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料理家 今井真実の「食べたいエンタメ」(ミニレシピ付き)第23回

新年を迎える今が始めどき。今井真実さんの「日記」のすすめ【『日記の練習』くどうれいんさんと食べた思い出のミニレシピ付き】

  • 今井 真実

2025.12.26

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Yummy!

今月のミニレシピ

くどうさんにもう一度作りたい「20分ポテト」

今井真実さん くどうさんにもう一度作りたい「20分ポテト」

じゃがいも4個の皮を剥き、薄めの乱切りにする。水に浸けてでんぷんを抜いたら水を切りフライパンで空炒りして表面を乾かす。油を注ぎ、時折裏返しながら中火で20分揚げ焼きする。焦げそうになったら火を弱める。サワークリーム、スイートチリソース、ディルを散らす。

人はなぜ「日記」をつけるのか

さあ年末。2025年も、いよいよ終わりに差し掛かろうとしています。皆様いかがお過ごしですか? 今回は、新しい年を迎えるにあたって、ぴったりの本をご紹介しましょう。

それは作家くどうれいんさんの『日記の練習』(NHK出版)。本書はWEBマガジンに1年間にわたり連載された日記が書籍化、くどうさんの身の回りに起きたことや、喜怒哀楽がぎゅっと詰まった日記文学です。

くどうれいん 『日記の練習』

まえがきにあたる『「日記の練習」をはじめます』の項を読むと、なるほどと思うことが。読者に「くどうさんはおもしろいことがたくさんあってたくさん書けていいですね」と言われ、しかしながらくどうさんはその意見に異を唱えます。

「おもしろいから書くのではない。書いているからどんどんおもしろいことが増えるのだ。」

これは本書の帯にも書かれている一文。日記をたくさん書いているからおもしろいことが見つかる。ああ、そうか。だから本書では、日々の出来事が、まるで綺麗なビー玉が無造作に並べられたように愛らしく光っているのです。

『日記の練習』くどうれいんさんに作った、思い出のレシピ

くどうさんのデビュー作『わたしを空腹にしないほうがいい』を本屋さんで手に取ったのはコロナ禍のさなか。世界がどんどん変わり灰色の霧に包まれていくような日々でした。どんどん鈍っていく感覚に、真っ直ぐに射した光。くどうさんの文章を読みながら、私はいつの間にか泣いてしまっていました。それはすっかり失った若い頃を思い出されたせいか、もしくはその強さがあまりに眩しかったからか。言葉のひとつひとつがみずみずしく弾けて、くどうさんの感情をそのまま浴びるような衝撃を受けました。

そして、また描かれている食べ物や料理が鮮やかで、そそられること! このままでは私も空腹になってしまう、と本屋でお会計をして飛び出し、そのままチーズを大量に買って帰ったことも覚えています。

その後、共通の編集者のおかげでくどうさんも私の料理を作ってくださっていたことがわかり、交流が始まったのです。くどうさんが私の書籍の出版の時にもオンラインでトークイベントをしてくださったことも!

くどうさんが初めてうちに来てくれたときには、今回のレシピのフライドポテトを作りました。私たちは料理をつまみお酒を飲みながら、スーパーボウルのジェニファー・ロペスのダンスを見て、あんなふうに踊りたいですよねとふたりで真顔で話したのでした。

日記を書き続けているからこその「かっこいい」文章

『日記の練習』を読みながら、私はこの初夏のことを思い出しました。

今年の6月に私はくどうさんを訪ねて盛岡に行ったのです。くどうさんは温かく迎えてくださり、エッセイに出てくるお店に連れて行ってくれました。地元の食べ物を味わい、こころゆくまで盛岡を堪能して、それはそれは楽しい旅でした。

