『ぼくが生きてる、ふたつの世界』『本日公休』『西湖畔に生きる』
LEE世代にとって心の真ん中をズドンと射貫かれる、母と子の関係をじっくり考えさせる秀作が3作、今秋揃って公開されます。しかも、日本発、台湾発、中国発と、アジアならではの親密で懐かしいような肌触りの作品たちで、妙に“なんか分かる~!”とジワジワ来ます。どの作品にも、“あの時の母の姿”に胸が締め付けられ、切なくてウルウルするような感慨にどっぷり包まれます。
とはいえ国も環境や経済状況も、もちろん親子関係もそれぞれ全く違います。それでも共通しているのは、“私たちは母の何を知っていたのだろう?”と考えをめぐらされ、その愛の深さに胸を突かれること――。同時に自分は逆に親として、子どもたちに何をしてあげられるのか、子どもたちにとってどんな存在でいたいのか、これからどう向き合うべきか、なんてことも頭をかすめます。
それぞれの母子関係から、3作品の見どころを紐解いていきたいと思います。
吉沢亮主演作 『ぼくが生きてる、ふたつの世界』
今をときめく吉沢亮さんが、コーダ(映画『Coda コーダ あいのうた』で広く認知された、耳の聞こえない両親に育てられた子ども)として、葛藤しながら成長していく少年~青年をリアルな息遣いで演じています。
Story & Introduction
宮城県の小さな港町で生まれた五十嵐大は、耳が聞こえない両親――陽気な父(今井彰人)と母・明子(忍足亜希子)の愛をいっぱいに受け、元気いっぱいに育ちます。けれど小学生になると、自分の親と友だちの親との違いを意識するように。授業参観の知らせを隠していた大に、母は「お母さんが恥ずかしい?」と尋ねますが、大は答えることが出来ません。中学生になると反抗期も加わり、明るい母親が疎ましくて、大(吉沢亮)は益々不機嫌になってしまいます。高校受験事情に疎い母親にイライラし、受験に失敗したのは母親のせいだと怒りをぶつけてしまい……。大好きな母を傷つけてしまう自分を持て余したまま20歳になった大は、父親に背中を押されて、誰も自分のことを知らない東京へと旅立ちますが――。
『そこのみにて光輝く』(14)や『きみはいい子』(15)の、呉美保監督、9年ぶりの長編映画。原作は、五十嵐大の自伝的エッセー「ろうの両親から生まれたぼくが聴こえる世界と聴こえない世界を行き来して考えた30のこと」(幻冬舎刊)。
◆子への共感ポイント
つい甘えからか、親にイヤな態度や鋭い言葉を投げつけて傷つけてしまった覚えのある人、どこか苦い後悔が残っている人(きっと多くの方がそうなのでは⁉)は、もう他人事と思えず共感必至です。自分のことを思ってくれているからこそと分かっていても、母の言動を“ウザい”と感じてしまうのは、きっと、いつの時代も世の常なのでしょう。
例えば中学時代の大が、“なんで俺がいつも(母の方に)譲歩しなきゃならないんだよ!!”とイライラし、手話で会話することさえ拒否する頑なな態度や、そうしてしまう大の衝動的な気持ちも、だから何となく分かってしまうのです。母のことを傷つけたいわけじゃないのに……という自己嫌悪も。耳が聞こえないことを誰からも責められる必要も差別されるいわれもないのに、周囲から蔑まれたり差別されたりする状況自体を、きっと大も怒り、どうしようもなく苛立ってしまう、その蓄積だというのも、すごく伝わってくるのです。
母親ならきっと分かってくれるているハズ、だから怒らないでいてくれるハズ、あるいは、もっと母に自分のことを分かって欲しい、苦労している、頑張っていると労わって欲しい。そんな子どもの身勝手が身に覚えあるからこそ、観ながら痛くて、いたたまれなくて、申し訳なくて…。中学生~20代中盤を演じた吉沢亮さんが、時代ごとのイライラや葛藤、素直になれなさ、そして少しずつ成長していく姿を、繊細にリアルに演じて、その演技も見応え十二分です。
◆母の愛に胸打たれる!
