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目も眩む量の映像から浮かび上がる90有余年の歩みとその素顔 『エリザベス女王 女王陛下の微笑み』プロデューサーインタビュー

  • 金原由佳

2022.06.16

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即位70周年、プラチナジュビリーを迎えた英国、エリザベス女王。その素顔とは?

1953年6月2日、父であるイギリス、ジョージ6世の崩御により、長女のエリザベス2世の戴冠式が行われました。1952年2月6日から始まった在位期間は、2022年の今年、即位70周年を迎え、イギリスと連邦諸国では6月、プラチナジュビリーを祝う行事が開催されています。

次男のジョージ6世が王位を継ぐことになったのは、兄のエドワード8世が、アメリカ人のウォリス・シンプソンとの結婚を決意し、わずか1年たらずで国王を退位したから。その時期を描いた映画としては『英国王のスピーチ』が有名ですが、ジョージ6世はドイツとの戦闘が激化した第二次世界大戦中という厳しい時代に国のリーダーとなり、苦労が絶えませんでした。

50代の若さで逝去した父を継いで、エリザベス2世が国王となったのは25歳のとき。「うつむくと首が折れそう」とまでいう重い王冠をどういう気持ちでかぶり続けてきたのか、ベールに包まれてきたその生涯を夥しい数のフッテージによって浮かびあがらせるのが『エリザベス 女王陛下の微笑み』です。

以前、本コーナーで取り上げた『ゴヤの名画と優しい泥棒』のロジャー・ミッシェル監督の遺作となるドキュメンタリーで、ミッシェル監督は「女王はモナ・リザである」と謎めいた微笑を浮かべるエリザベス女王のパブリックの顔、そしてふとした時に見せる素顔とを交互に見せていきます。

果たして国王の役目とは何なのか。ロジャー・ミッシェル監督と長年コンビを組んできたプロデューサー、ケヴィン・ローダーさんに制作の意図を伺いました。

●プロデューサー/ケヴィン・ローダー (Kevin Loader)

英国で最も活躍する映画・TVプロデューサーの一人。ロジャー・ミッシェル監督とは、ピーター・オトゥールが生涯最後のアカデミー賞®ノミネーションを受けた『ヴィーナス』(06)、数多くの賞を受賞した『ウィークエンドはパリで』(13)、レイチェル・ワイズとサム・クラフリン主演作『レイチェル』(17)など10本以上の映画を世に送り出した。現在はヒュー・ローリー、ジョシュ・ギャッド、ザック・ウッズ、レベッカ・フロントが出演するアーマンド・イアヌッチによるHBOのスペース・コメディシリーズ「Avenue 5」のシーズン2の製作に携わっている。

ほかにヘティ・マクドナルド監督、ジム・ブロードベント主演作『The Unlikely Pilgrimage Of Harold Fry』、アラン・ベネットの演劇を題材にしたリチャード・エアー監督作、ジュディ・デンチ、デレク・ジャコビ、ジェニファー・ソーンダースが出演する『Allelujah』の製作も手掛ける。代表作に『In the Loop』(09)、『スターリンの葬送狂騒曲』(17)、『どん底作家の人生に幸あれ!』(19)、サム・テイラー゠ウッド監督の『ノーウェアボーイ ひとりぼっちのあいつ』(09)、アンドレア・アーノルド監督の『Wuthering Heights』(11)、ニコラス・ハイトナー監督の『ミス・シェパードをお手本に』(15)など多数。

エリザベス女王は時代と結びつくイコノグラフィーである。

──このコーナーでは以前、『ゴヤの名画と優しい泥棒』を紹介したのですが、ロジャー・ミッシェル監督は本作の編集を終えた直後、急逝されたと聞いております。世界的な大ヒットとなった『ノッティングヒルの恋人』(1999)がそうであったように、私たちがロジャー監督の映画を見る楽しみのひとつがイギリスらしさでした。奇しくも遺作の題材がエリザベス女王となったのも運命的ですが、彼はなぜ、エリザベス女王のドキュメンタリーを作ろうと思ったのでしょうか?

