LIFE

男性から女性に移行してもパパはパパ! 映画『パーフェクト・ノーマル・ファミリー』で実体験を基に描いたマルー・ライマン監督にインタビュー

  • 金原由佳

2021.12.24

この記事をクリップする

父の性別違和を受け入れた、母と娘の実体験に基づく半自伝的な映画。

父親がある日、女性として生きることを決意するという題材に初めて巡り合ったのは1988年、吉本ばななさんの小説「キッチン」だったでしょうか。2005年には、生まれてから一度も会っていなかった息子から会いたいと言われて困惑する、男性から女性へと移行する性別適合手術を一週間後に控えた主人公を描く『トランスアメリカ』が話題となりました。

デンマーク映画『パーフェクト・ノーマリー・ファミリー』も父親の性別違和を題材とする映画です。仲のいい家族で、大好きなパパが、突然 「これからの人生は女性として生きたい」と意思表示したことをきっかけに、両親は離婚。パパの急激な変化を受け入れられない11 歳のエマの感情がリアリティ豊かに描かれる作品です。

特筆すべきことは、この作品、デンマーク・アカデミー賞で児童青少年映画賞を受賞していること。女優としても活躍するマルー・ライマン監督の、11歳の時の実体験に基づく半自伝的な内容で、娘の目からみた父の性別違和という題材を描いています。作品を作るに至った経緯から現在30代となったマルー監督と現在のお父様との良好な関係性についてまで、リモート取材で伺いました。


脚本・監督●マルー・ライマン(Malou Reymann)
1988年生まれ、オランダ・アムステルダム出身。10代から女優の活動をはじめ、デンマークのテレビ、映画で活躍。「HUSH LITTLE BABY」(2009・日本未公開)でデンマーク・アカデミー賞の助演女優賞、デンマーク批評家協会賞の主演女優賞にノミネート。コペンハーゲン大学で文学を学び、卒業後は英国国立映画テレビジョン学校で映画製制作を学ぶ。『パーフェクト・ノーマル・ファミリー』は初の長編映画の監督作となる。

突然、父は「これから女性として生きる」と家族に告げた。

──今作はマルー・ライマン監督の体験に基づくフィクションということですが、監督のアバターである主人公のエマを演じたカヤ・トフト・ローホルトさんの感情豊かな表情にとにかく見入ってしまいました。思春期に突入する時期に、大好きなパパがこれから女性として生きたいと宣言し、その急展開についていけないモヤモヤを見事に演じていたと思います。エマとしての自然な演技を引き出した秘訣は?─

「カヤをほめてくれてありがとうございます。彼女は9歳の時に女優になりたいと自らのプロフィールをキャスティングディレクターに持ってきたという逸話を持つ人で、オーディションの時は10歳だったんですけど、他の100人の応募者の中で抜群に目立っていて、存在感が凄かったんです。

撮影中も10歳とは思えないほど、エマの役柄を深く理解して、感情移入していました。エマは内向的な少女で、カヤはもっとオープンな人ですけど、毎シーンごとに、今のエマの感情はどのような状況かふたりで話し合い、カヤはそれを理解して、身体全体で表現してくれました。感情表現にインテリジェンスを感じさせる人で、10歳とは思えなかったですね」

1 / 2
  • マル―監督とエマ役のカヤ

女性として手当たり次第にやりたいことを模索した父。迷子になっている親の姿を見ているのは大変だった

父役のミケル・ボー・フルスゴー

──父親のトマスはある日、もうこれ以上、男性として生き続けるのは難しい、手術をして女性として生きると家族に宣言します。トマスからアウネーテと名を変えて女性としてのアイデンティティを確立していく変化を、ライマン監督は衣装やメイクを駆使して演出していて、当初は全身ショッキングピンクの服を着ているだけで満足しているダサいファッションのアウネーテが、どんどんメイクやファッションで洗練されていく過程を見せていきます。

同時に、娘二人とネイルサロンに行って、キャアキャア言いながらネイルをしてもらいたいとか、ママ友とどうでもいい話を延々としてみたいとか、え、こんな俗っぽいことをやりたいんだと、エマの意地悪な視点を感じる様な構成にもなっています。これは、この映画のために作った眼差しですか? それとも、当時監督が、お父様に向けていた眼差しを反映したものですか?

「父が女性として急激に変わっていくんですけど、その過程において、娘にとってはその変化は非常に複雑なことなんですね、急に“父は誰になってしまったんだろう?”という感じです。父にとっては、女性として、娘たちと一緒にネイルサロンに行ったりすることが重要なんですけど、当時の私にとっては、それはどうでもいいこと。急に父が変わってしまったことに、娘としては複雑な気持ちなんですけど、でも、父にとっては、女性としての自分自身を生きるために必要な時間だったと思います。

長い間、男性として生きてきた父が性移行したことで、女としての自分はどんな人間なのかを模索しなくてはいけなかった。一般的には10代の時から、女性としての自分らしさを確定していくところを、急激に試していくわけですから、私の父は女性がやることは全部確かめたかった。手あたり次第、色んなことを試した結果、そこから自分の好きなものを見定めていきたかったんだと思います。

1 / 4
  • 父の様変わりをエマは受け入れられない。

ただ、娘としては、親が迷子になっているのは見ていて大変でした。今までは父親として頼りがいがある人だったのに、女性になった途端、急に自分では何も決められない人間 になってしまった。父は女性となってから数年は道に迷っている感じだったんです。大人になって振り返った時、当時の体験が意外とドラマチックだなと思い、映画にすることにしました」



女の子だからピンクを着なくてはいけないの?