不機嫌な息子の態度が気にならないハズはないのに、大らかに構える母・明子さんに頭が下がります! 自分なら、きっとイライラ返ししちゃうな…と。そんな明子さんが、購入したての高価な補聴器に興奮し、意味を拾うまではいかなくても、音として「これで大ちゃんの声がきこえる!」と無邪気に大喜びする姿も、痛いほど気持ちが分かる! それなのに大ったら、つれなくて……。
また、ちょっと象徴的でもありますが、“母から定期的に届く宅急便”や、そこに添えられた短い手紙やお小遣いなどに、思わず涙があふれそうになりながら、胸が疼(うず)く人も多いのではないでしょうか。 いくつもの小さなエピソードが脳裏に印象的に刻まれますが、最大の必見シーンは、ズバリ、ラスト! これはもう落涙必至です。しばらく涙が止まりません。
これまでの母とのこと、母の深い愛はもちろんのこと、母に対する自分の心の中の深い深い愛と感謝に全身を貫かれるような大の表情――どこで、なぜ、どんな瞬間、どんな風に――は劇場でのお楽しみに! う~ん、吉沢亮さんに見事ヤラれました!! 聞こえる世界と聞こえない世界、ふたつの世界を生きてきた大の成長と気づきを描いた青春映画の感動と余韻を、是非みなさんもたっぷり味わって下さい。
©五十嵐大/幻冬舎 ©2024「ぼくが生きてる、ふたつの世界」製作委員会
9月20日(金)新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座ほか全国順次公開
2024/日本/カラー/105分/配給:ギャガ
監督:呉美保 / 脚本:港岳彦
出演:吉沢亮、忍足亜希子、今井彰人、ユースケ・サンタマリア、烏丸せつこ、でんでん
まさに“母の心、子知らず!”な、『本日公休』
Story & Introduction
台中の下町で40年にわたり、アールイ(ルー・シャオフェン)は理髪店を営んでいます。常連客たちと数か月に一度、定期的にお喋りをしながら髪を切るアールイは、彼らのヘアスタイルの好みはもちろんのこと、家族や人生の状況までよく知っています。アールイの3人の子ども――長女は台北でスタイリストを、次女は街のヘアサロンで美容師を、長男は一獲千金を夢見て定職に就かずにフラフラ。みな実家にあまり顔を出さず、アールイのことを気に掛けているのは、同じ下町で自動車修理店を営む次女の元夫(フー・モンボー)だけ。そんなある日、遠くから通い続けてきた常連客の一人、“先生”が床に伏したと聞いたアールイは、店を「公休」にして訪問散髪に向かおうとするのですが――。
監督は、MV監督としても活躍する台湾の俊英フー・ティエンユー。本作が長編3作目。アールイを演じたのは、24年ぶりに銀幕復帰となった名優ルー・シャオフェン。台北電影奨主演女優賞、大阪アジアン映画祭・薬師信受賞(俳優賞)を受賞しました。
◆子どもたちへの共感ポイント
実家になかなか顔を出さないなんて、きっと多くの方がイタタタタ……となるのでは? しかもたまに顔を出せば、母親を年寄り扱いして“しっかりしてよ”とか“面倒言わないで!”的な態度を取ってしまう3人。そんな彼らの姿を客観的に見ると、“うわ~、なんて身勝手なんだろう”と批判めいた目線になったりするのですが、同時にフと、“自分も同じようなことはなかった?”と我が身を振り返らされたり。
そんな母アールイを常に気に掛けているのが、既に離婚して数年経つ次女の元夫――という状況に、かの小津安二郎の『東京物語』の逆バージョンみたいだな、と重ねずにはいられませんでした。実の子供たちは忙しさを理由に母親を邪険に扱ってしまうけれど、義理の元息子だけが孫の顔を見せるために散髪を理由に定期的に理髪店を訪れては、義母の様子をうかがったり雑事をこなしてあげたり。もちろん元妻への未練があるからかもしれませんが、そうであったとしても義母を心配して色々と骨を折る姿に、人と人の温かな繋がりを感じて、それが深く心に響きました。
そして本作のメインエピソードへ。“本日公休”と店に札を出し、遠方まで訪問散髪に向かおうとする母に対して、実の子どもたちは心配しつつも、「そんな儲からない仕事なんか!」「わざわざ行く必要ある!?」的な態度を取ってしまうんです。でもやっぱり義理の息子だけは、自分が車を運転していくと申し出てくれて。
血の繋がりって何なんだろうと思いつつ、それでもやっぱり実の子どもは何があっても第一に心配だし、可愛いし、守ってあげたい、幸せになって欲しいと願うのが母なんだな、としみじみさせられます。(確か『東京物語』にも、孫たちも可愛いけれど、やっぱり自分の子供たちに会えたのが一番嬉しかった、というお母さんの言葉があった気がします)
◆母の生き方に胸を打たれる!
