衝撃のラストシーンが、本作に参加したいと思わせた
これはもう誇張でなく、“胸ガクブル映画”の決定版とでも言うべき『かくしごと』。観たら暫く頭から離れなくなると思います。監督は、数ヵ月前に本コーナーに登場いただいたばかり、その際はドキュメンタリー映画『燃えるドレスを紡いで』を撮られた関根光才さんです。
今回は、杏さんが主演を務めるフィクション映画。LEE世代が日々のニュースの中で最も耳をそばだて、平常心ではいられなくなるようなトピックスが、最初にドンと提起される衝撃作です。虐待された少年との出会い、そして親の介護――。もはや杏さん演じる千紗子を巡る物語が他人事と思えず、冒頭からズッポリと没入させられます。
どこへ転がっていくのか最後まで物語から目が離せず、観終えてなおザワザワが止まらない。“あの時、千紗子は――”と、はやる気持ちを杏さんに直接ぶつけました。本コーナーで昨夏、『私たちの声』でお話をうかがったばかりの杏さんですが、相変わらず溌溂と爽やかで率直で、またも魅了されました!
杏
1986年4月14日生まれ。2001年にモデルとしてデビュー。世界のファッションショーで活躍。2007年に女優デビュー。主な出演ドラマに、連続テレビ小説「ごちそうさん」(13)、ドラマ「花咲舞が黙ってない」シリーズ、ドラマ「競争の番人」(22)など。近年の映画出演作に『キングダム 運命の炎』(23)、『翔んで埼玉 ~琵琶湖より愛をこめて~』(23)、『窓ぎわのトットちゃん』(23)など。2021年よりYouTubeチャンネル「杏/anne TOKYO」で発信。22年より3人の子供と、日本とパリの二拠点生活を送る。
脚本を読んだ際、まず感じたことを教えてください。
「最初に読んだとき、ラストシーンの描き方がすごく面白いなと思いました。その後、原作を読んだら、まだまだ先へと物語は続くのですが、脚本を手掛けられた関根監督が、あの終わり方にしたことが、すごく潔いと思いましたし、より余韻が残ると感じました。とにかく脚本のラストシーンに大きな衝撃を受け、それが本作に参加したいと思ったきっかけになりました。そうして出来上がった映画を観たら……そこからエンドロールへの繋がりが、さらにまた素晴らしいんですよ!!」
『かくしごと』ってこんな映画
絵本作家の千紗子(杏)は、ずっと疎遠にしてきた一人暮らしの父親(奥田瑛二)が認知症を発症したため、田舎に帰って来る。厳しかった父は、いまでは娘のことさえ忘れてしまったかのよう。ある日、久しぶりに再会した旧友の久江(佐津川愛美)と遊びに出かけた帰り道、久江が運転する車が夜道をフラフラ歩く少年(中須翔真)をはねてしまう。幸い大きなケガはないが、目覚めた少年は記憶を失っていた。彼の身体に激しい虐待の痕を見つけた千紗子は、少年を匿うことに。やがて自分の子供として育てることを決め、自分が母親だと嘘をつき、「拓未」と名付けて一緒に暮らし始めるが――。
観ながら思わず“助けてあげて!”と千紗子を応援せずにいられませんでした。杏さん自身は、千紗子の選択や行動をどのように感じましたか?
「実際にニュースなどで見聞きして、小さな子どもや動物など立場が弱かったり自分で選べず巻き込まれてしまう存在に対して、年を重ねるにつれどんどん思い入れが強くなったというか、思いを馳せることが多くなっていたんです。そんなところに千紗子というキャラクターが飛び込んできました」
「ある悲しいバックグラウンドを持つ千紗子は、社会的な倫理やルールをひっくり返してでも、今、目の前にある命を助けようとします。私自身ならきっと、まず倫理やルールに照らし合わせた行動をしてしまうと思いますが、千紗子は普通なら不可能なことを可能にしていく力があります。そんな千紗子を、やっぱり私も応援したくなりました」
本作には、“もし自分なら!?”と突きつけるパワーがあります。だから終始ドキドキしてしまって……。
「いつもニュースを見ながら、勝手に“助けたい!”と思うことがあっても、実際には出来ませんよね。それを千紗子が叶えてくれたというか……。善悪はさておき、法に触れたらマズいぞと分かりつつも、まずは“この子を助ける!”と真っ直ぐに体現した千紗子の行動力は、やっぱりスゴイしカッコいいな、とは思いますね」
そうなると脚本を読んだ瞬間、すぐに千紗子を演じたくなったのでは!?