自分の大切なものを惜しげもなく差し出し、ひたむきな目線でご自身の考えを話すくどうさん。その誠実さは本書を読んでいるときにも、ひしひしと感じられました。日記だからこそ、すぐそばに感じられる生活の呼吸や、感情がページの隅々まで満ちていてどきどきするほど。しかし、それは決して衝動的ではありません。日記といえども、くどうさんは俯瞰して、その溢れ出る感情さえも言葉の力を持って、緻密に編んでいます。文章は圧倒的で、行間の余白さえも味方につけているように思えました。

今井真実さん くどうさんにもう一度作りたい「20分ポテト」 『日記の練習』

実は私、くどうさんの文章に持っている印象は「かっこいい」。

くどうさんだって私たちと同じように、毎日同じ歩調なわけではなく、にやにやと笑う日もあれば、いつまで経っても涙が止まらない日もある。それは意外なことのようで、波があるのは人間だったら当たり前のことかもしれません。

しかし停滞しているエピソードさえも、鮮やかに表現されていて、匂い立つ反骨精神になんてかっこいいのだ、と思いました。そしてそんな日々を輝かせているのは、やはりくどうさんがおもしろいことを見つける名人で、日記をずっと書いているからなのかもしれません。

くどうさんの葛藤も孤独も、作家としての矜持も、全てくどうさんのもの。読み終わったあとに強烈にそう思ったのでした。



私にとって「日記」は「言い訳」に近いものかもしれない

みなさんは日記を書いていますか? 実は私も日記を数年書き続けていて、毎週日曜日(たまに遅れて月曜日や水曜日)にnoteを更新しています。読者の方々の日々の献立のヒントになればと思い、我が家の夕食などの記録も書いています。これをやることによって、私自身が助けられることも。去年の7月の私は何を作って食べていたのだろう、ということがすぐに調べられてレシピを作るときに役立っています。そういう意味では人の目に見られる前提で書いている日記というものは、プライベートのようでいて決してそうではなく境界線が引かれています。だからこそ、私の場合は表現のトレーニングにもなっています。

日記とは別に、ふとしたときに自分の感情をメモに書き記しておき、後で見直すこともあります。しかし推敲もしていない剥き出しにバツが悪い気持ちになり、なんでこんなことで悩んでいたのだろう、怒っていたのだろうと思うことがほとんど。そのメモはくちゃくちゃに丸めて無かったことにして、そっと捨ててしまいます。

くどうさんにもう一度作りたい「20分ポテト」 今井真実さん

しかし、もしくどうさんだったらそのメモさえも感情の発露として、きっと認めてあげることができるんだろうと思いました。どんな自分でも手に取り、ゆっくりあたためて発酵させて、作品にする。だからこそ、くどうさんの言葉をみんなが待っているのです。

そう考えると、私にとって「日記」って、ちょっと「言い訳」に近いのかもしれません。毎日後悔ばかりで反省するのがいやだから、一日の終わりに「いやーそんなつもりじゃなかったんだけどさー」って言い訳をしたくなっちゃう。

くどうさんの言うとおり、日記を書くことで生活はおもしろくなる、それは間違いありません。しかし、その理由は、書いている人だけがわかることでしょう。

もうすぐ2026年を迎えます。もし、あなたがまだ日記を書いていなければ『日記の練習』を読んで書き始めてはいかが?

自分だけの言葉を使いこなすことはなかなかいいものです。然もすれば、淡々と過ぎていく毎日だって、あなた自身の手で輝くものにできるのですから。

(『料理家 今井真実の「食べたいエンタメ」(ミニレシピ付き)』は毎月最終金曜日更新です。次回をお楽しみに!)


Staff Credit

撮影/今井裕治

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今井 真実 Mami Imai

料理家

レシピやエッセイ、SNSでの発信が支持を集め、多岐の媒体にわたりレシピ製作、執筆を行う。身近な食材を使い、新たな組み合わせで作る個性的な料理は「知っているのに知らない味」「何度も作りたくなる」「料理が楽しくなる」と定評を得ている。2023年より「オージービーフマイト」日本代表に選出され、オージービーフのPR大使としても活動している。既刊に、「低温オーブンの肉料理」(グラフィック社)など。

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