料理家 今井真実の「食べたいエンタメ」(ミニレシピ付き)第25回
稲田俊輔さん『東西の味』に触発され”スムース&メロウ”な故郷の味を追い求める【「関西人の心の味」ミニレシピ付き】
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今井 真実
2026.02.27
Yummy!
今月のミニレシピ
関西人の心の味「ヒガシマルうどんスープのきざみうどん」


300mlの水をお鍋に入れて沸騰させて、ヒガシマルうどんスープを溶かし、茹でうどんをほぐれるまで煮て器に盛り付けます。
斜めに薄切りにした万能ネギ、油揚げ1/2枚を薄切りにして、うどんの上に乗せたら出来上がり。一味をかけて召し上がれ。ヒガシマルうどんスープを吸ったおうどんと油揚げが美味しいです。
稲田俊輔さん『東西の味』発売記念イベントにゲスト出演
先日、エリックサウス総料理長で文筆家としてもご活躍の稲田俊輔さんと久しぶりにお会いしました。稲田さんとはお仕事をご一緒する機会が数回あり、雑誌の企画で一緒に旅までした仲。実は料理家同士って会って、同じ仕事をすることはほとんどありません。そんな中で数回ご一緒するということはかなり珍しいことなのです。
今回お会いしたのは、稲田さんの新刊である『東西の味』(集英社)発刊記念イベント。本のテーマでもある、地域の「おいしさ」の秘密を紐解いていく対談のお相手としてお声をかけていただきました。
しかしながら、私は久しぶりの稲田さんとのイベントに大緊張していたのです。

まずこの本『東西の味』、超名著です。東京と関西の料理、調理法、調味料など、食文化のちがいにフォーカスした本作は、餃子にしろ、うどんにしろ、日本の王道の味には地域差が存在するということをあらゆる視点から考察しています。稲田さんの筆致は、ユーモアに溢れ、そして全ての食への愛に満ちており、帯の「分け入っても分け入ってもうまい味」よろしく「分け入っても分け入っても面白すぎる」本なのです。
稲田さんの文章はいつだって読む人を魅了します。今回も読んでいて吹き出したり、膝を打ったり、もう忙しい。へえ、ほう…とつぶやきながら知識欲と胃袋をびしばし刺激されるのです。稲田さんに熱心なファンの方が多いことも納得です。
……だからこそ、責任重大。イベントでこの本の面白さをうまく伝えられるのかしら、とドキドキしながら会場に着くと、なんと楽屋にはむしやしないに「弁松」のお弁当が!
マイファースト「弁松」のお弁当は、思ったより茶色い
ご存知の方も多いかもしれませんが、稲田さん、ことあるごとに「弁松」のお弁当の話を持ち出しています。ファンからすると、「弁松」が一つの共通言語になっているほど。
私も稲田さんと同じく、西の人間です。ですので、「弁松」のお弁当の存在は稲田さんの本で知りました。気にはなっていたものの、まさかマイファースト「弁松」がこのタイミングで訪れるとは! そして、稲田さんと語り合いながら弁松のお弁当をいただくなんて、なんと贅沢なことでしょうか。
ほくほくしていた私ですが、蓋をとった瞬間驚きました。……思ったより、茶色い。誇張ではなく本当に茶色かったんだと、小さく衝撃を受けました。ピンクの縁のかまぼこと卵焼き、絹さやだけはその本来の色を保っています。しかしそのほかは全てが同じ色をしており、それ故に具材がなんなのかあまりよくわかりません。おそるおそる持ち上げて食べた具が筍でびっくりしました。あんな淡い色の筍をここまで染め上げるとは!

そして、甘みも思った以上。よく食レポにありがちな「後味はすっきりです」と言いたいところが、とてもじゃないけれど言えません。むしろ最後まで甘みが追いかけて襲ってきます。しかし、不思議なことにじゃあおいしくないの?と聞かれると、「おいしい……おいしくなってきた」といった曖昧な感想になるのです。
醤油と砂糖という極めて近い存在であったはずの調味料。とにかくその底力に慄いてしまいました。
「めかじき」の硬派な甘みに関東出身の母の味を思い出す
このとき、稲田さんと話していたのですがお弁当に入っている魚が「めかじき」というチョイス。これがやはり「東の味」であることは間違いありません。西だと、ここに入るのはきっと銀だらの西京焼き……もしくはいいとこ鰆でしょう。脂乗りのいい柔らかい白身魚が定番。
だから、ここにしっかりとした味と食感の「めかじき」が入っていることが、西の人間からすると驚くべきものなのです。甘みの中でどことなく硬派にも思えます。






