カンヌ映画祭で“観客が最も泣いた映画”と評されたグランプリ受賞作
とても大好きな映画で、LEE8・9月合併号でも大枠でご紹介した『CLOSE/クロース』。第75回カンヌ国際映画祭グランプリを受賞し、アカデミー賞国際長編映画賞にノミネートされた逸品です。13歳の少年2人の友情の行方に、それはもう心を乱されて……。2人の心模様や言動、双方のそれが痛いほど分かる…気がするのです。きっと誰もが、どこか身に覚えがあるような痛みを感じるのではないでしょうか。予告編だけでも相当心がグラグラきます。まずは、それだけでも一見を。
前作『GIRL/ガール』で鮮烈なデビューを飾った(2018年のカンヌ国際映画祭でいきなりカメラドールを受賞!!)俊英ルーカス・ドン監督に、「2人の少年に心を揺さぶられ、ホントもう大変でした!!」と伝えたい一心でインタビューに臨みました。
そうしたら、な、なんと、とってもオシャレで素敵過ぎる方でビックリ!! この日は、全身PRADAの衣装。メチャクチャ似合ってキマってます。
1991年ベルギー、ヘント生まれ。ヘントのKASKスクールオブアーツ在学中に制作した短編映画『CORPSPERDU』(’12)が数々の賞に輝く。短編映画『L’INFINI』(’14)がアカデミー賞短編部門ノミネート選考対象作品に。長編初監督作『GIRL/ガール』(’18)が第71回カンヌ国際映画祭カメラドール(新人監督賞)受賞の他、数々の映画賞に輝く。自身の経験を基に少年たちの友情と悲劇を描いた『CLOSE/クロース』(’22)が第75回カンヌ国際映画祭コンペティション部門グランプリ受賞、第95回アカデミー賞国際長編映画賞にノミネート。
──ふわっと柔らかくカラフルなお花畑が広がるなど、自然豊かな村で兄弟のように育ったレオとレミの幸せそうな姿が微笑ましい前半は、思わず『ぐりとぐら』という絵本を思い浮かべてしまいました。
「その絵本の存在を今、初めて知りましたが(双子のねずみ兄弟の画像と概略を見て“ぐり&ぐら、ぐり&ぐら”と唱えるように繰り返しながらニッコリ)、なるほど、すごく面白い指摘です!! というのも僕はレオとレミという2人のキャラクターを、2人で一つの有機体のようなものだと思っていたんです。それなのに2つに分離してしまった、というイメージを持っていたので。若い時分って、人との繋がり方や人間関係において、互いにそんな風に感じることがあると思うんですよね。ずっと一緒にいるのが当たり前で」
『CLOSE/クロース』ってこんな映画
花き農家の息子レオ(エデン・ダンブリン)と幼馴染のレミ(グスタフ・ドゥ・ワエル)は、昼は花園や田園を走り回り、夜はそのままお泊り状態で、まるで兄弟のように育って来た。同じ中学に入学し、不安そうな表情でピッタリくっついて座っていた2人に、クラスメイトがクスクス笑いながら「付き合ってるの!?」と問いかける。驚いたレオはその日以来、少しずつレミと距離を置くように。レオは運動好きな男子とつるむようになり、一緒にアイスホッケー教室に通い始める。それまで登下校も一緒だったのに、ある朝レオはレミを待たずに登校してしまう。それを咎めたレミと、みんなの前でつかみ合いの大喧嘩に。レミが気になりながらも仲直りの機会を見いだせずにいたレオに、ある日レミとの突然の別れが訪れる――。
──特に終盤はもう、震えて涙が止まりませんでした。2人の少年のひたむきさ、何かを堪えているような瞳によぎる陰や色など、本当に素晴らしかったです。2人とも演技未経験者ですが、あの素晴らしい演技はどのように引き出されたのですか!?
「理論的には、コンビネーションだと思います。まず僕は、枠組みを作りました。自分が形作っていく映画なので、もちろん色んなコントロールは必要ですが、その枠組みの中においては、彼らに自由を与えるために。つまり、まったくコントロールが必要でない場所を作ったわけです。だからこそ、そこにおいて彼らは、非常にクリエイティブな形で存在できたのだと思います」
──具体的には、どんなことを2人とされたのでしょう!?