──エマ自身はピンク色が好きじゃなくて、ガーリーな装いよりも、スポーティで、ボーイッシュな格好が好きとはっきりしている。サッカー選手で、トゥーフェミニンなテイストは好きじゃない。

生まれ持った性にまつわる社会的な役割や慣習に生理的に違和感を持っているという点では、トマスと共通点があるのですが、父と同じところがあるという理解には至らない。これは面白い着眼点ですが、発想の元はなんですか?

「エマのキャラクター造形には、自分の体験が織り込まれています。私自身は当時、自分のことを女とも、男だとも思っておらず、自分は人間だと思っていたんです。男か女かという二分した価値観というよりもジェンダーについてはもう少し流動的にとらえていたところ、父は、男性としての肉体にずっと違和感を持っていて、女性としての身体になりたいという意思が明確だった。

子どもとしてまず、そこを理解するのは大変でしたし、トランスジェンダーについてもまだまだ理解し切れないものがありました。それを踏まえてエマは意図的に典型的な女の子としては描いておらず、“女の子だからってピンクを着なくちゃいけないの?”と問える人として作っていますが、姉と違って、父への理解が全く及んでいないという点では、父と対照的でもあるというキャラクターです」

母役(右)のニール・ランホルト

──私は映画を見ながら、同じ題材をお母さんの立場で撮り直したら、まるで違う風景のドラマが立ち上がってくるだろうなと感じました。夫の決断を受け入れる、包容力のある女性ですが、それまでの月日で培ってきた素敵な夫像、父親像をどうしても捨てきれない心情は想像するに余りあります。

世界で初めて性別適合手術を受けたリリー・エルベについて描いたデンマーク映画『リリーのすべて』で、夫の性別違和を受け入れるゲルダを思い出したりしました。

「この映画を編集しているときに、デンマーク映画協会の人たちがやってきて、参考に、親としての視点について意見を聞いてみると、男の人たちは、二人の子どもに対してあまり重い責任を感じずという感じだったんですけど、女性たちはこの映画の誰に共感するのかについてすごく話し合っていました。

でも、私はあえて母親の感情をこの映画では見せないようにしました。というのも、本作がフォーカスするのは、二人の娘の感情であることを優先したからです。とはいえ、少しは、母の視点は入れています。母親としては、夫の決断が及ぼす状況を、娘のために渋々受け入れている。

母親役を演じたニール・ランホルトと話し合ったとき、彼女はオープンで、あらゆるジェンダーの人を受け入れている人ですけど、“自分自身のケースとなったら、夫の決断を受け入れられるかしら?”と話していました。確かに同じ境遇を母親の視点で描く映画にしてもすごく面白いと思います。でも、受け入れるのはすごく難しいと思いますね」

父が女性として生きて20年以上 経ったけれど、父は今でも素敵なパパであると実感

──映画の中で印象的だったのは、エマが何度もアウネーテに女性になったからといって、ママにはならないでと訴えている姿でした。監督自身は、現在、お父様はどういう存在に、どういう関係性になっていますか?

「父が女性として生きて20年以上経ちました。父が女性になった直後の数年間は、どう関係を築くのかを模索するのがとても大変でした。父ではない、でも母でもない。肉体は女性となったが、その状態で、父でいられるのかと悩みましたが、結果的には、いられると今、思っています。

今、父とは本当にいい関係性を築いていますね。この映画を作ることは自分にとってとても大切でしたけど、父にも関係することなので、事前に相談したんですね。その時に好きに物語を作って構わないと言ってくれました。父は女性として長年フランスで暮らしていて、今では父の過去を知らない人たちがたくさんいたのですが、『パーフェクト・ノーマル・ファミリー』の宣伝のためにデンマークまで来てくれて、インタビューを受け、試写会にも出てくれました。それは私の感情にとってとても大きな出来事でした」

パーフェクト・ノーマル・ファミリー

1990年代のデンマークを舞台に、父親が性別適合手術を受けることになった家族の物語を、11歳の娘の視点から描いたもの。これが初長編映画となるマルー・ライマン監督が、11歳の時に父親が女性になった実体験を基にしたストーリー。

デンマーク郊外で暮らす11歳のエマは、ある日、両親から、突然離婚することになったと言われ、その理由として、父親トマスが女性として生きていきたいからだといわれ混乱する。既にホルモン治療を始めていたトマスはアウネーテと名前を改め、急速に変わっていくが、姉と違い、エマは父親の性別適合手術を受け入れられない。また、同級生たちからも陰口を言われ、いら立ちを募らせていくが……。父親のトマス役は『ロイヤル・アフェア 愛と欲望の王宮』のミケル・ボー・フルスゴー。デンマーク・アカデミー賞のメイクアップ賞、児童青少年映画賞を受賞した。

2020年製作/97分/PG12/デンマーク
原題:En helt almindelig familie

配給:エスパース・サロウ

新宿シネマカリテほか全国順次公開中

『パーフェクト・ノーマル・ファミリー』公式サイト

金原由佳 Yuka Kimbara

映画ジャーナリスト

兵庫県神戸市出身。関西学院大学卒業後、一般企業を経て映画業界に。約30年で1000人以上の映画監督や映画俳優のインタビューを実施。映画誌、劇場パンフレット、新聞などで映画評を執筆。著書に『ブロークン・ガール 美しくこわすガールたち』、共著に『伝説の映画美術監督たち×種田陽平』。映画祭の審査員、トークイベントなど講演・司会も多数。

この記事へのコメント( 0 )

※ コメントにはメンバー登録が必要です。

LEE公式SNSをフォローする

閉じる

閉じる