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折田千鶴子

ヘンリー・ゴールディング主演『モンスーン』。故郷なのに異国ベトナムを彷徨う青年の心の変遷を描く【ホン・カウ監督インタビュー】

  • 折田千鶴子

2022.01.13

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ずっと語りたいと思っていた物語

ホン・カウ監督の前作『追憶と、踊りながら』(14)が記憶に新しい方、大好きな方はとても多いと思います。私も観た時の“ジワジワ心に染みる具合”をハッキリ覚えていたので、その監督の新作と聞いて、すぐに飛びつきました!

新作『MONSOON/モンスーン』は、30年ぶりに生まれ故郷のベトナムを訪れた青年キットが、両親の遺灰を故郷に戻そうと、埋葬する場所を捜し歩くロードムービーです。サイゴン(現ホーチミン)からハノイまで、約1700キロ。ベトナム好きな方にも、ぜひ注目して欲しい作品です。

ホン・カウ(監督・脚本)
1975年10月22日、カンボジア、プノンペン生まれ。生まれて間もなくクメール・ルージュ政権下のカンボジアから逃れ、8歳までベトナムで育つ。ベトナム再統一後、ボート難民としてイギリスへ移住。97年にUCA藝術大学を卒業。BBCとロイヤル・コート劇場の「50人の新進作家」に選出され、多数の脚本を手掛ける。その後、2本の短編を監督して注目される。2014年、ベン・ウィショー主演作『追憶と、踊りながら』で長編映画デビューし、サンダンス映画祭で撮影賞を受賞する。長編第2作となる本作はロンドン映画祭の他、各国の映画祭に選出されている。

なんと監督自身、主人公のキットと同様、ベトナムから家族と“ボート難民”としてイギリスへ渡ったそう。つまり主人公は、監督の分身。そんなキットが生まれた地に足を踏み入れ、戸惑いの表情を浮かべながら、キョロキョロと何かを探すように、そして思索にふけるキットから目が離せません。

そのキットを演じるのは、ヘンリー・ゴールディング。全米で異例の大ヒットを飛ばした『クレイジー・リッチ!』(18)以降、ガイ・リッチー監督作『ジェントルメン』(19)など次々にハリウッド大作に出演、アクション大作『GIジョー:漆黒のスネークアイズ』(21)では主役に抜擢されるなど、ハリウッドで目覚ましい活躍をしています。

映画制作の裏話など、監督にオンラインで話をうかがいました。

──前作同様、本作も自伝的要素が多い作品です。この2作を撮らないと次のステージに進めないみたいな、自分の中にずっと抱えてきたテーマだったのでしょうか?

「そうそう、この2作で出し切ったぞ感がありますね(笑)。実は前作の後、次はそれほどパーソナルな作品にしないようにしようと思っていたんです。自分の中にあるものを作品で語ると、なんか少し変な感情が生まれてくるから。だから、僕はカンボジア出身ですが、敢えて舞台をベトナムにしたんです。でも結果的に、やっぱり自分の一部を反映してしまうことになってしまいました。結局、ずっと語りたいと思ってきたものを映画化した、という感じです。でも次の作品――今、脚本を執筆していますが、これまでの2作とは全く違う、自分をあまり作品に入れ込まない作品になるはずです。僕のオリジナルストーリーではなく、別の人が書いた舞台を映画化するのですが、共感できる部分を軸に、自分が感じているものが滲み出すように心がけながら書いているところです」

映画『MONSOON/モンスーン』ってこんな映画

©MONSOON FILM 2018 LIMITED, BRITISH BROADCASTING CORPORATION,THE BRITISH FILM INSTITUTE 2019
1月14日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開

<STORY>ロンドンで暮らすキット(ヘンリー・ゴールディング)は、両親の遺灰を故郷で埋葬しようと、30年ぶりに生まれ故郷のサイゴン(ホーチミン)に降り立つ。キットは6歳の時、ベトナム戦争後の混乱を逃れ、家族で“ボート難民”としてイギリスに渡ったのだった。既にベトナム語も覚えていないキットは、英語を話せる従兄弟のリー(デヴィッド・トラン)の力を借りながら、埋葬場所を探し始めるが――。

──セリフが非常に少ない作品です。脚本段階から既にセリフは少なかったのでしょうか、それとも現場でセリフを削っていったのでしょうか。また、キットの心情を脚本にもト書きのような形で書き込んでいたのですか?

