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折田千鶴子

柳楽優弥さん×田中泯さん、葛飾北斎を演じた2人の“表現への衝動と欲望”【映画『HOKUSAI』】

  • 折田千鶴子

2021.05.27

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葛飾北斎の“知られざる”人生を描く

(右)柳楽優弥 (左)田中泯

“世界で一番有名な日本人アーティスト”という映画のキャッチコピーに、思わず膝を打ってしまいました! そんな元祖カリスマ絵師・葛飾北斎の“知られざる”人生に、真正面から光を当てた映画『HOKUSAI』が、コロナの影響による公開延期を経て遂に公開されます。

実は北斎や彼の娘を主人公にした映画やドラマを観て、北斎という人となりも知っているような気になっていましたが、北斎についての資料が残っているのはほんの晩年だけだそう。確かにそう言われると、ドラマ等々で目にしてきたのも、老境に入った北斎だけかもしれません。

大ブレイクしたのは70歳という北斎の、それまでの人生とはどんなものだったのでしょうか。その人、葛飾北斎を演じるのは、近年益々存在感と渋みを増し、新たなステージに突入している柳楽優弥さんと、いぶし銀な魅力で唯一無二の存在感を誇る田中泯さん。お2人揃ってLEE webに登場していただきました!

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(右)柳楽優弥
1990年3月26日、東京都出身。『誰も知らない』(04)でカンヌ国際映画祭最優秀男優賞を史上最年少で受賞する。近年の主な出演作に『合葬』(15)、『ディストラクション・ベイビーズ』(16)、『銀魂』シリーズ(17、18)、『夜明け』『泣くな赤鬼』『ザ・ファブル』(3作とも19)、『ターコイズの空の下で』『今日から俺は!!劇場版』(20)など。待機作に、映画版『太陽の子』(21)、日本テレビ系土曜ドラマ「二月の勝者−絶対合格の教室−」(2021年10月期ドラマ)、Netlix映画『浅草キッド』(21年冬)。

(左)田中泯
1945年3月10日、東京都出身。74年より従来のダンス界とは一線を置き、独自のダンス活動を開始、78年にルーブル美術館で海外デビュー。以後、各国で独舞講演を行う。『たそがれ清兵衛』(02)でスクリーンデビュー。主な出演作に『メゾン・ド・ヒミコ』(05)、『八日目の蝉』(11)、『永遠の0』(13)、『るろうに剣心 京都大火編/伝説の最期編』(14)、『アルキメデスの対戦』(19)など。『峠 最後のサムライ』(20)が7月2日に公開予定。

──お2人にとって葛飾北斎とは、どんな存在でしたか。本作に関わる前は、どんな認識をお持ちでしたか?

柳楽「もちろん有名な“波の絵”は知っていました(笑)。他には、パスポート(2020年より日本のパスポートのデザインに採用)や、千円札になる(2024年に新紙幣デザインに採用)ということくらいです。演じさせていただくことが決まってから色々な資料をもとに調べていくうちに、北斎はお金を稼ぐために絵を描いていたわけではなく、自身の信念を貫き通し、自分らしさを追求して描き続けた絵が江戸の町人たちから人気を集め、有名絵師へと上り詰めていったことがスゴイですし、“江戸のバンクシー”みたいだなと思いました」

田中「僕は小さな頃から、北斎や広重らの絵に触れる機会が多かったです。加えて、踊りを始めて間もなく“北斎漫画”に出会って、僕は美術家の友人もたくさんいたので、そんな仲間と北斎の話をよくしていました。とにかく手法も絵に対する工夫の凄さも、群を抜いていた。例えば、人物画がある種はやっていただろう時に、バーンと異色のもの――ヨーロッパ的な図式や遠近法等々を持ち込んだり、あるいは既存の手法を平気でひっくり返したり。前衛中の前衛ですが、新しいことだけを求めたのではなく、そこにはちゃんと裏付けもあるんです。本当にとてつもない人で、僕にとっては、憧れ以上のスゴイ人でした」

