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明治大学人気講義の書籍化『これからの時代を生き抜くためのジェンダー&セクシュアリティ論入門』出版記念インタビュー

我が子がLGBTQ+当事者の場合、親はどうすべき? 日本初トランスジェンダー大学教員の三橋順子さんが教える最適解

  • LEE編集部

2024.02.24

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日本初のトランスジェンダーの大学教員で、トランスジェンダー研究者の三橋順子さんがLEEwebに登場! 三橋さんが10年以上続けてきた明治大学での講義が『これからの時代を生き抜くためのジェンダー&セクシュアリティ論入門』(辰巳出版)として書籍化されました。日本社会を取り巻くジェンダー・セクシュアリティにまつわる諸事情や、今更人に聞けないLGBTQ+についての基礎知識等がこの一冊でわかります。LEEweb読者の皆さんにとっても他人事ではないジェンダー・セクシュアリティの最前線について、三橋さんにお話を聞きました。

三橋順子(みつはし・じゅんこ)
1955 年、埼玉県秩父市生まれ、Trans-woman。性社会文化史研究者。明治大学文学部非常勤講師。専門はジェンダー&セクシュアリティの歴史研究、とりわけ、性別越境、買売春(「赤線」)など。著書に『女装と日本人』(講談社現代新書、2008 年)、『新宿「性なる街」の歴史地理』(朝日選書、2018年)、『歴史の中の多様な「性」―日本とアジア 変幻するセクシュアリティ』(岩波書店、2022 年)がある。主な論文に「LGBT と法律 ―日本における性別移行法をめぐる諸問題―」(『LGBT をめぐる法と社会』日本加除出版、2019 年)、「「LGBT」史研究と史資料」(『ジェンダー分析で学ぶ 女性史入門』岩波書店、2021 年)など。

私の授業はLGBTQ+ではない、性的マジョリティの学生さんが数多く受講するジェンダー・セクシュアリティ論。学生さんに「自分事」と捉えてほしい

『これからの時代を生き抜くためのジェンダー&セクシュアリティ論入門』は、明治大学文学部の『ジェンダー論』の講義録が元になっているだけあって、まるで大学生に戻って講義を受けているかのように読み進められました。毎年300人以上の学生が受講する人気講義だそうですね。

明治大学文学部の『ジェンダー論』講義風景(写真提供/三橋順子さん)

三橋順子さん(以下三橋):コロナ禍の2020年度に対面講義ができなくなり、オンラインで、講義の内容を文章化して、大学のサイトにアップしたものが元になっています。各章の最後に掲載したQ&Aも全て、実際に講義で学生さんから出た質問なんですよ。2000年からトランスジェンダー教員として大学の教壇に立っていますが、2008年頃から「中学時代のボーイッシュな女の子の同級生が、成人式にスーツを着た男性の姿になって来た」「バイト先の先輩にゲイの方がいる」「身近にいるLGBTQ+の当事者についてもっとよく理解したい」といった受講動機の学生さんが増えてきましたね。

なぜ2008年頃からそのような学生さんが増えたんでしょう?

三橋:きっかけとして考えられるのは、2001~2002年に放映されたTVドラマ『3年B組金八先生』第6シリーズに、上戸彩さんが演じたTrans-man(身体的性は女性だが、ジェンダー・アイデンティティは男性)の中学生が登場したことでしょう。これを機にトランスジェンダー(当時は性同一性障害という呼称)について取り上げるメディアが増加し、徐々に社会的な認知が広がり、カミングアウトする当事者が増え、顕在率が上がって、目に目に見えるようになったのだと思います。

三橋:私のジェンダー・セクシュアリティ論の受講者はLGBTQ+ではない、性的マジョリティの学生さんが圧倒的に多いわけです。人口の95%前後は身体的性とジェンダー・アイデンティティが一致しているシスジェンダーで、性的指向のベクトルが異性に向いているヘテロセクシャル(以下シスヘテロ)です。ジェンダー・セクシュアリティ論をシスヘテロの学生さんに「自分のこと」と捉えてほしいのです。過去の著書の出版社営業担当者さんからは、書名に引きの強い「LGBTQ+」という単語を入れてほしい、と要望されることがあったのですが「絶対に嫌」と突っぱね続けてきました。今回も同様です(笑)。

確かに「LGBTQ+」をタイトルに入れることで「わかりやすく」はなるものの、当事者以外の人が「自分には関係ないし……」と手に取らなくなりそうですよね。

本当に「女性の乳房は大きいほどエロい」のか? なぜホームレスは圧倒的に男性の方が多いのか?

