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映画ライター折田千鶴子のカルチャーナビアネックス

美貌の新鋭バンジャマン・ヴォワザン。セザール賞7冠に輝く『幻滅』で魅力と色気全開!

  • 折田千鶴子

2023.04.13

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破れし禁断の恋を取り戻そうと成り上がる青年を熱演。LEEweb2度目の登場!

前回はフランソワ・オゾン監督の『Summer of 85』で本コーナーに登場してくれたバンジャマン・ヴォワザンさん。それから何と約1年でセザール賞(フランスのアカデミー賞)を受賞する実力派俳優に! 19世紀フランスを代表する文豪オノレ・ド・バルザックの「幻滅——メディア戦記」を映画化した『幻滅』は、バンジャマンさんが受賞した有望新人男優賞の他、セザール賞で作品賞をはじめ最多7部門を受賞した波乱万丈で劇的な歴史・人間ドラマです。

バンジャマン・ヴォワザン
1996年、パリ生まれ。脚本家としても活動する若手俳優。『Summer of 85』(20)で注目される。主な出演作に『ホテル・ファデットへようこそ』(17/日本劇場未公開)、『さすらいの人 オスカー・ワイルド』(18)、『社会から虐げられた女たち』(21/ Amazonプライム・ビデオで配信)など。

バンジャマンさんは、初恋と詩への夢に破れた後、純粋ゆえに復讐心をたぎらせ、野心と欲望に身をやつし、堕落していく青年リュシアンを演じました。詩人になることを夢に見て、初恋に心震わせていた田舎の純朴な青年リュシアンが、いかにパリで売れっ子ジャーナリストとして時代の寵児となり、少しずつ悪にまみれていくのか――。

初のコスチューム劇に挑んだバンジャマンさんの、新たな魅力と色気、そして堕落してゆく姿に息も苦しくなるような演技力が炸裂します! フランス映画祭で来日したバンジャマンさんに、お会いしました。

──『Summer of 85』でW主演を務めたフェリックス・ルフェーブルさんとLEEwebに登場した際、「フランソワ・オゾン監督みたいな有名な監督に選ばれるなんて信じられない。ずっとオーディションに受からず苦労している」とおっしゃっていました。あれから約1年でセザール賞受賞だなんて、スゴイことになっていますね!!

「一昨年にズームでインタビューしたよね! 懐かしいなぁ。あれから、いい作品に当たっているのは、すごくありがたいことだしラッキーとしか言えないけれど、いまだにオーディションに落ちることなんて、まだまだたくさんあるよ。でも、ありがとう!! 映画、気に入ってくれた!?」

『幻滅』ってこんな映画

『幻滅』 4月14日(金)全国公開(ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿ピカデリー、YEBISU GARDEN CINEMAほか)
Ⓒ2021 CURIOSA FILMS – GAUMONT – FRANCE 3 CINÉMA – GABRIEL INC. – UMEDIA

19世紀前半のフランス。牧歌的な田舎町の印刷工場で働くリュシアン(バンジャマン・ヴォワザン)は、文学を愛し、詩人として成功を夢見ている。名門貴族で高齢の夫を持つルイーズ(セシル・ド・フランス)は、彼の才能を認めて朗読会を開くが、リュシアンの詩心を理解する客はいない。落ち込むリュシアンを励ますルイーズは、いつしか彼と心を通わせ、密会するように。やがて夫の知るところとなり、リュシアンはルイーズとパリへ駆け落ちするが、母方の姓である貴族の苗字を名乗るリュシアンに社交界は冷たい。やがて友人知人の進言もあり、無作法なリュシアンにルイーズも距離を置き始める。見捨てられたリュシアンは、知り合ったジャーナリストに自分を売り込み、芸術批評を書き始める。それが評判となり、リュシアンは野心をたぎらせていく。監督は『偉大なるマルグリット』(15)のグザヴィエ・ジャノリ。

──とても面白く拝見しました、でも見ている間は、破滅すると分かっているのにと、ちょっとイライラしました。若さゆえの暴走で仕方がないのかな、と思いつつ……。

「ダメダメは若さの一部だからね(笑)。確かにリュシアンの言動は、かなりクレージーで可笑しなことをしでかす。でも、そんなバカバカしいほどの“若さ”を演じるのは、とっても楽しかったよ。リュシアンはパリに出て自分の実力やチャンスを試そうとするわけですが、青春期って、ようやく自分がどういう人間なのか内省し始める時期でもありますよね。リュシアンは社会が進化していく時代に立ち会い、自分もそれに乗っかっていこうとする。そんな幻影がある時代でもあったわけです。色んな意味でリュシアンという役は、本当に遣り甲斐がありました」

貴族のご婦人と恋仲になってしまうリュシアン。でも初恋に身も心も捧げるような初々しさが憎めない! 彼の恋が成就して欲しいと願いますが、階級差がある禁断の恋、しかも女性の身分の方が高いそれが許されるハズもなく・・・。

──上流階級に入り込めずに絶望したり、悔しい想いを味わったりするリュシアンのひきつった表情など、観ていて居心地が悪くなるほど素晴らしかったです。これ、憑依型の俳優が演じたら、結構キツイ役ですよね。

「なんか今回の来日中、褒め言葉ばかりいただいちゃって、どうしていいか分からないよ(笑)。確かに若い俳優にとっては、そういう風な役を演じながら、精神的に健全さをキープするのって結構大変だと僕も身をもって感じる。でも、それを僕は自覚しているから、人間の僕と役者の自分をきちんと区別し、日頃から混同しないように努めています。だから僕は大丈夫だよ!」

──ということは、リュシアンという人物を演じるにあたって、かなり緻密に計算しました?

