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父娘のぐっとくる夏。『子供はわかってあげない』沖田修一監督インタビュー

  • 金原由佳

2021.08.20

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教え、教えられることで父娘の距離がぐっと縮まる、ひと夏の冒険

数字の上では他の月となんら変わらない31日間であるのに、夏休みにおける8月というのはどうしてこんなに人生において忘れがたい出来事を量産するものなのでしょう。日本映画においても、『ションベン・ライダー』、『お引越し』、『サマータイムマシン・ブルース』、『河童のクゥと夏休み』、『サマーウォーズ』などひと夏の冒険を描いた秀作がずらりと並ぶのが8月のすごさ。

沖田修一監督の『子供はわかってあげない』は、昨年、今年と夏を存分に満喫することがなかなか叶わない子どもたちにぜひとも見て頂きたい作品です。

高2である主人公の朔田美波は、アニメ「魔法左官少女 バファローKOTEKO」の大ファン。ある日、学校でKOTEKOの立て看板を制作中の書道部のもじくんの存在を知り、同じアニオタとして意気投合。もじくんとの出会いで、母との離婚後、没交渉だった父探しを決意し、夏休み、家族に秘密に会いに行きます。美波役の上白石萌歌さん、もじくん役の細田佳央太さん、そして謎に満ちた美波の父役の豊川悦司さん、青い空の下、大きな海でゆっくりと距離を縮めていく関係性を沖田監督に伺いました。

●沖田修一(SHUICHI OKITA)
1977年生まれ。2001年、日本大学芸術学部映画学科卒業。数本の短編映画の自主制作を経て、2002年、短編『鍋と友達』が第7回水戸短編映像祭にてグランプリを受賞。2006年、初の長編となる『このすばらしきせかい』を発表。2009年、『南極料理人』が全国で劇場公開されヒット、国内外で高い評価を受ける。2012年公開の『キツツキと雨』が第24回東京国際映画祭にて審査員特別賞を受賞し、第8回ドバイ国際映画祭では日本映画初の3冠受賞を達成。2013年2月、吉田修一原作の『横道世之介』が公開。第56回ブルーリボン賞最優秀作品賞などを受賞。国内にとどまらず、海外でも高く評価される日本映画界の期待の監督である。近作は『滝を見にいく』(14)、『モヒカン故郷に帰る』(16)、『モリのいる場所』(18)、『おらおらでひとりいぐも』(20)。
撮影/山崎ユミ

運動部の大きなリュックを背負っている普通の女の子の父探し

──沖田監督が、田島列島さんのコミック「子供はわかってあげない」を読んで面白かったところはどこですか?

「主人公の美波は水泳部なんですけど、僕たちが普通に電車に乗る中、運動部の大きなリュックを背負っている子ってよく見かけますけど、そういう普通の女の子が長年会っていなかったお父さんに会いに行く話だとしたらすごく良いなと思いました。まずは、そのリアリティに面白さを感じて、どこにでもいる高校生の物語であることに惹かれました。

お母さんと再婚したお父さんとも仲が良くて、別に不満もないんだけど、どこかにもやもやとした感情があって、っていうようなこともいいなあと。あと、僕自身、娘がいる父親なので、大人の目線であの物語をとらえて見てしまうんですね。お父さん側の目線から見た娘の話としても見れる映画だなと思っていて、小さい頃に別れたきりの娘が、高校生になって、突然会いに来たらどうだろうみたいな」

──水泳部の美波と、書道部のもじくんは、部活あるあるで、運動部と文化部でそれまで接点がなかったのに、マニアックなアニメ「魔法左官少女 バファローKOTEKO」が互いに好きなことがわかって、そこから秒速で親友になってしまうんですけど、その出会いのファーストシーンを長回しで撮影されていて素敵です

「美波ともじくんの、好きなアニメが一緒っていうだけですぐに仲良くなってるっていうのはやっぱり面白くて、屋上で出会った二人が校舎の階段を駆け下りて、2人にしか分からない会話を丁々発止で繰り広げるということをやりたくて、あの場面になりました。