今回の本でも講義でもLGBTQ+について取り上げているだけではなく、例えば「女性の乳房は大きいほどエロい」という認識が生まれたのはつい最近だった等、シスヘテロの学生さんが自分事として捉えられるようなアプローチも多々ありましたね。

三橋:「女性の乳房は大きいほどエロい」という価値観は、イエローキャブ所属のグラビアアイドルが人気を得た1980年代末~90年代初め以降に、人為的に作られた「共同幻想」なんです。私の友人で80年代に男性週刊誌の巻頭グラビアを飾り写真集も出した方がいるんですが彼女もAカップでした……といったことを講義で話すと、男女問わず学生さんは驚きます。男子学生は「共同幻想」に取り込まれてしまっているし、女子学生も男性達がそのような「共同幻想」を持っていることを知っているから、胸が大きくない子がコンプレックスを抱いてしまっている。私は高校生だった70年代前半には通学電車で授乳する母親をよく見かけたし、それを性的な目線で見てはいけないという社会的認識がありました。それが崩れ、新幹線に授乳室ができたのも80年代と記憶しています。乳房よりもうなじにエロスを感じていた江戸時代に描かれた浮世絵を見ると、乳房はいたって簡略、はっきり言えばぞんざいに描かれていて、そこに男性の性的視線は入っていません。

学生さんにとっても「自分のこと」として捉えられる事象ですね。個人的には「ホームレスになるのは圧倒的に男性の方が多い」という考察も目から鱗だったのですが。

三橋:日本の男女比率は大体1:1ですけど、「ホームレス」という言葉はだいたい「のおじさん」がセットになっていますよね。実際、ホームレスの男女比は95:5くらいです。よく考えてみると不思議です、何故でしょう?と講義で問題提起しています。「女性の方が生活保護を貰いやすいから」「女性にはセックスワークという最終手段があるから」等、学生なりに考えてリアクションコメントを書いてきます。でも、高齢になれば女性でもセックスワークは難しいし、男女別の生活保護受給率も実はそんなに大差ない。男女差の理由として考えられるのが「縁」です。家族の「縁」、地域の「縁」、職場の「縁」などです。どうも、男性は女性に比べて「縁」を失いやすい。また「縁」を取り戻すのも難しい傾向がある。そうした男女のジェンダーの差が、ホームレスの性比の極端な偏りにあらわれるのではないか、という話をします。私は新宿歌舞伎町の女装バーでお手伝いしていた頃、はじめてホームレスの人たちが目に入るようになりました。新宿の夜の街を形成している一員なのだということに気づいたわけです。ホームレスの人、地ベタに座っていることが多いので、目線が低いんです。「誘蛾灯の順子姐さん」と呼ばれていた時代で、いつもミニスカートでいたから、彼らに「お姉ちゃん、パンツ見えてるよ!」とからかわれるんですよ(笑)。そういった体験も、私の講義のベースになっています。

新宿歌舞伎町の女装バーでお手伝いしていた頃の三橋さん。当時の愛称は「誘蛾灯の順子姐さん」! 誘蛾灯とは、灯りで蛾などを誘い、水に落とす装置のこと。なぜそう言われたのかは、ご想像ください。(写真提供/三橋順子さん)

後付けだけど、フィールドワークをした結果、ってことですかね?

三橋:そうです。後付けフィールドワーク(笑)。ホームレスの例のように、性差が大きく開く現象には必ず理由がある。それを分析していくことが、ジェンダー論の一つの役割だと考えています。

LGBTQ+題材のTV番組や映画は発展途上。志尊淳さんがTrans-womanを演じた「女子的生活」は当事者監修が上手くいったケース

今もちょうどTVドラマ「おっさんずラブ-リターンズ-」が放映中で人気を博していますが、LGBTQ+を題材にしたTV番組や映画が年々増えています。

三橋:性的マイノリティをメインに扱う作品が年々増えているのは、社会的な認知の向上という点で良いことです。以前の日本のエンタメ作品では、LGBTQ+の登場人物が出てきても、だいたい死んじゃうんですよね……バーのカウンターでヤクザの親分が飲んでいて、そこに敵対組織のヒットマンが襲撃してきて、なぜか弾が親分に当たらず、カウンターの中にいた女装のママに当たって死んじゃうとか、刑事ドラマの導入部で刺殺された女性を解剖してみたらトランスジェンダーだったとか。そういう性の規範から外れている人は死んじゃっても仕方ないみたいな感覚があったと思います。近年の映画でも、SRS(性転換手術)が失敗して死んじゃうとか。全身麻酔なので麻酔事故が全くないとは言えないにしても、SRSで亡くなるケースは、私が認識している範囲で1万人中3、4人程度で、きわめてレアケースです。以前に比べて改善されているとはいえ、リアリティに欠ける作品がまだまだ少なくない、と感じます。

確かに外国に比べ、日本はその辺がちょっと時代遅れな印象です。その理由は一体?

