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LIFE

性悪な人間と善良なクマは共生できる? アートアニメ『シチリアを征服したクマ王国の物語』で イタリア人監督が問いかけること

  • 金原由佳

2022.01.13

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イタリアの作家、ディーノ・ブッツアーティの児童文学をアートアニメに。ロレンツォ・マトッティ監督インタビュー

『シチリアを征服したクマ王国の物語』は、イタリアの作家、ディーノ・ブッツアーティが子供のための新聞に連載した物語をアニメーションとしたものです。監督はイタリア出身で、今はフランス在住のロレンツォ・マトッティ。

福音館書店から出ている原作の始まりには、「それはとおいむかしのこと。けものたちは善良で、人間は性悪だった」とあります。これは意味深長な言葉で、シチリアの壮大な山々で暮らしていたクマの王レオンスが、幼い息子トニオを猟師にさらわれることから始まります。

呆然自失となったレオンスは、山の食糧が乏しくなったことを仲間から訴えられたこともあり、トニオ探しの目的に集団で山を下りることを決意します。麓に現れたクマの大群に、問答無用に攻撃してくるのはシチリアの暴君の大公。と、言葉にすると随分と乱暴なお話に思えますが、重要な登場人物に魔術師のデ・アンブロジスがいるように、魔法でイノシシを気球にして飛ばすなど、実に奇想天外な戦い方が展開し、アニメーションならではの飛び跳ね方が楽しい作品です。

デザイン性の高いグラフィックに、コントラストの効いた色使いなど、子供のみならず、大人のためのアート映画になっていて、マトッティ監督は、原作にはない旅芸人のジェデオンと少女のアルメリーナという語り部を物語に配置し、クマが人間界を統治するという寓話に込められた意味を観客に問いかけてきます。人と動物の境界線について、共同体の運営について、そしてリーダーの責務とは、色んな題材を含むこの映画についてパリのマトッティ監督に伺いました。

監督●ロレンツォ・マトッティ(Lorenzo Mattotti)
1954年、イタリア・ブレシア生まれ。現在フランス・パリ在住。ヴェネツィア大学で建築を学んだ後、マンガの道を志す。『ザ・ニューヨーカー』、『ル・モンド』、『コスモポリタン』といった新聞・雑誌でイラストレーターとして活躍。1982年には『Le signor Spartaco』でバンデシネ作家としてデビュー。高い評価を得て、以降、絵本、アニメと活躍の場を広げる。1993年ブラチスラバ世界絵本原画展でグランプリ、マンガ『ジキル博士とハイド氏』で米国アイズナー賞を受賞。ルイ・ヴィトンが発行したトラベルブックコレクション・ベトナム編を担当。フランス・イタリアを代表するアーティストの一人。

カンヌ国際映画祭・ヴェネチア国際映画祭、直近では2021年10月にヴェネツィアで開催された第11回カフォスカリ短編映画祭のポスターイラストを担当。第76回ヴェネツィア国際映画祭ではオープニングムービーを手がけた。ウォン・カーウァイ、スティーブン・ソダーバーグ、ミケランジェロ・アントニオーニら巨匠が手がけた香港・米・伊合作オムニバス映画『愛の神、エロス』(2004年)で、アントニオーニの『エロスの誘惑』内に、彼の作品「NELL’ACQUA」がアニメーションとして挿入されている。2007年、短編オムニバス『Peur(s) du noir』(英題:『Fear(s) of the dark』)で映画監督デビュー。パゾリーニやフェリーニ、オーソン・ウェルズといった監督たちからの影響を公言している。 建築学と西洋美術に裏打ちされた確かなデッサン力とイタリアのDNAを感じさせる赤・緑・青を基調とした美しい色彩が特徴的で、国際的に高い評価を得ている。

人間というのは、近づいてくる存在を悪いものに染めてしまう面があるかと思います。

──作者のディーノ・ブッツァーティは第二次世界大戦中にイタリア海軍の従軍記者として戦地に赴いた体験を持ちます。彼の作品には、『タタール人の砂漠』(1940)を筆頭に、自分たちの今いるテリトリーを脅かす、まだ見ぬ存在への漠然とした不安を描いた作品が多いと思います。

『シチリアを征服したクマ王国の物語』も山に住んでいたクマが大挙して人間の社会にやってくるところから始まります。この不安感は残念なことに、現代の社会で起きている紛争や移民問題にも深く関わっている感情かと思います。監督がこの原作を選んだのはなぜですか?

