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映画ライター折田千鶴子のカルチャーナビアネックス

2024初泣き必至の感動作から、ビックリ仰天のドキュメンタリーまで。年初を飾る佳作映画5選!

  • 折田千鶴子

2024.01.09

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今年の1月公開映画は粒ぞろい!

少し前までは“お正月映画”と言うと、アクション映画をはじめとしたド派手なエンターテインメント大作たちが、ドカ~ンと花火が打ちあがるように公開された印象がありました。でも何となくここ数年(コロナ以降なのかな)は、静かに幕を開ける感じーー。でも、だから逆にむしろ、じっくり観たい、しっとり浸れる良作・佳作がお正月に揃っている気がします。

今年1月の公開作を眺めても、本当に「是非、観て!」と言いたくなる作品ばかり。ざっと数えただけで、個人的な好みですが15作以上は「本当に面白い」「観て損はない!」とおススメしたくなる作品があるんです。そんな中から悩みに悩んで、今の気分で選んだのがこの5作です。

5作を紹介する前に……実はこれ以外にも、幼くして性の自認に揺れ惑う主人公と家族を描いたスペイン発『ミツバチと私』、NYで必死に生きようとする移民家族に降りかかる悲劇とその顛末を描く『ニューヨーク・オールド・アパートメント』、亡き妻を埋葬しようと棺を抱えて歩き続ける老人と孫娘の旅路を描くトルコ・ベルギー合作『葬送のカーネーション』、現代の『テルマ&ルイーズ』との異名をとる中国映画(ファン・ビンビン復帰作!)『緑の夜』、80年代アイルランドを舞台に9歳の少女が過ごす特別な夏休みを綴る『コット、はじまりの夏』、姿を消した妻を追い求めて彼女の故郷にやって来た男が摩訶不思議な事件に巻き込まれる『海街奇譚』、ウディ・アレンらしい軽妙な夫婦コメディ『サン・セバスチャンへ、ようこそ』など、本当にすべて紹介したい作品ばかり!!

いまだに後ろ髪が引かれてしまいますが、何はともあれ頑張って選んだ5作を強力プッシュ。さて、どれから見ますか!? もう、いっそ全制覇しちゃいませんか!?

弟の真っ直ぐな愛に感涙必至の『弟は僕のヒーロー』

story

舞台は北イタリアの小さな村。5歳になる腕白坊主のジャックは、弟が生まれてくることに大喜び。ママが出産したと聞いて姉たちと病院に駆けつけと、両親から「弟のジョーは特別な子」と聞かされる。ジャックはスーパーヒーローに違いないと確信し、率先して弟の面倒を見るように。しかし成長するにつれて弟がダウン症だと分かって来ると、少し裏切られたような気持ちになってしまう。そして思春期になると、いつまでも子供みたいに無邪気な弟が恥ずかしくなり、弟の世話から逃れるために村から離れた町の高校へ進学。そして新しく出来た友達たちに、弟の存在を隠すようになり……。

(c)COPYRIGHT 2019 PACO CINEMATOGRAFICA S.R.L. NEO ART PRODUCCIONES S.L.

感動POINT!

常にポジティブで何でも家族みんなに相談し、気持ちを共有しようとする両親、そんな両親に育てられた心根の優しい子どもたち、この家族がとってもステキで、好きにならずにいられません。弟のことを本当は心から大切に思っているけれど、 “自分の居場所探し”に必死で、“好きな人に自分を少しでも良く思われたい”と身勝手な態度をとってしまう思春期のジャックの姿は、状況は違えど、“いつぞやの自分”を重ねずにいられないのです。

だからこそジャックに対して本気でイライラもするしハラハラもするし、どうしようもなく居心地が悪くなってしまいます。さらにジャックは、ジョーにまつわるとんでもない“嘘”をつき、嘘が嘘を呼んで“事件”を引き起こしてしまうのです。自業自得と思いつつ、どん底に突き落とされたジャックが可哀そうで、どうにかしたくて……。そんな兄に手を差し伸べるのが、なんと弟のジョーでした。だってジョーは、お兄さんが大好きで仕方ないから! 詳しくは映画を観て欲しいのですが、自分の気持ちに常に真っ直ぐなジョーの、愛にあふれ本当に純粋な存在そのものに感動で涙が止まりません。

