引き続き、フラワースタイリストの平井かずみさんのインタビューをお届けします。昨年のコロナ禍以来、この1年間に平井さんが体験してきた様々な出来事はまさしく「ウェルネスを探す旅」のようでした。2020年3月、お花の教室が開催できなくなってしまった平井さん。しかしそこで落ち込むことなく前を向き「さて、私には何ができるのか?」と発想を転換します。
まず、春の盛りに咲き誇る花を配送する「季節の花のお届け便」を開始。4月には「花とアートが与える幸福感を人々に伝えたい」とイラストレーター・銅版画家の平澤まりこさんと期間限定ユニット「hirahira」を結成します。7月には服飾作家の西ひろみさんが手がけるブランド・INDUBITABLYのオンライン展示販売会も実現。持ち前の実験精神と「今できることをしたい、皆の喜ぶ顔が見たい」という使命感がその原動力でした。(この記事は全2回の2回目です。前編を読む)
「花のタブロイド」を作ろうと思いつく
夏休み明けの9月、平井さんのもとに、長年交流のある銀座・森岡書店の森岡督行さんから連絡が。森岡書店でもコロナ禍の影響で、イベントのスケジュールの変更がいろいろとあり、「うちで何かイベントをしませんか?」というお誘いでした。森岡書店は1週間に1冊の書物だけを販売する書店。しかしその年、平井さんは新刊出版物の刊行がありませんでした。
「じゃあイベントまでに新しい出版物を作っちゃえ!と(笑)。そのときに思い出したのが3年前の虎ノ門フラワーマートで森岡さんと対談をした際に、森岡さんに花にまつわる本を5冊選書してもらったうちの1冊。スウェーデンの女性写真家の花の写真集で、ニュースペーパーサイズに印刷された『花のタブロイド』のようだったんです。『すごく素敵! こんなの見たことない!』と強く印象に残っていて『私も花のタブロイドを作ろう!』と思いつきました」
「五感を磨くための種まきを」という思いを込めて
かつては忙し過ぎて「精神的にも身体的にも限界」だったけど、それにすら気づけていなかった平井さん。コロナ禍を機に毎朝散歩をして植物に触れ、自分のためだけに花生けをし、時間をかけて入浴とオイルマッサージをする……そんな時間を過ごすうちに「これからは直感で生きるべき」と感じるようになったといいます。
直感で生きるためには、五感を磨くことが必要。植物がそこにいるだけで、五感が磨かれます。直感とはその人本来の本質、すなわち「種」。種はわざわざ買わなくても落ちているし、誰もが心の中に持っているもの。でもその存在になかなか気づけなかったり、気づいていても育てられなかったり……。「五感を磨くための種まきをしましょう」という思いを込め、平井さんは花のタブロイドに「seed of life」と名付けました。
12月22日のイベントに向けて「seed of life」の制作をスタート。以前から気になっていたグラフィックデザイナーの鈴木孝尚さんにデザインを依頼し、森岡さんはアドバイザーとして関わっていただく形に。3人での初顔合わせの際、鈴木さんに「スタッフは最少人数でやりませんか? 写真も平井さん撮ってください」と提案されます。
iPhoneにマクロレンズを取り付けて花を撮影
日課の散歩中に「センス・オブ・ワンダー」という言葉が突然、頭に降りてきたことがあったという平井さん。気になって言葉の意味を調べているうちに、レイチェル・L・カーソンの著書『センス・オブ・ワンダー』(新潮社)を知り、すぐに買って読んでみて「私の言いたいこと、伝えたいことがそのまんま書いてある!」とびっくりしたそう。
「この本の中に『少しのお金があったら、大人は虫眼鏡を買いなさい』と書いてあったことを思い出したんです。花のおしべとめしべの付き方や、花を横から見た景色など『私は花の何を面白いと思っているのか?』『植物を通じて何にワクワクしているのか?』という目線なら撮れると思い、iPhoneに鈴木さんに勧められて買ったマクロレンズを取り付けて、花を撮影しました」