「それは、逆にあまりなかったですね。というのも少年を演じる(中須)翔真君ありきだな、と思っていたので。例えばラストシーンでは、私はどういう感情が一番に出てくるのか全く分からなかったんです。そうしたら翔真君のあの淡々とした演技というか表現に、背中に雨垂れが落ちて来たようにヒヤッとして、“怖い…”と思って。もちろん愛しさや悲しさがないわけではない。でも“怖い”という感情が最初にバッと入って来て、そんな感情を抱かされたラストシーンで、“わ、これは思っていた以上にミステリー作品なんだな”と強く思わされました」
千紗子の罪深い一言とはーー
観ながら千紗子の背中を押していた一方で、実は少年に対して千紗子が「あなたは私の子供なの」と言う瞬間は、思わずドキッとしてしまったんです。“うわ、言ってしまった……”と。
「しかもその後で、“お母さんって呼んで”と、千紗子は重ねるように言うんですよね。あのシーンは、すごい罪が深いなって思いました。与えるだけじゃなく、与えられたいと願ってしまった、と。少年にレスポンスを求めちゃった、すごい罪深いシーンだと感じ、あのセリフは私も演じながら言いづらさがありました。でも同時に、“お母さん”と呼んでもらえた時の震えるような感情がすごくあって。あそこは見返すたび、毎回すごく涙が出てしまうんです」
監督からは、台本のままではなく、自分の言葉でセリフを言って欲しいと言われたそうですね。
「ニュアンスが合っていれば細かな言葉は違ってもいいという程度のことですが、とにかく生の感情を出して欲しいとおっしゃっていました。だからあまり(リハーサルやテストを)重ねずに、とても自然体であることを重視して撮ってくださって。とにかくカメラ前での“生”の感情を大事にされていましたし、脚本も監督が書かれているので、疑問が出ても解決が速いというか、とても話しやすかったですね」
もう一つの“介護”というテーマ
父親の認知症という問題も、非常にリアリティがありました。千紗子と父親について感じたことを教えてください。
「父親像や2人の関係性については、あまり詳しく描かれていませんが、千紗子の父親は本当にかくしゃくとされて威厳があった方だったんでしょうね。厳格な父親に抑圧されてた、という側面もあったと思います。そんな千紗子が、どんどん子供に戻っていく父親と対峙しなければならなくなる。自分が知っている父親像がどんどん崩れていく悲しさや戸惑いもあったでしょうが、誰しもが直面するかもしれない問題であり、今後さらに社会的に大きな問題になっていくんだろうなと思います」
また父親役の奥田瑛二さんが、リアルで素晴らしかったです。何度も“うわぁ……”と思わされて……。
「今回の現場で奥田さんは、お父さんとしてのキャラクターを抜かず、ずっと“あの父親のまま”でいらっしゃいました。その没入の仕方は、凄かったですね。パパッと切替えにくいキャラクターだったでしょうし、でもだからこそ私も新鮮な印象のまま現場にずっと居られました。それぞれの方にアプローチの仕方があって、それぞれみんながそれをとても大事にしている作品でしたね」
父親が千紗子に、“お母さん、お母さん”と言うシーンも印象的です。
「千紗子にとっては、初めてお父さんの感情が見えたというか、初めてちゃんと言葉らしい言葉を交わした瞬間だったと思います。実際は違うかもしれないけれど、千紗子はずっと父親にねぎらわれず、優しい言葉を掛けてもらえなかったと認識していましたから。断絶の期間があって、お父さんが認知症になって初めて、千紗子は父親の気持ちを感じることができたのかな、とか色々考えて。すごく残酷なようにも思えますが、人生ってこういうことの繰り返しなんだろうな、と」
「きっとこれから私も、子どもたちから“あの時、何もしてくれなかった!”とか思われたり言われたりするかもしれないな、と思って。こっちからすると、色々してたのにな、みたいな(笑)。親になって初めて、そういうことも知りました」
役作りにも遊び心を忘れずに!
ちなみに千紗子を演じている期間中は、何かに追われているような圧迫感や、誰かにバレるのではという恐れにつきまとわれたりしましたか?
「それはないかな。千紗子は自分自身と重なるわけではなく、千紗子という友人がずっと一緒に居るような気持ちに近い。だから千紗子の人格を尊重したい、千紗子をもっと知りたい、宜しくね、みたいな感覚で。千紗子にとって楽しい思い出や涙の思い出を一杯一杯思い浮かべて……。そういう妄想には結構、時間を費やしました」
「今回は特殊技能が必要な役ではないので事前準備はありませんでしたが、実は誰にも内緒の“何か”を抱えている気持ちになろうと、時間が経つと消えるタトゥーシールを、誰にも見えないお腹に貼っていました。役作りに生かすというより、ちょっとした遊び心というか。ちなみに海と太陽の柄でした」
ユニークな試みですね!! そうした“ちょっと心にチェック!”的なことって、これまでも何かしたことが?
「また全然違いますが、『真夏の方程式』では、ずっと十字架をポケットに入れていました。(役の)衣装を脱ぐときも、誰にも気づかれないようにサッと自分のバッグに入れて。それも遊び心みたいなものですが、ちょっとした秘密を持つスリルみたいなものを試してみた。そういうことを、ちょっとやってみたくなるんです(笑)」
本作は、映像の美しさにも目が惹き付けられました。現場はどんな感じでしたか?