『HOKUSAI』5月28日(金)全国ロードショー(C)2020 HOKUSAI MOVIE

『HOKUSAI』
5月28日(金)全国ロードショー
(C)2020 HOKUSAI MOVIE

──映画の資料にも、“北斎はロックだ!”とありますが、その通りですね。

柳楽「僕は特にヒップホップが好きなんですが、“成り上がる”“這い上がる”といった精神が北斎と共通していると感じました。ですからアーティストの方やクリエイターの方など音楽に携わっている方々にも、北斎の“ロックな生きざま”が描かれた本作は、とても共感してもらえるのではと思います。いろんな角度から楽しんでいただける映画になっていると思います」

田中「まさにスーパースター中のスターですよ。ところが本人はそんな風に自分のことを思いもせず、平気でリアカー引いて旅に出て行くような人。当時も流行や洗練という価値観が当然あったでしょうが、北斎はそうしたエッセンスに対するモチベーションが、とてつもなく広い人だったのだと思います」



映画『HOKUSAI』って、こんな映画

町人文化が花開いた文化文政時代の江戸。のちに葛飾北斎となる貧乏絵師の勝川春朗(柳楽優弥)は、気まぐれで気が乗らないと描かず、命じられても描きたいものしか描かず、さらに兄弟弟子を殴って師匠に破門されてしまいます。四面楚歌状態の中で北斎は、歌麿(玉木宏)や写楽(浦上晟周)を世に送り出したヤリ手の版元・蔦屋重三郎(阿部寛)に才能を認められます。彼の助言もあり、苦しみながらも描きたいもの、自分が描くべきもの、自分のスタイルを掴んだ北斎は、その革新的なタッチや世界観でたちまち人気絵師となっていきます。名は広まり、江戸の町を席巻するようになりますが、武士出身の戯作者・柳亭種彦(永山瑛太)と運命的に知り合い、タッグを組んで描き続けるのですが――。

映画『HOKUSAI』目利きの版元・蔦屋重三郎(阿部寛)に遂に見出された葛飾北斎

目利きの版元・蔦屋重三郎(阿部寛)に遂に見出された葛飾北斎

──青年期を柳楽さん、老年期を田中さんと2人で“葛飾北斎”を担うことを、どう思われましたか。

柳楽「とても新しい形だと思いますし、同時に、どの様に描かれるのだろうと不思議な感じもしましたし、イメージを膨らませていました。本作はただアートに寄っているわけではなく、ちゃんと作品を観る人の目線に立って描かれていながらも、“北斎とアートの関わり”がしっかりと捉えられている。青年期と老年期で作風が少し違っているという点も、一度で二度楽しめる映画だと感じました」

田中「90歳近くまで生き続けた北斎の一生を背負うなんて、とても一人ではやりようがないですが、それを2人で振り分けてやるのは面白いと思いました。何しろ、彼の作品は広く知られていますが、北斎自身については、もはや誰も真実を知り得ないことですから。でも柳楽さんと一緒にそんな人物を演じるということは……正直ドキドキしました。ちゃんとバトンタッチできるのか、と思いましたが、撮影初日に橋本一監督から、“自然に思えました”と言われたので、やれやれ、と息をつきました(笑)」

柳楽「橋本監督は、近年「相棒」シリーズなども撮られていますが、過去には、時代劇も手掛けられて来た方。なので、この作品でご一緒させていただくことができて、とても心強かったです」

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  • 真剣な顔のときの目力と、クシャッと笑った時の可愛さに思わずギャップ萌え!

苦しい青年期を経て70歳で大ブレイク!