「脚本自体は、今キットが何を感じていて、どういう思考回路なのかということなど、とても事細かに説明を脚本に書いていました。内面で感じていることを表現するのは、本当に難しいことだと思います。ですからリハーサル中もキット役のヘンリーと、たくさん話し合いを重ねて、彼と僕が同じ理解をしているか、確認しながら撮影を進めていきました」

「本当はもっと台詞のあるシーンもありましたが、編集の段階でカットしているんです。僕は常にあまりに喋り過ぎていないか、説明しすぎていないかを心配していました。そのバランスがとても難しかったですね。観客に情報を与え過ぎないようにしながら、道徳的な映画にならないように気を付け、台詞シーンをカットしていったんです。もちろんキット自身が苦悩を抱えているので、元々お喋りなキャラクターではないですが」

従兄弟のリー(デヴィッド・トラン)と再会したキット。互いに懐かしがる一方で、何となくぎこちない、心の距離を感じさせられます。移住したキット一家と、残ったリー家族の微妙な感情のズレみたいものが、彼らの関係や言動にどう影響しているのか、どう描かれていくかにも注目してください。

──キットが夜、ホテルのベランダで街を見下ろしながら煙草を吸うシーンが印象的でした。その姿にボイスオーバーされていてるシーンが、何度か出て来たと思います。

「もちろん脚本では全く違うもの(別々のシーンとして)でしたが、編集の段階で、キットがイギリスに居るお兄さんとスカイプで話している声を、その姿に重ねていきました。というのも、お兄さんの姿はラストシーンで出したかったので、敢えて声だけに留めたのです。キットの孤独を表現するのに絶好の機会になると、台詞のない彼が独りで佇む姿に、スカイプの会話を重ねました。その編集によって、さらに彼の孤独が増して感じてもらえるのでは、と思うのですが……。最後、彼の姿をズームアウト(次第にカメラが遠ざかって、彼の姿が小さくなっていく)したのも、同じ効果を狙ったものなんです」

多くを語らず、感じさせる映像

──台詞が少ないということは、“画”で見せていかなければならない、ということでもあります。“画づくり”で最も注力したのはどんなことでしょう?

「その通り、今回の撮影にはすごくこだわりました。キッドの孤独を表現するため、いつもとは違うカメラワーク、いつもとは違うフレーミングを意識しました。そして今回、そのカメラワークは大成功したと自負しているのですが……(笑)。例えば、キットがベトナムに到着した時、母国でありながら自分が居るべき場所ではないと感じる、その感情を表現するため、鏡やガラスなどの反射を使っています。彼と母国の間に壁がある、隔たりがあることを表現してみました。ただ彼が徐々に慣れていくに従って、そういう手法も徐々に減らしていきました。」

「フレーミングに関しては、さほど通常のものから外れてはいないのですが、若干違和感のあるフレーミングを選びました。そして撮り方は、キットを観察するような客観的な撮り方を心がけました。ただ、キットからあまり離れすぎず、彼のプライベートな姿を数歩後ろから見つめている感じになるように、カメラで彼の姿を捉えていきました。言うなれば、観察しつつ、そばで寄り添うという感覚ですね」

離れすぎず、キットを観察するように。同時にそばで寄り添う感覚のカメラ

「情報の開示の方法も、同様です。多分最初は、何がどうなっているのか、彼がどういう状況なのか分からないと思います。でも観ていくうちに、少しずつ何が起きているのか、どういう感情なのかも分かってくるように、情報を開示してちりばめていきました。音に関しても同じです。キットがサイゴンに到着した瞬間、街中の音や騒音が襲い掛かるように表現されています。でもキットが街に慣れていくうちに、少しずつトーンダウンさせました」

──キットがベトナムに降り立ったときの様子は、監督自身が本作を作るために映画の設定と同じ30年ぶりに、子供時代を過ごしたベトナムに取材に訪れた際に感じたこと、そのものなのですね。劇中“容赦ない、強烈だ”という表現があります。

「その通りです。空港に降り立った瞬間、バイクの音、気温や湿度、そして人が密になっている様子など、すべてに衝撃を受けました。とても強烈な印象を受けたので、キットを描く際もそれを反映しています。何しろ最初の頃は、道を渡るのも命がけ、みたいな感じでしたから(笑)」



難民・移民という選択と運命

*ここからは、映画のラストに触れています。鑑賞後にお読みいただくことをおススメします。知りたい“謎”や監督の意図を語ってくれたので、敢えて掲載しますが、完全なるネタバレです!!

──多くを語らない本作ですが、一番の目的であった「キットが遺灰をどこに埋葬するか」は、結局その場所を見つけられませんでした。遺灰とは、移民であるキットが抱え続けて来た問題、トラウマ、アイデンティティなどに関する、自分の中の埋められない傷みたいなメタファーでもあるのでしょうか?