一方、豊川さんの演じる父親の友充とは、すごくゆっくりゆっくり歩み寄っていく。近づく方法がわからないみたいな感じですね。美波と友充を結びつけるのは水泳なので、カメラマンの芦澤明子さんは撮影前から水泳教室に通われて、“沖田さんも一緒に通いませんか”と誘われたぐらい気合が入っていて、最終的にはコーチについて練習したそうです。

夏休み、海の近くに住んでいるからこそできるコミュニケーションの取り方っていうか、水の中っていうのがちょっと特別な場所というか、そういう風にも映るなとも思いました。美波にとってはプールという場所、水泳をやってること、水の中に身を置くことが、賑やかな周りから距離をとって、静かに1人になれる時間というか。そういう風なことを思いましたね」

──友充が暮らしている海辺の日本家屋がとても素敵ですね。部屋からコンクリートの防波堤の上に広がる海の青い水平線を眺めることが出来ます。

「実は東日本大震災の後、防災の視点から高い防波堤を作る海岸が増えたようで、ああいう家から海岸沿いの水平線が見える家ってもうかなり少なくなっているようです。僕たちもロケ地探しには苦労をして、東京から海岸線沿いに探していって、最終的に静岡のかなり深い場所に辿り着きました。

持ち主の方がもう家を撤去する予定だったので、“ご自由に使ってください”って言ってくださって撮影ができたんですけど。撮影しているときに、どうしても豊川さんの父親の目線に自分の気持ちがいってしまい、美波が帰った後も、美波じゃなく、残された父親と家についつい気持ちがいってしまいました」

上白石萌歌さんの魅力は素朴なところ

──溌溂とした美波役に上白石萌歌さんを選ばれたのは、やはりNHKの大河ドラマ「いだてん」での前畑秀子役で、アスリート並みに泳げるということが大きかったですか?

「上白石さんはオーディションで選んだんですけど、泳げるという要素よりも、そのとき、19歳で、子供らしさはまだ残りつつ、大人になろうとしている年齢で、素朴なところが美波役にぴったり合うと思いました。もともと、2016年から18年までの『午後の紅茶』のCMの自然な印象も強く残っていて、ちょうどいい時期だったんじゃないでしょうか」

──もじくん役の細田佳央太さんは、「ドラゴン桜」で増量される前のシュっとした風情を見ることが出来ます。

「細田君には、書道部ですから、撮影前に書道を習ってもらいました。普通に芝居しているときよりも、書道をしながらセリフを喋っている方がとてももじくんぽく見えて、不思議でしたね。上白石さんも水泳を改めて練習していたし、古さんはダンスの振り付けを覚えてもらって。細田君は少々、緊張していたみたいですけど、上白石さんと一緒に遊ぶ時間を設けるなどして、関係性をほぐしていった感じです」

 



父が娘のためにハンバーグやコロッケを作ることは、言葉を介さぬコミュニケーションになる

──この映画、美波の二人のお父さんがとびきりいいですよね。再婚したお父さんは古舘寛治さん、そして再会するお父さんは豊川悦司さん。古舘さんは沖田監督の商業映画第一作の『南極料理人』ではすごく癖の強い研究者を演じていましたけど、今回は、美波に「お母さんより、お父さんとの方が合う」と言われるような人。一方、豊川さんは宗教団体の教祖だったりして、色んな意味で美波を困惑させるミステリアスな人です。

「豊川さんは、ご自身はサーフィンをされて、海の似合う人なんですけど、映画では原作の要素に加えて、泳げない人という設定に変えたんです。衣装合わせの時にすでに、映画のまんまの友充として来られて、もう、付け加えるのは教祖の衣装をどうしましょう、というくらいでした。

僕は、友充役に豊川さんが決まって、そうなるとちょっと怪しいセリフを言ってもらっても面白いなと、いろいろ想像して、面白がって、脚本のセリフをいじって、変えたりとかしましたね。超能力があるとか(笑)。脚本の執筆中は頭ん中で完全に豊川さんが喋っていました。古舘さんは原作を読んだときから、このお父さん役にぴったりだと思って、かなり早い段階からお願いをしていました」

──二人の父親が、それぞれ、美波のために、うどんを作る場面があって、すごく印象に残っています。沖田監督の映画には、毎回、印象的な食べる場面が出てきますが、どうしてですか?