柳楽さん演じる青年期の北斎は、やり手の版元に見出されたものの、なかなか“自分が描くべきもの”が見つからずに、苦悩に苦悩を重ねます。ずっと年下の写楽にバカにされるシーンの歯がゆいこと! でも歯を食いしばり、自分の心が突き動かされる瞬間や対象を見出していく過程は、長いトンネルを抜けるかのような、パチンと手を鳴らしたい衝動に駆られます。風景画にたどり着くまで、題材や手法を探求し、のたうち回る北斎の姿は、なるほど、こんな風に…と思わず深~い溜息を漏らすほど興味深いです。

──先ほど“バトンタッチ”という話がありましたが、お2人の間ですり合わせ、みたいなものはされたのですか?

田中「いや、2人の間ですり合わせをしたことなんて、全くなかったよな!?」

柳楽「はい、全くなかったです」

田中「最初は完全に別々に撮っていましたが、後半は同じロケ地で2人が交代で演じるなんてこともありましたね。でも、すり合わせはなかった。北斎に“そんなこと、どうだっていいじゃないか”と言われそうな気がして。僕らがどれだけすり合わせようと、北斎はそれを優に裏切っていくだろうし、と感じて。だから僕ら自身が常に柔軟でないとダメだ、という気がしていました」

映画『HOKUSAI』

夢中で描きまくる晩年の北斎。この景色を見ながら、“冨嶽三十六景”をはじめ数々の名作が生まれたのか……と思うと、なんか感動です!!

──北斎が砂浜に頭をこすりつけたり、海に入ったり、音を聞いたり……など、色々“感じよう” とする姿もとても印象的でした。

柳楽「才能があるにも関わらず、それまで描いて来たものは評価されることがなく、さらには大きな挫折を味わい、自暴自棄になった後に旅に出て、“自分は風景を描くのが得意なんだ”ということを見つけたのが、スゴイなと思いました。現場では毎日、監督とコミュニケーションを取りながら、この映画ならではの北斎像を考えて作り上げていく感じでした」

田中「柳楽さんの方がはるかに経験豊富だし、僕は年はいっているけれど演技の表現は、まだ素人に近いところでやっているんです。だから柳楽さんと2人で演じる、というだけでドキドキでした。でも今回は北斎に憧れてきたこともあり、僕がずっとやって来たダンスと演技に共通する何かがあるので、そのための勉強という側面もあってやらせていただいています」

柳楽「今回、楽しかったのは、本作がサクセスストーリーだったことです。僕がこれまで演じさせていただいた役は、常に思い悩んでいたり、何か重いテーマを背負っていたりすることが多かったので(笑)。今回の北斎は、目の前に立ちはだかる壁を一つずつ壊して確実に前進していく、ということを感じられたので、とても楽しかったです。監督もおっしゃっていましたが、北斎が壁を一つ壊すごとに、現場のスタッフさんたちの顔もどんどん変わっていくんですよ。みんなのモチベーションが上がっていくような、不思議な感覚でした」

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  • 世界的なダンサーである田中さんは、存在自体がもはやアート的というか、どこか神秘的な空気をまとっています。穏やかで静かな口調に、スーッと引き込まれそうに。

田中「僕も誰かのサクセスストーリーは大好きです。というのも自分自身が挫折ばかりで生きて来た人間なので(笑)。自信をもって事に当たるなんてことは一度もなく、むしろ自信が揺らぐ方が面白くて。その方がきっと人生が面白くなる、と思って生きている人間なんです」

ラストシーンだけでも見る価値あり!

──2人の北斎が一緒に絵を描くラストシーンは、こんな趣向を見られてしまうの!? とワクワクしました。

柳楽「あのシーンの撮影がクランクアップの日でもありました。泯さんと一緒に“あの波の絵”を描くラストシーンで、初めて泯さんと同じフレームに入って撮影したのですが、隣に泯さんがいるだけで、とてつもない安心感に包まれました。もちろん僕なりに頑張って演じさせていただいたのですが、圧倒的な心強さがありましたし、だからこそ乗り切れたラストでした」