「なるほど、面白いけれど、特にそういう意図ではなかったな……。結局キットが遺灰をどうするのかについては、ラストの方にヒントをちりばめたつもりです。例えば、(サイゴンで知り合い一夜を共にした後、何度か2人で出かけるようになる)ルイスのアパートメントにお茶を持って訪れるシーン。ハノイから戻って来たキットが、ルイスに“遺灰をまくべき場所はベトナムにはない”というようなことを会話の中で示唆します」

「もう一つ、従兄弟のリーがキットに、“君の親はこの国から逃れるために必死に頑張ったのに、君はその遺灰をまたこの国に戻すのか!?”と言いますよね。それを聞いたキットも、“まくべき場所はベトナムではない”と気づくわけです。僕の中では、“おそらくキットはベトナムでは遺灰をまかないだろう”と思いながら脚本を書いていました」

「僕の両親にとっても別の国に移住し、そこで新しい生活を築くのは、過去のトラウマから逃げるため、解放されるためでもありました。僕の母もキットの母同様、故郷について何も話してくれませんでした。親は子供を自由にするため、過去の負担を子供たちに背負わせないために移住を決めたのに、皮肉なことにキットも僕も、大人になってから過去に振り回され、影響されてしまうのです。ただ今回のエンディングでキットがどういう選択をするのか、僕にはキットに判断を委ねたい、という思いがありました」

一夜を共にしたことで始まったキットとルイス(パーカー・ソーヤーズ)の関係は、微妙な距離を保ちつつ、賞しずつ近づいていきます。

──映画を観ながらずっと“キットとルイスの関係性”について、不思議な感覚を持っていました。2人は微妙な距離感をずっと保っています。お互いに好意を持っているのに、何か探り合っているというか、警戒しているというか。

「30代のいい大人が海外で出会うと、通常はロマンチックに描かれるだろうとは僕も思います。おっしゃる通り、2人は惹かれ合っていますから。それなのに、確かに警戒し合ってもいます。僕は、本作をいわゆるラブストーリーにしたくなかったし、もうこれ以上、世の中にラブストーリーは必要ないだろうと思っているんですよ(笑)」

「またキットとルイスが関係を深めるには、自分が抱えている問題の決着をつけなければなりません。それからでしか、深い関係に踏み込めないのです。ルイスのアパートメントを訪れるときは、既にキットの中で解決が訪れている状態ではありますが、僕がそうしたくなかったので、距離感のある関係性になりました。但し、この先に何かあるかもしれないと2人に希望を残せるようにしたのは、僕の中のロマンチックな部分が最後に脚本に書き加えさせたんです(笑)」

サイゴンから約1700キロ離れたハノイで、キットはようやく自分が知っていた伝統的な古き良きベトナムの面影に触れます。サイゴンで知り合った女子大生の実家の蓮茶の工房を訪れたキット。

こんな内省的で静かなロードムービーって初めて! 観ているうちに、どんどんキットの思索の森に入り込んでいくような気分になります。彫りが深く濃い顔系のためか(!?)インパクトの強い役がこれまで多かったヘンリー・ゴールディングにとっても、キットという役は自身のイメージを打ち破る挑戦になったのではないでしょうか。なんとゴールディング自身、マレーシア人の母とイギリス人の父を持ち、ずっと“マレーシアにいても、イギリスにいても、外国人としか見られない”という、キットと共通した悩みや問題を抱えていたそう。だからこその佇まい、説得力かもしれません。

今や世界中、以前にもまして“移民せざるを得ない人々”が急増している状況下にあります。島国の日本は、そういう問題に鈍感な傾向にありますが、国を出るという決断、難民になる、移民するということの辛さ、当事者たちの事情や心に、少しでも寄り添える世の中になって欲しいな、と本作を観ると余計に思わずにいられません。

詩情あふれる映像、沈黙や静謐さが湛える思いの深さに、暫し揺られたい繊細な一作です。是非!

映画『MONSOON/モンスーン』

2020/イギリス、香港/85分/配給:イオンエンターテインメント

監督・脚本:ホン・カウ

出演:ヘンリー・ゴールディング、パーカー・ソヤーズ、デヴィッド・トラン、モリー・ハリスほか

©MONSOON FILM 2018 LIMITED, BRITISH BROADCASTING CORPORATION, THE BRITISH FILM INSTITUTE 2019

1月14日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開

映画『MONSOON/モンスーン』公式

折田千鶴子 Chizuko Orita

映画ライター/映画評論家

LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。

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