤さんが書かれた脚本をどう読まれましたか!?
「やっぱりまず、舞台設定を京都にしたことが絶妙で素晴らしいですよね。それによって僕はハジメ君という役を京都弁で演じたのですが、もしこれを標準語でやったら、少し浮いてしまう可能性があったというか……。京都弁でやることによって、ちょっと憎たらしいけど愛せるキャラクターになるな、と感じたんです。それには、京都の方が聞いても違和感がないような京都弁を滑らかに話すという大きな壁はできましたが、京都弁がすごく効いていると撮影を通しても感じていました。また宮藤さんの“笑い”、絶妙な日本的な笑いがかなり含まれていて、やっぱり宮藤さんの脚本って面白いなと思いながら読みました。個人的には5分に1回くらい、クスクス笑うポイントがありました」
──そんな面白い脚本の中、今回の勝負どころはどこにあると感じて臨みましたか。
「ハジメ君とレイカちゃんの2人だけで成り立っているストーリーって、やっぱり脚本がスゴイ。“1日が消えてしまった”という設定の面白さはありますが、この2人のキャラクターがうまく走ることで、映画が成立している。だから僕が目指したのは、レイカちゃんにいかに上手くバトンタッチをするか。それこそが使命だと思いました。つまり前半戦、どれだけハジメ君のキャラクターで物語を走らせていくかが課題で、自分では結構、頑張ったかなと思ってます」
ハジメ君のユニークなキャラの作り方
──先ほど京都弁が効いているのを感じたというお話がありましたが、ハジメ君という、ある意味特殊なキャラクターを、どのように作られていきましたか?
「監督から、ハジメが好きになる桜子役を選ぶオーディションに、ハジメくん役として呼ばれて参加しました。初めての経験で、しかも、まだ僕もハジメ君というキャラクターが定まっていないまま、相手役の方と色々とやってみる時間が、すごく楽しくて、どんどんハジメ君の新たな面が出てきました。監督も楽しみながらオーディションをしていて、作品にもそれが生きたと思います。監督とはハジメ君を早口にしようとか、相手のセリフより先に言っちゃうとか、色々と試しながらやってみて成立する部分を探したりと、役のヒントになりました」
──岡田さんがおっしゃるように、ハジメ君は“ちょっと憎たらしい”感じがある一方で、子供みたいな表情がメチャクチャ分かりやすくて面白かったりします。色んな映画では引き算で演じることが多いと思いますが、今回はかなり足していった、キャラを強く押し出していった感じでしたか?!
「いや、足して行く方向ではなかったですね。やりすぎは注意だと頭の片隅にあったので、どのシーンも、いいところでやろうと思っていました。ただ、ちょっと行き過ぎることもあり、でもそれによって生まれるものが意外とあったりもして、そのジャッジは監督に全てお任せしました。絶対にカットだと思うくらいやり過ぎたシーンが、結果、本編で使われたりもしていて(笑)。例えば郵便局のシーンで、ハジメ君がワ~っとやっていても、周りの方のリアクション1つで見え方がすごく変わるんです。今回、周りのキャストの方々が、1つ1つリアクションを丁寧に掬ってくださったので、ハジメ君が浮いているけれど、変に浮かないように、本当に助けていただきました」
──京都弁で“いけず”なことを言うハジメ君が最高ですが、“何をするのも1秒早い”という特徴は、岡田さん的にはどう感じましたか?!
「僕、仕事の時は割とゆったりやりたいのですが、プライベートではスケジュール通りにやらないとダメなタイプなんです。例えば友達と待ち合わせしても、ちょっと早く行って“早く来い”と思ってしまったり(笑)。割とせっかちなタイプなので、ハジメ君にどこか共感できるものを感じました。共感できるものを少しずつ少しずつ各場面で増やすことによって、このキャラクターが面白くなればいいな、と思いながら演じました」
──阿吽の呼吸で演技をすることを普通は目指しますが、今回のような“ズレ”を作るのは難しかったですか?!
「お芝居をやっていると、年々“この人とお芝居すると、すごく気持ちよくお芝居できる”とか、“ちゃんと会話ができる”とか感じるようになってきますよね。そうした基礎的なことを重点的にやることで、よりシーンの強度が増していくのも感じますが逆に今回は、清原(果耶)さんが演じたレイカちゃんとのシーンは、“ズレを楽しむ”ということを特に気を付けました」
ハジメ君って最強キャラ!?
──ハジメ君って、「え、それ言っちゃう!?」みたいなことを平気で言ったりしちゃいますが、言いながら面白かったのは?!