仕事に誇りをもち、損得勘定を抜きに馴染みの常連客のために尽くす母アールイの姿勢に、素直に尊敬の念を禁じ得ません。それは時代遅れだったり、損しているように見えるかもしれませんが、人間として、出来たら自分もそうありたいな…と思わされる美しい清々しさに満ちていて。訪問散髪に訪れた“先生”宅で、アールイの言葉によって“先生”の息子や娘が、それまで知らなかった父の姿や愛に触れるエピソードもとっても胸に響きます。
一方、ドラ息子に甘いと姉妹に責められます(姉妹の主張もすごく分かる!)が、母の脳裏にはやっぱり小さな頃からの息子の姿がいっぱい蓄積されているからこそ、信じたい気持ちや期待や愛情が色々と複雑に絡んでいるんだな、としみじみさせられました。都会でバリバリ働くスタイリストの長女を突然訪問するエピソードにしても……内容はここでは控えますが、やっぱり母親の愛だなぁ、としみじみ。その後、長女のその件については、ちょっと笑える展開もあるのですが(笑)!
“無償の愛”という言葉には、個人的には何やら聖人扱いしているようで居心地の悪さを覚えてしまいますが、“母親という生き物”の業と愛の深さに、改めて敬意を覚えた映画でした。加えて、かのチェン・ボーリン(『藍色夏恋』が懐かしい!)が、謎の青年として登場するエピソードも、とっても味わい深くて必見です!
ちなみに監督のお母様がモデルになっているそうで、実際にお母さんの理髪店で撮影されているそう。そこに漂うノスタルジックな空気や風情、昔ながらの人情味も大きな味わいポイントです!
3月8日(金)新宿バルト9ほか全国公開
(c) 2023 Bole Film Co., Ltd. ASOBI Production Co., Ltd. All Rights Reserved
9月20日(金)より新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー
2023/台湾/106分/配給:ザジフィルムズ、オリオフィルムズ
監督・脚本:フー・ティエンユー
出演:ルー・シャオフェン、フー・モンボー、アニー・チェン、ファン・ジーヨウ、シー・ミンシュアイ
母を救うために息子が奔走する『西湖畔(せいこはん)に生きる』
Story & Introduction
杭州市、最高峰の中国茶・龍井茶の生産地として有名な西湖のほとりに、母タイホア(ジアン・チンチン)と息子ムーリエン(ウー・レイ)は暮らしています。ムーリエンの父親は10年前に行方をくらまし、タイホアが茶摘みの仕事をして息子を育ててきました。大学卒業の年を迎えたムーリエンは母に楽させたいと願いながらも、なかなか仕事が見つかりません。一方、タイホアも茶畑の主人チェンと懇意になったことで、彼の母親から茶畑を追い出されてしまいます。困ったタイホアは友人の誘いで、ある会社のセミナーに参加し、甘い言葉を信じて洗脳され、違法のマルチビジネスにどんどんのめり込んでいきます。ムーリエンは、なんとか違法ビジネスの地獄から母親を救い出そうと、一線を超える決断をするのですが――。
デビュー作にして『春江水暖~しゅんこうすいだん』(19)で世界中から注目を浴びたグー・シャオガン監督の第二作目。本作でも引き続き、中国の伝統的な風景画「山水画」の世界を映画で表現を試みて、前作の「河」の視点から「山」の視点へと移し、新たな表現や世界観を見せてくれます。
◆母を救い出そうとする息子の奮闘に息詰まる!