「これは1830年代の物語なので、作品に入る前に美術館に通いました。そして1830年代あたりに描かれた若い青年の肖像画を見て回りました。ちょうどロマンチシズムの展覧会もあったので、14歳~16歳くらいの若者の肖像画をたくさん観察して。彼らは、ちゃんとした衣装を完璧に着こなしていて、一見すると大人のような風貌をしているんですよ。でも目を見ると、すごく子供っぽさというか、あどけなさが残っていたんです。完璧な衣装にもかかわらず、現代の若者以上にあどけなさが残っているなぁ、と思って。そういうところから着想を得ました。若い人たちの“若さや迷い”を上手く演じようと心がけました」

若気の至りは誰にでもある

──リュシアンはヒンシュクを買いながらも、当時ではあり得ないらしき母の姓を使って、“自分は貴族の一員”だと、のし上がろうとしますね。それはちょっと痛々しくもありますが、ショービズ界で生き抜くバンジャマンさんも、その気持ち分からなくもないのでは?!

「当時の貴族の“ド・なんとか”という(例えば、名門貴族のルイーズの正式名称はルイーズ・ド・バルジュトン)称号は、頑張って何かを成し遂げれば得られるようなものではなく、完全に出自によるもの。王に関係する名前かどうかでノーブルな存在かどうか、ブルジョア的名家かどうかがはかられ、名前によって存在そのものの価値の有無が見なされていた。しかも名前は、父から息子へと受け継がれていくものだったんです」

恋に破れたリュシアンは、売れっ子女優と結婚することに。当時の売れっ子女優は、パトロンなしには地位を保つことが難しかったようで、彼女も裕福な貴族のパトロンが当然いるわけですが……。

「でもリュシアンの場合、自分の名前に“ド・リュバンプレ”を付けたいというよりも、“ド・リュバンプレ”にふさわしい人物になろうとしていたんです。そこに彼のジレンマがあるんですね。単なる名前ではなく、自分がそういう人物であると自分に思い込ませるようなところがあったんです」

「彼は欠点もあるけれど、すごく情熱を持っている人物でもある。芸術や自分が目指す“詩”や文学に対して、情熱だけでなく才能もあったと思う。彼のようにまだ若く無邪気で、色んなものに無頓着な時代に、芸術や文学に情熱を持っている青年の姿って、すごく美しく素晴らしいと僕は思う。だから彼の情熱や、“そうありたい”という願望は共感できるな」



バルザックの原作を読み込む

──バルザックの原作を読まれ、お好きだと聞いて驚きました。原作と脚本の違い、本作の脚色の上手さなどはどう感じましたか?!

「グザヴィエ・ジャノリ監督は、脚色とはどういうことかを知り尽くしていて、小説を忠実に映画化するだけではダメだ、ということをすごく分かっている人。つまり原作を100%リスペクトする必要はなく、何か付け加えていいんだという認識だと思う。だから僕の印象では、バルザックの小説から60%くらいを受け継ぎ、残りの40%程度は監督のお父様がジャーナリストだったので、そこからインスパイアされて物語を作り上げたのだと思いました。だからセリフも、バルザックの原作から取ったものではない、現代風なセリフもあります。そういうものこそが本作の強みとなって、現代に通じ、多くの人に愛される作品になったと思います」

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──なるほど。面白いのは、200年も前からメディアが商業化され、いかに力を持つに至ったか、その在り方、批評の正当性、本が売れる/売れないのからくりなどを、分かりやすく見せてくれるところでもあります。リュシアンも新刊を読まずに酷評し、ある種の炎上商法みたいなことでなり上がっていきますよね。

「本作は歴史的なコスチューム劇ではあるけれど、僕自身は現代青年を演じたつもりでいました。当時の青年みたいに見た目も老けた感じではなくて、今の若々しい青年らしさをそのまま出しました。だから、自分の中ではとってもシンプル。多分、コスチュームを脱ぎ、ジョギング姿で周囲の人も家もカジュアルにしたら、本作の背景は、そのまま現代の状況に通じると思います。セリフも現代風に短くしたり、監督のアレンジも面白かったですね。ただコスチュームによって演技的に助けられるところもありましたが」

リュシアンを似非ジャーナリズムの世界に導くエティエンヌを演じたヴァンサン・ラコスト(左)が、セザール賞助演男優賞を受賞しました。

──男3人の関係性も見どころです。リュシアンと、リュシアンを出版界に誘うエティエンヌ(ヴァンサン・ラコストさんがセザール賞助演男優賞受賞!)、そしてリュシアンが嫉妬し、作品をこき下ろす作家のナタン。3人の友情と愛憎も味わい深いですね。3種3様の野心と運命の行方にも注目です。