「撮影は8月の終わりだったので陽が落ちるのが速く、そんな中で監督が自然光にこだわられていたので、現場は光との戦いでした。明るいうちに撮らなければ、と。でもだからこそ、あの季節の日本の夏の湿度感――肌が汗ばんでくるような光景や風景や空気感が、すごく自然に映り込んでいると思います」
「少しでもスケジュールがズレたら、あの季節感は出なかったでしょうね。すべてが上手く組み合わさって、奇跡のような映像を切り取ることができたと思います。終盤、ある衝撃的なシーンがあり、千紗子が思わず……という決定的な瞬間に、雨がサーっと降ってきたんです。あれは演出ではなく、本当にあの瞬間に降り始めて。その後、みるみる暗くなって、そのままクランクアップになったのですが、まさに奇跡でした。現場でもみんな“スゴイ、スゴイ!!”と言い合って。だからやっぱりこの映画は、映画館で観て欲しいです」
フランスと日本でハッピーライフ!
パリと日本の2拠点生活を始めて早2年目。どっちが暮らしやすい、自分に合うなどありますか?
「それはないかな。フランスに行けばフランスでの自分のサイクルがあり、こっちに来れば日本での習慣が戻って来るので、自分1人が行ったり来たりしているというより、自分がフッと2人に増えたような感覚なんです。こうして(取材のため)一人で日本に来る時は、不在にする間の子供のケアをしてもらう段取りを組んで、自分で手配して一人で飛行機に乗る。そういう子どもと離れた時間からも、すごくいい距離をお互いに受け取れているのを感じたりしています」
働くママとしては、仕事と子育てを両立させるため、色んな生活の算段をパパッとこなす力が必要になりますよね。
「私は、色んな人に頼る大事さを強く感じています。核家族の極みといえる少数精鋭でやっているので(笑)、日々の生活は周りの人たちに助けられながら。仕事のスタッフさんも家に来たりして、みんなでワイワイとチームで子育てをやってもらっていた感じです。世間では“ワンオペ”という言葉がありますが、色んな人に関わってもらうこと、他者との触れ合いはすごく必要だと感じます。いろんな交流から、例えば洗濯物の畳み方一つにしても、子供との接し方にしても、教わることが多くて勉強になりますし。だから本作も、私の心の中のエンドクレジットには、追加で入れたい人がたくさんいるんです」
一方で、もう一つのテーマの“介護”は、子育てと異なって終わりが見えない分、よりキツかったりするとも思います。
「だからこそ一人で抱え込まずに、誰かを頼るということがより大事になってくると思います。もし私が介護をする立場になっても、現在の子育てのシッターさん同様に、行政やプロの方の手をなるべく借りて頼りたいと思います。自分が逆(介護してもらう)の立場だとしても、そうして欲しいと思うので……。とは言え難しいことは多々あると思いますが、誰もが避けては通れない問題なので、私も先々の色々なことを想像して準備をしておかないとな、と考えたりすることもあります」
では最後に、杏さんが日本に来る時に必ず持ってくるもの、逆にフランスに行く時に必ず持っていく物ってありますか?
「子供たちが毎日おやつを学校に持ってくので、日本の個包装になっているお菓子が便利で、あんこやドーナツなど日持ちのする駄菓子などを、たくさん買って持っていきます。日本のお菓子は、個包装で可愛いくて、美味しいので人気です」
「フランスからは、私の周りの人がみんな大好きな“そば粉のチップス”をよく買って来ます。スーパーで売っていて、ガレットみたいにパリパリにして袋に詰めたもので、隠れた名品ですよ」
最後は映画から話がズレましたが、やっぱり憧れのパリ生活についてはどうしても知りたくなってしまいます。もとい、杏さんの色んな表情に思わず胸を揺さぶられる映画『かくしごと』で、杏さんの女優としての評価は、さらに高まること間違いなし! 杏さんも、「数えてみたら主演作って8年ぶりなんですよ。この『かくしごと』は私にとって、本当に大きな意味のある大事な作品です」と語ります。
他人事ではない今の日本が映し込まれた、心を掴まれずにいられない問題作『かくしごと』。重いヒューマンドラマかと思いきや、ハラハラドキドキして目が離せないサスペンスフルな展開が目白押しの魅惑のヒューマン・ミステリーです。そして日本の原風景が広がる映像美をたっぷりと、是非大きなスクリーンで堪能してください!
映画『かくしごと』
© 2024「かくしごと」製作委員会
6月7日(金)より全国公開
脚本・監督: 関根光才
出演: 杏、中須翔真、佐津川愛美/ 安藤政信、奥田瑛二
2024/日本/128分/配給:ハピネットファントム・スタジオ
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写真:菅原有希子
スタイリスト 中井綾子(crêpe)
ヘアメイク 犬木愛(AGEE)
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折田千鶴子 Chizuko Orita
映画ライター/映画評論家
LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。