「たしかにブッツアーティがこの物語を書いたのは第二次世界大戦の後半ですよね、彼は戦争中、イタリア領東アフリカ(エチオピア)にいたのですが、彼にとってはどこかからやってくる者はソ連であり、ドイツであり、そういう存在を感じていたんだと思います。『シチリアを征服したクマ王国の物語』に出てくる独裁者は「大公」という人物ですが、大公はおそらくヒットラーを意識した存在だったと思います。

私がこの小説を読んだのは若い時でしたけど、年を重ねるうちに、原作に描かれている他のテーマが徐々に見えてきました。この寓話は冒険的な話で、クマが人間の世界に近づくことで話が展開していきますが、人間っていうのは近づいてくる存在を悪いものに染めてしまう、改悪してしまう面があるかと思います。そういうことを私は特に気が付いて物語に込めました」

──なるほど。原作でも、アニメーションでも、この物語に出てくる人間の多くは大公や、次に統治するクマの王、レオンスにとても従順な存在として描かれていますね。

「映画にしようと決めたとき、私は原作にたくさんのテーマが組みこまれていることに気が付いたんです。ひとつは自然界のことを描いています。人間と動物の共生は可能なのかを描いていますよね。加えて、山を下りたクマたちは自分のルーツを失ってしまいます。大公やレオンスが持つ権力の問題も描いていますが、権力の問題はブッツアーティの時代よりもますます複雑になっています」

原作よりも大きく膨らませたのは父と息子の関係性

──原作よりも監督がかなり突っ込んでいるのはレオンスと息子のトニオの関係ですね。レオンスは自然をコントロールする強さとたくましさを持っていますが、トニオは不器用だし、不注意や失敗も多くて、お父さんが望むような強い息子像にはなかなかなりません。しかし、人間界に柔軟に適応し、父親が望む方法とは違うやり方で解決する力を持っています。

「そうなんです。本の中では息子トニオの存在感はそんなにないんです。猟師に誘拐されてサーカスで働いているところと、後半、カジノでお金をすっちゃったというエピソードくらい。でも、私の作品では、父と子の関係を赤い糸のように非常に運命的で重要なテーマとして考え、展開していこうと最初から発想がありました。

レオンスは息子がいなくなると、クマ王国を挙げて息子を探しに行きます。愛ゆえにそういう極端な行動をとるのです。一方、息子のトニオは父親が助けに来た時、すでに人間の世界に染まってしまっていて、クマ王国で育ったルーツを忘れかけています。トニオはもはや違う国、違う文化で育っていて、クマの部分も持っているけど、人間の部分も持って、人間の文化も身につけている。その現実にレオンスは向き合わなくてはいけなくなります。

実は私自身にもそういう体験があるんです。私はイタリアからパリに移住しましたが、そのうち、息子たちはフランスの文化を知り、僕のわからない言葉を話すようになりました。これはヨーロッパやアメリカをはじめ、ひとつのルーツに収まらない若者が増えていて、とても今日的な題材だと思って取り入れることにしました」

クマが象徴するのは無邪気さ、詩的な存在、輝き、シンプル

──日本ではコロナ禍で山に人が入る機会が減ったため、クマの領域が広くなり、人里に出没する機会が増えるようになりました。そのことで駆除されたり、人との接触で事故が起きたり、悲しい出来事もあるのですが、監督にとっては、この映画に出てくるクマとはなんでしょうか?