「そう、彼らの関係性の中には、善と悪、良心と堕落、欲望と純粋さ、困難、安易さ、巨大な力に反抗するか、それとも従順になるかなど、あらゆるものが含まれています。そんなバランスの中にリュシアンは居て、常にどっちに行くべきか彼は躊躇っているんです。リュシアンは真っ新な白紙みたいなものなんですよ。大体ギリシャ悲劇もそうだけど、主人公の周りには、いつも助言をする人間がいて、その助言にそそのかされてしまうんだ。あるいは触発されて主人公が動く、というパターンがあるんだよね。ちょうどリュシアンは、フランスの表現で言うところの、“2つの椅子にお尻を乗せてる”状態なんだ。そういう言い回しがあるんだよ、僕、下ネタが好きだからさ(笑)」

*自分でウケまくって大笑いしていたので、本当にある表現か否かは未確認

愛は計り知れないもの

──リュシアンは恋焦がれたルイーズからも距離を置かれてしまいます。そのショックから復讐心が芽生え、あれほど「のし上がりたい」という欲望に火が付いてしまったのでしょうか。

「みんながどう思うか分からないけれど……やっぱり“愛”や“恋愛感情”が入ると、人間ってかなり馬鹿なことしちゃうものじゃない!? リュシアンも“ド・リュバンプレ” という名前に固執し、自分ではない誰かになろうとしたのは、自分を捨てた人の気を引こうとしたのだと思う。その関係自体、ほとんど希望も未来もないものだったとしてもね」

たとえ結婚しても、決して忘れることのできない初恋の思い人、ルイーズ。彼女もまた当時の社会の規範に抵抗することが出来ませんでした。

──バンジャマンさん自身、“失恋”に発した強い負の力に負けそうになったことはありますか!?

「確かにリュシアンは、仕返しや復讐の方向へと気持ちが走ってしまって、そこには暗い心も感じられましたが、僕自身は失恋したところで、そんな風にはならないな。もちろん多少は落ち込むし、喪に服すような時間はあるけれど(笑)、暫くしたら僕は落ち着いて再生するよ! 気分としては、さぁ、また新しいページをめくって、恋をして生きる希望を見つけるぞ、ってタイプ。僕からしたらリュシアンは、あれはもう、ほとんどギリシャ悲劇みたいなものだからさ(笑)!!」

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日本滞在中の数日は、取材漬けでちょっと疲れていた(前日に飲み過ぎて、寝る時間もなかったせいもあるらしい(笑)。)バンジャマンさんでしたが、麗しさは増し増し状態で目が釘付けでした!

“このパリでは、悪質な人間ほど 高い席に座る”というキャッチコピー、なんか心がザワザワして妙に気になりませんか!? リュシアンが身を投じる出版業界は、それこそギャングと同じようなペンによる抗争を繰り広げ、商業目的のためにいくらでも意見を変え、悪意に満ちた記事を書くジャーナリストが跋扈する世界。あんなに純粋に文学を愛していたリュシアンも汚れていくのです……。

映画ファンにとって大注目は、リュシアンが読みもせずに悪意に満ちた酷評をする小説を書いた新進気鋭の作家ナタンを演じているのが、かのグザヴィエ・ドランということ! しかもドランの醸す味が、メチャクチャ素敵なのです。知性と色気を兼ね備え、リュシアンにはない気品と洗練された優雅な身のこなし、コスチュームの着こなし。

リュシアンが悪に落ちた存在だとしたら、ドランが演じる作家ナタンは、同じ出版界に身を置きながらも、自身の理想や文学性を捨て去ることをせず、商業的価値に巻き込まれない高貴な存在でもあります。ナレーションも担当しているので、ドランの甘い声も堪能できるので、お楽しみに!

宮廷貴族が復活し、自由と享楽的な生活を送る貴族と、打算的な人々が集まっていかに人生を豊かに華やかに謳歌しようかと、我先にしのぎを削っているような(日本のバブル期的な!?)19世紀前半のイケイケなパリの空気も満喫できます。ジェラール・ドパルデューやジャンヌ・バリバールなど、フランスを代表する豪華出演陣も大きな見どころです。

是非、劇場ででリュシアンのドラマチックな恋とダイナミックな成り上がり&転落の顛末を一緒に味わってください!

映画『幻滅』

2022年/フランス/149分/配給:ハーク

監督・脚本:グザヴィエ・ジャノリ

出演:バンジャマン・ヴォワザン、セシル・ド・フランス、ヴァンサン・ラコスト、グザヴィエ・ドラン、サロメ・ドゥワルス、ジャンヌ・バリバール、ジェラール・ドパルデューほか

2023年4月14日(金)より ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿ピカデリー、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国公開

Ⓒ2021 CURIOSA FILMS – GAUMONT – FRANCE 3 CINÉMA – GABRIEL INC. – UMEDIA

映画『幻滅』公式サイト

写真:山崎ユミ

折田千鶴子 Chizuko Orita

映画ライター/映画評論家

LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。

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