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『いとみち』は地元にも自分にも何にもないと思いこんでいる人へ捧げる青春映画【横浜聡子監督インタビュー】

  • 金原由佳

2021.06.18

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青森県出身の横浜聡子監督が贈る、津軽弁と津軽三味線のサウンドの魅力。

日本では地方で撮影をした映画は良くあるのですが、その場合、場所だけ借りて内容的にはその土地じゃなくてもよいお話、あるいは逆に、ご当地の観光面をこれでもかとアピールしすぎて話がとっ散らかったり、風景に人間描写が負けてしまうという罠に陥っていたりして、残念な結果になったなあと思うことがしばしあります。

なので、横浜聡子監督の新作『いとみち』を見て、青森カルチャーが16歳の主人公、相馬いとにとって、なくてはならぬものとして描かれていて小躍りしました。いい地方映画とは、すなわち、観終わってすぐさまその場所に行きたくなること。この作品を見て、久々に青森に行きたくなったし、津軽エリアを散歩したくなったし、五能線に乗りたくなったし、浅虫温泉で海岸沿いを走ったりしたくなりました。今はコロナ禍で旅行が出来ないので、映画を見た後はアップルミュージックで高橋竹山さんの津軽三味線の演奏を聴きまくっています。

越谷オサムさんの同名小説を映画化した今品の舞台は青森県、JR五能線板柳駅。周囲をりんご畑で囲まれた家に暮らす主人公の相馬いと(駒井蓮)は高校一年生。幼い時に母を亡くし、大学教授の父(豊川悦司)とおばあちゃん(西川洋子)と3人暮らし。中学時代はコンクールで受賞するほどの腕前の津軽三味線ですが、演奏中の苦悶の表情が嫌になってやめてしまい、お父さんの忠告もおばあちゃんの愛情も煩わしい、難しいお年頃。そんな彼女が家から一時間ほどの青森市のメイド喫茶で働くことを決意し、そこで出会った年上の同僚(黒川芽以、横田真悠)や東京からのUターンの店長(中島歩)などの交流を通して、低すぎる自己肯定感を変えていく成長物語です。ご自身も青森の出身である横浜監督に地方女子へのエンパワーメントについて伺いました。

横浜聡子監督

●横浜聡子(よこはま・さとこ)
1978年、青森県生まれ。映画監督。横浜市立大学国際文化学部を卒業後、東京での約1年間の会社勤務を経て02年、映画美学校第6期フィクション・コース初等科に入学。2004年に同高等科を卒業。 06年、『ちえみちゃんとこっくんぱっちょ』が第2回CO2のオープン・コンペ部門にて最優秀賞を受賞。CO2からの助成金を元に製作した『ジャーマン+雨』は、第3回CO2のシネアスト大阪市長賞を受賞。長編映画に『ウルトラミラクルラブストーリー』(08)、『俳優 亀岡拓次』(16)、『いとみち』(21)。

メイド喫茶で働く女性たちの主張をメイド服の袖のギザギザで表現した

──プロデューサーから聞いたのですが、横浜監督はこの企画のオファーを受けて、半年はお返事をされなかったと。それはなぜですか?

「いい意味で、原作に分からないところが何もなく、小説の世界である程度完結していたので、映像にする上での余白はどこだろうと探すことに時間がかかったんです。自分の故郷の話ですし、知っている町はたくさん出てくる。おばあちゃん、いと、お父さんの造形も自分の知っている青森の人を勝手に思い浮かべて、イメージは具体的に作りやすかったんですけど、それを映像にどう変換すれば面白くできるのか、パッと思いつきませんでした。

越谷さんの小説は2011年の発行なんですね。そこから10年の間、社会における女性のありようとか、価値観などが変わり、特にこの2年ほどは目まぐるしく変容し、メイド喫茶という場所をどう描けばいいのかすごく悩みました。イメージとしてやっぱり、そこで働く女性と対男性という見え方が強いので、そこからどう脱却させるかにも頭を働かせましたし、だからといって、いわゆるメイドカフェで働いている人たちを否定するのもすごく失礼だなと。