なんと、本作は実話を元にした物語。高校生のジャコモ・マッツァリオールさんが、ダウン症の弟ジョーと一緒に撮影し、YouTubeで配信した動画「ザ・シンプル・インタビュー」が話題となり、改めてジョコモさんが書いた小説がベストセラーに。それが生き生きと映画化された、驚きの本作。

観る前よりも絶対に、人にも自分にも世界にも優しくなれている自分の心持ちに気付くかもしれません。人として、そして家族としてどうありたいかなど、年の初めに考え感じさせてくれる感動作です。父親役のアレッサンドロ・ガスマンも相変わらず素敵! ジャック&ジョーの兄弟を演じた若手俳優も、まさに役そのものを生きているようで注目です。

1月12日(金)よりシネスイッチ銀座、新宿シネマカリテ、YEBISU GARDEN CINEMA、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開

 (c)COPYRIGHT 2019 PACO CINEMATOGRAFICA S.R.L. NEO ART PRODUCCIONES S.L.

監督:ステファノ・チパーニ 原作:ジャコモ・マッツァリオール

出演:フランチェスコ・ゲギ(ジャック役)、ロレンツォ・シスト(ジョー役)、アレッサンドロ・ガスマン(父親役)、ロッシ・デ・パルマほか

2019年製作/102分/イタリア・スペイン/配給:ミモザフィルムズ

まさか…驚愕しかない『ビヨンド・ユートピア 脱北』

まさかこれが現実!? まさかこれが現代の話!? にわかには信じ難い現実に打ちのめされてしまいます。本作は、北朝鮮から決死の脱北を試みる家族と、韓国で脱北者の支援を続ける牧師さんの活動に密着したドキュメンタリーです。

© TGW7N, LLC 2023 All Rights Reserved

story

韓国に住むキム・ソンウン牧師は、これまで1000人以上の脱北者を支援して来ました。日によっては何件も助けを求める悲鳴のような依頼電話を受けています。この日もまた、幼い子ども2人と両親、お祖母ちゃんの家族5人の脱北の支援依頼の電話を受けます。キム牧師は各地のブローカーに連絡し、脱出作戦を始めることに。一方、中学生の息子を脱北させてほしいと、先にひとりで韓国に亡命した母親からの依頼にも手を貸すことになるのですがーー。

驚きPOINT!

どうやって撮ったの!?と驚くしかない、緊迫感と臨場感にあふれた実際の映像に、息も絶え絶えの状態に陥ってしまいます。途中、心の中で“これがフィクションなら、スゴイスゴイと大いに楽しめるのに……”と、動悸が速まりながら心が塞ぎこんでしまう境地にも。しかも各地で協力してくれるブローカーたちも、ほとんどが金銭のためであり、危険が迫るとすぐに見捨てる、あるいは逆に“情報を売る”危険性あり、ということに慄いてしまいます!! 

一家は、各地で密かに活動する50人以上のブローカーの手を借りながら、最初の関門を突破して中国へ渡った後、ベトナム、ラオスを経由して、ようやく身の安全を確保される(北朝鮮との関係により)タイへとたどり着き、その後、韓国への亡命を目指すことになります。ジャングルのような山道を歩き続け、1万2000キロメートルにもおよぶ、しかも十分な水や食糧も確保できないままの道のりは……丈夫な成人でも音を上げそうな過酷なもの。しかも見つかったら一発アウト! 撮影も地下ネットワークの人たちの協力のもと、隠しカメラや携帯電話で撮られたものが多く、関係者は当然ながら伏せられています。昨年のサンダンス映画祭・ドキュメンタリー部門で観客賞を受賞しましたが、映画祭への出品自体、直前まで完全にシークレット状態であったそうです。

命がけの一家の脱北作戦と並行し、北朝鮮から中学生の息子を逃がそうとする母の姿、その作戦が頓挫しかけて危険な状態に陥りそうな情報が知らされるたび、もう本当に……いや、ここからは皆さんご自身で目撃してください!