三橋:最近、日本でもようやく当事者の方を監修に付けるようになってきました。監修者の意見が反映されればそれなりにリアリティが出て、良い作品になります。例えば、志尊淳さんがTrans-womanを演じた2018年にNHKで放映されたドラマ「女子的生活」は、それが上手くいったケースで、私も講義で取り上げました。志尊さんが頑張って演技したということもありますが、女装技術指導した西原さつきさんの意見がきちんと反映されたからだと思います。

ドラマ「女子的生活」予告編

三橋:でも同じ方が技術指導についていたのに「アレ?」という作品もあり、監修者の意見がきちんと演出に反映されるとは限りません。そのあたり監督、プロデューサー、ディレクターなど、制作側の意識の問題ですね。私が若い頃は、女性らしい仕草や発声を習得するにしてもすべて自己流で実地訓練するしかありませんでしたが、現在はある程度、言語化、マニュアル化されています。それをしたのが、私の『女装と日本人』(講談社現代新書)なのですが(笑)。でも、女性らしく見せる身体の使い方は、すでに江戸時代の半ば頃には、歌舞伎の女形達が言語化していたことが、調べていてわかりました。私のジェンダー・セクシュアリティ論は歴史学と社会学、それと文化人類学のごった煮なんです。



もし自分の子どもがLGBTQ+の当事者だったら? パートナーや家族の価値観をアップデートするには?

LEEweb読者には子育て中のシスヘテロ女性が多いのですが、お子さんがLGBTQ+当事者だった場合、どのように接したらいいでしょうか?

三橋:お子さんのジェンダー・アイデンティティと身体が違う、どうもトランスジェンダーっぽい。あるいはもう少し成長してきてから、うちの子は男の子なんだけど男の子が好きみたい。それに気づいたとき、親御さんとしては驚きであり、ショックを受けるでしょう。だけど、それでもあなたのお子さんでしょ? それだけのことです。逆のケースですが私の場合、息子が15歳の時に「お父さんが女になったら、お前はグレるか?」と尋ねました。そうしたら「それぐらいのことでグレない」と、はっきり言ったんです。親子関係って、そういうものだと思います。あと大事なのは、思春期前までは、あれこれやろうとしないこと。できるだけお子さんの希望を受け入れつつ、でも不可逆的なことはしないで見守る、それしか術はありません。お子さんがどういう「性」で生きるかは、思春期以降の話です。特にトランスジェンダーの場合、思春期以前に性別への違和感があっても、その後、和らいで思春期以降に持ち越さないケースもかなりあります。だから「受容的見守り」しかないのです。

子どもの頃は、なかなかジェンダー・アイデンティティが確定しないのですね。では、思春期以降もその傾向が見られる場合、どうしたら?

三橋:強い性的違和が続くのであれば、専門家の助言を得ながら性的移行のプロセスを進めることになります。トランスジェンダーの当事者に対して私は「もしもあなたが女の子/男の子として生まれていたら、親御さんがどういう名前をつけたかったかを聞いて、それを名乗りなさい」とアドバイスしています。自分の好きな名前を名乗りたい気持ちもわかりますが、それがせめてもの親孝行というものでしょうと。

LEEweb読者のパートナーや親世代のシスヘテロ男性、特に40代以上だと、ホモソーシャルな環境で過ごし続け、ジェンダー・セクシュアリティについて旧弊的な価値観の人も少なくありません。そのようなパートナーや家族に、価値観をアップデートしてもらうためにできることはありますか?

三橋:とても難しいですね……一番良いのは、LGBTQ+当事者にリアルで会うことでしょう。しかも一人だけじゃなく複数の当事者に会うこと、これが最も効果的です。それによって、当事者がモンスターではなく、同じ社会を生きている人間だってことが、リアルにわかります。だけど、シスヘテロの中年男性とLGBTQ+当事者が会える場がなかなかないのが現実。自治体などが当事者を講師に招く市民講座を開催することも増えているので、参加してみてはいかがでしょう。インターネット、とりわけSNSから流れてくる虚像ではなく、当事者とリアルで接する機会を自分で探すことが大事だと思います。

『これからの時代を生き抜くためのジェンダー&セクシュアリティ論入門』
三橋順子著/辰巳出版

「性」の有り様を知ることで、私たちはもっと自由になる。伝えたいのは「違いがあってもいいんだよ」――トランスジェンダー研究者による10年以上続く明治大学での講義、待望の書籍化!

Staff Credit

取材・文/露木桃子

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LEE編集部 LEE Editors

1983年の創刊以来、「心地よいおしゃれと暮らし」を提案してきたLEE。
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