「何ですかね?それ、なんかうまく言えないんだよな。お父さんが娘のために作るハンバーグとかコロッケとか、そういうのってすごいいいなと思うんです。原作の漫画の中で、再会した直後の美波と友充が窓越しに、扇風機が回っている中、ふたりで静かに、なにか麺を食べるコマがあるんですけど、それを見て、これはすごいなあと思ったんですね。原作者の田島列島さんにも、食への妙なこだわりがある方なんじゃないかと思って。その辺は似たような匂いを感じました。

友充が美波にうどんを作る場面は最初から脚本に書いていたんですけど、美波が水泳部の合宿から戻ってくるだろうと、古舘さん演じる父親がうどんをこねている場面は、当初、斉藤由貴さん演じるお母さんがやるはずだったんですね。でも、撮影現場で、“これはお父さんがやった方がいいんじゃないか?”と、慌てて、古舘さんにエプロンを着せて、打ってもらいました。2人のお父さんの対比にもなるし、言葉を介さず、父親の娘への気持ちが伝わるなと、そういうアイディアを思いついたときワクワクしますね」

教えられたことは、自分の中に残っていく

──この映画で特に印象的なのは、人が何かを教える場面が多くあることです。もじくんは近所の子供たちに書道を教え、美波は友充に泳ぎを教える。特に、友充が泳げないという設定は、映画独自のものなので、沖田監督の本作の意図は「教える」に込められているのかなと?

「その教え、教えられるということについては、原作のコミックで、もじ君が書道教室で子供たちに書道を教えているときに、大人になったら僕から教わったことなど忘れるだろうと呟く場面があるんです。それに対して美波が、“でももじせんせーのこと 忘れても もじせんせーから教わったことを忘れない子はいるんじゃないの したらその子の書く字にもじくんが残るじゃん”って伝える台詞があるんですけど、それは僕も結構グッときて。あ、そっかと思う言葉だったんですね。

僕が映画を撮りだした頃、短編映画の『進め!』(2005年)や長編第一作目の『このすばらしきせかい』(2006年)に古舘寛治さんに出てもらったんですけど、当時の僕は芝居のこととか全くわからないまま撮っていた。でも、古舘さんと一緒にやっていく中で、俳優さんの気持ちだったり、芝居の大事なことを、別に言葉にするわけじゃないけど、なんとなく教えてもらったんですね。

古舘さんだけでなく、撮影監督の芦澤さんからも現場のことを教わったし、色んなことを教えてくれる人が現場にいて、だから今、教わったことを僕がまた、若い子たちに教えてくみたいな役目みたいな気がしているんです」

──去年、今年と、色んな子どもたちが、思う存分、夏を謳歌できるような状況でなく、外出がままならなかったり、いろんな場面で我慢する局面が多いかと思いますが、この映画を見ることで、青春の片鱗に触れられるような気がします。監督はどういう夏を過ごしたいですか?

「我慢することが多い日々を送っています。なので、海辺での撮影も続いたこともあり、何とか釣りを習得して、行けたらと思っているんですけど。いきなり海釣りは難しいので、まずは川釣りからトライしたいと思っていますが、まずを目標を掲げるところから(笑)」

子供はわかってあげない

田島列島の人気同名コミックを上白石萌歌主演、「南極料理人」「横道世之介」の沖田修一が実写映画化。マニアックなアニメ好きという点で意気投合した美波ともじくん。もじくんの家を行き来する中、彼の家で、幼い時に別れた父親から送られれきた「謎のお札」を見つけ、ふたりは父親捜しを始めるが……。胸がキュンキュンする純粋青春映画。

8月20日より全国公開中

 

配給: 日活

?2020「子供はわかってあげない」製作委員会 ?田島列島/講談社

映画「子供はわかってあげない」公式サイト

金原由佳 Yuka Kimbara

映画ジャーナリスト

兵庫県神戸市出身。関西学院大学卒業後、一般企業を経て映画業界に。約30年で1000人以上の映画監督や映画俳優のインタビューを実施。映画誌、劇場パンフレット、新聞などで映画評を執筆。著書に『ブロークン・ガール 美しくこわすガールたち』、共著に『伝説の映画美術監督たち×種田陽平』。映画祭の審査員、トークイベントなど講演・司会も多数。

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