「僕たちのコラボレーションが始まる最初、これがどんな映画なのかを知ってもらうため、また僕が何を必要としているのかをハッキリと分かってもらうため、脚本を1度だけ読ませました。1度だけというのは、セリフを全部暗記しなくていいんだよ、という意味です」
「すべてのセリフを暗記するものだと想像していた彼らは、最初はちょっと驚き、奇妙だと感じたようです。でも僕が欲しているのは完璧な台詞ではなく、自分たちのハートから出てくるものだと分かってもらって、そこからたくさんの時間を過ごしました」
「具体的には、ごく日常的なことをして過ごしながら、読んだ脚本について僕から色んな質問を投げかけます。演じるキャラクターについて何らかの啓示になって欲しかったのです。例えば、“レオはなぜ、レミのことを待たなかったのだろう!?”とか。でも決して僕の答えは明かしません。なぜなら、そこからは彼らが作るのだから。自らレオとレミがそのように行動するようにしたかったのです」
──彼らは、そうして役に適応していったわけですね。
「そう、僕らのコラボレーションがどういうものになるのかが分かった時、すごくワクワクしていました。つまり、この映画の現場は縦からの指示によって作っていくものではなく、横の繋がりで作っていくものなんだ、と。監督である僕と同じくらいクリエイティビティを発揮していいんだ、自分たち自らが作り上げ、キャラクターに命を吹き込んでいいんだということに、とてもワクワクしていました」
大人は子どもをみくびりがち
──とはいえ本作の脚本は、非常に繊細で微妙なことが描かれています。そしてレオとレミ同様に、彼ら2人も非常に多感で色んなことが微妙な年齢にあるわけですが、監督が望むことや脚本の狙いを、どれくらい理解していましたか?
「しばしば僕ら大人は、若い人たちの心の在り様を少しみくびっているようなところがあると思うんですよ。例えば、彼らとの間で絶対に話題にしないことが結構あったりしますよね。でもそれは、僕ら大人が勝手に恐れているから。子どもにあまりインパクトを与えてはいけないと思い込んでいると思うんです」
「でも脚本について話し合う上で、普段、子どもが加われないようなトピックやテーマについても話し合いました。そういう会話に参加できることに対して、彼らは自分たちがとても大事にされている、とても尊重されていると感じてくれたようです」
──彼らも、ひるんだりしなかったのですね。
「もちろん圧倒される瞬間もあったと思います。だって初体験ですから。でも若い人って、色んなことを常に初体験しているわけです。そういうことについて話し合えるのは、力を与えてくれることだったと思います。ちょっと暗く重いトピックに関してなど、いくつかのテーマについては、こういう風に表現したいという僕らの意向があったりもしましたよ。ただ、とても正直な会話が出来たので、すごく開放感がありました」
少年同士の微妙な関係性
──最初は、音楽の素晴らしい才能を持つレミに、レオが強い憧れを抱いている印象がありました。ところが関係性が逆転する。2人の間には友情以上――恋心の目覚めというセクシャルな意味も含め、あるかなきか。性的なものについての微妙な描き方など、どんな風に細心の注意を払いましたか。
「その質問は、この映画を作る上でも核心的なことを突いています。なぜなら、子どもの眼差しと大人のそれには違いがあり、ぶつかり合っているからです。少年時代までの年齢というのは、私たち大人がラベル(識別票)を貼ったり、型に収めようとしたり、大人が期待するようなことなしに、相手を丸ごと愛する――関係性や互いの愛に名前を付けるようなことなしに、お互いに愛し合えることが出来る年代だと思うんです」
「ところが10代になるとレオとレミがそうであるように、色んな掟やルールや、世界が決めているものと向き合わなければならないわけです。2人の関係性の中に、どうしてもそういうものが入ってきてしまうわけです」
「大人の観客が本作を観ると、例えば“親密さ”というものに、性的な要素をそこに見てしまいます。レオとレミが出来るだけ身を寄せ合ってベッドで寝ている姿は、異質なものを感じさせる映像になっていますよね。でも、本作はセクシャリティについての映画ではありません。いかに我々が社会によって、ものの見方を偏らせているか、ということについての映画です」
「つまり我々の眼差しが、どんな風にレオとレミの肉体や意識に影響を与え、乱すのか――ということです。とてつもなく強い力が働き、あるものが、それによって変わってしまうことについての映画なんです」
──そこを表現するというのは、ものすごい微妙なライン上での話になりますよね!?