何と言っても驚くのは、完全に情報が遮断された北朝鮮で生きて来た人々の思考や言動すべてが、どうなっているのか、という証明のようなその姿です。“本気でそんな風に思っているのか、信じているのか”ということに絶句してしまいます。驚きのポイントは、ズバリ、全編! 思わず口を開けたまま、呆然としながら観ていたことに終盤で気づいたほどです。

監督は、Netflixドキュメンタリー『シティ・オブ・ジョイ~世界を変える真実の声~』が高く評価されたマドレーヌ・ギャヴィンさん。本当にこれが今、現代・現在・現実に起きていることだなんて……。『愛の不時着』に夢中になった方々も、これはもう絶対に必見です!

1月12日(金)TOHOシネマズ シャンテ、シネ・リーブル池袋ほか全国公開

© TGW7N, LLC 2023 All Rights Reserved

監督:マドレーヌ・ギャヴィン

2023年/アメリカ(英語・韓国語ほか)/115分/配給:トランスフォーマー



『白日青春 ―生きてこそー』

香港映画ファンなら誰もが知る名優アンソニー・ウォン。日本でも『インファナル・アフェア』シリーズなどで広く知られていますが、個人的なおススメは、大好きなジョニー・トー監督の『ザ・ミッション 非情の掟』。少々男くさい映画ではありますが、男たちの悲哀と愛しさが全編に漲っている傑作です。

そんなベテラン売れっ子俳優でしたが、香港反政府デモ(雨傘運動)に支持を表明したことで、中国・香港映画界から締め出される、という憂き目にあいました。心底、男気のカッコいい方だなと惚れ直したファンも多かったと思います。

だからこそ、本作のような意欲作に乞われる――本作が長編デビューとなる新世代ラウ・コックルイの監督作ですが、現在、新世代の新たな才能の台頭で、再び活況を呈し始めた香港映画界の心意気を感じさせる1作です。

PETRA Films Pte Ltd © 2022

story

パキスタンからやって来た難民の両親のもとに生まれ、香港で育った少年ハッサンは、家族とカナダに移住することを夢見ています。ところが祖国では弁護士だった父が、恵まれた仕事に付けないまま交通事故で亡くなります。ハッサンは難民たちによるギャング集団に加わり、抗争に巻き込まれた挙句、警察から追われる身に。一方、ハッサンの父といざこざを起こした末に事故を起こしたのは、1970年代に本土から密入境したタクシー運転手チャン(アンソニー・ウォン)でした。飲んだくれで問題ばかり起こすチャンですが、自分のせいで父を喪ったハッサンに責任を感じ、彼の逃亡を助けようとするのですがーー。

心に染みるPOINT!

本作には、2組の“互いを好きなのに素直になれず、分かり合えないままの父と息子”の物語が紡がれます。飲んだくれ親父チャンとエリート刑事になった息子。弁護士資格も香港では役に立たずに苦労し続けた亡き父と、遺された少年ハッサン。そんな2組がクロスして、タクシー運転手チャンと少年ハッサンの奇妙な交流を軸に、それぞれの家族の人生模様が活写されていきます。

最初は、アンソニー・ウォン演じるチャンに対し、そのあまりの飲んだくれぶり、ダメ親父ぶりに、呆れるやら、嫌になるやら。息子の結婚式でヤラかす姿を見るのが、なんか辛いほど。けれど次第に、彼が中国本土から香港へ渡って来た時の出来事、きっと消えない傷や後悔や懺悔の気持ちが、彼をどうしようもなく何かに駆り立てているのかもしれない、とジンワリ伝わって来て、自暴自棄気味の姿に胸が痛くなります。どんな風に見えても、人それぞれ色んな事情や過去を抱え、痛みや自分の不甲斐なさと闘って生きているんだなと思うと、どこか自分の父親とも重なり(尊敬すべき清廉なお父様も多いとは思いますが(笑)…)、他人事ではなくなってしまうというか……。

一方で少年ハッサンの置かれる立場には、難民をほとんど受け入れない日本人の自分が言うのもなんですが、なぜ、そんな酷いことが出来るのだろうと怒りで震えてしまいます。でも、それが祖国を出ざるを得ない人たちがぶち当たる現実なんだろうな、もしかしたら日本でも、もっと酷い状況に追いやられている難民や難民にすら認定されない人たちがいるんだろうな……と、どうしようもなく心がはやります。