「ロジャーと僕の2人は同じ1956年生まれなんですが、僕らが生まれた時から女王は存在していて、生活の中心にあり続けた。今もそうです。ロジャーがこの6月に行われたプラチナジュビリーの70周年の式典を見ることができないのは残念なことです。女王はわれらの周りに常にいて、彼女は時代と結びつくイコノグラフィー(iconography)、すなわちイコン(図)が何を意味しているか、読み解く存在です。

彼女の顔は切手や紙幣、コインなど、色んなところで見受けられ、僕らのポケットの中に入っているような、遍在している存在です。ヘッド・オブ・ステイト、国のリーダーと言っていいのか、そういう立場にもある。そういうパブリックな場での顔と、もちろんプライベートの顔もある。でもその合間にある、真ん中の部分が我々には見えない。そういう知らない部分の顔が公私とどう関係しているのか、僕たちはそこを掘り下げてみたいと思ったところです」

──あまりにも凄まじい物量のフッテージが登場するので、一体どれだけの権利料を支払われたのかとドキドキしながら見ていました。例えばビートルズが1965年、エリザベス女王から大英帝国勲章のメンバーに任命されたときの映像が出てきます。また、『ノルウェイの森』の楽曲も流れます。他にも世界中のセレブリティと対面した時の映像など数多く出てきて、ケヴィンさんはどこから、どうやって手に入れたのでしょうか?

「ハハハハ。まさにご指摘の通り、ある程度の予算がかかった作品で、決して安い製作費の作品ではないんです。音楽もアーカイブもご存じのように、権利をクリアするにはお金がかかってしまうのが一般的ですから。本作のアーカイブの記録映像に関しては、多岐にわたるソースから借りています。

多くの映像素材を持っているのはゲッティイメージズ、パテなどで、5分から10分のクリップを使うことはわかっていたので、個別の交渉ではなく、まとめていくらという交渉をしました。加えて、値段がどうのこうのという映像でないものもありました。それは王室所有のホームムービーや、王室が権利を持っている映像で、これらは、許可を頂けるかどうかが大事なので、丁寧な交渉を重ねました。

音楽の権利に関しては、ロジャーと長年仕事をしてきたイアン・ネイルさんというスーパーバイザーがいて、彼、本当に腕が良くて、映画にぴったりな場所に、適正な価格で、これしかないという楽曲を用意してくれる人なんです。『ノッティングヒルの恋人』でビートルズの曲を遣おうとしたら億単位の権利料を言われましたけど、ドキュメンタリーだと安く交渉もできるんです。

そうなってくると、問題は権利所有者がこの作品を気に入ってくれるかどうか、彼らのやる気にかかってきます。劇中、有名なコメディアンで歌手のレニー・ヘンリーさんが登場しますが、彼をはじめ、個人的に知っている人はネットワークを駆使して、映像の承諾を取りました」

女王のパーソナリティを探る上で、馬はとても重要なアイテム

──日本での報道ではなかなか出てこない、プライベートの時の表情がとても印象的でした。特に『馬上で In the saddle』というチャプターではエリザベス女王と馬の親密で特別な関係が紹介されていて、競馬でレースを見ている様子や、馬券が当たったときの表情などとりわけチャーミングな姿が多かった印象を受けました。海辺での乗馬シーンなどとてもお上手でいらっしゃるんですね。

「女王の馬好きは英国ではよく知られています。競馬の大会にもいらっしゃるし、乗馬も小さい時から大好きで、数年前までは乗馬をしている姿もよく見られていました。最近も去る5月にウィンザー城のすぐ近くで開催されたロイヤル・ウィンザー・ホース・ショーの会場に姿を見せ、女王の所有するハイランドポニーのバルモラル・レイアが優勝して、トロフィーを受け取り、とても喜んでいる96歳の姿が見受けられました。

女王のパーソナリティを探る上で、馬が重要であることは知っていたので、リサーチャーには馬関連の映像を集めてもらい、そこからより深掘りして、貴重な映像を探してもらったんです。このやり方が今回の映画作りのプロセスとなりました。集まった映像を見始めると、『馬』、『衣装と色使いの関係』など項目が浮かび上がってきて、そこを深堀りする形を取りました」

──他にはどういうプロセスを経て、テーマを決めていったのでしょうか?