「その通り、そこが一番、難しいラインでしたね。僕は2年かけてこの脚本を執筆したのですが、最後の半年で、ようやく“こういう映画である”と100%理解できました。僕自身、そういうものの見方を社会で教えられてしまっていたので、そこから解き放される必要がありました。つまりレオとレミの2人のキャラクターを、性的なものが含まれる関係という風に見ないようにする必要が僕自身にもあったわけです」
友情、別れ……悲劇から再生へ
──前作の『GIRL/ガール』での、常に子どもに寄り添おうとする父親もそうですが、本作に登場する2家族の両親も子どもに一生懸命に寄り添おうとします。特にレオとお兄さんの関係が心に染みました。弟はいつも暴力的な兄に苦しめられたり、男同士の洗礼を受ける的な描かれ方をすることが多いですよね。
「確かにお兄さんのキャラクターを創造したとき、僕も階段をガンガン下りて来て、弟の腕を叩いて家からバタンと出ていくイメージを思い浮かべました(笑)。そんなお兄さんのイメージもまた、社会が僕たちに植え付けている印象でもあるんですよね。でも本作は人の心の柔らかさや優しさの映画でもあるので、違う可能性の表現を目指しました。弟に悲劇が起きたとき、すぐ近くで支えようとしてくれる、そういうお兄さんのキャラクターにしたかったのです」
「親に関しては、僕はすごく心広く描きたかったんです。それも同じ理由ですが、こういう物語では、子どものことを理解できない存在として描かれることが多いんですよね。でも僕はそういう見せ方は違うと思うし、親ももっと一人の人間として描きたかったんです」
「彼らも彼らの人生を歩んで来て、今の若い世代とは同じボキャブラリーを与えてもらえなかった時代に育ってきましたが、最善の努力はしているわけです。親を主人公の敵役にはしたくなかったし、そういうキャラクターは僕の2つの作品では描く必要はないな、と思いました」
幸先良過ぎるスタートとこれから
──ところで、デビュー作『GIRL』がカンヌ国際映画祭「ある視点」でカメラドールなど3冠を与えられ、2作目となる本作はカンヌのコンペ部門のグランプリだなんて、自分でも“ちょっと出来すぎだな”と怖くなったりしません!?
「アハハハ(笑)!! 結果的に、このスタートが良かったのか悪かったのかは、時間がだいぶ経ってからしか分からないよね(笑)……。いずれにしても、僕は他には出来ることがないからな。映画を作ることが、僕が唯一出来る仕事だと思っているので、なるべくリアルな形で映画作りを続けていきたいと思っています」
「もちろん、これまでの2作が評価してもらえたように、こんなに祝福されるなんて特別なことだと自覚しています。数えきれないくらいの人が、一生懸命にリアルに物語を語ろうとしていることも知っていますし、祝福されない良作がたくさんあることも知っています。だからこそ僕の願いは、必ずしもそういう期待に翻弄されないで、モノづくりを続けていくことなんです」
──何かのインタビューで読みましたが、確か、お母様の影響が大きいんですよね!?
「その通りです。母には本当に感謝しています。彼女は教師ですが、僕が初めて見たアーティストでもあります。暇さえあれば洋裁をしたり絵を描いていました。小さい頃、僕は彼女の隣に座って、彼女がどんな風にものを創造するのかを見てきました。その経験があったからこそ、自分の内面で起きていることを人は表現していいんだ、と思えるようになったのです。それが今に繋がっています」
レオがレミを傷つけてしまったこと、あの時のレミの傷ついた瞳、問いかけるような表情、その瞬間を後悔してもし切れないレオの拭えない痛み、華奢な身体でそれを必死で受け止めようとする姿が、もう痛くて痛くて……。
“きっと誰もが身に覚えのある痛み”と最初に書きましたが、監督もレオにもレミにも自分が投映されていると語ります。誰もが自分の居場所や価値やアイデンティティを探し求める中で、ちょっとしたことで加害者にも被害者にもなりながら、色んなことを乗り越えて大人になるんですよね。
ハッキリと何かが起きたわけではないけれど、幼馴染や親友を傷つけてしまったこと、彼らから傷つけられてしまったこと……そんな薄くなった痛みがぶり返して疼(うず)くような感覚が蘇るような……。
是枝監督の『怪物』にも通じる物語である『CLOSE/クロース』。是非、レオとレミのかけがえのない友情の果ての物語を、深く深く味わってください。
映画『CLOSE/クロース』
2022年/ベルギー・オランダ・フランス/104分/配給:クロックワークス、STAR CHANNEL MOVIES
監督:ルーカス・ドン
出演:エデン・ダンブリン、グスタフ・ドゥ・ワエル、エミリー・ドゥケンヌ
© Menuet / Diaphana Films / Topkapi Films / Versus Production 2022
7月14日(金)より全国公開
公式Twitter&Instagram:@closemovie_jp
写真:山崎ユミ
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折田千鶴子 Chizuko Orita
映画ライター/映画評論家
LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。
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