どの立場で映画の中に出てくるメイド喫茶という場所を見せればいいのかを考える中、豊川悦司さんが演じるお父さんのように固定観念的に偏見を持っている人もいれば、そこで働いたり、通ったりして元気を得ている人の肯定的な立場だったり、色んな組み合わせで、多角的に描けたらいいなと考えが至りました。実は青森という場所は人柄なのか、土地柄なのか、メイドカフェは合わない風土だったみたいで、10年前はあったらしいけど、今はないんですね。なので、この設定は2021年の青森からするとファンタジーと言えます」

──脚本も横浜監督が書かれていますが、劇中、いとがメイド喫茶でアルバイトを始めると聞いたお父さんが「図説 英国メイドの日常」を渡して、搾取される側の女性にならないように釘を刺したり、勤務中、接触をした客に店長や同僚がいとに代わって猛抗議をしてくれたり、メイド=虐げられる女性のイメージを打ち壊す場面が多々あり、参考になりました。中島歩さん演じる店長さんの持つ職業倫理は、色んな世代のお手本になりますよね。

「メイド喫茶でいとたちが来ている制服はスタイリストの藪野麻矢さんが作ってくれたんですけど、袖のところに白いギザギザが装飾されています。美術部がメイド喫茶の中にリンゴの木のオブジェがあるデザインにしたことから連動して、リンゴの樹の棘から来ています。リンゴはバラ科なので棘がある。だから、あの袖のギザギザはただ可愛いというのではなく、そこで働く女性たちの何かしらの主張というか、彼女たちの思いが重なるような造形になっています」

──青いワンピースという点では、ディズニー映画の「ねむり姫」や「白雪姫」をイメージしました。特にリンゴと言えば、白雪姫ですが、この映画の女性たちは王子さまの登場なんて待っておらず、誰かのためではなく、自分のために働いている姿が印象的でした。

「藪野さんも問題意識として、このメイド喫茶の制服は人に鑑賞されるがためのものではなく、着ている人が自分で可愛いと思うものを、自分の意志で選んで身に着けているという風に見えたらいいなと話されていましたね」

──横浜監督はいとと同じ津軽エリアで高校卒業まで生まれ育っていますが、いとがこねくりまわしている思春期独特の手ごわい自意識みたいなものは、当時、ありましたか?

「あったと思います。自分は特別でなくてはいけないというどこか勘違いというか思い込みが若い人はあるじゃないですか。まあ、それが若さの特権なんですけど、私も自分は特別なはずである、人と違うはずであると、服装などで、何かしらのアピールしていましたね」



いと役の駒井蓮さんののびのびとした魅力に救われた

──いとに駒井蓮さんを選んだのは、駒井さんが津軽出身であることからですか?

「そうですね。この作品は津軽弁が大きなポイントであったので、違うエリアで育った人に練習して喋ってもらうよりも、なるべくネイティブに話せる人がいいなと。この作品は昨年の春に撮るはずが、コロナ禍の影響で秋に延びてしまったんですね。駒井さんは元々童顔なのですが、その半年の間で随分、大人っぽくなり、高校生役があの秋でぎりぎりだったかと思います。彼女は手足がとても長くて、歩くとどうしても手が揺れるんですけど、それだけで何か主張しているように見えるので、手の動きを封じてもらうなどしてもらいました。

いとの面白さは、自分が思っている自分と、他人が思っている自分の姿に咀嚼というかズレがあるところで、そのズレが彼女の自信を喪失させたり、逆に自意識過剰にさせてしまっている。でも、駒井さんは高校から東京に出て、もう立派な女優なので、人に見られ続けていることにも慣れているし、人の見る視線に自分の感情を合わせて出すことができる。そういうコントロール力を身に着けてしまっているので、いとの不自由さを表現しなくてはいけないということはチャレンジだったと思います。