彼ら父と息子、どっちの気持ちも分かるだけに、なんかもう本当に切なくて……。息子とうまく和解できないチャンが、どうにかして父を喪ったハッサンを助けたいと願い、行動する姿から目が離せません。ハッサンを演じたサハル・ザマン君は、本作で香港電影金像奨最優秀新人俳優賞を10歳で見事受賞しました!  世界の情勢や家族の絆、祖国を離れざるを得ない人々が負う心の傷や状況など、色んな人々の気持ちに寄り添う大切さを強く感じさせる、ぜひとも見逃さないで欲しい一作です。

2024年1月26日(金)よりシネマカリテほか全国順次ロードショー

PETRA Films Pte Ltd © 2022

監督・脚本:ラウ・コックルイ(劉國瑞)

出演:アンソニー・ウォン(黃秋生)、サハル・ザマン、エンディ・チョウ(周國賢)ほか

2022年/香港・シンガポール合作111分/配給:武蔵野エンタテインメント

かつての香港の象徴を巡る夫婦愛『燈火(ネオン)は消えず』

香港と言えばまず頭に浮かぶ、あの煌びやかなネオンが今や9割も消えていたなんて、知っていましたか!? あの100万ドルの夜景と呼ばれたネオン街を、今ではもう見ることが出来ないなんて……。2010年以降に建築法等の改正で次々に消えて行ったネオンですが、“その灯を消さない!”と奮闘する職人たちの心意気を描いたのが本作です。

サイモン・ヤム(これまたジョニー・トー作品に多く出演してきた大好きな俳優さん)と、女優・歌手として一世を風靡し、監督としても活躍するシルヴィア・チャンという、ベテラン名優コンビが夫婦に扮しています。

『返校 言葉が消えた日』で知られる人気女優セシリア・チョイが2人の娘に、本作で香港電影金像奨新人賞にノミネートされたヘニック・チャウがサイモン・ヤム扮する男の弟子を演じています。

©A Light Never Goes Out Limited. All Rights Reserved.

story

腕ききのネオン職人だった夫ビル(サイモン・ヤム)が亡くなる。妻のメイヒョン(シルヴィア・チャン)は、「ビルのネオン工房」と書かれた鍵を遺品から見つけ、廃業したはずの昔の工房を訪ねる。するとそこで、見知らぬ青年と遭遇。彼はビルの弟子だと名乗り、“師匠のやり残したネオンを作りたい”とメイヒョンを説得する。迷いながらもメイヒョンは、夫がやり残したネオンを作ることを決意し、“ガラス管ネオン”の作り方を一から学んで彼と一緒に作り始める。そんな時、一人娘から香港を離れて海外に移住する計画を聞くーー。

ノスタルジックPOINT!

全編を通して流れているのは、“愛する者の死と、愛しい思い出”、“失われゆくものへの憧憬やノスタルジーや寂しさ”、その“かけがえのなさ”。

私たちは、どこか胸を締め付けられながら、かつて夫が情熱を注いだ仕事を引き継いだ妻メイヒョンの奮闘を見守ることになります。妻が学びながらネオンを作ろうとする過程は、改めて夫ビルという人間を、また彼が歩んだ人生を振り返りつつ味わい、共に歩み直すことでもありました。

愛する夫は亡くなったけれど、愛の記憶は薄れるどころか、じわりじわりと定着するかのように胸を温めてもくれるようでもあって……。また刻々と街の風景は変わっていくけれど、まぶたの奥では消えることのない残光が、ゆらゆら揺らぎ続けるようです。それは香港だけではなく日々私たちが経験していることでもあり、必ず終わりが来る人生も含め、世の常でもある普遍的な繰り返しだなぁ、とも思わされます。

本作でも、またまた香港映画の新たな息吹を感じさせられます。監督は、これが長編デビューとなるアナスタシア・ツァン。本作はアカデミー賞国際長編映画賞香港代表に選ばれ、また主演のシルビア・チャンが第59回金馬奨で最優秀主演女優賞を受賞しました。

かつての賑やかで煌びやかだった香港の街並み、有名なあのネオン、ガラス管ネオンの作り方、職人の技も必見です。2人の夫婦愛をはじめ親子関係、人生を切り拓いていく娘たち世代へのエールなど、新年に切なくも悲しくはないノスタルジーで心が満ちてくる、大人の感動作をご覧ください。

1月12日(金)よりBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、シネマート新宿ほか全国順次公開

©A Light Never Goes Out Limited. All Rights Reserved.