「その質問に答えるのはなかなか難しいですね。この作品のクマとは何かという問いかけは、観客それぞれの答えがあるかと思います。一度、子供たちの上映会があったとき、小さなお嬢さんが私の元にやって来て、このクマは天使のようなもので、天上から地上に降りてきて、良い関係を人間と築くのだと話してくれました。それもとてもいいアイディアだなと感じたことがありました。

何か違う文化、違う世界から来た者が、人間とコンタクトし、人間の暮らしや生活様式を取り入れる。そのことに象徴的な意味を持つのかなと考えています。クマが象徴的するのは、無邪気さであったり、詩的な存在であったり、輝やきだったり、シンプルなものだと思いますが、そういう存在が複雑な人間界と接触するということが、色んな解釈をもたらすのだと思います」



イタリアの南部には旅芸人が語り継ぐ口承の文学の歴史があった。

──原作と一番違うのは、監督がこのシチリア王国に起こったことについての語り部がいることです。吹雪をやり過ごすために洞窟に逃げてきた旅芸人のジェデオンとアルメリーナが、先にそこにいた老いたクマに物語を聞かせるのですが、中盤、その話は私の知っているのとは違うと、クマが違う視点から語り直します。オーラルヒストリーの重要性を表す構成だと思いましたが、子供向けのお話にこのような視点を入れた理由を教えてください。

「口承の文学というのは伝統的に受け継がれていくものです。話伝えている間に内容が少しづつ変わっていくのですが、イタリアでも昔、特に南部では、旅芸人のストーリーテイラーが村から村へ、紙芝居の大きなものを引っ提げて、旅をしながら、物語を伝えていく文化がありました。

内容としては三面記事のようなちょっと下世話な愛と嫉妬の痴話喧嘩の話や愛の物語、あるいは昔の騎士道の話であったり。吟遊詩人のようにギターやハーモニカで歌いながら語る旅芸人もいましたよ。当時はテレビもラジオもなかったので、あまり豊かではない村人たちの大切な娯楽だったんですね。

ブッツアーティのこの原作にも語り部がいて、時々話が脱線したり、突然、読んでいる子供に話しかけたりします。これが面白いので、語り部の役目を果たす人物を私の映画の中にも取り込みたいと思いました。こういうお話は語る方にも喜びがあるし、聞く方も想像力を膨らませることができる。双方向でイキイキして、豊かなものなんですね。おじいちゃんが孫に聞かせているような、大切な寓話を語る楽しみをこの映画に取り入れています」

想像の余地を残してデザインをしていくことが大切

──物語も奇想天外で面白いのですが、私は監督のデザインワークに魅せられました。日本のアニメーションは猛烈に書き込む分量が多く、ディテールも細かいものが多いのですが、監督のこの作品は、大胆なデザインで風景が切り取られていて、あえて見せない部分も多いですね。

「ウィ。私のキャリアで大切にしてきたことは、想像の余地を残してデザインしていくこと。全て見せるとか、書き込むとか、そういうことをしたくはなかったし、元々好きではないんですね。

グラフィックの言語があるとしたら、私の方法はクラシックであるんだけど、物事を喚起するスタイルかなと思っています。細部にこだわって、ミクロな見方をするのではなくて、大きな空間構成を背景に、無駄な要素を廃することで、構図の中でのボリュームや立体感、光と影を意識して表現しています」

──このお話には、人を食べる鬼のトロルや、大きな化け猫、大ウミヘビなどバトルの場面の動きがとってもおかしくて、大笑いしちゃいました。どういう点に気を配りましたか?