このとき思い出したことがありました。子どもの頃、時折「羽床総本店」のかじきまぐろの漬け焼きが夕飯に出てくることがありました。あっ、あの味だ、と「弁松」のお弁当を食べながら、急に舌の記憶が蘇ります。
私の母は横須賀出身。あの漬け魚の味が時折懐かしかったのでしょうか、「お母さん、これが好きなのよ」といっていたっけ。そんな我が家ですので、いつも西の味と東の味が混在していました。しかし、家の中の料理といつものは当たり前にあるもので、子どもの頃の私はそれが地域性の混在だと言うことも認識していなかったのです。
西の味はスムース&メロウ、東の味はストロング&ソリッド
さて、「弁松」のお弁当。食べれば食べるほど癖になり大満足で完食しました。なぜならビールとの相性が抜群だったのです。酸味と苦味のあるビールに甘いおかずはとっても合う!
そして稲田さんはデザートがわりに食べるという、里芋の煮っ転がしは、千葉出身の夫の父が作る里芋といかの煮物によく似ていました。義父は思い切りのいい性格だから、お砂糖をざぱっと使ってこれだけ甘く出来るのかななんて思っていたのですが、思えばまた東の味を作っていたのかもしれません。

この日のイベントは大成功に終わり、参加者の方々もそれぞれ故郷の味を語るというなんとも温かい流れに。西の味、東の味、それぞれの味の基準を、稲田さんが音楽で表現するものだからお腹を抱えて笑いました。ちなみに西はスムース&メロウ、東はストロング&ソリッド。まろやかで心地よくゆったりとした横揺れの味と、ヘヴィーメタルでギターも速弾きな我が道をいく東。わかるようでわからないようでわかるような!
そして、このイベントの1週間後、私は偶然にも関西出張で神戸と大阪に行ったのでした。いつもは、ふらっと好きなものを食べるのですが、この『東西の味』を読んだ後は西の味に対してぐぐっと解像度が上がり、ついスムース&メロウな食を追い求めてしまいます。そして、そのチャンスは急に訪れました。
「道頓堀 今井」の「木の葉丼」はなぜこんなに沁みるのか
東京に帰る日、梅田大丸に立ち寄って地下の食料品売り場でお弁当を買うことに。そこで発見したのは「道頓堀 今井」です。「道頓堀 今井」は言わずと知れた大阪を代表する老舗うどん店。その今井さんのお弁当やお惣菜がデパ地下で買えるなんて知らなかった!
季節の野菜がお出汁で上品に炊かれた「おにしめ」。「帆立貝ときくらげの玉子じめ」「高野豆腐旨煮」。ああなんとスムース&メロウ! 季節のお弁当のご飯はうすいえんどう、淡い緑色のふきの煮物も美味しそう。そのラインナップにもはや腰砕けになります。ああ、やさしい、薄い。そうか、これが西の味なのか、と深く納得したのでした。そして私がお弁当をあきらめてまで買ったのは「木の葉丼」です!

「木の葉丼」とは焼き蒲鉾と椎茸の冬子の薄切りをお出汁で煮て卵でとじたもの。親子丼のもっともっと穏やかな味わいと言えばいいのでしょうか。おうどん屋さんではおなじみの丼です。久しぶりにお目にかかったよ……。
お店ではアチアチに温めてくださったおかげで、新幹線で食べる頃にはちょうどいい塩梅。ここにも大阪のサービス精神を感じます。別添えになっていた揉み海苔をたっぷりかけていただくと、なぜこんなに染みるの、というほどするすると喉を通っていきます。
故郷の味を思い出し、自らの「おいしい」を更に探し求める
もう東での生活が長くなってしまった私ですが、故郷の味を忘れていなかったんだなあ、こんなにも懐かしく思えるものなんだなあと、しみじみしました。それを思い出させてくれたのは『東西の味』に出会ったからでしょう。
本書は「おいしい食べ物に関する本」ではありますが、自らの「おいしい」がどこにあるのか、という問いをもたらす本でもあります。しかしまたそれと同時に、全ての食べ物は等しく尊いとも強く感じます。

口に入れた瞬間、素直に「おいしい」と思うことはありますよね。しかし稲田さんの文章を読んでいると、舌に乗った食べ物の「おいしい」を更に探しにいけるようになります。そして咀嚼しながら物思いに耽る。そんなふうに食を味わえるようになることは、人生においてとても幸せなことだと、私は信じています。
(『料理家 今井真実の「食べたいエンタメ」(ミニレシピ付き)』は毎月最終金曜日更新です。次回をお楽しみに!)
Staff Credit
撮影(料理)/今井裕治
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