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BTSきってのアート好き・RMと韓国現代美術家の「知られざる交流」から生まれた「奇跡」

2022.02.20

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BTSきってのアート好きとして知られ、度々美術展を訪れる様子を自らのSNSに投稿しているリーダーのRM。そんな彼が2021年5月、ARMY(BTSのファン)のためのオフィシャルコミュニティ「Weverse」に、とあるエッセイ集を撮影した2枚の写真をコメントなしでシェアします。そのエッセイ集は韓国の大手書店・教保文庫での週間販売数が250倍に激増し、たちまち完売に。11月には日本でも『それぞれのうしろ姿』(アン・ギュチョル著、桑畑優香訳、&books/辰巳出版)というタイトルで翻訳出版されました。

著者は韓国の現代美術家で、インスタレーションも多く手がけるアン・ギュチョルさん。普段の生活の中では見過ごされがちな“事物のうしろ姿”に着目し、読者の思考を解きほぐすと同時に、前向きな気づきを与えてくれる内容となっています。この度、アン・ギュチョルさんへのインタビューが実現。『それぞれのうしろ姿』制作秘話、RMとの知られざる交流、ソウルのおすすめ美術館など、多岐にわたり語ってくれました!

アン・ギュチョルさん

著者のアン・ギュチョルさんは1955年ソウル生まれ。ソウル大学美術学部で彫刻を学ぶ。その後、美術雑誌の記者を経て、ドイツのシュツットガルト美術大学に留学。帰国後は韓国芸術総合学校で教鞭をとり、美術家としても本格的に活動を始める。

RMが「植物の時間」をシェア。コロナ禍で心が折れそうになっている人たちに癒しを与えた

——『それぞれのうしろ姿』を開くと、まずスケッチが目に飛び込んできて、スケッチとの関連性と考えながら文章を読んでいます。本書の中でアンさんが一番好きなイラストや文章は?

アン・ギュチョルさん(以下アン):エッセイ「昨日降った雨」と、表紙にも載せているスケッチ「ゆるやかな時間」が一番気に入っています。このエッセイに込めた思いが原点となって「ゆるやかな時間」を描き、作品を2017年に開いた個展で展示するに至りました。だから、特別な思いがあるのです。BTSのRMがページをシェアした「植物の時間」も時々読み返しています。もともとある年の年末に新年の誓いを綴った文章だったのですが、最近コロナ禍で心が折れそうになっている人たちに小さな癒しを与えたのだと思います。

 

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——絵を描くことも自身の考えや思いを書き起こすことも、どちらも“自身と向き合う”という共通点があると思います。本書に掲載されている文章を書くことが、書く事以外のアンさんの芸術表現に影響を与えることはありましたか。

アン:文章を書くことは「芸術表現に影響を与える」というレベルを超え、美術家としての私のキャリアの出発点であると言えます。あれこれ思いついたことをメモに書き留め、それをベースにアート作品のアイデアを構想しています。これは美術家としてはユニークなケースかと思いますが、大学で美術を専攻した後に7年間美術雑誌の記者として働き、執筆力を身につけたことが影響しているのでしょう。両利きの人が右手と左手を使うように、文章と絵を相互に補完しながら生かしています。執筆がうまくいかない時は絵を描き、絵がうまく描けない時は文章を書いています。

個展にRMが来場。発売されたばかりの『それぞれのうしろ姿』にサインを求められ…

——『それぞれのうしろ姿』はRMの投稿によって日本に紹介され、日本にいる私たちはその存在を知り、日本でも刊行されました。それはまるでアンさんが本文中「風になる方法」で言及されていたように、RMが種を運ぶ「風」の役目を果たしたように思えます。まさに「書物」も静物ではないようです。種に対する「風」が果たす役割は、文化、芸術におけるその紹介者として活動しているBTSの姿とも重なります。このことを先生はどう感じられたでしょうか。

アン:まったく予想外のことでした。5月に釜山国際ギャラリーで開いた個展に、RMが来ました。意外にもRMがわたしに本を差し出しサインをしてほしいと言うので、何気なくサインをしたんです。すっかり忘れていた数週間後、出版社に本の注文が殺到していると聞きました。『それぞれのうしろ姿』の最後のエッセイ「はがき」で、自分の文章を「宛先のないガラス瓶に入った手紙」にたとえましたが、突然多くの読者から注目を浴びるようになったのが信じられません。私が書いた文章の数々が見知らぬ遠くの誰かに共感と癒しを与えるのは、著者としてこの上ない喜びであり幸運です。読者の中には、私の文章から得た小さな種から生まれた新しい木を育てる方もいるかもしれません。それと同じように、私も誰かから得た種で、この文章を育んだのです。RMには感謝の挨拶もまだできていませんが、多忙なRMが、文化芸術の真摯な仲介者として自分の時間を割くのは、本当にすごいことだと思います。

——RMがアンさんの絵を鑑賞しエッセイを読んだことについて、どのように感じましたか?