朝から晩まで茶畑で茶摘みの仕事をし、自分を育ててくれた母親を喜ばせたいと就職活動するも、まったく仕事が見つからないムーリエン。そんな彼もまた、「ついに仕事が見つかった!」と喜ぶや否や、実は詐欺まがいの仕事でした。ガッカリして意気消沈するムーリエンですが、それでも辞めることが出来てホッと……するも束の間、今度は母親が……!
本作の見どころであり、かつ面白さでもあるのが、母タイホアの変貌ぶりです。それまで化粧っけなしで質素な仕事着に身を包みながらも、その素朴な美しさや魅力はダダ洩れで、だからこそ茶畑の主人に見初められてしまったわけです。ところがマルチ商法ビジネスにハマってからは、派手な化粧で着飾り、妖艶な熟女へ大変身。でも、どこか危うくて怖い……。そう、何かを妄信して突き進む彼女の姿には、破滅の予感が常にまとわりついているような、怖さがあるんです。
そんな姿を見て愕然とするムーリエンの衝撃が、手に取るように感じられます。でも、息子が必死に止めても、説得しようと言葉を尽くしても、タイホアに届くことはありません。遂にムーリエンは、母のためにそこまでするとは――と、驚きの捨て身の“賭け”にでます。果たして彼は、母を洗脳地獄から救い出すことが出来るのでしょうか。
◆母親だって一人の人間、一人の女性
監督の言葉を借りれば、「天上界は山、人間界はお茶を摘んだり恋をしたりする人々の暮らし、地獄は違法ビジネス」だそうです。その言葉どおりの画づくり――薄霧の中に現れる山の稜線を滑り降り、茶畑が広がる濡れた緑の斜面から麓の暮らしまでをはじめ、まさに、それを表現する映像美に魅せられます。
働きづめで息子を育ててきたタイホアが、“足裏シート”を販売する怪しげな会社の集会に参加して以降、何かが吹っ切れたような、糸が切れて飛んでいく凧のような、まさにその“豹変”ぶりは衝撃的。ただ、どこか分からなくもないのが、消えた夫を恨みながら一心不乱に働き続けて来たタイホアの、自分はこんな風に変われるんだという驚きや喜び、周囲から認められ尊重されたいという承認欲求に抗えないのは、一人の人間として当たり前でもあるよな…と思ってしまうのです。生きている強烈な実感を掴んだんだな、とも感じられて。
実は監督の親族の方にマルチ商法ビジネスにハマった方がいらして、心理学や社会学の知識を使っても、その方の洗脳を解くことは難しかったそうです。そこで映画のリサーチも兼ねて監督自身、怪しげなマルチ商法の集団に潜入して、かなりリアルかつ具体的に本作で描写されているそうなので、その辺りも必見です。現代中国の就職難など、かの大国の“いま”を覗き見られるのも興味深いです。壮大で美しい自然を背景に、母と息子の愛ゆえの激しい格闘に、ぜひ目をこらしてください。
2024年9月27日(金)より、新宿シネマカリテ、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、ヒューマントラストシネマ有楽町、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開
©Hangzhou Enlightenment Films
2023年/中国映画/118分/配給:ムヴィオラ、面白映画
監督:グー・シャオガン
出演:ウー・レイ(呉磊)、ジアン・チンチン(蒋勤勤)、チェン・ジエンビン(陳建斌)、ワン・ジアジア(王佳佳)
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折田千鶴子 Chizuko Orita
映画ライター/映画評論家
LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。