FOOD

料理家 今井真実の「食べたいエンタメ」(ミニレシピ付き)第21回

料理家今井真実さんが『じゃあ、あんたが作ってみろよ』筑前煮男に教えたい「材料2つの筑前煮」【ミニレシピ付き】

  • 今井 真実

2025.10.31

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Yummy!

今月のミニレシピ

勝男も作れる材料2つの筑前煮

今井真実さん 勝男も作れる材料2つの筑前煮 『じゃあ、あんたが作ってみろよ』

材料

  • 鶏肉(唐揚げ用)……200g
  • 油……小さじ2(約8g)
  • にんじん……1本(約150g)2cm厚さの乱切り
  • A(醤油、みりん、酒……大さじ1ずつ)
  • 水……1/2カップ
  • 鰹節……1パック(2g)

作り方

油と皮目を下にした鶏肉とにんじんをフライパンに入れて中火6分焼き付けます。裏返してAを入れて蓋をして中火5分蒸し焼きします。火を止めて、鰹節を全体にまぶして出来上がりです。

顆粒だしを使いたくない勝男。これなら出汁を取らずとも料理初心者の彼でも作れるのではないでしょうか?

彼女の手料理に「全体的におかずが茶色い」とダメ出しする”筑前煮男”

何から伝えればいいのかわからないほど、このマンガに夢中! それは谷口菜津子さん作の『じゃあ、あんたが作ってみろよ』(ぶんか社)です。コミックは大ヒット、そしてただいま実写化されて放映中。ドラマも、もうすでに話題になりご存知の方もたくさんいらっしゃるのではないでしょうか?

今井真実さん じゃあ、あんたが作ってみろよ

さて、原作であるマンガの内容を少し説明いたしましょう。物語は、海老原勝男と山岸鮎美、同棲中のカップルの食事の風景から始まります。鯖の味噌煮にお味噌汁、蓮根の煮物などが食卓に並び、鮎美の作った料理をなぜかちょっと上から目線で褒める勝男。それだけで、読んでいてむかっとするのですが、「しいて言うなら、全体的におかずが茶色すぎるかな? もっと彩りを入れたほうがいい」と言い放つのです。しかも、これ鮎美に対してマウントを取ろうとしているわけでなく、勝男のナチュラルな姿。なーんの悪意もないのです。ただただ良かれと思ってのアドバイス。モラハラとか威圧的でも……きっとなさそう。よけいにタチが悪い。

鮎美も「ごめんなさい勝男さん」とにこやかに返します。鮎美スルー力すごい……。きっともうずっと言われ慣れてるんだろうなあ。キレちゃいなよ、キレないとわかんないよ、この人。と思わず鮎美に言いたくなるけど、ガマンガマン。だってこのマンガのタイトル『じゃあ、あんたが作ってみろよ』ですよ? 最初からこの一連の勝男を突っ込んでいるんですよ!

しかも勝男、こんな言い草のくせに鮎美が大好き。意を決して記念日に夜景の見えるレストランでプロポーズします。しかし、そのときの鮎美が最高。「ん〜無理」と、勝男に言い放つのでした。なんと!  鮎美すごい。断っちゃうんだ! かっこいい! だって勝男、失礼だもんね。あんな人とずっと暮らせるわけがない。毎日料理をしてくれている人に対して、あんな態度と言葉をかける人なんて別れたほうが絶対いい!

何の気なしに食べていた筑前煮、実はとてつもなく作るのが大変!

しかし、鮎美自身も自分の本当に求めているものをちゃんと意識したことがなかったのでした。勝男に言われるがまま、何を言われても、それで例えいやな気分になったとしても、波風が立たなければいい。「愛される女の子はいつでも笑顔でいなきゃ」と鮎美は思っていました。しかしそんなとき彼女は自由を謳歌する友人と出会います。自分の好きなものを大切にして幸せそうな友人を前に、自分が本当に好きなものはなんだろう、幸せなことってなんだろう、と自問自答します。彼女は初めて自分自身と向き合うこととなりました。そして結婚という一大イベントを前にして、勝男に初めてNOを突きつけることができたのです。

今井真実さん じゃあ、あんたが作ってみろよ

さて勝男。なんなら、鮎美だけではなく、会社の後輩のことも見えてない。基本的にプチ失礼。でも、会社の後輩の女性は鮎美と違ってちゃんと勝男の言うことにキレるんですよ。でね、勝男の良いところはそこで逆ギレしない。そっか、そういう考えもあるのか、と、ちゃんと飲み込むんです。そして、人それぞれ考えがあるし、人それぞれ「幸せ」の価値観はちがうのか、とちゃんと学び、彼は少しずつ変わっていくのでした。