田中「いや、こっちも今日は2人でやるんだとドキドキでしたよ。“筆さばきは柳楽さんの方が上手い”なんて言われたら嫌だなぁ、なんて思いながらね(笑)。ただ2人で並んで絵に向かった時に、やっぱりすごくホッとしたんです。同時に不思議な感覚も覚えました。この時期(柳楽さんの青年期)を過ぎて、ここ(泯さん演じる老年期)まで来たということは頭にあり、それがすごく現実味を帯びて感じられて。その人がここにいて、その人とは僕であり、僕の過去でもある。それがすごく現実に思えて、溶けていってしまいそうな嬉しくて楽しい時間でした。時間も結構かかりましたが、もっとずっとやっていていいのに、なんて思っていました」

柳楽「本当ですか!? 実は僕も“ずっとやっていたい”と思っていたんです!」

表現者としての衝動と欲望

──演じながら感じた北斎の“描かずにいられない”衝動や欲望を、同じ表現者としてどのように感じましたか。

田中「僕は言葉で表現しきれない人間ですし、言葉で理解してもらうのも不可能だと思ってきて、だから踊りの方へいったと思うんです。言葉に出来ない思いや気持ちが、踊りの中に入っているというか。絵にそれが出る、という北斎とは共通していると思います。また僕は踊らないと精神状態がおかしくなるので、“描かずにいられない”衝動に近いものも分かります。柳楽君もあるでしょう? だって撮影時にすごく感じましたが、“いくぞ”と言われると豹変してサッと役に入っていくから」

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柳楽「10代から演技を続けているので、自分の中で落ち着くやり方というのはあるのかもしれません。僕は俳優として演じることしかできないのですが、ダンスを演じられる泯さんがとても理想的で羨ましいと思います」

──自分の中にエネルギーや創造力を溜める“インプットは”どうされていますか。

田中「踊りというのは環境に向かって発するものだから、相手が人間だけでもない気がするんです。おそらく、人間が言葉を発見する以前からある表現行為だと思います。そして自分というものがここにあるとしたら、その外側には果てしなく生きているものたちがいる。だから僕は人間だけではなく、命ある他者が生きていることと関わっていきたいし、関わっているということに(インプットすることが)繋がっていると思います」

柳楽「仕事柄、インプットできる環境や機会は多いのですが、僕が目指すのは一人の男として普段の自分が豊かな人になる、ということです。最近は、新しい習い事も始めたりしていて、それがすごく楽しいです。例えば武道や護身術、お茶も習っています。お茶は6年以上になりますが、撮影がないときに行くので、自分自身のオンオフの切り替えにもなります。先生方のお話もすごくためになるんです。“強くなりたい”というのが10代の頃の目標でしたが、体だけでなく精神の自立に憧れていたので、それにもお茶は役だってくれています。ちゃんと自分と向き合う、自分に勝つ、ということが今でも目標になっています」

映画『HOKUSAI』

最後に、「堅苦しく難しい作品だと思わず、偉大な日本人のサクセスストーリーとして楽しんで欲しい」と柳楽さん。「北斎のような人でさえ、他の画家にコケにされたりしたんだ、と驚きもあって。そんな彼が頑張っている姿を見て、パワーを感じてもらえたら嬉しいです」。

田中さんも、「この映画は感じるか、感じないか。決して言葉で解釈しようとせず、自分の感じた何かを大事にしてくれたらステキだな、と思いますね」と語ってくれました。

北斎が目にした日本の景色を、一緒に目撃できる機会なんてそうそうありません。是非スクリーンで、そんな素敵な体験をしてください!

映画『HOKUSAI』

監督:橋本一 企画・脚本:河原れん 配給:S・D・P

柳楽優弥 田中泯 阿部寛 永山瑛太 玉木宏 青木崇高 瀧本美織 津田寛治

公式URL:hokusai2020.com


撮影/細谷悠美

折田千鶴子 Chizuko Orita

映画ライター/映画評論家

LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。

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