監督・脚本:アナスタシア・ツァン

出演:シルヴィア・チャン、サイモン・ヤム、セシリア・チョイ、ヘニック・チャウ

2022年/香港映画/103分/配給:ムヴィオラ

これぞゴス・フェミ!? 快作&怪作『哀れなるものたち』

祝!ゴールデン・グローブ賞<コメディ/ミュージカル映画部門>作品賞&主演女優賞(エマ・ストーン)受賞! 発表されたばかり(日本時間1月8日に)のGG賞で快挙を成し遂げた本作は、次はどんな作品を生み出すのか恐々しつつ興奮して興味を禁じ得ない、異才ヨルゴス・ランティモスによる、またもトンでもな作品です! 数年前に映画賞を席巻した『女王陛下のお気に入り』(18)でも組んだエマ・ストーンが、さらにブっちぎりの怪演で見る者を圧倒&魅了します。ブラック・ユーモアが炸裂する本作は、第80回ヴェネチア国際映画祭でも金獅子賞(最高賞)受賞しました。

Emma Stone and Mark Ruffalo in POOR THINGS. Photo by Atsushi Nishijima. Courtesy of Searchlight Pictures. © 2023 20th Century Studios All Rights Reserved.

story

人生に絶望して自ら命を断った不幸なベラ(エマ・ストーン)は、天才外科医ゴッドウィン・バクスター(ウィレム・デフォー)によって奇跡的に蘇生されます。しかも彼自身の胎児の脳を移植する、という驚きの方法で。新生児の眼差しで世界を見つめながら成長していくベラは、「世界を自分の目で見たい!」という欲望にかられ、現れた放蕩者の弁護士ダンカン(マーク・ラファロ)の誘いに乗り、大陸横断の旅に出るのですがーー。

ココがスゴ過ぎる

ストーリーを読めばわかる通り、その設定がまずスゴ過ぎます。つまり新たに生まれ変わったベラは、見た目は成人女性ですが、中身は赤ん坊。知能も精神状態も赤ちゃんなのです。赤ちゃんが初めて世界に触れるように、好奇心旺盛に純粋な眼差しですべてを見つめ、少しずつ成長していくわけですが、なにしろ赤ちゃん~幼児ですから、興味があることにはとことんストレートに、そのまま手を出すわけです。もちろん「性的な興味」に対しても。

それが、見た目が大人だけに、ものすごい違和感があって観る方がアワアワしちゃったりするのですが、そこが面白いのです! 誰かが、常識が、時代が、彼女のやることを「はしたない!」と否定しようとも、何のその。何がいけないの? とガンガン思うがままに行動します、少しずつ成長しながら。

社会のしがらみの中で生きている以上は、普通は出来ないけれど……みたいな言動を平気で次々に繰り出すベラの存在は、そのまま女性解放や性の解放などのフェミニスト的要素、さらには人種的解放や格差に対する違和感までに容易く結びついていきます。それが、子どもの素直な論理・実に真っ当な感覚に拠る正論で行われるがために、とにかく痛快で爽快なのです。

とはいえ頭デッカチな映画ではないのが、本作の一番の魅力でしょうか。まるで中世に迷い込んだような、あるいは絵本の中に入り込んだような魔的な雰囲気をたたえつつ、どこか未来的というかSF的でもあって。艶やかな原色テイストの画づくり、ベラの衣装、特に自我が目覚め、さらに自立を意識してからの衣装は見ているだけでも楽しい。

マッド・サイエンティストとも言うべきゴッドウィン・バクスター(ベラに負けず劣らずのインパクト!)が暮らす屋敷の様子も、内装や実験室、その装置やら彼の家に暮らす生き物(この動物に、こっちの動物のそれを移植しちゃったね、的な)たちまで含めて、すべてが必見です。

五感すべてにワ~ッとシャワーを浴びたような、刺激的な映画。多分、一度見ただけでは理解しきれていない、まだまだ咀嚼しきれていない、見逃したかも…という後味がハンパないので、改めて新年に再見して正月ボケを覚ましたい、なんて思わせる、そんな作品です。

©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

監督:ヨルゴス・ランティモス

出演:エマ・ストーン、マーク・ラファロ、ウィレム・デフォーほか

2023年/141分/イギリス/配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン

折田千鶴子 Chizuko Orita

映画ライター/映画評論家

LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。

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