「例えば『ローマ市民 Citizens of Rome』のチャプターでは、女王が訪ねた先の部族の独特のダンスがフィーチャーされています。1950~60年代の彼女は英連邦諸国(コモンウェルス)に所属する国々に赴き、その訪問先での映像を眺めているうちに、カテゴリーが見えてきました。テーマを決めると、リサーチャーにさらに具体的な注文を提示して、珍しい映像を集めてもらい、こういう形になりました」

公務においてずっと同じような服装をし、役割を果たしている。エリザベス女王の公務での存在は全く揺らがないし、変わらない。

エリザベス女王がエディンバラ公爵フィリップ王配と結婚したのは1947年11月20日、ロンドンのウェストミンスター寺院にて。 二人はエリザベス女王が13歳のときに出会う。二人の間には3男1女の4人の子女がおり、フィリップ王配は2017年まで公務に参加し、女王を支え続けた。

──エリザベス女王の残像イメージがエンターテイメントや映画界にどれほどの影響を及ぼしているのかがわかる映像フッテージも多いですね。日本では2016年に公開された『ロイヤル・ナイト 英国王女の秘密の外出』は、イギリスがドイツに勝ったヨーロッパ戦勝記念日(VE-Day)の夜、まだ女王となる前夜のエリザベス2世と、妹のマーガレット王女が外出を許され、臣民と共に戦勝を祝ったのではないかという史実に着想を得た作品と聞いておりますが、その映像も使われていますし、その夜をモチーフにしたと言われるオードリー・ヘップバーンの『ローマの休日』の映像も登場します。

つまりはエリザベス女王のイメージが映画史を変える作品のモチーフとなっていると仮説が立てられますが、映像と女王との関連性をどう思いますか?

「確かに『ロイヤル・ナイト 英国王女の秘密の外出』は、お忍びでヨーロッパ戦勝記念を一般市民と祝福したというエピソードが基になっていますが、本当のところ、それが実話かどうかはわからないんですね。ピーター・モーガンの原作・脚本による、米英合作のテレビドラマシリーズ『ザ・クラウン』(英語: The Crown)とやっていることと同じで、一般市民が抱く女王はこうじゃないかという想像を逆手にとって、エリザベス女王をあるシチュエーションに置いてみて、行動や心の中を憶測してみるという手法ですよね。

今回はより、女王の影響が映像と繋がりがあるんじゃないかという提示の仕方をしています。先程も言いましたが、エリザベス女王がイコノグラフィーの対象であるところは面白いですよね。例えば切手、スタンプのモデルにずっと使われていて、年齢に応じて変化もしているんだけど、やっぱりどこか一点、女王は女王であるというイメージが残り続けている。制作している人たちが継続性を大事にしているからだという点もあるけれど、同時に、エリザベス女王が公務において、ずっと同じような服装をし、同じような役割を長年にわたって果たし続けているから、というのもあるんですね。

グラマラスなプリンスから今はしっかりと年齢を重ねた女性になっているわけだけど、公務での存在としては全く揺らいでないし、変わっていない。それがイコノグラフィーとして表されていると感じます」



公の顔を優先する姿勢が家族を傷つけているという見立ては、不公平だと思います。

──今話された顔に関しては『慎重を要する職業 A ticklish sort of job』でフォーカスされていると思います。一方、『ひどい出来事 Horribilis』というチャプターも用意されています。ことご家族に関しては、プライベートの顔よりも、女王の公の顔の方を優先されたことが、ダイアナ妃の離婚劇や、ヘンリー王子との別離など、ときに家族が傷つく事態を招いたとも思えるのですが。