「セリフというより僕がすごい好きなのは、ハジメ君が従業員用の入り口じゃなくて、普通のお客さん用の入り口から入って来て、“裏から入らなきゃダメ”と注意された時、“こっちの方が早いから入る!”というシーンが、すごい好きなんですよ(笑)。そういう効率化を求めてる姿勢が、なんか分かるというか。別に裏から入る必要ないよな、そのまま入った方が早いし近い。断然、効率いいじゃん、って僕も思いながら演じていました(笑)。そういうところが、個人的にもハジメ君の好きなところですね」
──周りの人がキョトンとして、ハジメ君を「何て奴だ!?」と見ていますが、その視線は突き刺さらなかったですか。
「演じてる時はハジメ君なので突き刺さらないですが、普段の僕ならメチャメチャ気になると思います(笑)。やっぱり、どういう風に見られているか気にしますし……。普段は、そういうことを気にし過ぎて、苦しくなってしまう時があります」
──だからこそ、そういうものが全然突き刺さって来ないハジメくんを演じてる時って、解放感を感じたり!?
「ちょっと……いや、すごくありましたね(笑)。気にしない瞬間が自分の中、自分の体に訪れたと感じる時は、ハジメ君になっている時だったというか。ちょっと羨ましかったかもしれない。だって何にも気にせず我が道を行き、自分のままで生きているハジメ君って、こんな羨ましいことないですよね。僕はステキだと思います。最近、気を遣い過ぎたり周りの目を気にし過ぎたりして、何も出来ない、何も発言できなくなっている人って結構いると思うんですよ。増えすぎたら大変なことになるけれど(笑)、もう少しハジメ君みたいな人が増えてもいいのにな、って思います。周りを気にせず、空気を読まないハジメ君って、結局、強いからだと思いますよね。素敵だと思います」
今、そして、これからの岡田将生
──30代になってから泣き上戸になったのかな、と話を聞いていて思いましたが、やっぱり思わず泣いてしまうことは増えましたか!?
「本当に一杯ありますね。友人が結婚する時など、人生の側面でよく涙がこぼれるようになりました。それこそ甥っ子や姪っ子の、ちょっとしたその変化でもグッときてしまったりする。甥っ子に初めて名前で呼ばれたりした時も、すごい嬉しくて(笑)。そういう1つ1つを経験として覚えておこうとしていますが、忘れていってしまうものですね……。でも映画って約2時間集中して観ると、作品を忘れるようなことはないんですよね。作品に対しても、そういう大切さに少しずつ気づいてきたのも、僕の中の一つの変化かもしれないです」
──オリジナル版も20代で観たら、ここまで感動しなかっただろうという、その心は!?
「僕があまり恋愛ものを観て来なかったのが大きいですね。ちょっと毛嫌いしていた、と言ってもいいくらいというか。お芝居としても、そんなにやりたいと思うジャンルではなかったので、20代中盤以降、ほとんど(恋愛ものを)やらなかったんです。でもそれが、今の色んな役をやらせていただけることに繋がってはいますが、改めて恋愛映画というジャンルの映画を観たら、人が人を思う気持ちが伝わった時など、それが手紙であれ言葉であれ、20代に感じる浸透率と30代で感じる浸透率は、明らかに違うんですよね。今は自分の中に、なんかすごく染みてくる。すごくステキなことだと今は思えます」
──恋愛ものを毛嫌いしていた理由は!?
「そもそも20代前半は、自分としては割と恋愛ものに出ていた感覚があるんです。その時は求められるキャラクターを頑張ってやっていましたが、どこか自分の中で腑に落ちていない部分があって、それがどんどん蓄積されていって、“ちょっと出来ない”に至ったんです。でも、だからこそ今、恋愛映画にチャレンジしたいと本当に思うんですよね。年齢的なこともありますが、大人の恋愛ものをいつかやってみたいです」
岡田さんが演じる“大人の恋愛映画”、いつか本当に観たいですね!!
捻りの効いた技ありな“謎とき”と“オチ”は、詳しいことは言えないのですが、思わずニンマリしてしまうような後味で、岡田さんの可愛くも憎たらしい複雑な味がメチャクチャいいんです。オリジナル版を観た方も、色んなアレンジがなされているので、「あそこ、こうなったのね!」などと新たなお楽しみも。
個人的に私が好きなのは、ハジメ君と妹とその彼氏が3人の町家暮らし。
3人の遣り取りが、なんだかコントのような楽しさで、すごく笑えるんです。ラジオや家族の存在も、なんか良くて。
1秒早いハジメ君と、1秒遅いレイカちゃんの、その“理由”というか“運命”にも、そうだったのか、確かにそういうこと考えたことあるかも…な抜群の落としどころです。
さて、ファンタジックで心が通う奇跡みたいな温かさに包まれるラストまで、どうなっていくのか読めない物語を大いに楽しんでください!
映画『1秒先の彼』
2023年/日本/119分/配給:ビターズ・エンド
監督:山下敦弘 脚本:宮藤官九郎
出演:岡田将生、清原果耶、荒川良々、福室莉音、片山友希、加藤雅也、羽野晶紀
7月7日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
©2023『1秒先の彼』製作委員会
写真:藤澤由加
衣装:ジャケット、シャツ、パンツ、ミュール(全てNEEDLES)
ヘアメイク:小林麗子(reico kobayashi)
スタイリスト:大石裕介(Yusuke Oishi)
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折田千鶴子 Chizuko Orita
映画ライター/映画評論家
LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。
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