「そうですね。戦いの場面では、暴力的な描写は全く望んでいませんでした。これはあくまでも寓話ですから、軽快さを大切にしています。血が流れるとかそういうことは一切ありません。私にとって戦闘シーンは子供のゴッコ遊びなんですね。子供は戦士になったつもりでバンバンと、色んなものを武器にしてゴッコしますよね。このアニメーションはそういうことなんです。

ブッツアーティの物語も全くリアリティじゃなくて、語り口の楽しみがあります。彼は本の中に自らデッサンやイラストを描き込んでいますが、どの絵も楽しくて、愛らしくて、洗練されていて、そこからかなりアイディアをもらいました。寓話を語るってことはゴッコ遊びと似ていると思います。現実を語る必要はない、だって寓話なんですから。あり得ないような突拍子のないことを語る喜びってありますけど、それを様々な色やグラフィックで表現しようと思たんです。遊び心というか、ゴッコですね」

もし魔術が使えるのなら、地球上の貧困問題を解決したい

──この物語には、3つだけ使える魔法が出てきますが、監督が今、魔法を使いたいと思う局面はありますか?

「私はブッツアーティではないので、よくよく考えないといけませんね。魔法でひとつ何かを変えてしまうことで、他のバランスが崩れてしまうことに気をつけねばなりません。均衡が崩れてしまわないように、魔法を使わなくてはいけないと思いますが、私なら地球上の貧困の問題を解決したいと思います。

地球上には色んな争いごとがありますけど、それはすごく豊かな人と貧しい人の格差が極端になっていて、その均衡が崩れることで、争いが起こっているんじゃないかなと思っています。そこで魔術を使いたいですね。ただ、私は政治家じゃないので、かなり無責任に語っていますが」

──最後の質問ですが、監督のように美的センスを磨くには、どう子育てすればいいでしょうか?

「美的センスというのは、それを身につけようという努力というか、そういう暮らし方が大事かなと思います。ミュージシャンが絶対音感を持っているように、私も画像を読み取る力をベースとして持っていたのかもしれません。けれど、少年の頃は無知でした。好奇心はいっぱいでしたので、映画をいっぱい見て、学びました。毎日、理解したい、聞きたい、学びたいと思っていて、自分のカルチャーや教養を磨き上げていくために努力しました。

お母さんたちは物語の読み聞かせや、音楽を聞かせることで、子供の文化的な素養を高まると思います。幸せなことに、私はイタリアで育ちました。街も風景もとても美しくて、伝統的な美学がありました。日本もそうじゃないですか。そういう幸運は、あなた方にもあると思います」

シチリアを征服したクマ王国の物語

イタロ・カルヴィーノと並び、20世紀のイタリア文学を代表する作家ディーノ・ブッツァーティが最初は子供向けの新聞に、後に姪に向けて書き直した同名の童話をアニメーション化したもの。ブッツァーティ自身によるイラストとともに、クマの王が息子を助けに人間界に下山し、様々な戦いを経て、人間界を統治するというファンタジックなエピソードが展開する。

ヨーロッパでは半世紀以上にわたって読み継がれているロングセラーで、アニメーションは2019年のカンヌ国際映画祭ある視点部門と同年アヌシー国際アニメーション映画祭にて公式上映された。日本では福音館書店から文庫化されている。字幕版と同時に、柄本佑、伊藤沙莉が声を担当した吹き替え版も公開される。

文部科学省特別選定(少年・家庭向き)、東京都推奨映画、一般社団法人映画倫理機構 年少者映画審議会推薦作品

©2019 PRIMA LINEA PRODUCTIONS – PATHÉ FILMS – FRANCE 3 CINÉMA – INDIGO FILM
2019年製作/82分/フランス・イタリア合作

提供:トムス・エンタテインメント、ミラクルヴォイス

配給:ミラクルヴォイス

1月14日から新宿武蔵野館、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開

『シチリアを征服したクマ王国の物語』公式サイト

金原由佳 Yuka Kimbara

映画ジャーナリスト

兵庫県神戸市出身。関西学院大学卒業後、一般企業を経て映画業界に。約30年で1000人以上の映画監督や映画俳優のインタビューを実施。映画誌、劇場パンフレット、新聞などで映画評を執筆。著書に『ブロークン・ガール 美しくこわすガールたち』、共著に『伝説の映画美術監督たち×種田陽平』。映画祭の審査員、トークイベントなど講演・司会も多数。

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