この作品の撮影初日は、いとが初めてメイド喫茶に行く場面だったんですけど、そのときはみんなで、いとってどういう顔なのか探っていて、今、映画を見ると、いとがやけにぼおっとしているように見えるんです(笑)。でも、二日目にはもう、駒井さんの顔がいとになっていて、それがなぜなのかはわからないんですけど、駒井さんののびしろがそうさせたんだと思います。

駒井さんの魅力はとにかくのびのびしていること!大らかで、いつも笑顔で、人のことを信じようとする素直さがある。ちゃんと人の意見に耳を傾けて聞いてくれる人間で、それが彼女の強みだと思います。人を信じることってなかなかできないと思うんですよね。私は駒井さんの素質に大分救われるところが大きかったですね」

──おばあちゃん役の西川洋子さんは有名な津軽三味線奏者ですが、長年の演奏で変形性の関節炎となり、引退されていたと聞いています。映画では初演技とは思えないほど愛情深い素敵なおばあさんを津軽弁で演じ、一時、封じていたという三味線も見事なばちさばきで痺れました。どういう出演依頼をされたのですか?

「何回かお会いしに行ったんですけど、『もう私は手がダメなのでとてもじゃないけど三味線は弾くのも嫌だし、音も出ないし、こんな音を出したら、師匠の高橋竹山さんに失礼だから』とずっと仰っていたんですね。でも、雑談の中でちょっと弾いてくださるんですけど、それが凄く上手で、こっちからすると何がダメなのかわからない。だから、完全な三味線奏者ではなく、昔のようには弾けなくなったおばあちゃんとして、今の西川さんのままでいいので出てくださいとお願いしました。でも、出ると決めてくださるまである程度の時間を要しました。

西川さん、本当に純粋で、頭が良くて、出ないと言いつつ、会いに行くとシナリオをすごく読み込んでいて(笑)、内容に関して意見をいっぱいくださるし、台詞一つに関してもおばあちゃんとしての指摘があったりして、出たいのか、本当に出たくないのか、どっちなんだろうって大分、こちらも探りました(笑)。最終的には出ますと決めてくださるまでなかなかハラハラしました。この映画がきっかけで、しばらく触っていなかった三味線も、『前よりやる気になったし、出てよかった』って言ってくださり、安心しました。魅力的な人です」

お父さん役の人物造形は豊川悦司さんからインスピレーションを受けたもの

──この映画は西川さん演じるおばあちゃんと、豊川さん演じるお父さんとが義理の親子が、いとの母亡き後、ふたりで繊細に見守ってきたであろう歴史が垣間見えてぐっときます。原作ではおばあちゃんとお父さんは実の親子という設定でしたけど、変えたのはなぜですか?

「父親の紘一役に豊川さんが決まったことで、設定を変えました。原作では、青森から出たことがない人で、もちろん津軽弁も喋るし、土着的な存在だったんですけど、豊川さんって旅人の雰囲気を持っているじゃないですか。ふらっと青森にやってきて、この土地に居ついた人の近すぎず、遠すぎずの青森やいとへの距離感が、豊川さんご自身のイメージとリンクするような気がしまして、根っこの部分で何かに執着しない生き方をしている人として書き換えました。お父さんの人物造形は豊川さんからインスピレーションを受けたものです。

豊川さんとはクランクイン前の衣装合わせの時に初めてお会いしたんですけど、その段階で本当に脚本を読み込んでいて、いろんな質問や忌憚ないご意見を受けたんですね。それこそ、『なぜ今、メイド喫茶なのか』と考えを聞いてくださりました。主演以外の俳優さんと撮影前にここまで話し合うってことがないから、積極的にコミュニケーションをとってくださるスタンスが嬉しくて、ありがたかったです」

──このお父さんのシングルファーザーぶりが非常にいい味を出していますね。高校卒業後、東京に出ようかなと思ういとが、「でも、そうなったらおばあちゃんとおとうさんは血が繋がってないのに二人で住むのはおかしい」というと、「血縁関係は関係ない、おばあちゃんとは家族だ」と言い切る強さを持っているし、メイド喫茶でのバイトを巡っていとと意見が合わずに衝突しかけたときも、感情をぶつけ合うのではなく、互いに頭を冷やすために山に登りに行くという。あれは、全ての親子に参考にしてほしい思春期への対処法だと思いました。