アン:私は美術館の観客とBTSのファンは、根本的に違いはないと思っています。使っているメディアやストーリーを伝える手法は異なりますが、私もBTSも現代の社会と暮らしを語るという点では同じです。それにもかかわらず、いわゆるポップカルチャーと芸術の間には、見えない境界線がずっと昔から存在しています。私が美術館やギャラリーで出会う観客は、BTSを愛する世界中のファンに比べれば、ごく少数に過ぎません。『それぞれのうしろ姿』も限られた人だけが手に取るのだろうと思っていました。ところが、RMが読んで「植物の時間」をBTSのファンに紹介したために世界中のARMYが私の文章を読むという、驚くべきことが起きたのです。漠然と距離があった隣人に、思いもよらない招待状をいただいたような気分です。

 

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——BTSの楽曲は聴きますか? 彼らの楽曲には必ず背景があるようですが、その解釈については受け側に委ねられており、『それぞれのうしろ姿』に通じるものがあるように思います。その点について、お気づきのことがあれば教えてください。

アン:正直に申し上げると、ビートが速いBTSの音楽についていくのは、たやすいことではありません。1970年代の洋楽に親しんだ世代の限界と言えるでしょう。それでも、メロディーとリズム、華やかなミュージックビデオやパフォーマンス、そして詩的な歌詞の意味を考えながら、自分なりに楽しんでいます。BTSの音楽には、特定の世代だけでなくすべての人に響く普遍性があると感じます。今という時代に対して意味のある問いを投げかけ、正解を導くのではなく解釈の可能性を開いておく。これは私が美術や執筆をするうえで大切にしていることですが、BTSも同じ点をはっきり意識していると思います。

コロナ禍が落ち着いたら訪れたい、アンさんおすすめソウルの美術館

——新型コロナウィルスの感染状況が落ち着いてくれば、また日韓の人的交流も盛んになり多くの日本人が韓国を訪れることになると予想されます。ぜひアンさんお勧めの美術館、作品を教えてください。

アン:国立現代美術館ソウル館、ソウル市立美術館、アートソンジェセンター、サムスン美術館Leeum。これらは全てソウルの都心にある代表的な美術館で、常に注目に値する展示を行っています。また、国立現代美術館ソウル館の周りには国際ギャラリー、ギャラリー現代のようなメジャーなギャラリーが集まっていて、いつ訪れてもダイナミックな韓国の現代美術に出会うことができますよ。

「冬の夜」20×30cm、紙にペン、2014

『それぞれのうしろ姿』に掲載されているアン・ギュチョルさんの作品「冬の夜」20×30cm、紙にペン、2014

——アンさんが特にがよく足を運ぶ美術館はありますか? また美術館に訪れたとき、一日をどのように過ごされるのか(すぐにアトリエに戻って創作にいそしむのか、まわりのスポットを散歩するのかなど)教えていただけたら嬉しいです。

アン:ソウルの中心にある国立現代美術館の周りには、美術館やギャラリーがたくさんあるので、いろいろな展示を見ながら散策しています。最近はたいてい一人で外出するため、展示を見終わるとまっすぐに帰宅し、時間に余裕があるときは近所の大きな書店で本を選んだりしています。



ソウルの子ども美術館の企画展を準備中のアンさんから、日本の読者へメッセージ

——近日中に作品展示や個展の予定はありますか?

アン:私はじっくり創作に取り組むタイプで、個展はだいたい2、3年に一度のペースで行ってきました。昨年5月に個展を開いたので、まだ次回の計画は立っていません。いまはちょっとした休暇のような時間だと思っています。最近は、ソウルにある子ども美術館で開く子どもたちを対象にした企画展を準備しています。私がこれまでもよく取り上げてきた窓と家をテーマにした展示で、子どもたちに家という空間に対する新鮮で興味深い体験を与えることを目標としたインスタレーションの制作に取り組んでいます。

それぞれのうしろ姿

——『それぞれのうしろ姿』をきっかけに、日本でもアンさんの作品や現代美術に興味を持つ人も多くいると思います。そんな日本の読者に向けてメッセージをお願いします。

アン:アートは、日常を超える美しい魅惑を与え、美術家の秀でた完成とテクニックによって観る人を感動させることが可能です。多くの美術家がそのような作品を作っていますし、私もアートのこうした可能性を否定しません。しかし、美術家のなかには、自分を省みて、社会を理解するために世に問いかけることが重要だと考える人もいます。私もそのような美術家の一人と言えるでしょう。今回、日本語版が出版された『それぞれのうしろ姿』と同じように、私の美術作品が日本の観客たちにどう読み解かれるのか気になります。

(翻訳/桑畑優香)

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