鮎美と別れた後も、勝男は彼女の作ってくれていた筑前煮の味が忘れられません。彼は人生で初めて、自分で筑前煮を作ることに挑戦します。最初は簡単だと思っていたのに、根菜は硬くてガリガリ。彩りのさやいんげんも一緒に煮てしまって、彩りにもなりません。何の気なしに食べていた筑前煮が実はとてつもなく大変な料理だったことを勝男は初めて知るのです。鮎美の筑前煮はにんじんも蓮根も梅の花の形に飾り切りしてあって、美しくておいしくって。それに対して、自分はちゃんとありがとうと言っていたのだろうか。勝男は料理をするようになって自分の傲慢さに気づきました。そして毎日鮎美の気持ちを踏みにじっていたのだと涙するのです。

彼は「変わりたい」と強く思うのでした。



最初は「なんだこのひと!」と思っていた勝男が、いつの間にか愛おしくなる理由

このマンガを読んでいると、最初は「なんだこのひと!」と思っていた勝男のことを、いつの間にか愛おしく応援してしまうんですよね。なぜなら勝男自身がわからないことをちゃんと理解しようと能動的に動く人ということがわかるから。彼が鮎美に向けていた愛情は本物だったのです。だからこそ、自分が何を間違っていたのか知りたいと行動しますし、周りの人との対話を重ねます。彼は決して逃げないのです。実は勝男は分かり合えないことや、お互いの個性を知り、認め合おうと辛抱強く試みる人でした。

ただ、鮎美とは話し合わなかっただけ、勝男は鮎美のことを決めつけ、鮎美はそんな彼に合わせていました。それでは、どこかで綻びが出るものです。恋愛関係を始めるときって猫をかぶったり、自分の好みを押し付けたくなるけれど、本当は腹を割って向き合わないと長くは続きませんよね。

その後初めて女友達ができた勝男は鮎美のことを思い出します。「男とか女とかそういうのじゃなくて人と人同士でわかりあえたら」。

ムカつくけど憎めない。竹内涼真さんがドラマ版勝男を好演

このマンガのキーワードはなんといっても「料理」です。最初は時代錯誤のトンデモ発言を繰り返していた勝男も料理を始めてから急激に変化を遂げます。そして誰かを思って作ることの感情や、楽しさを知ることに。料理を通して、昔の思い出に浸ったり、世界が広がるような気持ちになったのです。このくだりは感動的。だって、料理ってそういう効用があるのですから。

そして、これがまたドラマ版も最高なんですよ! 主人公を竹内涼真さん、夏帆さんが演じられると知った時、私の中でガッツポーズ。キャスティングした人に拍手を送りたい! おかげで火曜日22時はテレビの前に夫と娘とスタンバイして、ああだこうだと言いながら楽しんでいます。素敵なドラマに出会えると、家族の思い出も増えるもの。ありがたや……。

今井真実さん 勝男も作れる材料2つの筑前煮

時代錯誤な勝男をいきいきと演じられている竹内涼真さん。なんとまあ、さわやか! 勝男のある意味「やなかんじ!」を、一切ウソのない笑顔で昇華させているんです。素晴らしい! まさにムカつくけど憎めない。だって計算とか感じられないんだもん。

一方、鮎美は条件が良いからと、勝男と付き合っていた強者です。実際にいたらそれはそれでちょっとあざといかんじもする。しかし夏帆さんが演じられるとあら不思議。なんとピュアネス! 腹黒さは一切感じられず、ただそうせざるを得なかったようにしか見えません。鮎美は自分の思っていることを発言することで誰かがいやな気持ちになったりするのが怖いんですよね。わかる……。

もはや、出てる人みんな幸せになって〜と祈るように見ています。

『じゃあ、あんたが作ってみろよ』には社会で生きていく上で大切なことが詰まっています

『じゃあ、あんたが作ってみろよ』は、もはやバイブル。老若男女みんなに読んでほしいです。時期が来たら子どもにも。社会で生きていく上で大切なことが詰まっています。

最初は恋愛マンガだと思い読み始めました。しかし『じゃあ、あんたが作ってみろよ』は、人間愛に満ち溢れ、価値観の呪縛を解く物語なのです。

今井真実さん 勝男も作れる材料2つの筑前煮 じゃあ、あんたが作ってみろよ

(『料理家 今井真実の「食べたいエンタメ」(ミニレシピ付き)』は毎月最終金曜日更新です。次回をお楽しみに!)


Staff Credit

撮影/今井裕治

Check!

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今井 真実 Mami Imai

料理家

レシピやエッセイ、SNSでの発信が支持を集め、多岐の媒体にわたりレシピ製作、執筆を行う。身近な食材を使い、新たな組み合わせで作る個性的な料理は「知っているのに知らない味」「何度も作りたくなる」「料理が楽しくなる」と定評を得ている。2023年より「オージービーフマイト」日本代表に選出され、オージービーフのPR大使としても活動している。既刊に、「低温オーブンの肉料理」(グラフィック社)など。

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