「seed of life」はテーマの違うカラー版とモノクロ版をセットにすることに。カラー版は前述の「センス・オブ・ワンダー」がテーマ。一方、モノクロ版のテーマは「ありのままの姿」。「季節の花のお届け便」で花を提供してもらった花農家の池田さんの畑に咲く花のありのままの姿の写真と、ありのままの植物といちばん間近で触れている池田さんと平井さんの対談を掲載しています。
植物の種を漉き込んだ「シードペーパー」
「seed of life」刊行にあたり、何か象徴的なものを作りたいと思った平井さん。森岡さんに「インドに植物の種を漉き込んだ紙がある」と教えてもらい、池田さんの畑で育てているフェンネルと同じ種を、茨城の職人さんに漉き込んでもらった「シードペーパー」を作ります。シードペーパーには英訳した平井さんの自作の詩を活版印刷しました。
「シードペーパーは種のところをちぎって植えてほしいですね。ちぎった様子も景色になります。お花の教室の生徒さんは早速植えてくれて『芽が出ました!』と写メを送ってくれました」
森岡書店で開催された「seed of life」刊行記念イベントでは、タブロイド判とシードペーパーのセットだけでなく、厳しい冬を越え春に芽吹く植物の芽の生命力を感じさせるような、身体と心を開かせてくれるような香りのアロマスプレーやバームなどのオリジナル商品も販売。年明けには「すぐそばにある自然のいとなみに気づくことで、私たちの感性の森を育む」をテーマにしたオンラインショップ「seed」を立ち上げ、そのときに必要だと感じたものを少しずつ作っています。
「○○できたらいいな」ではなく「○○したい」と言う
「一期一会、同じものは二度と作れないし、売り切れたらそれで終わり。春分の日には『こんなに可愛いのに、何とかなりませんか?』という水仙農家さんのSOSを受け、葉が落ちて廃棄処分になってしまうはずだった水仙の花のブーケとシードペーパーとセットにして販売しました。『風の時代』ですし、今後の展開も正直何も決めていません(笑)。定番商品も当分は作るつもりもないし。あと2年は実験を続け、トライアンドエラーを繰り返そうと思います」
逆境でも前を向き、使命感を燃やし、失敗も恐れない平井さん。その行動力ゆえ「平井さんは、どうしてそんなことができるんですか?」と相談を持ちかけられることも多いそうですが……。
「『○○できたらいいな』ではなく『○○したい』と言うよう心がけましょう。『○○したい』と言わないと、周囲の人も何に協力したらいいのか分かりません。私も昔から『○○したい』と言葉にして、色々な人に応援してもらって、ここまでやって来た。そして自分がかつて誰かに応援してもらったように、今度は次の人を応援する。恩は返すものじゃなく、次に送るものだと私は思っています」
道ばたの花に気づいたら「花のある生活」は始まる
加えて「腹をくくったらできる」というアドバイスも。
「『腹をくくる』とは、自分の中の制限を払うこと。制限を払うことによって、自分に自信が持てるようになります。そのためには五感を研ぎ澄ますことが必要。そうすると自分に対して正直に、直感で生きることができます。直感で生きれば『○○したい』に繋がり、周囲の人に助けられ、そして腹をくくる。腹をくくることによって、良い循環しか生まれない!」
平井さんが植物を媒介にして様々な活動をしているのは、なんと世界平和のため。道ばたに咲く花の存在に気づいた時点で「花のある生活」は始まっています。その気づきがないと、家の中に花を飾るという発想も起こりません。平井さんが最も伝えたいのは「花の生け方」ではなく「植物と人との関わり」。今後も平井さん、そして「seed」から目が離せません。
平井さんに聞きました
心のウェルネスのためにしていること
「我ながら気が利くけど、一方で他人に何かしてもらうのが苦手。まずは『皆で食事をするとき、自分の食べたいものを主張する』ことから練習しています」
身体のウェルネスのためにしていること
「毎朝の散歩で植物に触れること。朝起きたら水か白湯を1杯飲み、セージ、フランキンセンス、サンダルウッドを焚いて、五感の中で最も脳に直結している嗅覚を研ぎ澄まします」
撮影/高村瑞穂 取材・文/露木桃子
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