「あの場面は若干コメディっぽくなったなと現場で思ったんだけど、豊川さんも駒井さんも情緒的な親子関係を演じることを拒否するというか。この父娘はいわゆる日本映画的な情念に寄り掛かるような関係ではないと、特に豊川さんは強く意識されていたように思います。私も同じように思っていたので、深刻になりそうな場面もちょっとずらすことを意識しました。撮影中からおばあちゃんを含め、奇妙なバランスで成り立っている親子だなと、不思議な感覚で見ていましたけど、食卓を囲む、親子ってこういうもんだよなっていう思いがあります」

横浜聡子監督

──横浜家との共通項はありましたか?

「あります、うちはいい意味でドライで、困ったら助けてくれるけど、親子であることに執着してない関係性ですね」

──この「いとみち」はメイド喫茶で知り合う年齢の違う女性たちのシスターフッド映画でもあると思っているのですが、監督の好きな女性の友情を描いた映画はなんですか?

「パンフレットにも書いたのですが、ドリュー・バリモアの『ローラーガール・ダイアリー』(2009)と、グレタ・カーウィグの『レディ・バード』(2018)ですね。日本の映画界は男性スタッフが多いので、私自身、女性スタッフが傍にいるだけで心のありようが違うというか、安心する存在ではありますね」

──「いとみち」でラスト、いとはそれまで下から見上げるしかなかった地元の岩木山に上ってみます。私も地方出身者なので、何もないと思い込んでいる地元の良さを見つけるための視点の変換ってすごく大事だと感じます。この場面は原作にはない横浜監督のオリジナルの場面ですが、ここはどうしても入れたかった部分ですか?

「シナリオを描いているときに、登ってみないとだめだと思ったんです。私の地元の山なのに、私自身、登ったことがなくて。そもそも、山登りをしたことがなかったんです。どなたかがSNSに岩木山の頂上の写真を上げていて、山に登るとこういう風景を見ることが出来るんだと知ったんですね。いつも岩木山にみつめられているいとが、自分が故郷を見守るというのは大切だなと感じて。でも、撮影で登るのは大変でした!実は八合目までは車で行けるので、登っているのは一合分だけですけど、穏やかそうに見えて急なところは急で、山頂部ほぼ岩場なんですね。でも、一合だけでも達成感はすごくありました。みなさんも機会があれば、ぜひに!」

いとみち

タイトルのいとみちとは、三味線を弾く時に爪にできる溝「糸道(いとみち)」のこと。いとみちに名前の由来に持ついとは、祖母と亡き母から引き継いだ津軽三味線が特技だが、強い津軽弁と人見知りのせいで、学校では素顔を見せることができずにいた。ある時、思い切ってメイド喫茶のアルバイトに応募し、そこでの交流を通し、自分の感情を人に伝えるすべを学んでいく。第16回大阪アジアン映画祭でグランプリと観客賞のW受賞を果たした。

  • 監督・脚本:横浜聡子
  • 原作:越谷オサム『いとみち』(新潮文庫刊)
  • 駒井蓮 豊川悦司
  • 黒川芽以 横田真悠 中島歩 古坂大魔王 ジョナゴールド(りんご娘)宇野祥平 西川洋子
  • 6月18日(金)より青森先行公開中
  • 6月25日(金)より全国にて公開。

ⓒ 2011 越谷オサム/新潮社 ⓒ2021『いとみち』製作委員会

映画「いとみち」公式サイト

金原由佳 Yuka Kimbara

映画ジャーナリスト

兵庫県神戸市出身。関西学院大学卒業後、一般企業を経て映画業界に。約30年で1000人以上の映画監督や映画俳優のインタビューを実施。映画誌、劇場パンフレット、新聞などで映画評を執筆。著書に『ブロークン・ガール 美しくこわすガールたち』、共著に『伝説の映画美術監督たち×種田陽平』。映画祭の審査員、トークイベントなど講演・司会も多数。

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