「その見立てはエリザベス女王には不公平かなと僕は思います。もちろん家族のトップで、家長でありますが、母親であり、おばあ様でもあります。家族間がどういう関係なのかまでは知らされていないけれど、英国民からすると、エリザベス女王は孫やひ孫と仲が良く、我々の見えないところで、家族のためにいろんなことをしている。孫とひ孫と長い時間を過ごし、いい関係を築いていて、私たちが思っているよりも、家庭的な面があります。

ただ、ダイアナ妃の死や、アンドルー王子のスキャンダルなどが起きたとき、どうしてもパブリックな顔にプライベートな要素が出てきて、母親としての公に、その役割を見せなくてはいけなくなる。本来ならプライベートですむはずなのに。今回、チャールズ皇太子が赤ちゃんだった頃の映像を使っていますけど、それを見ると、家族に対して愛情深いことがわかります」

ロジャーはエリザベス女王の乗馬のシーンを気に入っていた。

ロジャー・ミッシェル監督(左) とケヴィン・ローダープロデューサー(右)

──ケヴィンさんは、ミッシェル監督と長年のお付き合いです。今作の編集が終わった直後に突然亡くなられたと聞いておりますが、ミッシェル監督が編集しているとき一番楽しそうに作業されていたシークエンスを教えてください。

「それは難しい質問ですね。おそらく一番楽しかった作業は映画作り、そのものだったと思います。しいて言えば、先程、あなたも挙げていた長めの尺の乗馬シーンでしょうか。あそこはジョージ・フェントンに音楽を書きおろしてもらって、その曲もかなり気に入っていましたね。

もうひとつは、最後のチャプターである『グッドナイト Goodnight』でしょうか。小さい頃から数えきれないほどの人々と会い、握手をしてきたエリザベス女王。膨大なクレジットから各国首脳との握手の場面を集め、ここは時系列的に今から過去へと逆行させています。このアイディアは監督が当初から温めていたもので、その作業をすごく楽しそうに編集していました。また何と何の映像をぶつけるのか、その編集も楽しそうにしていました」

──情報量が多いので、何度も繰り返し見る作品だと思いました、ありがとうございました。

エリザベス 女王陛下の微笑み

2022年に96歳を迎え、在位70周年となったイギリス君主エリザベス2世の初の長編ドキュメンタリー映画。21年9月に急逝した『ノッティングヒルの恋人』などで知られるロジャー・ミッシェル監督が、新型コロナウイルスの感染拡大で次回作の撮影機会が奪われた際に、企画を始動。

1930年代から2020年代までのアーカイブ映像からエリザベス2世の足跡をたどり、女王の知られざる素顔に迫っていく。ザ・ビートルズ、ダニエル・クレイグ、マリリン・モンローといったスターのほか、歴代の英国首相、政治家やセレブなど、そうそうたる人物たちから一般市民までの交流の姿を追う。

2021年製作/90分/G/イギリス
原題:Elizabeth: A Portrait in Part(s)
配給:STAR CHANNEL MOVIES

© Elizabeth Productions Limited 2021

2022年6月17日(金)より、東京の「TOHO シネマズ シャンテ」ほかにて全国にてロードショー公開。

『エリザベス 女王陛下の微笑み』公式サイト

金原由佳 Yuka Kimbara

映画ジャーナリスト

兵庫県神戸市出身。関西学院大学卒業後、一般企業を経て映画業界に。約30年で1000人以上の映画監督や映画俳優のインタビューを実施。映画誌、劇場パンフレット、新聞などで映画評を執筆。著書に『ブロークン・ガール 美しくこわすガールたち』、共著に『伝説の映画美術監督たち×種田陽平』。映画祭の審査員、トークイベントなど講演・司会も多数。

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